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小話 高貴な方々の相反する事情

2027年3月10日 ロワッフ王国 首都デーラット 王の居城


 この日、ジュペリア大陸東部のロワッフ王国にて、日本使節団とロワッフ王国代表による国交樹立のための協議が行われていた。

 大抵の国交樹立交渉では、日本国の使節団に対する相手国の代表として出てくるのは、日本で言うところの外務大臣にあたる人物であることが多いのだが、今回の交渉で代表として出て来たのは何とロワッフ王国の国王であるトーム=センザック7世本人であったのだ。

 相手国の国家元首の登場に、使節団代表である鴻上清、そして同じく使節団員である鵞峯善司にも気合いが入っていた。両者は会議室にて向かい合う。先に口を開いたのは日本側だった。


「お初にお目にかかります、陛下。私は日本国使節団代表の鴻上清と申します。こちらは私の部下で鵞峯善司と言います」


 鴻上はそう言うと、自身の右隣にいる1人の男を示す。彼の紹介に与った鵞峯は、トーム7世に対して一礼する。トーム7世は鵞峯を一瞥すると、鴻上の方に視線を戻して口を開く。


「うむ、こちらこそ。極東世界より遠路はるばるよくお越し下さいました」


 一国の主らしく、もう少し尊大な態度に出られることを予想していた鴻上は、自分たちに礼を尽くすトーム7世の姿を意外に感じていた。


「いえ、我々も此度の我が国との国交樹立という貴国のご判断に感謝します。では早速、その詳細について協議して行きましょう・・・」


 鴻上は早速本題へと入る。その後、協議は特に齟齬や支障が生じることはなく、昼から続いたそれは日が沈む頃に円満に終了した。


「では、以下の条件で協議を決した旨、日本政府に報告致します」


 書類をまとめながら鴻上が立ち上がる。同時に鵞峯も一礼して席を立つ。


「ああ、少々お待ちください」


 トーム7世は帰路に着こうとする2人の外務官僚を呼び止める。


「・・・なんでしょうか?」


 何か協議内容に不備があったのだろうか、そんなことを思いながら、鴻上は呼び止められた理由を尋ねる。


「貴国の皇帝陛下・・・いえ、ニホンではテンノウと呼ぶのでしたな」


「?」


 王の口から発せられた予想外の単語に、2人の官僚は首を傾げた。トーム7世は続ける。


「その現天皇(テンノウ)陛下の皇甥にあたる親王(シンノウ)殿下は、20代というご年齢でまだお后をもうけられていないとか」


「はあ・・・、それはその通りですが・・・」


 鴻上は皇族の結婚事情に踏み込んできたロワッフ国王の言葉に、嫌な予感を感じていた。彼の言葉を聞いて満足そうな顔を浮かべたトーム7世は、部屋の扉の側に立っていた近衛兵の方を向いて命令をする。


「サラを呼びなさい」


「はっ!」


 とある人物をここに連れて来るように命じられたその兵士は、会議室を退出する。その後しばらくすると、王に呼ばれた1人の女性が扉を開け、部屋の中に入って来た。


「お呼びでしょうか?」


 扉の向こうから出て来たのは、綺麗な長い金髪姿をした1人の可憐な美少女だった。トーム7世は彼女に手招きし、自分の側に呼び寄せる。


「サラ、この方々はあのニホン国の外交使節団の方たちだ」


 トーム7世は鴻上と鵞峯を指し示しながら2人を紹介する。サラと呼ばれたその少女は2人の素性を聞くと、その品のあるドレスのスカートの裾をつまみ上げながら、2人に向かって礼をする。


「はじめまして、ニホン国の使節殿。ロワッフ王国第二王女、サラ=センザックと申します」


「!」


 新たな王族が現れたことで、2人は更に緊張が高まる。


「・・・こちらこそ、お初にお目にかかります。日本国使節団代表の鴻上清と申します。こちらは私の部下の鵞峯善司です」


 鴻上はサラ王女に対して再び自己紹介をする。その様子を見ていたトーム7世は彼女を2人に紹介する。


「こちらが私の娘、次女のサラです。王家に生まれた者として恥ずかしくない教育を施してきたと自負しています」


「・・・」

「?」


 国王の説明を聞いている内に嫌な予感がさらに深まりつつも、鴻上はトーム7世の言葉に相づちを打った。若き外交官である鵞峯は、王が今まさに言わんとしていることが何なのか、未だによく分かっていないという顔をしている。


「・・・ぜひ、貴国の親王(シンノウ)殿下にわが娘のサラをと思いまして」


「・・・!」

「!? ・・・はい?」


 鵞峯は目を丸くする。同時に鴻上は自身の嫌な予感が的中してしまったことにショックを受ける。ロワッフ国王トーム7世が日本国使節である彼らに持ちかけたもの、それは平たく言えば、日本皇室とロワッフ王室との間の「政略結婚」だったのだ。


「・・・ちょっと待ってください」


 鴻上はうろたえながらトーム7世の言葉を遮る。


「確かに殿下はまだ未婚ではありますが、すでにご懇意にされている方がいらっしゃいますし、それに我が国の皇室の歴史上、他国の民を皇后に招き入れた例はございません」


 鴻上は必死になって説明する。彼の言葉通り、日本の皇室は海外の血統を受け入れた前例が無い。彼の焦りも最もであった。

 ちなみに皇族に対して他国より政略結婚を持ちかけられた一番新しい例は、明治大帝治世下まで遡り、当時日本へ来日したハワイ王国国王であるデイヴィッド・カラカウア王は明治天皇に対して、東伏見宮依仁親王(当時13歳)と姪のカイウラニ王女(当時5歳)との縁談を持ちかけた。しかし、この提案は時の日本政府及び明治天皇によって断られている。

 困惑する2人の様子を余所にトーム7世は続ける。


「いえ、正室でなくとも側室としてでももらっていただければ、我々にとっては喜ばしい限りなのです」


 ロワッフ国王はあくまで食い下がってくる。しかし彼は、自身が口にしていることの重大さに気付いていない。日本の皇室は2000年近く存続している。元の世界では、群を抜いたその長大な歴史を世界に誇った皇朝なのだ。彼はその膨大な歴史の中で一度も前例が無いことを要求しているのである。

 しかし、この世界の住民がそれを正確に理解・認識しているとは限らない。トーム7世も同じく、皇室については伝え聞いた程度の知識しかなかった。彼は日本の皇室について、あくまで他の国家と同質・同等の歴史を持つのものとして捉えていたのだ。ここに外交官2人との認識の相違が生じていた。


「うーん・・・(どうしたものか)」


 外交官2人は頭を抱える。なんとかこの場を収め、穏便に縁談を断る方法を鴻上が思案する中、黙りこくってしまった2人の様子を見て、トーム7世は少し眉間にしわを寄せる。


「・・・我が娘ではご不満でしょうか?」


「いえ! そういうことでは無くてですね!」


 トーム7世は少し機嫌を損ねてしまっている様子であった。君主制国家が乱立するこの世界では、政略結婚は重要な外交手段なのだ。こちらの世界でも、かつてのハプスブルク家は政略結婚を駆使することによって、名門一族としての確固たる地位を確立させたことは有名である。その政略結婚を拒否するということは、その時と場合によって様々な意味合いを持つが、あまり良い印象を与えるものではない。

 その後、彼を納得させるために”本国へ連絡します”の一言で、ひとまずその場を収めた彼らは、この一件を外務省へと伝えた。当然、外務省からの返答はNOである。その翌日、鴻上と鵞峯の2人は「本国政府からの返答」という名目で、正式に政略結婚の拒否を伝えるのだった。


〜〜〜〜〜


日本国 首都東京 首相官邸 総理執務室


「いずれはこのようなことが起きる様な気がしていましたよ・・・」


 総理大臣の泉川耕次郎はソファに深く腰掛けながらつぶやいた。


「以前の宮中晩餐会は主目的である御皇室の世界的周知は十二分に達成できました。しかし、晩餐会における殿下の人気振りを見れば、いずれこうなってしまうということは想定すべきことでしたね・・・」


 内閣官房長官の春日善雄は、外務省の用意の不備を揶揄するような発言をする。


「ロワッフ王国に派遣されている2名には、断固拒否するように通達してあります。また、今後この様なことが発生した場合に備えて対策は考えて行くつもりです。ご心配無く!」


 外務大臣の峰岸孝介は、外務省の今後の方針について2人に説明する。この一件以降、日本の皇室に対して政略結婚を提案する国家がちらほら出る様になる。外務省はそうなった場合の対処として


・日本の皇室は海外との血縁関係を持つことは無い

・故に政略結婚に応じない


 この2つの事をはっきりと伝え、多少相手の機嫌を損ねようが、話を難しくするまえにその場で断固拒否する、ということを使節団に参加する各外交官に徹底することとなった。

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