さらば、極北の地!
第三章の最終話です。
この後はいくつかの小話を挟んで、第3部「異界の十字軍篇」へと移ります。
地下大空洞 ジェラルの小屋
ジェラルは霊魂からの返信に耳を傾ける。その後しばらくして、彼女は各霊魂から伝えられた捜索の結果を告げる。
「・・・居ないわよ。火山地帯には誰も」
「・・・!?」
村田はジェラルの言葉を聞いて驚愕する。火山地帯に居ないということは恐らく、すでにパパニコロウ村へ帰っている可能性が高い。
「で、では! 火山地帯からレーバメノ連邦カトレア支分国のパパニコロウ村へ向かう直線ルートを探索して下さい!」
「わ、分かったわ!」
村田の指示を受けたジェラルは、彼に言われた通りの方向に霊魂たちを飛ばす。
(頼む〜! 俺はまだ死んでないぞ!)
村田は調査団が見つかることをただただ祈っていた。恐らく彼らは、自分が生きているとはこれっぽっちも思っていないのだろう。故にここで置いてけぼりを食らっては、金鉱の開発団が来るまでの間、この大空洞で過ごさなければならなくなってしまう。
指を重ね合わせて祈る村田に、ジェラルは更なる捜索の結果を伝える。
「・・・見つけた!」
「!」
村田は安堵の笑みを浮かべる。
「すでに未開地域を出ようとしているわね・・・仕方無い!」
ジェラルはそう言うと、突如小屋を出て行く。
「貴方もよ! ウチから出て!」
「?」
ジェラルは村田にも小屋から出る様に求めた。彼はジェラルに言われた通り、2日を過ごした小屋を後にする。
地下大空洞 クレバス直下
大空洞に冷たい風が吹き渡る中、落ちてきたクレバスのちょうど真下に立たされていた村田は、彼女が今からやろうとしていることが何なのか尋ねる。
「あの〜、これは一体どういう・・・?」
「・・・彼らに貴方を仲間たちの元まで運ばせる!」
ジェラルはそう言うと、天に向かって右手をかざした。すると光の玉、すなわち霊魂の群れがいままでの比ではない程の数でどこからともなく現れ、彼女の右腕に纏わり付く。
「ここからほぼ真南に414リーグ(290km)! パパニコロウ村へ向かう彼の仲間達の元へ!」
ジェラルは叫び声と共に右手を村田の方に向ける。すると彼女の右腕に纏わり付いていた霊魂の群れが、村田に向かって飛びかかった。
「うわああ!」
村田は思わず悲鳴を上げる。だが、同時に彼はある変化に気付く。
「!?」
霊魂の群れに支えられた彼の体が、地表に向かって飛んでいたのだ。下を見れば、ジェラルの姿が徐々に小さくなっているのが見えた。
「・・・ジェラルさん! ありがとうございました! 貴方のことは忘れません!」
小さくなって行く彼女に、村田は大空洞に響き渡るほどの大きな声で別れの言葉を告げた。
「私もよ! 楽しかったわ、ありがとう!」
ジェラルも村田に負けじと大きな声で別れを告げる。直後、村田の体は大空洞へ落ちてきた時と同じ穴を抜け、その姿は地上へと消えて行った。
「・・・さよなら」
ジェラルは誰も居なくなった静寂の大空洞の中で、村田が飛び去って行ったクレバスの穴を見つめながらぽつりとつぶやいた。
〜〜〜〜〜
昨日・朝 10式雪上車 内部
少し時を戻す。村田無き資源調査団は集落で開かれた余興の翌日、ライムの青年であるベロボーグの案内のもと、 グラッスオール火山地帯に向かっていた。
「昨夜の宴は楽しかったぞ!」
雪原を移動する10式雪上車の中で、ベロボーグは昨晩の歓迎の宴のことを思い出していた。宴は主に日本について、その話題に尽きた。どこにあるのか、王は誰なのか、どんな文化を持つのか・・・レーバメノの役人であるスパラスキーにとっては、日本の正確な情報を得る良い機会となった。その場の勢いにまかせ、ロシア軍兵士の1人がロトムシロクマを一撃で爆殺したと自慢しながら「RPG−7」をついうっかり見せてしまった際には、それを撃たせてくれと迫る狩人たちをなだめるのに苦労した。
「ハハ・・・、そうですね」
乾いた笑い声を上げる輪島二尉は、その時の苦労を思い出していた。
「見えました! 火山地帯です!」
助手席に座る青塚二曹から、目的地へ近づいてきたことが告げられる。
南極観測用雪上車 内部
フロントガラスから、大量のもやがかかったその場所を望みながら、団長代理の河本はついに任務を終えられる喜びを感じていた。
「よし・・・もうすぐだな、村田さん・・・」
任務達成を目前にして、彼はかつてのリーダーのことを偲ぶ。
・・・
火山地帯の東端
停車された10式雪上車の中から、案内役のベロボーグがそそくさと出てくる。彼は車内で曲がりっぱなしだった腰を伸ばすために背伸びをすると、現在地を確認するために左右を見渡した。考え込んでいる様子のベロボーグに、南極観測用雪上車の中から出て来た河本が話しかける。
「あの・・・大丈夫ですか?」
もしかして場所を忘れたのだろうか、そんなことを思いながら心配そうに声をかける。
「大丈夫。こっちだ」
ベロボーグはそう言うと、再び10式雪上車へと乗り込む。
10式雪上車 内部
ベロボーグは運転席に近づくと、フロントガラスの向こうを指差して伝える。
「この方向に真っ直ぐ進んでくれ。このソリの足の速さなら、すぐ着くよ」
彼が指した方向は、現地点から磁気コンパスで北西の方向だった。
「分かりました!」
運転手である後田一曹は、アクセルを踏んでハンドルを回す。動き出した10式雪上車に続いて、南極観測用雪上車とBTR−Dもその後を追う。そして火山地帯の中を進むこと20分後、ついに目的の場所が姿を現す。
「・・・うん、ここだ。間違い無い」
ベロボーグは10式雪上車から再び降りる。彼に続いて自衛隊員、ロシア軍兵士、そして調査員たちが各々の車輌から降りて寒空の下へと現れた。
「うわ・・・凄いな、これは」
調査員の1人である今朝川がつぶやく。調査団の前に姿を現したのは、火山地帯の中に鎮座し、南北方向に真っ直ぐ走る高さ30m程の巨大な崖だった。
「恐らく、断層が隆起して崖になっているんだ・・・」
河本は火山地帯の中にこのような地形が生まれた理由を考察していた。
「金はここで見つけたんだ。探すといい」
ベロボーグはそう言うと崖の方を指差した。火山地帯の中に鎮座しているこの断層こそ、資源調査団が求める金鉱山だったのである。
「・・・よし、金鉱のサンプルを取る! 各員、捜索開始」
河本は調査団の面々に対して命令を出す。直後、調査団の27名は崖の探索を開始した。探索を始めてわずか数分後、調査員の1人である夜月が金鉱石発見の第一声を告げる。
「あ、見つけました! これでは!?」
夜月が河本のもとへ持って来た拳大の石の中には、金色に輝くラインが幾重にも連なって入っていた。
「これは・・・!」
予想以上に良質な金鉱石の姿を見て、河本は驚きながらも胸を踊らせる。
「・・・こちらにもありました!」
「こっちにもあります!」
「こちらにも・・・!」
その後も良質な金鉱石が次から次へと見つかる。それはあっという間にレジャーシートの一面を覆い尽くすほどとなった。
「まさか、これほどとは!」
短時間で大量に見つかった金鉱石を眺めながら、河本はつぶやく。彼はこれほど簡単に金鉱石が見つかった理由を探る為、崖に近づいてその表面を観察した。よく観察すれば、崖の断面そのものが金の鉱床になっている様子だった。
「成る程な・・・恐らくこの隆起した断層は、本来なら地中30m程深くに埋まっていた金鉱床のど真ん中が裂けて生まれたものなんだ。だからこうやって金鉱床が崖の断面に露出しているんだな・・・」
河本は崖の正体を理解する。その後、調査団は大きく二手に分かれ、鉱床の規模を調べる為に崖の断面に沿って南北方向に探索を開始した。またそれ以外の数人はその場に残り、断層によって隆起せず、地中に埋まったままの金鉱床の存在を確かめる為、ボーリングマシンによる地中の掘削を開始する。
調査は念入りに、ほぼ1日を費やす勢いで行われた。その結果として、金鉱床は南北に走る岸壁の全域に渡って確認され、地下にも地上に露出していない金鉱床の存在が確認されることとなった。
・・・
同日・夕方 南極観測用雪上車 内部
ライムの集落へと帰る4輌の群れが、今回の調査で大量に採取された金鉱石を積み込んで雪原をひた走る。なかなか沈まない夕日に照らされ、長い影が雪原へと投下されていた。
「いや〜、大漁でしたね!」
調査員の1人である大蔵は、意気揚々として河本に話しかける。
「本国にて採取したサンプルから鉱量と品位を測定しなければ、まだ断定は出来ませんが、ここなら大規模な露天掘りも可能ですし、サンプルの質から察するに恐らくは十分に採算が取れると思います」
河本は自身の考察を述べる。日本政府へ胸を張って報告出来るであろう調査結果を得られたことに、他の調査員たちも喜びを隠せないでいた。
(・・・ただ、全員で帰国したかった)
河本の胸中には常に、クレバスへ落下してしまった村田の姿があった。それは他の者たちも同じである。その後、河本は無線機にて調査団全体に対し、今後の予定を伝える。
『もう日が沈みます。夜の移動は危険なので、もう一晩だけライムの方々の集落にて夜を過ごし、翌日早朝にカトレア支分国へ向けて帰還します』
河本の決定に、南極観測用雪上車に乗る調査員たちは頷いた。その後、集落に着いた調査団は再びそこで一夜を過ごす。
〜〜〜〜〜
翌朝 午前5:00
出発の準備を整え、調査団は4輌の車輌に乗り込んでいた。代表代理である河本は、自分たちを見送ろうと集まってくれていたライムの人々に別れの挨拶をしていた。
「お世話になりました。金を見つけられたのは貴方方のおかげです。本当にありがとうございました!」
河本は謝意を示しながら頭を下げる。そんな彼の様子を見ていた酋長のペルーンは、別れを惜しむ様子で河本に語りかける。
「わしらも楽しかったよ! 次に来る時には酒を楽しみにしているぞ!」
ペルーンは調査団との間に交わした約束について述べる。
「はい!」
河本は笑顔で答えた。その後、ペルーンと握手を交わした彼は、南極観測用雪上車へと乗り込む。彼の乗車を確認した輪島二尉は、全体に向けて出発の指示を出す。
「全体、前へ!」
車輌の群れはレーバメノへと帰還するために動き出す。一路、南へと向かう調査団の後ろ姿を、ライム族総勢523人が見送っていた。
・・・
同日 夜
月が出る夜空をかなり早い速度で飛ぶ人影がある。その人影は身の周りに光の玉を纏っていた。しかし、その空飛ぶ人影は疲弊していた。かれこれ2時間近く、この極寒の世界の中を飛んでいたからだ。一応、身に纏っている光の玉が放出する生暖かいオーラによって寒さは凌げていたが、何処へともなく続く様に思える飛翔に気が重くなっていた。
(・・・あと、どれくらいかかるのかなあ)
村田は静寂の夜空の中で、一抹の不安を感じていた。
〜〜〜〜〜
翌日 早朝
野宿で夜を越し、目的地まであと70kmという所まで迫っていた資源調査団は、出発の準備を整えていた。寒冷地用天幕の片付けを手伝っていた河本は、作業が一段落したところで休憩を取っている。そんな彼に、輪島二尉が話しかける。
「作業を手伝って頂き、ありがとうございます。・・・もうすぐこの未開地域ともお別れですね」
「はい。作業が終わったら、直ちに出発しましょう。あと数時間で着くはずです」
河本は何事もなく無事に帰り着けそうなことに安堵していた。
「おい、何だろう? あれは・・・」
その時、ロシア軍兵士の1人であるシャミール=アブディエフ上等兵が、北の空から近づいて来る飛行物体に気付く。他の調査団員たちも、次々と彼が指差す方に視線を向ける。
「何だ・・・?」
騒ぎに気付いた河本も北の空を見つめる。謎の飛行物体は徐々に彼らの元に近づいていた。何人かの隊員たちは、万が一に備えて武器を構える。数分後、飛行物体はついに彼らの前に正体を現した。
「・・・!!!?」
調査団員たちは絶句する。飛行物体の正体はすでに亡くなったはずの人物だったからだ。
「・・・た、ただいま戻りました」
調査団の面々は、霊魂の様な光の玉を引き連れて空から降りて来る資源調査団団長の姿を目の当たりにする。言葉が出ない様子の彼らに対して、村田は手を振りながら話しかける。
「・・・・」
「・・・で・・・出!」
「出たあぁあぁぁ!!」
調査団員たちは一斉に悲鳴を上げる。彼らは村田の幽霊が出たのかと勘違いをしてパニック状態になっていた。
「・・・い、生きてますよお!」
事態を察した村田は、彼らの誤解を解く為に叫ぶ。雪原の上に降り立った彼は、霊魂たちに別れを告げると、自分が幽霊ではない事の証明と自分の身に起こった出来事の説明に追われることとなる。
〜〜〜〜〜
3日後 首都サクトア 学術区域 魔法研究歴史資料館
ユリスク王の城にて資源調査の成功を祝う宴が催された次の日、団長の村田は再び学術区域の魔法研究歴史資料館を訪れていた。
「・・・」
村田は資料館の出入り口の上部に掛けられている肖像画を眺める。
(・・・やはり似ている。ガートロォナさんだ)
彼は肖像画に描かれている女性に、極北の地の地下で数奇な出会いを果たした女性の面影を見ていた。
「あの・・・そのお方がどうかしたのですか? 先程から無言で眺めていらっしゃいますけど・・・」
メイドのアンナは、自身の恩人たる村田が肖像画をじっと見つめているその姿に疑問を感じていた。
「私・・・今回の調査で、とんでもないものを目にしました。まるで夢の様な・・・いえ、もしかしたら本当に夢だったのかも知れません」
「・・・?」
村田の答えを聞いたアンナは益々首を傾げる。その後、首都を出発した資源調査団は、「こじま」が待つ港街ノヴァールへと出発する。
・・・
港街ノヴァール沖合 「こじま」艦内
ノヴァールの港から出航した「こじま」の居住区画にて、調査員2人が話をしていた。
「村田さん・・・それ本当なんですか?」
そう述べるのは、今回の調査で一時期団長代理を勤めた河本だ。彼に話をしているのは団長の村田である。彼は地下大空洞で見た全てを興奮した様子で河本に話していた。
「・・・まあ、空から振ってきた貴方を見た以上、あながち嘘や幻覚という訳でも無いでしょうが・・・」
河本は団長が語る突飛な話にやや半信半疑な態度を見せる。
「何を言っているんですか! 私はこの旅で世界の真実を見たんですよ! これがどれほど凄いことか・・・!」
彼の演説は、その日の夜まで続いた。
・・・
港街ノヴァール サラー岬
港街ノヴァールの岬の上に立つ1人の女性が居た。港から離れ行く「こじま」を見つめる彼女に、その側で釣りをしていた1人の老人が話しかける。
「あんた見ない顔だなあ。あの艦の噂を聞いてきたのか?」
「ええ、まあ」
老人の問いかけに女性は素っ気なく答える。
「でかいだろう。わしもあれを最初見た時は本当に驚いたよ・・・」
その老人はしみじみとした様子で語る。女性はそんな彼の言葉を気に留めず、どんどん沖へと離れていく「こじま」を見てぽつりとつぶやいた。
「・・・じゃあね、村田。また会えるわ」
直後、彼女の周りに風と光の玉が纏わり付く。
「そうじゃ、わしはあの艦に乗ってる者と話をしたんじゃが・・・?」
再び女性と話をしようと、老人が彼女の方へ振り返った時には、すでにそこには女性の姿は無かった。
その後、復活した団長と共に「こじま」に乗って日本へ帰還したロトム亜大陸資源調査団は、調査内容とその結果を日本政府へと伝えた。同時に今回の調査にて、村田が地下大空洞で見聞きしたものも、日本政府へと報告されたのだが、これに関しては信憑性があまり評価されず、興味を示した数人の官僚、閣僚の目にとまるだけとなった。
一方、資源調査については調査団が採掘したサンプルを測定した結果、開発による採算が取れると判断された。よって3ヶ月後、極北の地に露天掘りによる採掘施設を建設するために大規模な開発団が組織され、大量の建築資材と共にロトム亜大陸の未開地域へと派遣された。いずれ商業開発が開始される予定である。
斯くして、ロトム亜大陸資源調査は調査団員たちの活躍と強運により、大成功で幕を閉じることとなった。




