極地に佇む一軒の小屋
雪原 10式雪上車内部
資源調査団の前に現れた規格外の体躯を誇る2人の男女は、伝説の種族である“ライム族”の者たちであった。彼らの集落まで案内されることになった調査団は、雪上車を走らせて雪原を進む。
「雪の上を獣も無しに走れるなんて便利なソリね! これも貴方たちが言うニホン国のものなの?」
”ライム”の女性であるヴェレスは、獣に引かれること無く雪の上を進むソリに感嘆していた。2人は10式雪上車の中で、その巨大な体躯をすぼめながら座っていた。
「はい。”雪上車”と言って、雪の上を移動するための乗り物です」
「へぇ〜!」
青塚二曹の説明を聞いていたヴェレスは目を輝かせる。彼女は遠き東の国が生み出したという”自走するソリ”に興味津々の様子であった。
「でもちょっと狭いぜ? もう少し天井高くならないか?」
同じく”ライム”の1人であるダジボーグは、雪上車の狭さに苦言を呈した。彼らの体のサイズからすれば、10式雪上車の中が狭いのは致し方ないことである。
「ヴェレスさん! 方向はこっちで合っていますか?」
雪上車の助手席に座っていた島岡二曹は、調査団が向かっている方向が正しいかどうかを問いかける。
「ええ! このまま、まっすぐよ! この速さならもうすぐ着くわ!」
ヴェレスがそう言った直後、双眼鏡を覗いていた島岡二曹はついに雪原の上に”小さな建物群”を発見した。
「ああ、見えました! 小さな集落が見えます!」
調査団の車輌が雪原の上を走ること約3時間、ついに目的の場所が視界に捉えられたのである。
・・・
雪上 ライムの集落
その集落は“グラッスオール火山地帯”の近傍に位置し、調査団がロトムシロクマと遭遇した場所からは死角になっていて見えない場所にあった。そこにはヴェレスとダジボーグの2人と同じく、2.5〜3m級の身長を誇るライム族たちが暮らしていた。
「おい、何だろう。あれは?」
集落に住む1人の男が、謎の物体が地平線から接近しているのを見つける。それらは雪を舞上げながら、こちらに向かって近づいていた。
「新手の獣か?」
「どうする? こっちに向かってるぞ!」
「戦うか!?」
男たちは雪原の向こうから迫る謎の物体を倒す為、次々と巨大な槍を手に取る。
10式雪上車 内部
助手席に座っていた島岡二曹は、双眼鏡越しに集落の様子を見て、眉間にしわを寄せる。
「集落の皆さんが槍を手にとって、こっちを見ています。恐らく、獣か何かと勘違いされているんじゃないですかね?」
「なに・・・?」
島岡の報告を聞いた輪島二尉は、荷台の前の方に寄ると、フロントガラスの向こうに見えるライムの集落を見つめる。彼の報告通り、集落の正面には槍を持った巨漢たちが集い、ただならぬ雰囲気を感じた。
「それは不味い。ソリを停めてくれ、俺たちが説明する」
島岡の話を聞いていたダジボーグは、10式雪上車を停めるように指示する。
「・・・分かりました!」
運転席に座っていた帰山二曹はブレーキを踏み込み、雪上車のスピードを落とす。同時にもう1台の10式雪上車と南極観測用雪上車、BTR−Dもスピードを落とし、4輌の車輌は集落から200mくらいのところで停車した。
「じゃあ、ここで待っていて」
ダジボーグはそう言うと、10式雪上車の荷台から速やかに降りて行った。彼に続いてヴェレスも雪上車を後にする。
ライムの集落
集落に住まうライムの男たちは、雪上車の群れを警戒して次々と槍を手に取る。彼らの目には雪上車が新種の獣に見えていた。そして雪原を進む4匹の獣らしきものは、集落の手前で停止する。するとその後ろから人影が現れたのだ。
「おい、何か出て来たぞ!」
狩人たちは警戒する。しかし、その警戒心はすぐに消えた。獣の後ろ側から現れた人影は、彼らが良く知る人物だったからだ。
「おーい、俺たちだ! 安心しろ!」
「ただいまぁ!」
ヴェレスとダジボーグの2人は手を振りながら、彼らの集落に向かって叫ぶ。
「ヴェレス! ダジボーグ! お前たちだったのか!」
ダジボーグと同じくライムの青年であるスヴァローグは、雪上車から降りた2人に駆け寄る。3mに迫る巨漢の彼らは歩幅も大きく、彼は人間離れした速さで200mの距離を駆け寄って来た。
「なんだ! 今日は1日かけてロトムシロクマを狩りに行くと言っていたのに結構早く帰って来たな! どうした?」
スヴァローグはダジボーグの肩を叩きながら、彼らが予定以上に早く集落へ帰って来た理由を尋ねる。
「ああ、ちょっと事情が変わってしまってね・・・それで・・・」
「そう! 酋長にお話があるの。お客を連れてきたから!」
ヴェレスはスヴァローグとダジボーグの会話に割って入ると、自身の後ろを指差した。
「・・・”客”?」
首を傾げるスヴァローグは、ヴェレスが指し示した方を見る。そこには、先程雪原を進んでいた”獣”から次々と小さな人影が降りて来ていた。
「・・・人間じゃないか! 何故ここに?」
スヴァローグは想定外の来客に驚く。彼らにとって“人間”とは、この極寒の環境ではまともに夜も越せないはずの種族だったからだ。
「彼らはただ者では無いのよ。人間では耐えられないこの世界で生き延び、更には自らあのロトムシロクマに挑み、勝ってしまう様な人間たちだからね」
ヴェレスはRPG−7でロトムシロクマを吹き飛ばした件のことについて述べる。それを聞いたスヴァローグはさらに驚いた表情を浮かべ、調査団に視線を向ける。そんな彼の様子に気付いた団長代理の河本が、スヴァローグの元へ近づく。
「初めまして、我々はレーバメノ連邦、そして日本国より派遣された資源調査団です。私が団長代理の河本源と申します。実は・・・」
自分たちの素性を明かした河本はその後、自分たちの目的が金鉱であること、火山地帯を目指していたが迷ってしまったこと、そしてその道中にヴェレスとダジボーグに会ったことなど、彼らがこの未開地域に足を踏み入れた経緯を説明する。
「・・・なるほどね〜。”金”を探してここまで来たのか・・・。レーバメノの連中が、やたら欲しがっていたからなあ。酒とかいう美味しい水と変えてくれていたっけ・・・。ニホンという地名は聞いたこと無いが・・・」
「日本とはこの世界の”東の果て”に位置する島国です。現在はレーバメノ政府と協定を結び、この極北地域にて共同で金鉱の調査を行っているのです」
「”金”か・・・確か”金”は外の世界じゃ価値がある石なんだろう?」
「はい。その通りです」
スヴァローグの問いかけに河本はきっぱりと答えた。
「俺たちには何であんなものにそんなに価値があるのかが分からんが・・・」
スヴァローグはやや困惑した表情を浮かべる。貨幣や装飾品という文化を持たない彼らにとって、貴金属類は価値を見いだせないものであった。
「確かあれはベロボーグの野郎が火山地帯から見つけて来たんだよな・・・。あいつなら正確に場所を覚えているだろう」
50年程前、彼ら“ライム族”がレーバメノ連邦と取引をする際に使用していた金鉱石は、ベロボーグという名の青年が当時偶然見つけた金鉱山から採って来たものであった。スヴァローグはそのことを思い出す。
「でも私たちだけで勝手に判断する訳にはいかないから、とりあえず客人を酋長の元へ案内してあげて」
「・・・そうだな」
ヴェレスは調査団を酋長の下へ連れて行く様に頼む。彼女の頼みを受けたスヴァローグは河本の方を向いた。
「あんたら・・・調査団と言ったか。酋長に会わせる。付いて来てくれ」
彼はそう言うと、集落の方へと歩き出す。他の2人も同様に調査団に対して付いてくる様に促す。斯くして、極北資源調査団27名は、ライム族の集落へと招かれることとなった。
「へぇ〜・・・人間だってよ!」
「久しぶりに見たなあ!」
「僕、初めて見たよ!」
調査団の前に広がるのは、獣の皮や雪のブロックで作られた家屋が立ち並び、まるで昔のイヌイットやエスキモーの様な生活を行っている狩猟民族の姿だった。そしてライムの集落に招かれた調査団27名に、3mの高所から好奇の目が降り注がれる。ライム族と人間との交流が絶たれて約50年。平均寿命が数百年に達する彼らにとっては、50年という時間はさほど長いものでは無いのだろうが、さすがに人間を初めて見る世代も生まれている様子である。
”ライム”・・・それはロトム亜大陸の極北地帯に住む唯一の種族、及びその共同体の名である。人を寄せ付けない極寒の未開地域に暮らし、そこに棲息する獣を狩ることで生活を成り立たせている。そして周りの獣を狩り尽くせば、新たな獲物を求めて、次の場所へと移動するのだ。
「この住居だ。ちょっと待っててくれ」
スヴァローグはそう言うと、一際立派な外見をした住居へと入って行く。幾重にも重ねられたロトムシロクマの毛皮で出来たそれは、とても温かそうな見た目をしていた。
しばらく後、住居から出て来たスヴァローグは、調査団が酋長と会う許しが出たことを伝える。よって調査団の中から団長代理の河本、そして調査団護衛の指揮官である輪島とレオーンチェフ、そして調査団で唯一レーバメノ連邦の人間であるスパラスキーの4人が、調査団を代表して酋長と会うこととなった。
酋長の住居 内部
彼ら4人が住居へ入ると、そこには身長が3mはあろうかという巨大な老人が鎮座していた。その周りにはライムが誇る屈強な狩人たちが、目を光らせて座っている。
「久しく見ぬレーバメノの者、そして初めて見るニホン国の者どもよ、遠路はるばるごくろう! 辛い旅路だっただろう!」
”ライム族 酋長”のペルーンは、何とも剛胆といった印象を受ける老人であった。彼は元気のある声で調査団を歓迎する。
「いいえ、多分な歓迎のお言葉、恐れ入ります。ロトム亜大陸資源調査団団長代理の河本源と申します。こちら3人は同じく団員の輪島啄徳とアルカディー=レオーンチェフ、そしてスパラスキー=チーフセルと言います」
河本の紹介に与る3人は名前を呼ばれた順に頭を下げた。高い視線に囲まれ、威圧感を感じる空間の中で放たれた酋長の歓迎の言葉に、河本はやや安堵しながら自分たちの素性を述べる。
「話は聞いている。金を探しに来たのだろう?」
「はい。我々は金鉱を求めてこの地に来ました!」
「そうか・・・」
河本の言葉を聞いたペルーンは、自身の周りに座っている狩人たちの中から1人の男を指差す。河本をはじめとする4人がその男へ視線を向けると、彼は説明を始める。
「彼はベロボーグ。金鉱の場所ならば彼が良く覚えとる。金は外の世界では食い物より価値があるそうだが、狩猟民族の我々にとっては価値など分からぬものでな・・・。別に掘り出して貰ってかまわないぞ」
「!」
採掘許可をあっさり認めた酋長ペルーンの言葉を聞いて、河本ら4人の顔が明るくなる。
「・・・では!」
「ああ。明日、彼にお主らを金鉱まで案内するように言ってある」
「ありがとうございます!」
河本は酋長からの有り難い申し出に感謝して深く頭を下げる。後ろの3人も同様に頭を下げた。
「気にする事はない、わしはお主らの度胸と強運が気に入ったのだ・・・。そこでだ・・・代わりと言っては何だが条件がある」
「・・・条件ですか?」
ペルーンが発する言葉に、河本は注意深く耳を傾ける。
「酒を持って来てくれぬか? わしらはあの味がどうしても忘れられないのだ。以前は獲物を狩り尽くしたため、止む得ずレーバメノとの交易を絶って北へ旅立ったが・・・」
“酒”・・・ペルーンが提示した条件に河本は少し驚きながら、その内容に安堵していた。
「酒でしたら我が故郷より、美味なものを持参させましょう!」
河本は意気揚々とした表情で答えた。彼の言葉を聞いたペルーンは満足げな顔を浮かべると、立ち上がりながら4人に向かって叫ぶ。
「では、今宵はお主らを歓迎する余興を執り行いたい! 外の世界・・・お主らが故郷というニホンという国の話も聞きたいのでな・・・」
「・・・! はい、謹んでお受け致します」
河本は酋長の申し出に対して喜びの表情で答える。
(・・・村田さん! 我々はやりましたよ!)
ライムとの交渉は出発前には予想だにしなかったトントン拍子に進んだ。彼は心の中で、今は亡き調査団団長である村田に、供養代わりとして資源調査成功の報告をするのだった。
〜〜〜〜〜
ロトム亜大陸 極北の未開地帯 某所
(・・・ここは?)
クレバスに落下した村田は長い気絶の中から目を覚ましていた。意識があまりはっきりとはしないが、彼は首を左右に回しながら周りの様子を見る。
(・・・?)
彼の目に最初に入って来たのは、木目のある天井であった。そして横を見ればテーブルの上にポットとパンが置いてある。さらに彼が眠っていたのはベッドの上だった。
カツ・・カツ・・
「!?」
現在の状況に理解が追いつかない彼の耳に、突如足音が聞こえた。それは徐々に近づき、そしてその正体を彼の前に現す。
「あら、目を覚ましたの」
村田が寝ていた寝室に現れたのは1人の女性であった。端麗な顔立ちをしており、外見は20歳弱に見える。
「・・・ここは一体?」
村田は相変わらずきょとんとしていた。女性はそんな彼の様子を見て、くすくすと笑いながら答える。
「フフ・・・大丈夫、ここはあの世じゃないわ。ここはロトム亜大陸の地下に広がる大空洞・・・私たちの他には“生きている者”はいないわ・・・」
「・・・!」
村田は女性の答えを聞いて、最後の記憶通り自分がクレバスに落ちたことを知る。自分の体をよく見れば、至る所に包帯や貼り薬が貼ってあった。
「大きな傷は”治癒魔法”で治したけど、体力を使うのよ・・・。悪いけど、小さな傷程度なら自分で治してね」
「私を手当して下さったんですね・・・ありがとうございます」
村田はその女性に礼を言うと、少し起き上がって彼女に頭を下げる。治癒魔法・・・魔法を使ったというからには彼女は魔法使いなのだろう。彼はそんなことを考えながら、次なる質問をする。
「私は日本国より派遣されたロトム亜大陸資源調査団の団長、村田義直と申します。貴方は・・・一体・・・?」
村田は自身の名を告げると、彼女の名を尋ねる。クレバスの底に小屋を構えて暮らしているということから、普通の人間では無いことは確実であった。
「あら、人に名乗るなんて何十年ぶりかしらね・・・私の名はジェラル・・・ジェラル=ガートロォナ」
その女性はしみじみとした雰囲気でそう言うと、やや嬉しそうな様子で村田に自身の名を告げる。
「ん? どこかで聞いたことが・・・!!? ええっ!?」
クレバスの底で出会った女性、彼女の名前を聞いた村田は驚愕する。その直後、1人の男の叫び声がロトム亜大陸の地下大空洞にこだまするのだった。




