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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「先天性天権保持者」

 太陽が昇った昼間。冬が近づいてきた為肌寒くなりつつある風を受けながら俺とクロは二人でケルンを目指して旅を続けている。その途中のことだ。


「ねーねー、お兄さんの天権って何なの?」


 お喋りが好きなのか事あるごとに話題を提供するクロが俺に尋ねる。というか、よくこの性格で一人旅なんて出来ていたよな。


「一応俺の天権には『不死』って名前がついてる。基本的には回復系の天権だな。俺にしか効果がない限定的なものだけど」

「不死? 不死って確か、魔王の持つ能力も『不死』じゃなかったっけ? ほら、不死王とか呼ばれてるらしいし。まさか、お兄さんが……ってな訳ないか。年齢的にもおかしいよね。魔王が最後に確認されたのが16年前だから、そのころのお兄さんは赤ちゃんのはずだもん」

「誤解が解けて何よりだ。それより、お前の言っていた天権ってのは、あれ、どういう意味だよ」

「天権? ああ、クロの持ってる『剛力』のこと?」


 話の流れで俺は聞きたかったことをクロに尋ねる。そう、こいつは確かに戦闘中に自分の能力のことを天権と呼んだ。剛力……恐らく名前の感じからして肉体強化系の天権なのだろう。自分の体に作用するという点では俺と同じだな。


「そう、それだよ。何でお前が天権を持っている? お前は俺たちと同じ召喚者なのか?」

「クロは違うよ。正真正銘この世界で生まれた一般市民」

「ならなんで天権が使える?」

「うーん……えとね、こういう力が使える人はたまにいるらしいよ。クロも詳しいことは知らないんだけど、クロはこの力のことを天権って教えてもらったの」

「教えてもらった? 誰に」

「国の人」


 端的なクロの台詞。もしかしたら彼女自身も自分の力の出所についてよく分かっていないのかもしれない。

 しかし……そうか。そういえばイリスの『魔眼』にしたって天権のような力だもんな。天から与えられた権能、という意味ではまさしく天権そのものだ。


 つまりこの世界の人間にも俺たちと同じく天権を使える人間がいるってことか。魔族との戦争なんてそいつらがやればいいのに……まあ、きっと人数が少なすぎるとか問題があるんだろうけど。


 だが、そう考えるとさらに魔族と人間たちの境界が曖昧になってくる。一体この国の連中は魔族の何を持って敵と判断しているのやら。

 そんな愚痴にも似た疑問を隣の同行人に聞いてみると、


「そんなのクロ達の邪魔するからに決まってるよ。昔から小さな村落はいくつもやられてるし、16年前には大きな侵攻だってあった。魔族はね、どうしたって共生なんて出来ない害虫なんだよ」

「害虫って……ずいぶんな言い様だな。魔族に恨みでもあるのか?」

「恨みは別にないけどね。クロは魔族を殺すよう言われてるから」

「殺すように……って……誰に?」

「国の人」


 またもや端的に答えるクロ。なるほど。国抱えの戦力だからこそ、かなりの報酬を受け取りこうして綺麗な服を着ていられるというわけか。

 どうやらさっきの俺が考えていたこういう人たちに戦争をやらせれば~ってのは実際に行われていたらしい。こんな女の子にまで、なんて少しだけ思ったがそれを言う資格は俺にはない。王都から逃げ、戦争を拒否した俺にはな。


「でも、それならなおさら俺の相手なんかしてる場合じゃないだろう。王都に帰らなくていいのか?」

「うん。クロは元々こういう性格だし、結構放任されてるところあるから。緊急の指令は今のところないし、何かあれば鳥文飛ばすと思うからね」


 竹を割ったような笑顔であっさりそういったクロは「それに……」と続け、


「お兄さんと一緒に旅するのは楽しいからね♪」


 唐突に俺の腕に抱きついて、すりすりとまるで猫か何かのように体を押し付けてくる。少し歩きにくいが……まあいいか。温かいし。


「別に面白いことなんて何もないと思うんだが……」

「お兄さんはクロの初めてを奪った人だからね。何度も言うけど、その責任はとってくれないと駄目だよ?」

「何度も言うがその言い方はやめろ。他人に聞かれたら絶対に誤解される」


 事あるごとにクロが持ち出す初めてとは黒星のことだ。どうやら先日の戦闘をクロは自分の負けだと感じているようで、何かにつけて俺に責任を取らせようとする。


「だって普通なら死んでるところだよ? 助けてもらった命の借りはちゃんと返さないとね」


 敗者は勝者に従うのみ。

 別に俺も命を助けてもらったのだから貸し借りなんてもうチャラになっていると思うのだが、どうもクロはそれでは納得がいかないらしい。それでも俺は安易にこの女の子を同行者に選んでしまったことを後悔して、今からでも別れて行動しようと提案するのだが、その度決まって、


「クロの大太刀は王都でも扱ってない品だからケルンの知り合いに注文しなくちゃいけないの。だからクロも全く用事がないわけでもない。ね? だから一緒に行こう? 武器がなくなったせいで道中、悪い奴らに襲われちゃったら大変だしさ」


 と、後付の理由をもってきて何としてでも俺と一緒にケルンへ行こうとする。大太刀を壊したのは俺だし、助けてもらってもいる手前それ以上強く言い返すこともできずこうしてダラダラと同行を続けてしまっている。

 日に日に距離感が近くなるクロにどうしてこうなったと思わないでもない。というかこいつ俺に懐き過ぎだろう。


「おい、道が荒れてきたからそろそろ手を離せ」

「えー、別にこのままでいいじゃん。お兄さんだってクロの胸の感触楽しめて嬉しいでしょ?」

「だ、だ、だ、誰が嬉しいって!? かかか勝手に決めるんじゃありません!」

「語るに落ちるとはこのことだね……いくらなんでも動揺しすぎじゃない?」


 困ったような笑みで、頬をかきながらクロが手を離し進んでいく。くそっ……自分から押し付けておいてなんだよその反応は。


「でも久しぶりだなー、誰かと一緒に旅するの。やっぱり楽しいね」

「そうなのか? でも、そんなに誰かといるのが好きなら一人旅なんてやめればいいのに」

「うーん。それでもいいんだけどね。クロより弱っちい人と一緒にいて足を引っ張られるのは御免だからさ。その点、お兄さんなら安心だよねクロより強いし」


 前を行くクロはくるりと半身を返し、俺と向き合うような形になり後ろ向きのまま歩き始める。そして、その小さな口から紡がれたのは……


「それに……お兄さんは絶対クロのこと信用したりしないでしょ?」


 ──全く予想もしていなかった台詞だった。


「……は?」

「クロはね、目を見れば分かるんだあ。その人がどういう人なのか。お兄さんは他人を絶対に信用したりしない。その証拠にいつでも抜けるように小太刀に手をかけてるでしょ?」


 クロの言葉に俺はさりげなく背後に回していた手をびくりと震わせる。クロの言うとおり。俺は休憩中だとしてもすぐに戦闘に移れるよう、武器に手をかけていた。出来るだけ気付かれないようには気をつけていたが……どうやらお見通しだったらしい。


「別に責めてる訳じゃないよ。ちょっと用心深すぎるかなって思うけど、隙だらけよりはよっぽどいいよね。クロは、そういう人たち大嫌いだから」

「…………」

「お兄さんはクロのことを仲間だなんて思ったりしない。決して隙を見せない。でもね、"それがいいんだよ"。お兄さんのそういうところが好きなの。クロはそれぐらいの距離感がいい」


 言いたい事を言い終えたのか、再び反転して正面を向くクロ。


 ──それぐらいの距離感がいい。


 なんとなくクロの言った言葉が耳に残った。それはきっと俺たちと同じく、馴れ合うことを拒否した者の台詞だからだ。同属嫌悪ならぬ同属愛好。同じ距離感を好むものだからこその肯定だ。

 だが、それは一般の感覚からは逸脱した感性でもある。


 クラスメイトに裏切られた俺のように。

 孤独の海へと放り出されたイリスのように。

 差別と侮蔑を受け止め奴隷として扱われたステラのように。


 何かしらの過去がなければ形成されることのない価値観。基準だ。そんな俺と同じ感覚をクロが持っているのだとしたら……それはクロが俺たちと同じような過去を持っているということに他ならない。


「…………」


 無論、俺はクロの過去に何があったのかなんて知らない。野次馬染みた好奇心がないといえば嘘になる。そんな俺がクロにかけるべき言葉は……何なのだろう。

 少しだけ考えた俺は、ゆっくりとクロの背後に近寄り、


「おい」

「え? 何……ってこれ」


 振り向いた彼女に強引に押し付けた"ソレ"にクロは目を白黒させていた。


「武器がないと不安だろ。刃渡りはあの大太刀にはかなり及ばないけど持っとけ。言っとくが、貸すだけだからな? 一応貰いもんだからさ、それ」


 俺がクロに手渡したのは小太刀。俺がずっと抜き取れるように触っていたそれをクロへと貸すことにした。理由はまあ……色々ある。警戒していたのがばれてたっていう引け目も、武器を壊してしまった罪悪感も。だけど一番の理由はそんなんじゃない。俺はただ、俺の命を救ってくれた彼女に対して真摯でありたかったのだ。つまりはただの自己満足。ともすれば彼女の言葉を否定し、彼女の嫌う距離感へと自ら足を踏み入れかねない暴挙だ。


 だが……それでも、どうしても。遠ざかる背中に、一人きりで進むその姿に。俺は声をかけすにはいられなかったのだ。俺もかつて、一人で歩いていた者として。


「何で……お兄さんはクロのこと……」


 小太刀を手にしたまま上目遣いで俺の顔色を伺うクロへ、俺は仕返しとばかりに言い返す。


「勝手なこと言ってたけどよ。人の心なんて言葉で言い表せるようなもんじゃねえんだよ。確かに俺は簡単に人を信用したりはしない。けど、信用しようって気がない訳じゃねえんだ。つまり……まあ、なんつーかさ。そういうことだよ」

「でも……いいの? これがないとお兄さん死んじゃうかもしれないんだよ?」

「俺は死なない。そのことはお前だって知ってるだろ」


 さっき語った俺の天権のことを思い出したのか、少しだけ笑みを浮かべるクロ。どうやら俺の言い方がお気に召したらしい。


「はは……お兄さんってやっぱり変わってるね」

「最近はよく言われる」

「ふうん。ま、いっか。仕方ないから貰っておいてあげるよ、これ」


 くるくると慣れた手つきで小太刀を反転させ、腰に差すクロ。その姿がやけに似合って見えた。刃物の似合う女の子なんて嫌過ぎるけどな。


「ねえ、お兄さん」


 クロが言う。


「何だよ」


 俺が返す。


「お兄さんの名前……教えて?」


 クロの問いに、俺は今更ながらに名乗っていなかったことに気付く。ずっとお兄さんって呼ばれていたし、二人っきりだったから特に気にもしてなかったが。つい、うっかりしていた。自分の名を告げないなんて礼儀が足りなさ過ぎた。


「カナタ。俺の名前はカナタだ」


 隣を歩くクロへ俺は遅れながらに名を告げる。そんな俺にクロは一度頷いて、


「うん……覚えた」


 と、小さく漏らした。

 別に何が変わったわけでもない。俺たちは俺たちの距離感のまま、同じようにしてケルンを目指し歩いて行く。だが、少しだけ……この奇妙な出会いを果たした同行者と仲良くなれたような、そんな気がした。

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