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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「逃走」

 三階から二階に向かう途中、ピーッ、と甲高い笛の音が聞こえてきた。

 間違いない。イリス達に持たせた緊急事態を知らせる笛の音だ。どうやら向こうにも何かしらの予想外の出来事があったらしい。


「ちっ……」


 何で今なんだ。鬼面の奴もそうだし、まるで謀ったかのようなタイミングで事件が起きやがる。


「!? ……ステラっ!」


 急いで二階に着くと、廊下を忙しなく駆け回るステラの姿を発見した。片手にはナイフを持っており、交戦中の様子。その相手は……


「王国騎士……ッ!?」


 常駐している騎士連中だった。

 まずい……想定していた事態の中でも最悪に近いぞ。これは。

 額に流れる汗を自覚しながらステラの元へ急ぐ。ステラが対応している騎士は全部で五人。隙間を縫うように攻撃を交わしているが、それも長くは続かないだろう。


「ステラ、こっちだ!」


 今まさにステラへ切りかかろうとしている騎士に背後から襲い掛かり、ステラの名前を呼ぶ。俺の援護を受けたステラは包囲網を突破し、こちらに逃げ込んでくる。


「おい、大丈夫か!?」


 見ればステラの体にはいくらかの傷がつけられており、痛々しい血が流れ出ていた。それほど大きな傷はなさそうだが、すぐにでも治療する必要がある。


「だ、大丈夫、です……それよりイリス様がまだ……」


 荒い呼吸の中、息も絶え絶えにステラは騎士を挟んで反対側の廊下を指差す。どうやらイリスは向こう側にいるらしい。助けに行くならこの騎士共を突破しなくてはならないが……


「ステラ、先に集合場所に行ってろ」

「……え? か、カナタさんはどうするんですかっ」

「俺は……」


 不安げにこちらを見上げるステラの頭を一度だけ撫でつけ、


「イリスを助けに行く!」


 振り返らないまま、騎士の軍勢へと突っ込む。

 敵は五人。さきほど吹き飛ばした騎士もすでに立ち上がり、こちらに剣を構えている。そのどれもが騎士剣と共に、皮鎧を装備しており完全な戦闘準備が整えられていた。


 王国騎士団。その中でも王城に勤め、王を警護する任を帯びた近衛騎士と呼ばれる連中はエリート中のエリートだ。ルーカスさんに勝るとも劣らない斬撃を繰り出す難敵を相手に俺が考えるのはたった一つのことだった。


(待ってろ……イリスっ!)


 戦闘能力という意味では俺達三人の中でイリスが最も低い。騎士と交戦することになればまず勝てないだろう。だからこそ……


「そこをどけぇぇぇぇぇえええッ!」


 俺がすぐにでも駆けつけなくてはならない。

 踏み出した俺に降りかかるのは五種類の斬撃。それら全てが洗練されており、回避する術は絶無。まるで豪雨のように襲い掛かる斬撃を前に、俺は、


 ──更なる一歩を踏み出した。


「ぐッ!」


 当然のようにこの身に降りかかる斬撃の雨は深い裂傷を刻みながら、通り過ぎていく。血の軌跡を描きながら宙を滑る剣に彼らは己の勝利を確信したことだろう。

 だが、それこそが俺の"勝機"だった。


「が、あ……あああああぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 修復は一瞬。皮一枚で繋がっていた右腕を再生した俺は渾身の力でその剣を振るう。


「爆ぜろ──灼熱の剣(レーヴァテイン)!」


 一閃。

 横薙ぎに振るわれた灼熱の剣は俺を爆心地として、衝撃を四方へ撒き散らす。攻撃を終え、油断しきっていた騎士達はこの突然の一撃を避ける術もなくまるで風に舞う木の葉のように吹き飛ばされていく。

 詠唱を短縮したせいで灼熱の剣はほとんど一瞬で消えてしまったが問題ない。吹き飛ばされた騎士に起き上がる様子がないことを確認して、先を急ぐ。その瞬間、


「────ッ」


 ズキリ、と右腕に走る痛みに思わず息が詰まる。

 出来るだけ早く突破するためとはいえ、かなりの無茶をしたからな。魔力もかなり消費してしまった。


 不死の天権は基本的に再生量に比例して魔力を消費するようなのだが、それとは別に再生速度や再生度合いに応じて微妙に消費魔力が上下する。それに加えて最近知ったのだが、どうやら俺の天権は魔術で受けたダメージは回復しにくいという特徴があらしい。


 灼熱の剣を使ったときの燃費がどうも悪いと思ったのはそこにも原因があったのだ。思えばアゲハの攻撃も修復がしにくかったしな。何でそんなことになってるのかは分からないが……とにかく。


「今は四の五の言ってる場合じゃねえよな」


 痛みも、消費魔力も今は気にしない。イリスの元へたどり着くのが最優先事項だ。


「イリス……」


 俺は瞳を瞑り、"音"に集中する。イリスがこの階にいるのは分かってる。魔力で強化した聴力で周囲を探索すると……いた。何人かの人間が走る音だ。


 目を開き、音を頼りに走り出す。

 音が向かう先へ最短距離で先回り。普通に追っていたら時間がかかりすぎるからな。迷いそうなほど複雑な王城内部の廊下を走りぬけ、一分もかからない内に俺はその一団と遭遇した。

 予想通り、イリスは追われている。いや、追われていたというのが正確だろう。俺が出くわしたときにはすでにイリスは何人もの騎士に抑えられ、地面に押し付けられていたのだから。


「…………ッ!」


 気付いたら俺は騎士連中に向け、襲い掛かっていた。

 ほとんど無意識に近い、反射のような行動だった。

 たった一人、丸腰で突っ込む俺は騎士達から見ればさぞ御しやすい愚か者に見えたことだろう。事実、さっきの戦闘のように虚を付かねば何人もの騎士を相手取るのは正直きつい。

 それでも正面から突撃したのは一秒、一瞬でもイリスを奴らなんかに触れさせておきたくなかったから……


「イリスから……離れろッ!」


 視界に写る騎士は四人。さっきより少ないが油断は出来ない。

 真っ先にこちらに切っ先を向けてきたのは一番若く見える騎士だ。真新しく、一人も斬ったことがないのであろう剣を向け、静止の声を上げる。


「止まれ!」

「止まれと言われて止まる馬鹿がどこにいるかよッ!」


 俺に止まる意思がないのを悟った若い騎士はぎこちなく剣を構え、真正面から振り下ろしてきた。どこまでも真っ直ぐ、虚実のないその一撃を交わすことはそれほど難しくない。


 すれ違い様に掌底をどてっ腹にぶち込んで無力化。問題はその次だ。

 一人倒されたことで警戒心を刺激された騎士達はそれぞれに剣を鞘から走らせ、鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。


 肌を刺すのは痛いほどの──殺気。

 ああ……そうだよな。

 こいつらも……


 ──この世界で生きているんだから。


「らああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 元の世界では絶対に得られなかった緊張感。生死を賭けた戦い。無謀にも突撃した俺に待っていたのはそれだった。最早乱戦に近い形で次々と降りかかる刃を迎撃していく。


(待ってろ……)


 皮膚が裂け、肉が断たれ、血が冗談のように噴き出す。


(俺が、すぐに……助けてやるッ!)


 だがそれでも進撃を止めない俺はいくつもの斬撃をくらいながらも彼らを無力化し、イリスの元へ……辿りついた。


「……怪我は、ないか」


 斬り飛ばされた左腕を再生しながら力なく問う。見る限りイリスには打撲痕以外見受けられないが油断は禁物だ。自分でも気付かない内に大怪我を負ってるなんてことはザラにある。


「ちょ、カナタっ……どこ触ってっ……」

「うるさい。黙れ、怪我がないか確認するだけだ」


 片膝を突き、ぺたぺたとイリスの体に異常がないか、直接触って確認する俺にイリスが焦ったような声でぽかぽかと頭を殴りつけてくるが気にしない。


「や、やめなさいよっ、このセクハラカナタ!」

「……懐かしいな、その響き」


 林檎みたいに紅潮した顔以外、イリスの体に異常がないことを確認した俺は立ち上がってイリスの手をそっと握り締める。


「……良かった」

「え?」

「お前が無事で……良かった」


 心から漏れた言葉にイリスは一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、それからかぁぁぁぁっ、と先ほどの比ではないほど真っ赤に赤面してみせた。


「きゅ、急ににゃに言ってんのよ! アンタはそんな気の効く言葉が吐けるキャラじゃないでしょうが!」

「キャラじゃないって……酷いな、おい」


 俺だって心配くらいはするというのに。仲間が乱暴にされているのを見て頭に血が上ってしまうくらいには人の心を失っていないつもりだよ、俺は。


「というか急ぐぞ。ステラは先に行かせてある、すぐに合流して王都を離れよう」

「ぐっ……言いたい放題言ってその態度っ……後で覚悟しておきなさいよ、カナタ」


 何を覚悟しろってんだよ……。

 イリスの理不尽な言葉は聞かなかったことにして、俺はイリスの手を引っ張るように走り出す。時間はあまり残されていない。騎士団がすでに動いているということは王城の警備も普段以上に強化されていると見たほうがいいだろう。

 王の居るこの聖域とも呼べる場所で狼藉を働いたのだ。捕まればまず無事ではすまない。例え、それが未遂だったとしても。


「……そういえばイリス。熊谷は生きていたか?」


 急ぎの事態ではあったが、どうしても聞きたかった問いをイリスにぶつけるとそれだけの言葉で全てを了解したのか、


「ということは、カナタの方"も"そうなのね」


 一言で何があったのか答えてくれた。俺の方も、ということは熊谷も酒井と同じく俺達が向かう前に何者かに殺されていたと言う事なのだろう。


「俺は実行犯らしき奴と交戦した。狡猾で、隙のない不気味な奴だったよ。何とか取り押さえようとしたんだが、逃げられちまった」

「不気味、ね。そいつの顔は見たの?」

「いや、変な面をつけてて確認できなかった」

「変な面?」

「ああ。黒い、口から下のない鬼の面だ」


 俺は見たままの特徴をイリスに告げる。

 すると……


「鬼の面……ですって?」


 パシッ!

 軽い衝撃と共に繋がれていた手が解かれる。見れば、イリスは悠長にも廊下の中央で立ち止まり、俺の言葉を反芻していた。


「鬼の……面」

「おい、イリス。何やってんだ。時間がない、って……」


 イリスの元へ一歩踏み出し、気付く。


「────ッ!?」


 この俺が、何度も死線をくぐり越えてきたこの俺が思わず硬直してしまうほどの……殺気。痛いなんてもんじゃない。先ほどの騎士とは比べ物にならないほどの濃度を持った紛れもない殺気が俺の足を竦めていた。

 そして、その殺気を放っているのは……目の前のイリスだったのだ。


「カナタ、そいつはどこへ向かったの」

「え、あ……すまん。分からない。無闇に追うより、お前らと合流したほうがいいと思って……」


 思わず言い訳口調になってしまう俺を一瞥し、「そう」とイリスは一言だけ言って……底冷えするような殺気を収めてくれた。


「それならここに居ても仕方ないわね。行きましょう、カナタ。足を止めて悪かったわね」

「いや、それはいいんだが……今の」

「聞かないで」


 問いを口にしかけた俺を先回りし、イリスが喋らせない。確固たる拒絶の対応に唯一、イリスがそうする原因に心当たりがあった俺はそれ以上尋ねる事はしなかった。

 それに……


「今はまだ……話したくないから」


 今は、まだ。

 イリスがそう言ってくれたから。

 俺は何の不満もなく、イリスの態度を受け入れることが出来た。


「……行こう」


 少しだけ気まずそうにしているイリスの肩を叩き、先を促す。


「ええ……そうね」


 そう言ってはにかみ、イリスは再び走り出す。

 だが……

 ──一度解かれた手が、再び繋がれることはなかった。

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