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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第一部 王都召喚篇

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「拷問」

 広い室内に、俺の荒い呼吸だけが聞こえる。

 一体どれくらいの間、この状況が続いただろう。いい加減、頭がどうにかなってしまいそうだった。視界が閉じられた中、暗闇でリンドウの質問にただ答え続けていく。


 体感では一週間ぐらい経っていそうだが、お腹がそこまで空いていないことを考えるに大して時間は経っていないのだろう。もしかしたら極限状態にあって、空腹を感じる余裕がないだけかもしれないが。


 あれからリンドウは俺にさまざまな質問をした。

 いつ頃召還されたのか、王国はどんな待遇をしたのか、魔族をどのように認知しているのか、天権についてどのくらい知っているのか、魔術が使える者はいるか、誰が強いと思うか、王城の警備に隙はあるか、王様がどんな奴だったか、そして、この世界についてどう思うか。

 それら全てに俺は答えて言った。


 リンドウは少しでも言葉に詰まると、俺にお楽しみを施した。少しずつ早くなるペースに、俺は洗いざらい吐くしかなかった。嘘を付いている暇なんてなかったから、俺は全てを吐いてしまったのだ。


 特に、彼らは召還者の戦力について知りたがっていた。

 誰が強いと思うか。俺の脳裏を過ぎったのは、切り札として扱われていた彼女達のグループだった。紅葉、宗太郎、奏、拓馬。


 俺は……彼女達を裏切ったのだ。

 やがてリンドウは「質問はこれで終わりだ」と言って、俺の目から布をどけた。久しぶりの光に、目を瞬かせながら見た俺の手足には、俺の血がべったりと付着していた。


「お勤めご苦労さん」


 リンドウが俺に告げた言葉は会社の上司が部下に告げるような気安さは持っていても、そこに配慮は存在しなかった。

 とにかく、今は一人になりたい。ただそれだけだった。

 捕虜としての役目を終えた俺は元の牢屋に戻される……


 ……そう思っていたのに。


「…………?」


 いつまで経ってもリンドウは台車から離れようとしない。その背中からは表情がうかがい知れず、リンドウが何をたくらんでいるのかさっぱりだ。

 やがてゆっくりと振り向いたリンドウは、その手に刃の短い鋏のようなものを持っていた。ペンチのように湾曲した柄を持つその鋏をリンドウは揺らしながらこちらに近寄る。


 正直、嫌な予感しかしない。


「これで俺に与えられた『仕事』は終わり。だからこれからは……『趣味』の時間だ」


 ぞわり、と。リンドウの笑みを見た瞬間に、俺の背筋を悪寒が走った。

 手に持つ鋏を、ジョキン……ジョキン、と鳴らすリンドウ。どうやら尋問の時に鳴っていたあの妙な音の発生源はこの鋏のようだ。


「お、おい……何するつもりだ」


 先ほどまでは真っ暗だったため何も状況が掴めなかった。けれど今ははっきりと見える。


「お、いいねぇ。その表情。やっぱり拷問ってのはこうじゃねえとな」

「ご、拷問……?」


 耳慣れないその単語に、俺は少しずつ体が震えだすのを自覚する。とっくに麻痺していた恐怖心が、再び鎌首をもたげる。鋏から視線を逸らしたいが、それすらも出来ない。俺の視線は凍りついたかのようにその刃物から動かなかった。


「俺は相手の怖がる顔が大好きなんだよ。やっぱり目が見えねえと、表情もはっきりしねえからなぁ」


 ガッ!

 突然リンドウは俺の髪を掴み、強引に顔を上向かせ眼前にその鋏を突き出した。


「ひっ!」

「この世には怖いもんが色々ある。魔術、古龍、魔女や魔獣。けど、普段からそいつらの影に怯えながら暮らしてる奴はいねえ。なぜだか分かるか?」

「…………」


 目の前にチラつく刃物のせいでリンドウの言葉が頭に入ってこない。

 無言の俺に、リンドウは言葉を続ける。


「それらが遠いからだよ。空想上、つーか会ったこともないもんだから具体的にイメージが出来ないんだ。そいつらに会ったとき、自分がどういう目に遭うのか」


 ぷらぷらと、指先で鋏を器用に回転させたリンドウはにやりと笑って鋏を突き出す。


「その点こいつなら違う。刃物ってのは普段から目にしてるもんだし、切り傷の痛みってのは誰しも経験ある、なあ……」


 リンドウの瞳が俺を射抜く。

 どこまでも黒く、淀んだ眼球。その深遠を覗くことは出来なかったが……唯一つ。この男は壊れている。そのことだけははっきりと分かった。


「お前は、痛みを知っているか?」


 リンドウはそう言って鋏を俺の右の眼球に突き刺した。


「ぐっ、アアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 初めに感じたのは違和感。

 とんでもない異物が自身の体に入り込んでくる感触。まるで生き物のように、その身の冷たさを俺に伝えた後、やってきたのは身を切り刻まれたかのような鋭い痛みだった。


「あひゃひゃひゃっ! いいねえぇ! その悲鳴! 思わずイッちまいそうだぜ! もっとだ、もっと聞かせろぉぉぉぉ!!」


 ぐちゃぐちゃと脳みそをかき回されているかのような不快感。

 鋏を眼球から引き抜かれた後、最早その役割を捨てた白い肉隗がドロリと眼窩から涙と共に頬を伝う。

 目が……俺の目が。潰された……。


「ぐっ、ううぅぅぅぅ……」


 鋭い痛みが断続的に俺を襲うが、それ以上に喪失感が酷かった。半分になった世界で、俺はのたうち苦しむ。そして……


「おお? 何だ、こういうのも治っちまうのかよ」


 次第に痛みが退いていき、視力が回復する。

 俺の不死の天権が、右目を癒してくれたのだ。

 本当に、心底この能力を持っていて良かった。もしそうでなければ、俺の右目は一生窪んだ穴のままだったのだから。


「まあいい。その分長く楽しめるってもんだ」


 瞳を閉じて痛みに耐えていた俺に、リンドウの声だけが聞こえてきた。

 まだ俺を解放する気にはならないらしい。すでに精神的に限界が近いというのに……


 次にリンドウは動けない俺の手を掴み、その指を取ろうとした。

 けれど、何かされると分かっていてわざわざ晒す馬鹿もいない。俺は手を握り締めて指を隠す。爪をはがされるのはもう御免だ。


「ちっ、まあいい。こっちは隠せねえだろう」


 リンドウは屈んで俺の足へと標的を変えた。

 靴と靴下を脱がされ、素足にされた俺。

 リンドウはやはり俺の指先を狙っているようだった。


「うっ……」


 位置的にリンドウが何をしているかは見えないが、何をしようとしているかは分かる。持っていた鋏は随分と刃が厚いタイプで、多少の太さを持つものでも易々と断ち切る威力を持っていた。つまり……


 ──バツン!


 聞いた事もない音を上げ、閃光が室内で爆発した。


「────────」


 それは痛みだった。

 自分自身、世界から色と音が消えてしまったのではないかと言う空白の世界で、俺はただ痛みだけを感じていた。眼球を抉られたときよりも痛い。あの時の鋭い痛みとはまた違った痛みを、それは俺に与えていた。


 言うなれば熱。

 灼熱の炎のような痛みが、俺を炙っていた。

 傷口から脊髄を通って脳内へ。チリチリと、ビリビリと、その痛みは激しく自己主張を続けていた。


「ぐ、はっ、あ、っあああああっ!」


 余りの痛みに呼吸すら困難だった。

 そんな俺に、


 ──バツン! バツン!


 続けて二連続、火花が散った。


「つぅぅぅううううっあああああああぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあぁっぁぁぁぁあああああああ!!」


 チカチカと視界が点滅している。世界が揺れているのは、俺が体をむちゃくちゃに跳ねさせているからだと気付くのに当分の時間が必要だった。


 バキッと音がして、木製の椅子の脚が折れた。余りにも強く暴れたものだから、椅子が先に壊れてしまったのだ。支えを失った俺は当然、重力に引かれて地面に倒れる。

 椅子に座ったまま地面に倒れた俺の眼前に、ちょうど右足が見える位置に伸ばされていた。見慣れた自分の足。その指先には……


 ──親指と人差し指しか、付いていなかった。


「く、う、うううぅぅぅ」

 傷口を見ると、痛みがぶり返してくるようだった。断寸された俺の指先は綺麗とは言いがたい切られ方をしており、血がダラダラと流れていた。時間にして数秒、体感的には数時間近い地獄を味わった俺は、再び不死の天権によって再生した。


 ……再生、させられたのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「お前、いい反応するなぁ。体のほうも長持ちしそうだし。うん、これは長いこと楽しめそうだ」


 リンドウが実に嬉しそうな声を上げる。

 俺はこの時、初めて知ったのだ。

 『不死』と言う名の地獄を。

 永遠に続く牢獄を。

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