第七十八話 手柄争い
「どうだジャック、これが俺たち騎士の力だ。
お前たちにはこのような真似はできまい」
ジェラルドの奴は得意満面である。
なるほど、確かに自慢するだけの戦果は上がっていた。
なんせゼニア人傭兵は衝突と同時に潰走し、馬に踏まれた死体だけでも三十を超える勢いだ。
敵軍に渡るはずだった食料も丸々俺たちの手に落ちた。
たった五十騎で、槍兵三百、弩兵二百の大軍を蹴散らしたのだから大したものである。
俺の兄弟達ではこうはいくまい。賞賛に値する。
だが、今の俺は少しばかり機嫌が悪かった。
「バカ言え。俺たちがお膳立てしてやったお陰だろうが。
お前らだけで突っ込んでたら返り討ちだ。
大体、突撃を始めるのが遅すぎる」
丁度、見込みのない負傷者の一人に止めを刺した直後だった。
ロニーという名の義賊時代からの古い兄弟の一人で、俺より一つ年下の素直で気のいい奴だった。
何ともツいていないことに、黒盾勢が突撃を始める直前に矢が当たったのだ。
ジェラルドの奴があと少しばかり早く突っ込んできていれば、こいつは今もピンピンしていただろう。
俺の指摘にジェラルドはムッとした様子で反論してきた。
「馬鹿は貴様だ。
如何に騎士とて五倍ものゼニア傭兵の槍衾には突っ込めん。
奴らが隊列転換できぬよう、槍を倒すまで待つ必要があったのだ」
なるほど。
(だから、俺たちのお膳立てのおかげだって言っただろうが)
そんな言葉をぐっと飲みこむ。
奴の言うことは正しい。理屈は全くその通りで、突撃のタイミングに誤りはなかった。
そもそも、戦場での生き死になんて時の運で、勝ち戦ですら死ぬときは死ぬ。
ロニーの奴はついていなかった。それだけだ。
俺とて八つ当たりをしているという自覚はあったから、こいつの言い分を認めて話を打ち切ることにした。
「わかってるよ。お前は正しい。
殿下にも見事な戦いぶりだったと伝えておくさ。
だからさっさとあっちに行ってくれ」
ジェラルドがなおも口を開きかけたのを、ヒューバート殿がさり気なく遮った。
そうして身振りで俺の周囲に並べられた死体を示す。
その数、二十体余り。戦の規模の割には少なく済んではいる。
ジェラルドも察したのか、舌打ち一つと「女々しいやつだ」という捨て台詞を残して丘を下って行った。
忌々しいことに、奴の言う通りだった。
戦えば死人が出るなんてのは当たり前の話で、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
俺は気合を入れなおすと、戦場掃除に加わるべく丘を下った。
*
やるべきことは山ほどあった。
最優先は荷物の奪取。
まずは森の中に引き込んでしまわなければならない。
全て持ち去りたいところであるが、これだけの量があるとそう簡単な話ではない。
何しろ時間がなかった。
あまりグズグズしていると、事態に気づいた敵の軍勢が駆けつけてくるかもしれない。
今回は昨日の内から丘の上に姿を晒していたのだから、相応に有力な部隊が押し寄せてきても不思議ではない。
持ち去り切れないものはこの場で火をかけて始末する。
〈犬〉とともに荷物の中身を改め、荷車単位で持ち去るものと焼き捨てるものを仕分けていく。
最優先は食糧。特に燃えにくい肉や魚の類は持ち帰る。
穀物は惜しいが、燃えやすいことを考慮すれば優先度は下がる。
酒は樽を破壊してそこらに流す。ただし、少しは持って帰らないと不満が出る。
武具の類はできる範囲で。ゼニア人傭兵の装備は中々優良で、なるべく多く持ち帰りたいところではある。
荷物の選別が終わったら荷車を集め、火をつける。
それらの作業と並行し、矢をできる限り回収させる。
これには人手として弓隊の三分の一程を割いた。
ちゃんとした矢は決して安いものではないし、大規模な戦いとなればものすごい勢いで消費する。
再利用できるならそれに越したことはない。
懐漁りは一部の者に任せて、後で平等に分けさせる予定だ。
担当者以外が手を出した場合は厳罰にすると周知してある。
好き勝手にやらせると喧嘩が起きるし、他の作業が滞るからだ。
担当者がこっそりに自分の懐に入れたりした場合も同様。
まあ、〈狐〉が監督しているから滅多なことは起こらないだろうが。
最後に、敵の死者を並べて簡単に祈りを捧げる。
これは大陸戦役以来、姫様に倣って続けている習慣だ。
「見事なものですな」
一連の作業を見守っていたヒューバート殿が感心したように言った。
「実によく規律が行き届いている。
どんなによく鍛えていても、戦闘の後の兵士というのは緩むもの。
まして、此度は軍勢に加わって間もない者が多いと聞いておったのですが」
「姫様――ああっと、ヴェロニカ殿下の御威光のおかげですよ。
殆どがウェストモントの直轄領から殿下の人徳を慕って集まってきた連中です。
殿下の顔に泥を塗るなと言えば、まあ少なくとも悪事は働きません」
「それももちろんあるでしょうが……ふむ……」
俺の説明では納得しきれなかったのか、ヒューバート殿は思案顔だ。
その時、矢を回収していた弓隊の方で騒ぎが起こった。
黒盾勢の弓兵たちと二手に分かれて何やら争っているように見える。
まったく、規律を褒められた途端にこれだ。
「少し見てきます」
「私もご一緒しましょう」
「助かります」
仲裁が必要なら、あちらのお偉いさんもいた方が話をまとめやすくなる。
騒ぎの中心にいたのは、案の定うちのウィルだった。
なら相手はトムかと思いきや、もっと厄介な奴だった。
「若! 何をなさっておいでですか!」
ヒューバート殿に問われて、ジェラルドが答えた。
「見ればわかるだろう。仲裁だ」
俺の目には、仲裁どころか一緒になって騒ぎを起こしているようにしか見えないんだが。
ともかく、俺が口を出せばいっそう拗れるのは明らかなので、一歩下がってヒューバート殿に任せることにする。
「事の成り行きを教えて頂けますか」
頼りの老騎士殿もすでにお疲れの様子である。
ジェラルドが少しばかり拗ねた様子で、ウィルを指して言う。
「そこの盗賊上がりの雑兵めが、我が配下の手柄を横取りしようとしていた故、窘めていたところなのだ」
「んだと! 言うに事欠いて盗賊だぁ!?」
「事実ではないか。義賊だなんだと気取っても、盗賊であることに変わりはあるものか」
「若! それでは仲裁になりませぬぞ!」
ヒューバート殿が止めに入るが、盗賊呼ばわりにウィルだけでなく周囲の兄弟たちまで殺気立ち始めている。
〈獣〉たちみたいなのはいざしらず、若い兄弟程「盗賊」と呼ばれるのを嫌う。
まして、ウェストモント出の連中は最初から正規の兵士のつもりでやってきたのだからなおの事。
周囲の殺気を受けてジェラルドの方もますますいきり立ち、もはや収拾がつかなくなりつつある。
その時、脇の方からおずおずと声をかける者がいた。
「あ、あの、よろしいでしょうか?」
ジェラルドが一喝する。
「下郎は引っ込んでいろ!」
「いや、でも、その――」
ジェラルドに引っ込めと怒鳴られたのは他ならぬトムであった。
この件の当事者の一人で間違いないはずだが、すっかり影が薄くなってしまっている。
ヒューバート殿が励ますように問いかける。
「お、おお、トムか。ことのあらましについて何か知っておるのか?
知っていたならこのわしに教えてくれ」
「へえ……イヤ、はい。
知ってるも何も、元はと言えば私とウィルの間の話だったので」
トムが語ったところによれば、騒ぎの経緯は次の通り。
元々、ウィルとトムは互いの矢に目印をつけておくよう示し合わせていた。
戦闘後の矢の回収作業時に、どちらが多くの敵を倒したかを競うためである。
ところが、その矢の内の二本が、同じ死体に突き立っていた。
二人してその死体をどちらの戦果に含めるかを議論していたところ、ジェラルドが現れてこれはトムのものであると宣言した。
それにウィルが反抗し、今に至るというわけである。
「ふむ」
話を聞いたヒューバート殿は少しばかり考えた後、俺に向かって言った。
「ではジャック殿、まずはその死体を検分いたしましょう。
その上で、ジェラルド様、ジャック殿、それからこの私の三人の騎士がどちらの戦果かを一票ずつ投じて決めるということでどうでしょうか?」
なるほどうまいやり口だ。
ジェラルドは既に票を投じた後になるから、このやり方であれば事実上あいつを話し合いから締め出すことができる。
それでいて全く無視されるわけでもないので、文句は出ない。
「異存はありません、ヒューバート殿。
おい、ウィル。お前もそれでいいな?」
「はい、お二方がおっしゃるのなら」
さて、件の死体はと言うと確かに判断の難しい状態であった。
矢は額と胸の二か所に突き刺さっており、どちらも死因としては十分なものである。
矢にはそれぞれ白と黒の糸が結びつけられていて、彼らはこれでどちらの戦果かを判別していたらしい。
ちなみに、公正を期するため俺とヒューバート殿はどっちがどっちの矢なのかは知らされていない。
俺とヒューバート殿は、あーでもないこうでもないと議論を交わしたのち、頭に刺さった矢が死因に違いないと結論した。
肋骨を開いて確認したところ、矢がわずかに心臓を外していたのが決定打となった。
どうもこちらの矢はトムのものだったらしく、騎士三名、全員一致でこの死体はトムのものとなった。
「だから言ったではないか」
ジェラルドの奴は得意満面である。
ウィルはその様子をみて少しばかりいらだったようだが、それも口には出さず引き下がった。
ちなみに勝負そのものは五本差でトムの勝ち。
まったくの無駄な騒ぎであった。




