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第七十七話 ゼニア傭兵

 俺たちは街道を見下ろす小さな丘に布陣した。

 自慢の大長弓は街道をしっかりとその射程に収めており、ここを進む輸送隊は俺たちを無視できない。

 強行突破を防ぐために、街道自体も丸太を積み上げて通せんぼしてある。

 これを安全に撤去したければ、どうしたってまずは俺たちを排除しなければならない。


 〈犬〉の指示のもと、周囲に柵を巡らし、堀を切りその土を盛って土塁を作り上げる。

 今回は黒盾勢の弓隊が加わって総勢二百人ばかり。

 人手が多いばかりでなく、黒盾勢の兵士が非常によく働く。

 おかげで作業は予定よりも順調に進み、一日かからずに終わった。

 暇になったので、トムのところにおしゃべりをしに行く。


「いや助かったよ、トム。

 こんなに早く終わるとは思わなかったぜ」

 

「こういう作業は慣れてるんだよ。

 なんせうちの殿様ときたら、野営の度にこういうの作らせるんだからなあ」


 言われてみれば、ホースヤード伯の軍勢の野営地はいつもこんな感じに柵と土塁に囲まれていた。

 行軍中の一夜限りといった時でさえ毎回そうしていたというのだから、なるほど黒盾勢の連中も手馴れているわけだ。


「ところでジャック、陣地はこんなんでいいのか?

 まだ時間はあるんだし、もっと堅固にした方がいい気がするんだけど」


「今回の陣地は、固ければいいってわけでもないんだとさ」


「なんでだよ」


「うちの〈犬〉が言うにはあまり守りを堅くしすぎると、敵が攻撃を諦めて別ルートに迂回してしまうんだと」


「ああ、なるほど。

 あいつらの目的は荷物を運ぶことであって、俺たちを殺すことじゃないもんな」

 

 とは言え防御があった方が損害が減るのは間違いがなく、その加減が難しいらしい。

 なにより、数において劣勢な俺たちが何の準備もせずにぼんやりと待っていては、罠と見破られてしまう可能性がある。


 そう、罠なのだ。

 丘の上に陣取る俺たちは囮なんである。


 本命である黒盾勢の騎兵隊は、歩兵隊と共に丘から見て街道を挟んだ向こう側の森に潜んでいる。

 敵勢がすっかりこちらに向けて隊列を整えたところで、ジェラルド率いる騎兵隊が背後から襲い掛かるという算段である。

 騎兵の突撃すら止めると評判のゼニア人長槍兵も、背後から襲われれば流石にどうにもなるまい。


 ジェラルドの野郎に華を持たせる形になるのは若干癪だが、そこはそれ。

 五百対三百という兵数差を覆すにはやむを得ないし、なにより一番危険な役割を引き受けてもらっている。

 勝利の暁には讃えてやるのも吝かではない。


 いささか頼りない陣地の中で一夜を明かし、ぼんやりと朝日を眺める。

 敵はあちらの方からくるはずだ。


 昼前になって、騎馬斥候が姿を現した。

 身軽で足の速い彼らは、丘の上の陣地を見るなりすぐに馬首を返していく。


 やがて、街道の先にキラキラと何やら光るものが見え始めた。

 それは鋭く研がれた槍の穂先だった。

 身長の倍はある長い槍を抱えた兵士がひと固まり、隊列の先頭を進んでくる。

 その背後には長い長い荷車の列が続いており、その左右にも一定の間隔を置いて兵士の列がついている。


 荷車の動きが止まり、前方に兵士が移動していく。

 行軍用の縦列から戦闘用の横隊へと移行するその動きには無駄がない。


 ゼニア人達はあっという間に戦闘体制に移行すると、こちらに向かって前進を開始した。

 中央に弩兵、左右に長槍兵を配置するという構えだ。

 横隊の最前列には自身をすっぽり隠してしまえるぐらいの大きな盾を持った兵士が並び、その後ろの兵を防護している。


 しばらく敵の前進を見守っていたトムとウィルが、互いに目を見合わせて頷きあった。

 二人して声を合わせて叫ぶ。


「放て!」


 百五十本もの矢が一斉に放たれた。

 多くは大盾に防がれたが、うずくまったり倒れ伏したりする敵兵もちらほら見える。

 敵も隊列の足を止め射ち返してきた。

 簡単とは言え土塁もあり、こちらの被害も僅か。

 しばらく矢の掛け合いが続く。

 

 高所から射ち降ろす形になっているおかげで射程は同等。

 手数はこちらの大長弓が圧倒的に有利で、射撃戦は概ねこちらに有利に進んでいる。

 俺も一緒になって斧を投げながら、チラチラと森の方に目をやった。

 敵の注意は完全に丘の上に向いており、背後から襲い掛かるには絶好の頃合いのはずなのだが、森の方には一向に動きがない。


「ギャア!」


 近くで悲鳴が上がり、兄弟の一人がその場に倒れ伏した。

 すぐに盾を持った兄弟たちが駆け寄って、矢に当たった兄弟を安全な物陰へと引きずっていく。

 

 少しずつではあるが仲間の被害が増えていくことにはさすがに焦燥を覚える。

 奇襲第一をよしとするいつものやり様と比べれば酷く無様な戦いだ。

 普段の襲撃であればもう失敗と判断して逃げ出しているところである。


「お頭ぁ! マズイ!

 矢の残りがすくねえ!」


 しばらく矢戦が続いたところでウィルが声を上げた。

 よほど焦っているのか俺への呼びかけが古いものに戻っている。


 こういう時、呪われた身は不便だ。

 普通の指揮官であれば「問題ない。計画通りだ」とでも言って皆を落ち着かせることもできただろう。

 嘘を口にできない俺は、堂々とした態度でいることしかできない。


「よし! 手持ちの矢が二本になった者から射ち方止めだ!

 ウィル! 最後は引き付けて射て! 合図はお前だ!」


「へい!」


 それから数歩下がったところで待機していた郷士隊に声をかける。


「おい! お前ら、待たせたな!

 ようやく出番だ! 気合いを入れろ!

 それ! 声を出せ! ウオー!」


「ウオォォ!」


 すぐ背後からの野郎どもの野太い声を聴いたおかげか、弓隊の連中が落ち着きを取り戻す。


 一方、敵の方はこちらの射撃の勢いが落ちたのを見て取ったか、大盾を頼りにジリジリと距離を詰めてきている。

 まもなく柄杓による投槍も圏内に入りそうだ。


 チラリと森に目をやる。まだ動きはない。

 まさかの思いが頭をよぎる。

 ジェラルドの奴、俺たちを裏切ったんじゃないだろうな?

 いや、そんなはずはない。そのつもりがあるなら他にタイミングはいくらでも――


「投槍準備!」


 郷士隊を率いている〈犬〉の号令を発した。

 郷士たちが柄杓に槍をセットする。

 その間は盾が使えず、彼らは少しの間無防備になる。

 敵勢の弩兵は百五十ばかりで、今も射撃の勢いは衰えていない。

 数名の郷士がうめき声をあげて蹲ったり倒れたりする。


 ついに敵の長槍兵が前に出て来た。

 その数三百程。

 黒盾勢の騎士と歩兵は伏兵として森に潜んでいるから、こちらに残った白兵戦要員は古い兄弟と郷士隊合わせて五十と少し。

 かなりきつい戦いになる。


 直立していた敵の長い槍が一斉にパタリと倒れ、鋭い穂先が真っ直ぐこちらに向いた。

 覚悟を決めるか。


「いまだ放て!」


 ウィルの掛け声とともに矢が一斉に放たれる。

 立て続けに第二射。射ち終わった者から郷士隊の後ろに下がる。


「投擲!」


 〈犬〉の号令に従って郷士隊が助走をつけながら槍を投げる。

 立て続けの攻撃に盾を持たない槍兵たちはバタバタと倒れたが、それでもなおその隊列は崩れない。

 流石は名高いゼニア人傭兵隊といったところか。

 また一人、近くにいた兄弟が倒れた。

 義賊時代からの比較的古い兄弟だ。敵の射撃はまだ続いている。


 こちらの飛び道具が品切れと見るや、敵の指揮官らしき奴が前に出て剣を高く掲げた。

 あれが振り下ろされれば万事休すだ。


ブウゥゥゥオォォォォォ!


 その時、角笛の太い音が鳴り響いた。

 敵の指揮官が振り返る。

 その目には、騎槍を構えて突進する騎士の一団が映ったはずだ。

 俺はすかさずその頭めがけて銀斧を投げつけた。

 斧はクルクルと回りながら指揮官の頭を直撃し、不意打ちを受けた敵は後ろに吹っ飛ぶように倒れる。

 見事に命中した者の立派な兜のおかげか殺すには至らず、そいつはすぐに上半身を起こした。

 が、衝撃のためか数呼吸の間、そいつの動きが止まった。


 そのわずかな間が致命傷となった。

 すっかり突撃の気分になっていた長槍兵達は、背後の騎士たちに気づきつつも号令なしでは隊列を変換することができなかった。

 あるいはそのまま俺たちに向けて一斉に突っ込んでくれば活路も開けたかもしれない。

 だが指揮官を欠いた状態で、敵に背を見せたまま一丸となってそんなことができる連中はそうそういない。


 結果として、ある者は振り向いて騎士たちを迎え撃とうとし、またある者はこちらに突撃を仕掛けようとし、そしてほとんどはただその場にとどまり、彼らの隊列はしっちゃかめっちゃかになってしまった。

 そうして、迎撃も突撃もどちらも為せぬまま、彼らは騎馬の一団に蹂躙された。


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