第六十七話 家族の晩餐
姫様に従って、王家の晩餐会に行くことになった。
行くと言っても従者としてであるから俺は後ろに突っ立っているだけなんだが。
姫様が言っていた通りごく近い身内だけの席であるらしく、机を囲むのはわずかに七名。
豪華な晩餐が並ぶ長机の一番奥、主人の席に座すのはおっさんことエリック王だ。
その隣にいる中年女性はお妃さまであるらしい。
大変美しいお方だが、良く言えばお淑やか、率直に言ってしまえば影の薄い女性で、エリック王と並ぶさまはまるで太陽と月である。
聞いたところによればお妃さまはあのローズポート伯の妹で、姫様がかの伯爵を「おじ様」と呼ぶのはその縁によるらしい。
その次席に向かい合わせで座っている二人の若い男がエリック王の息子たちだ。
長男がギョーム、次男がロベールというらしいのだが、どっちがどっちなのか俺には見分けがつかなかった。
なんでも、彼らは双子なんだそうだ。
姫様曰くあまり仲は良くないとのことで、今もお互いに眼も合わさずに黙々と食事をとっている。
その次にはこれまた向かい合わせにスティーブン殿下と、殿下より少しばかり年下の如何にも勝気そうな少女が配されていた。
彼女はエリック王の娘で、名をアデレードというらしい。
黙々と食べ続けているのは兄たちと同じだが、こちらは無視しているというよりもスティーブン殿下なぞまるで眼に入っていないといった様子である。
対面する殿下もそんな扱いにはすっかり慣れているらしく、特に気にする様子もない。
そして一番の末席には我らが姫様がエリック王夫妻と向かい合う形で席を与えられていた。
いつもの王族としての仮面をかぶり、場に相応しい冷気を纏って静かに食事をしている。
家族の団欒、と呼ぶには程遠い光景であった。
沈黙に耐えかねたのか、エリック王がスティーブン殿下に話を振った。
「見事、初陣を勝利で飾ったようだな」
スティーブン殿下はいつも通りの謙虚な態度で応じた。
「はい、叔父上。 お陰様で。
助言役につけていただいたホースヤード伯には大いに助けられました」
「うむ、あれは実に頼りになる男だ。まあその分敵に回すと恐ろしいがな。
だがそれだけではまい。
そなた自身、見事な采配を見せたと聞いておるぞ」
「そこまで褒めるほどのことでもないでしょう、父上」
いささか不機嫌そうに、双子の兄だか弟だか分らない方が口をはさんできた。
「勝ったとはいっても、所詮はアンディカ伯の軍勢にすぎない。
パリシアの王軍相手には戦いもせずに逃げ出したそうじゃないか」
すかさずもう一人の息子も口を開く。
「こればかりは兄上に同意だな。
その上、小耳にはさんだところによれば騎士達にまるで平民のように下馬して戦うよう強要したとか。
高貴なる武人の名誉を欠片も顧みぬ横暴ぶり。
かような暴君に仕えねばならぬとは、ウェストモントの諸侯には同情するよ」
兄上、ということは先に口を開いた方がギョームで、後の方がロベールか。
これで覚えたぞ、と言いたいところだが全く同じ顔では覚えようがない。
「まったくだ。
我らが従姉弟達には常識というものが欠けている。
だいたいだな、このような場に木こりを連れてくるなんていったい何を考えているんだか。
いくら気楽な席とは言えど、最低限の格式というものがある」
おっと、こちらに飛び火してきたぞ。
だがまあ、彼らの言うことももっともだろう。
俺自身、身なりからして大変に場違いであることはよーく心得ている。
王家の晩餐に見合う服なんて俺が持っているはずもなく、ダニエル殿から急遽お借りしたものを着てはいるが当然のことながら体に合っていない。
嘲られるのも致し方なし。
「ギョームよ、左様なことは申すものではない。
その男はれっきとした騎士だ。わしが認めたのだ」
王様は俺をかばってくれたが、ギョームとやらはなおも反論した。
「しかし父上、たとえ騎士だろうがどこの馬の骨とも知らぬ輩であることは変わりありませぬ」
「その上、噂によれば元は盗賊だとか。
我々の領地を荒らしまわっていたそうじゃないですか」
ロベールとやらも乗っかってきた。
まあ、それについては面白い話が色々あるが、ここで彼らに聞かせる必要もあるまい。
そういえば王様はオクスレイ城襲撃の犯人を知っていたんだったかな?
いや、知ってるな。
俺が話して聞かせたんだった。
「くどい。騎士ジャックは我が恩人にして、共に轡を並べた戦友だ。
過去は問わぬ。これ以上侮辱するのであればたとえ息子といえどもこの場から叩き出すぞ!」
エリック王が少しばかり怒気を滲ませたことで二人の息子はようやく黙る気になったらしかった。
王様は姫様に向かって謝罪した。
「すまぬな、ヴェロニカ。
そなたの従者を侮辱したことについては、わしが代わって謝罪しよう」
「謝罪を受け入れますわ、叔父様」
姫様は落ち着き払って答えた。
頭の中では何を考えているのか、その表情からは全く読み取れない。
王様はコホンと咳を一つして話を引き戻した。
「ともかくだ。
スティーブンもひとかどの男となったわけだ。
ならば次は伴侶も必要となろう。
どうだ、アデレードなどは――」
「嫌よ! お父様!」
途端に叫び声をあげたのはアデレード姫である。
「泣き虫ステフなんて絶対イヤ。
場を和ますための冗談にしても限度がありますわ。
こんな根暗な嘘つきと結婚するぐらいなら、そこの木こりに嫁いだ方がマシでしてよ」
また俺の方に飛び火してきた。
それにしても俺の方がましとはスティーブン殿下も随分と酷い言われようである。
何を食って育ったらこんな悪辣で容赦のない罵倒を思いつける女が出来上がるんだろうか?
少しばかり何か言ってやりたいところだが、今日は黙って立っていろと姫様から命じられている。
「だ、だが子供の頃はよく一緒に遊んでいたではないか……」
「なおのことですわ!
女の子に交じっておままごとをしたがるような殿方は、去勢して東の異教徒にでも売り払ってしまえばよかったのよ」
その光景は容易に想像できた。
もちろん去勢された殿下、ではなく女の子と一緒にままごと遊びをする幼き日の殿下のことである。
それにしても、これだけの罵声を浴びせられても一向に気にした様子を見せないのだからスティーブン殿下も大したお人である。
人の上に立つからにはかくあるべきか。
「しかしだな――」
「不快ですわ。席を外させていただきます。
ごきげんよう!」
言うが早いか、アデレードは王様が止めるのも聞かずに部屋を出て行ってしまった。
後に残ったのはひどく重たい沈黙のみ。
そんな空気を吹き飛ばそうとするかのように王様が大きなため息をついた。
もちろん吹き飛びはしなかった。
「すまぬな、スティーブン。
少しばかりわがままに育ってしまったようでな」
「いいえ、お気になさらず。私も慣れていますから」
これはお世辞というより本当に慣れているといった様子だ。
二人の兄たちはスティーブン殿下を敵意に満ちた目で睨みつけているし、お妃さまはオロオロするばかり。
姫様はと言えば、氷のような無表情で粛々と食事を続けている。
悲惨な空気は変わることなく、居たたまれなくなった様子のお妃さまはデザートも食べずに退出してしまった。
双子の兄弟も同様、食事が終わると同時にそそくさと部屋を出ていく。
最後に残った殿下と姫様にエリック王が声をかけた。
「二人とも、どうにも気疲れさせてしまったな」
「かまいませんわ、叔父様」
姫様は先ほどまでと比べるとだいぶ気安い態度で答えた。
「それに、ちょうどいいじゃありませんか。
私達も一度彼ら抜きで叔父様とゆっくりお話しがしたいと思っていたところですし」
「フム……」
王様はそう言ってグッタリと椅子の背もたれに体を預けた。
それから気だるげに手を一振り。
すると、残っていた召使たちがゾロゾロと部屋から出て行く。
俺も出た方がいいのだろうか? だが俺と同じく姫様についてきていた師匠は微動だにしていない。
どうしたものかと思案していると、王様が姫様に尋ねた。
「その者らは良いのか?」
「ええ構わないわ。
二人のことは叔父様もよく知っているでしょう?」
王様は少しの間、師匠と俺を交互に見ていたが、やがてため息をついて言った。
「一応言っておくが、ここで見聞きしたことは一切他言無用だ。
いいな?」
「はい」
俺と師匠はそろって頭を下げながら返事をした。
姫様が満足げに言う。
「さあ、これで大丈夫。
叔父様。腹を割った話し合いをいたしましょう」




