第8話 思わぬ所で 8/2 11:20
受け入れ。
筆が乗ったっす。
「……取り敢えず、入るなら入る。入らないなら入らないでハッキリしてくれるか? 暑いんだけど」
「ふん……」
俺がそう言うと水瀬さん……いや、水瀬は教室へと入って来て扉を閉めた。そして俺から1番遠い、後ろの扉の近くの席へと座った。
大きな黒縁メガネに制服という姿で、髪は濡れている。どうやらシャワーは昨日同様浴びている様だ。てことは今、透明人間………って何考えてんだ。俺には何の関係もない。
俺は大きく溜息を吐いて気持ちを落ち着かせると、本に視線を落とす。
……ふむ。ダイエットにおいては食生活が1番大事らしい。短期間で痩せるには、やはり食事制限……タンパク質中心の食事をしなければならないらしい。でも俺はそんなの絶対我慢出来ないだろうしなぁ。てことは運動で痩せるしかないな……ふん? 何々? 有酸素運動? じゃあ今のままで良いって事か。柔軟をして身体を柔らかくする事も大切? へぇ、可動範囲が広くなるからカロリーも消費しやすくなるって事か。
うん。この本は買って良かったな。
ほぼほぼ読み終え、俺は大きく背伸びをする。
「ねぇ」
すると、直ぐ隣から水瀬の声が聞こえて俺は視線を移す。
そこでは水瀬が腕を組んで俺を見下ろしていた。
「何だよ」
「そこから退いてくれる?」
「はぁ? 何で?」
「何でも!」
そんなに必死になる事か? と疑問に思い、数秒後ある答えが出る。
「あぁ。お前水に濡れたらダメだもんな」
「!!」
そう言うと、水瀬は分かりやすく驚き後ずさった。
コイツは雨に濡れただけでも、透明人間になる。なら、部活とか外出中も濡れないよう、水に触れない様に気を遣ってる筈だ。この暑さの中、水を飲む時でさえ気を遣わないといけないのは相当大変だろう。
エアコンで涼みたい。だけど、俺からなるべく距離をとっていたい。
そんな気持ちだったんだろうが、暑さに我慢出来なくなって少しでも涼もうとエアコンに1番近いこの席に座りたいと抗議して来た訳だ。反応的にも間違ってはないだろう。
ま、俺もそこまで鬼畜じゃないさ。ギッシュである俺はよく汗にも悩まされているが、暑さにも悩まされている。
嫌いな奴だとは言え、涼みたいという気持ちは一緒だぜ。
「どうぞ」
「……随分簡単に譲ってくれるわね?」
「俺は心が広いからな」
「そう……とても嫌々だけど、ありがとう」
水瀬は本当に嫌そうに、思いっきり顔を顰めて言った。
折角の俺の厚意を……。
「そんなに嫌なら他の教室に行けば良かったろ」
俺もそっちの方が気が楽で良かったし、態々この教室に入って来る必要もなかっただろう?
水瀬は俺の呟きに、しどろもどろになりながら言う。
「別に好きで此処に来たかった訳じゃないわよ……1階も2階も他の部活で埋まってるから……」
じゃあ同じ部活の奴と居れば良いだろうと思った所で、俺は気付く。
「シャワー浴びて濡れてたから同じ教室には居られないって事か?」
「いや……ただ単に友達が居なくて……知り合いの男子の部活の中に1人だけ私が混ざってるのもアレじゃない……」
あぁ……なんか、ごめんなさい。
俺と水瀬の間に気まずい空気が流れる。
「その、なんだ、水瀬は何の部活に入ってるんだ?」
俺はこの空気をどうにかしようと問い掛ける。すると、水瀬は言いづらそうに顔を背けた。
「……水泳部」
「は?」
俺の聞き間違いだろうか? とんでもない部活の名を言われた気がしたんだが。
「だから、水泳部。此処に入ってからはランニングだけしかしてないから、部活の人からも嫌われてるの」
……どうやら本当らしい。部活をしてれば友達ぐらいは居ると思ってたけど、そう言われれば納得出来る気がする。
「何で水泳部に入ったんだ?」
「水泳が好きだから」
「…………そんなに好きなのか? そんな致命的な障害があるのに?」
「好きなものは好き、態々我慢して他の部活に入ったらお互い良くないでしょ? それに水泳部に入ってたらプールなんて使い放題だし」
でも姿が見えなくなっちゃうんだろ? と思ったが、それは飲み込んだ。水瀬の顔が、目が、今まで見た中で1番輝いている様に見えたから。
いつもの俺なら呆れてる筈なんだが、本当に……どうなってんだ。
「水泳、好きなんだな」
俺が自分の思考に混乱しながら横目で見て呟くと、水瀬は笑顔で答えた。
「昔からやってるしね」
笑顔で呟く彼女の笑顔は、何処か無理をしてる様な、切羽詰まっている様な笑顔に見える。気の所為、か?
「そう言えば、さっきから何読んでるの?」
「ん、あ、あぁ。これか?」
その表情に気まずさを覚えつつ、俺は本の表紙を水瀬へと見せる。すると、水瀬は物珍しそうに眺める。
「ダイエットしたいの?」
「まぁ、いつまでもこの体型じゃ生活もままならないだろ?」
「そうね、なら『水泳』とかやってみても良いかも。水泳は最もキツいスポーツと言っても過言じゃないし」
水瀬の言葉に、俺は思わず目を見開く。そんな反応を見せた俺に、水瀬は訝しげに眉間に皺を寄せる。
「……何よ?」
「い、いや……まさかアドバイスなんてして来ると思ってなかったから」
「例え嫌いな人だったとしても、変わろうと頑張ってる人は応援するわよ」
……へぇ。
「そうか。でもそのアドバイスは使えないな」
「何で?」
「俺は泳げないからな」
そう。俺は泳げない。デブって脂肪があるから浮かぶんじゃないの? と言われるが、浮かべるだけで泳げると言う訳ではないのだ。
俺が胸を張り腕を組んで頷いていると、水瀬は予想外の一言を言って来た。
「なら私が教えてあげようか? 泳ぎ方」
「は? なんで?」
「何でって、痩せたいんでしょ? 私それなりに水泳で成績残してるし」
「………」
俺はその言葉に目を細めて水瀬を見た。見た限り嘘をついてる風には見えない。
ハッキリ言って今コイツの言ってる事は怪し過ぎる。昨日、コイツは俺の事が嫌いだと言っていた。それなのに教えくれる筈がーー
「偶に初心者を指導するのも良い経験だし、貴方のことは嫌いだけど水泳は好きだから何とか中和出来ると思うの」
……コイツにもメリットがあるって事か。さて、どうしたもんか……。
キーン コーン カーン コーン
考えていると、昼のチャイムが鳴る。
取り敢えずこの話は保留だな。もうアイツ等とご飯食べないといけないし、これはもうちょっと考えてから返事をしよう。
俺は本を鞄へと仕舞い、立ち上がる。
「悪いけど、返事は後だ」
そう告げ、俺が隣の教室へと向かおうとすると、Yシャツの裾を掴まれ立ち止まる。振り返ると水瀬は俺に向かって小さな白い紙を突き出していた。
「はい、これ」
「……何だよ」
「LIN◯のID。これないと連絡つかないでしょ」
……………まぁ、それもそうか。
俺は熟考した後、隣の教室へと向かった。
「面白い!」
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