初めてのスキルスクロール
「今回は随分と時間が……って、おぉ……」
フラフラした足取りでダンジョンを出ると、いつも通り外で待っていたリリスが俺の抱えていた魔物を見て驚きの声を上げた。
クラッシュゴートをリリスの前に下ろし、俺はポーチからお宝部屋で入手したアイテムを見せる。魔石の欠片と薬草、あと封された巻紙である。
「ボスが実物だった。あとスクロールが出た」
「ふむ、ラッキーじゃな」
リリスも今回の成果に満足しているようだ。
「倒し方を教えておいたとはいえ、余計な傷もない」
魔物の状態も及第点だったようだ。もっと褒めて。
「で、どうしようか……」
スキルスクロールと同じで、今までダンジョンに潜っていて実物の魔物を獲得したことはない。これ以上荷物が増えてしまうと持ち帰るのが大変だ。
リリスは少し考えると直ぐに決断した。
「一度戻ろう。鮮度がいい内に血抜きした方が良いじゃろうしな」
クラッシュゴートの肉は食用になる。
これはお世話になっている村長さんたちにあげよう。ミリエルとナディア、喜んでくれるかな?
正直、今後の軍資金にと考えなくもないが、お世話になりっぱなしというのも気が引けるし、何より魔物の解体も覚えといた方がいいと思うんだよね。
そんな風に説明するとリリスも賛同してくれた。
「ところでお主、スクロールは開かんのか?」
「えっ……?」
リリスの質問に思わず声が出る。
「初めてだったし、リリスと一緒に開けようかと思って……」
俺がダンジョンを回れるのはリリスのお陰だ。
少なくとも俺はそう思っているし、折角初めてのスクロールを手に入れたんだからリリスと一緒に喜びを分かち合いたいと思ったのだが。
その事をリリスに伝えると彼女はプイッと横を向いてしまった。
「な、何を言っとるのじゃ……お主は!」
リリスの頬が心なしか朱に染まっている。ちょっとかわいい。
「そんなに照れなくても」
「やかましい!」
思わずにやけてしまう俺の脳天にリリスのチョップが炸裂した。
「いってぇ……」
「て、照れてなんかおらぬわ! 勘違いするな!」
腕を組んで怒ってみせるリリス。手を上げなくてもいいだろうに。
「帰るぞ!」
「え? これ、すげぇ重いんだけど……手伝ってくれねぇの?」
足下のクラッシュゴートを指差す俺をチラッと見たリリスは興味なさそうに歩き出した。
「修行じゃ。一人で運べ」
リリスはそのまま一人で帰ってしまった。むぅ。
「しょうがないな……」
俺は諦めると四肢に気合いを込めて重たい戦利品を抱え直した。
村長さんの家に辿り着くとみんなが出迎えてくれた。
途中、話を聞きつけたミリエルとナディアが手伝いに来てくれてかなり助かった。
「情けないのぅ……」
リリスが呆れたようにため息をつき、腰に手を当てる。
その横に並んだ村長さんはいつもの朗らかな笑みを浮かべていた。
「なぁに、冒険者を始めて一週間そこそこ……単独でクラッシュゴートを倒せるなどなかなか優秀ではございませんか」
「ふん……」
そっぽを向くリリスを見て村長さんが顎髭を撫でながら「ホッホ」と笑う。
リリスと村長さんのやり取りを横目で見ながら、俺たちはクラッシュゴートを縄で吊るした。
これから魔物解体のレクチャーを受ける。と、言っても火は焚いているが夜も遅いということで最低限やっておかなきゃならない事だけ済ませておいて、残りは明日である。
「上手く首を斬っているから手間が省けていいでわね」
そう褒めてくれたのは村長宅で働いているお手伝いさんだ。この人もわざわざ手伝いに出て来てくれたのである。
褒められた俺は少し照れ臭くなって頭を掻いた。正直、リリスに教わった通り戦っただけなんだけど。
その事をお手伝いさんに伝えると彼女は首を横に振った。
「なんの。普通の初級冒険者なら腰が引けて、こんなに上手く急所を狙えませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。クラッシュゴートは迫力もなかなかありますから……」
振り回した剣で革が傷ついてしまう事がよくあるそうだ。
確かに最初突っ込んできた時は焦ったもんな。でも、俺は死なないし、落ち着いていたせいなのか少しでかいヤギくらいの印象で、その辺の差はどうしてもあると思う。
だからきっと、最初は臆病なくらいでちょうどいいんだと思う。
「身近でこんな胆力を見せられたらナディアちゃんもミリエルちゃんも大変ね」
そんな事を言いながら二人を見るお手伝いさん。
俺が視線を追うとミリエルとナディアが慌てて手を振った。
「そ、そんなことないですよ!」
「そ、そうですよ! 何言ってるんですか、ローラさん!」
「そお? 私が若かったら放っとかないけど?」
「「もぅ……」」
頬を染めて否定する二人の姿は傍目にとてもかわいく映ったことだろう。問題は否定されてるのが俺って事ね。
そんなに嫌がんなくても……。
「ふん。盛り上がっとるのぉ」
少し傷ついてると、いつの間にか俺の背後にムスッとしたリリスが立っていた。何で怒ってんの?
「どうでもよいが、トーゴはやめておけ」
「そ、そうですよね。トーゴさんにはリリスさんという相方が……」
ナディアが俯いてそう言うと、リリスはため息をついた。
「そういうことではないんじゃが……まぁ、よい。それよりもトーゴ」
「ん?」
俺がリリスを見返すと、彼女は顎で俺の荷物を指した。
「お主、スクロールは開けんのか?」
「えっ? スクロールもあるんですか?」
リリスの言葉にミリエルが驚きの声を上げる。
スクロールは必ず出るものではない。冒険者たちはそれを獲得するために何度もダンジョンへ挑むことになる。
そうして、ようやく手にしたスクロールは手にした者が使用するか、不必要なら売却される。
レア度が低くても需要のあるスキルスクロールは高額で取引されているのだそうだ。
「殆どの冒険者はダンジョンのお宝部屋でスクロールの確認をします。持って帰ってくるのは売却目的の冒険者くらいですよ」
「そうなの?」
「ええ。冒険者もいい人ばかりというわけでは……」
俺の質問にミリエルが肩を落として答える。
なんでも、ダンジョンを攻略して疲弊している冒険者を狙って襲ってくるような輩もいるらしい。国やギルドにしっかりと統治されたダンジョンなら滅多に起こらないが、それでも人の見ていないところで襲いかかったりもするそうだ。
「そういうのはなんか嫌だなぁ……」
労せずお宝だけ掠め取ろうって精神がね。腐ってやがる。
「ぬぅ……やはり優良物件……」
「や、やめてくださいよぉ……」
俺が眉根を寄せて腕組みしていると、足元でヒソヒソ話していたローラさんとナディアの声が聞こえた。気になって二人を覗き込む。
「どうかした?」
「ぴゃうっ!? なんでもありません! なんでも!」
「わっ!」
いきなり話しかけたせいか、驚いたナディアが飛び上がり、尻餅をつきそうになった。
咄嗟に両手を出してナディアの肩を支える。なんていうか、細い。
「ごめんごめん、大丈夫?」
「あ、あぅ……」
縮こまってしまったナディアから手を離す。思った以上に驚かせてしまったようだ。反省。
「バカが……」
「むぅ……」
なんか後ろのリリスとミリエルも不機嫌そうな気配を出している。ほんと、すんません。
「とりあえず、後は内臓取り出したら終わりだから、それからスクロール開けましょう♪」
ローラさんだけが含みのある笑みを浮かべてそれぞれの顔を眺めていた。
魔物の内臓取り出し作業はめっちゃグロかった。
「それじゃあ、開けるぞ……」
手にしたスクロールを捲る態勢に入って最終確認をする。
スクロールは一見なんでもない紙が丸めて帯で止められていた。
「早よ、開けぃ。どうせ大したもんは書いとらんわ」
「でも、ドキドキしますね……」
「私たちもそんなに多くのスクロールを開けていないので……」
呆れた様子のリリスとは逆にミリエルとナディアは少し緊張した様子で見守ってくれていた。
「いざ!」
俺が念じるとスクロールの帯が解けて丸まっていた紙が広がった。表面から淡い光が舞い上がり、字が浮かび上がってくる。
文字は日本語ではない。だが、召喚された者の恩恵か、まるで昔から知ってるかのように読む事ができる。
「……ペインキラー?」
浮き上がった字をそのまま読む。なに? 鎮痛剤?
「まんま、じゃな……痛みに強くなる初期スキルじゃ」
「なんかもっと必殺技チックなの、期待したんだが……」
リリスの解説に俺が肩を落とす。
しかし、リリスは先程と違い、少し考える素振りをした。
「どうした?」
何も言ってこないリリスを不思議に思って振り向く。
「なんでもない。あれば都合が良いと思っただけじゃ」
意味が分からん。
リリスは手をひらひら振ってみせた。
「分からんなら今はいい。とにかく、覚えておくのじゃ」
「へーい」
俺も適当な返事を返してスクロールに念を送る。
文字が一際強く輝いて俺の中に吸い込まれていった。これで無事スキルを取得したことになる。
見守ってくれていたミリエルやナディアたちから拍手を送られ、照れくさくなって頭を掻いた。
これでやることもなくなったから、今日はもう寝るかな。いい時間だし、リリスも今からダンジョンに戻ろうなどとは言うまい。性格的に。
「お主、今失礼な事を考えとらんか?」
「ソンナコトナイヨ?」
図星を刺されてとぼけてみせるが、リリスからじっとりとした視線を送られた。
「まぁ、よい。時間も時間じゃし、今日はもう眠ろう」
ほらな。
リリスから出た予想通りの言葉に俺は少し勝った気になった。
付き合いもまだ浅いがなんとなくリリスの性格は分かってきた。
そうして集まりをお開きにしようとした俺たちにナディアが待ったをかけた。
「あ、あの、トーゴさん、リリスさん。お願いがあるんですが……」
いきなりの申し出にキョトンとしてリリスと顔を見合わせる。リリスも不思議そうな顔をしていた。
どうやらミリエルとナディア、二人からの願い出だったようで、二人が並んで思い切り頭を下げる。
「私たちも一緒にダンジョンへ連れて行ってくれませんか?」
「お願いします!」
「ええっ!?」
わけが分からず呆気に取られた俺はしばらく二人の頭頂部を眺めるハメになった。




