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お嬢様と兄

円華の前世、ヴァイオレットと兄の思い出。

馬とかレイピアなんかのお話。


「おおい。なんでお前、厩舎なんかにいるんだ?」


 白雪に馬櫛をかけていたら、入口付近からお兄様が声をかけてきた。

 お兄様の愛馬、青毛の流星号の轡を引いて入ってくる。その声はどことなく、面白そうに響いた。

 ――ご自分こそ。馬を厩舎に連れてくるなんて本来小者の仕事でしょう。

 案の定、仕事をさせてもらえない小者が申し訳なさそうにお兄様のあとをついてきていた。


「あら、お兄様。お帰りですか?」


 お兄様は流星号の首筋を叩くと、やっと小者に手綱を渡した。


「ただいま、ヴィー」

「お久しぶりですね。お仕事はよろしいの?」

「ああ。少し時間ができたから」

「そうですか。お帰りなさいませ」

「正門で、乗馬の教師にすれ違ったぞ。なんだか溜め息吐いていたな。ちょっと睨まれたよ。お前、何かしたのか?」

「……若、お嬢様。どうか、お話はお屋敷でなさってください。馬の世話はわしらにまかせてはもらえませんかね?」


 馬屋番も公爵家の令息と令嬢がそろって厩舎にいることに、困ったように眉を下げている。

 私とお兄様はそろって馬屋番を見て、肩を竦めた。


「騎士団では馬の世話も自分でするぞ?」

「そうですよ。乗せてくれた白雪を労うのは当たり前のことです」


 馬屋番は深く溜め息を吐いた。


「ほどほどになさって、旦那様に見つかる前に、出てってくださいよ?」


 首を振り、別の仕事に向かう馬屋番に私たちは目を合わせて、くすりと笑った。


「さっきの質問に答えてないぞ、ヴィー」


 私はちらり、と視線を外す。


「……別に。ちょっとお兄様の真似をして跨がったら叱られただけです」


 お兄様は吹き出した。


「公爵家令嬢が横乗りじゃなくて? 鞍だって違うじゃないか。わざわざ用意したのか? そりゃあ、教師も溜め息吐くよな」

「……きちんと、ズボンつきの乗馬服でしたから、跨がっても問題なくてよ?」

「いや、問題あるだろう。わかってるんだろう?」


 私は小さく唇を尖らせてしまう。

 ……わかっている。ほかの貴族や王族がいるときは、そんなことはしない。

 ちゃんと、令嬢らしくおしとやかに完璧に。

 そう、いつもやっている。


「……だって。白雪が可哀想なのですもの。たまには思いきり走りたいわ」


 お兄様は今度こそ豪快に笑った。


「とんだお転婆令嬢だなあ……! よし、白雪。お前、もう少し走れるか?」

「お兄様?」


 首筋を叩かれた白雪は嬉しそうに嘶く。……そうね。だって、まだ、全然走り足りないのですもの、本当は。


「流星号は大丈夫? 今、お着きなのでしょう? お疲れではなくて?」

「名馬に向かって何を言うか。我が流星号は、千里をも走れる名馬ぞ?」


 わざとなのか、古めかしい言葉を使ってお兄様が胸を張ってみせた。

 私も吹き出してしまう。お兄様の気が変わらないうちに、勇んで同意した。


「ならば、参りましょう」


 流星から鞍を外しかけていた小者が情けない顔をする。……ごめんなさいね。

 

「ついでにお前、レイピア持ってこいよ。見てやるから」

「あら。でも」

「流星について来られるならな。鞍は俺がつけといてやる」

「……では」


 本職の騎士に剣を見てもらえるなど、滅多にないことだ。

 私は乗馬服のまま屋敷にとって返し、剣帯とレイピアを身につけて急いで厩舎に戻った。


「お嬢様……!」


 侍女頭が咎める声を上げるが、「お兄様のいいつけです」と言い置いて、さっさと厩舎に戻る。

 戻れば、厩舎の入口にお兄様と流星と白雪が待っていてくれた。お兄様の従者たちは軽く溜め息を吐いていた。従者の中ではオスカーだけが涼しい顔で自らの馬と準備万端という風情でそこにいる。

 ……どうせ、ついて来られるのはオスカーくらいだろう。

 

 お兄様のあとを全力で白雪と追った。

 案の定、木立の向こうの水場にたどり着いたときには従者たちは遥か後方になってしまい、オスカーくらいしかそばに残っていなかった。


 白雪と流星を水場に放して、お兄様は草地にころんと寝転ぶ。


「ほら、素振り。……はい、いち、に、さん!」

「お、横着ねぇ……! ちゃんと、見てくださらない……!?」

「見てる見てる。はい、続けてー」


 お兄様にあれこれ声をかけられながら、私はレイピアの練習をした。ある程度、型を見てもらうと、そのままお兄様は近くに控えていたオスカーに手を振った。


「オスカー。相手してみろ」

「……はい」


 オスカーが、練習用の剣で相手をしてくれる。

 それを見ながら、お兄様がまた直すところを細かく声をかけてくださった。


「ヴィー。どうせ負けるから、ってのは思うなよ。技術は磨けば、上達する。毎日、やれよ」

「はい」


 肩で息をする私を手招いて、隣に座るように言われる。私はオスカーが草地に敷いてくれた布の上に座る。

 お兄様はようやく起き上がって、私の頭を撫でた。


「ヴィー。最後に自分を守れるのは自分だけだ。俺も父上も守ってくれると思うな」

「……お兄様?」

「そう思って、なんでもやるんだ。誰かに甘えるんじゃないぞ。最後の最後に揺らがないで立っていられるのは、努力した人間だけだ。お前もいざというとき、俺たちのことは考えるな。守ろうとしなくていい。――自分で判断できるよう、できうる限りのことは身につけておけ。いいな?」

「……はい」


 いつも軽口ばかりのお兄様が、静かに言った言葉。

 私は噛み締めるように、その言葉を胸に刻んだ。


 ――そう、王妃になろうとするものは、それくらいの覚悟がなくてはならない。


 何をなすべきか。

 それは、常に考え続けて努力した人間にしか、判断できない。


「ちょっと見本見せてやるかな。ヴィー、レイピア貸せよ。オスカー、相手しろ」

「はい」


 そうして二人が打ち合うのを眺めた。

 オスカーが私を相手したときと、ずいぶん動きが違う。

 ……手を抜いてくれてるのは、わかっていたけれど。

 二人の動きが早すぎて、参考にならない。


「……お兄様の体格では、私の見本にはなりませんわよ?」


 ぼやけば、お兄様はオスカーの剣を弾き飛ばしてから、豪快に笑った。

 オスカーが悔しそうに膝をつく。


「巧者の技を見ることも勉強だ。何か学べよ、自分で」


 剣を返され、お兄様は伸びをした。


「さて、腹が減った。帰るか」


 置いていかれないよう、私たちはまた全力で屋敷まで走った。

 全然敵わないことが悔しいけれど――楽しい。

 

 お兄様やオスカーたちと、こうしてずっと暮らしていければいいのに、とどこかで思ってしまう。


 ――それは、望んではいけない、望みだった。






メッセージで感想届けてくださった方、ありがとうございます。

おひとりでも読んで、楽しいと思っていただけたら本望です。

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