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桔梗、妥協する

ごくうっすらとですが、ガールズラブ要素を含みます。

苦手な方はご注意ください。


 鎮ヶ森(しずがもり)桔梗(ききょう)姫宮ひめみや桜子さくらこは幼稚園入園以来の付き合いだ。

 桔梗は桜子を愛している。

 愛――それは、人類愛的な『愛』なのか、果たして性的な意味での『愛』なのか。実は桔梗にも判断できてはいないのだろう。


 ただ、桜子が可愛くて、愛しくてたまらないし、独り占めしたいし、そのために婚姻その他の公的な手段が妥当なら、そういう方法を取ってもいい、と思っている。桜子が望むなら、どんな種類の一線をも越えて良い、とまで思っている。

 とにかく一緒にいたいし、ずっと共に生きていきたかった。


 独り占めしたい――それを恋と呼ぶなら、桔梗は確かに桜子に恋をしていた。

 独占欲が幼稚な友情の延長線上にあるだけのものなのかもしれない。

 そうわかっていても、桔梗にそれを止める術はなかった。


 ――それなのに。

 それが少なくとも高校卒業までは続くと思っていたのに。

 

 高校二年生の春、蜜月に突然横槍が入った。

 桜子が――あろうことか、『妹』を作ってしまった。


 そう、紫野円華、という外部生なんかを。


「あの……、お二人はいつもどこでお昼を食べていらっしゃるのですか? 食堂でお会いしませんよね」


 ある日、紫野円華がそう訊いてきた。


 三人で、生徒会室でお茶をすることが増えた。必然、世間話も増える。

 なんてことのない質問。

 円華は生徒会室で呑気に、にこにことお菓子を幸せそうに頬張っている。

 どうせ、たいした深い意味もなく訊いたのだろう。

 しかし、それが円華にとって深い意味がなくても、口にした瞬間に事態を悪化させるのだ、と円華は気づいていないに違いない。桔梗は眉間に皺を寄せた。


「私たちはいつも、教室で持参したお弁当をいただいているのですよ」


 桜子は穏やかに微笑んで、答えた。

 桔梗もそれには同意した。隠す必要は、ない。


「食堂は中学生も立ち入れるだろう。――うるさいからな。落ち着いて食事するどころではなくなる」

「ああ……、なるほど」


 桔梗は以前、食堂で食事をしていた頃のことを溜め息混じりに思い出す。それだけで円華は納得したのか、気の毒そうに頷いた。


「お二人がいらっしゃると、確かに皆様、一緒にお昼をしたくなるのでしょうねぇ」


 あっと言う間に囲まれて、近くの席の争奪戦が起きるのだ。小競り合いなどで怪我人が出てしまったこともある。教室ならば、少なくとも同学年の者しか許可なく立ち入るのは難しくなる。同じクラスの者たちはさすがに下級生のようにあからさまなことはしにくいのだろう。遠巻きにしてくれる。


 ――桔梗はただ桜子と楽しく食事がしたいだけなのに。

 騒動を避けた結果、それを選ばざるを得なくなっているだけだ。


「ああ、そうですわ、紫野様。週に一度はこちらでお昼をご一緒いたしませんか?」


 桜子がにこり、と良いことを思いついた、とでもいうようにきらきらとした眼差しで提案した。

 途端に、桔梗は渋い顔になる。


 ――ああ、やっぱり。

 

 言い出すと思ったのだ。

 返事をする前に、円華は桔梗を窺うように見た。

 それに、桔梗は当然気づいている。

 いるが、不機嫌さ丸出しで敢えて無言でいた。


「……私がご一緒して構わないのですか?」

「もちろん。だって、あなたは私の『妹』ですもの」

「ええ……、ですが」


 迷うようなその言葉に桔梗は僅かに苛立つ。


 ――桜子だぞ? この、()()()()が誘っているんだぞ? 喜んで即答しろよ!


 という、内心の苛立ちと桜子の無邪気さに対する寂しさが相反して渦巻く。


 そんな桔梗の内面を円華が正確に嗅ぎ取って迷いを見せることにも苛立った。

 苛立つと同時に、円華の損な性分が、嫌いにはなれなかった。


「『姉』が誘ってるんだから、『妹』は素直に受けろよ」

「鎮ヶ森様……、よろしいのですか?」


 ふわり、と円華が嬉しそうに微笑む。


「――いいよ。週一回くらい。……桜子を貸してやるよ」

「えっ……、鎮ヶ森様もご一緒に、ということでは……?」


 困惑したようにそう呟く円華に、大きく溜め息を吐いた。


「姉妹水入らずの時間も取れよ。私は我慢する。……こうして、一緒にお茶もしてるしな。昼休みくらいは桜子を貸してやるよ」


 円華は驚いたように目を見開いて、次いでゆっくりと眇めて微笑む。

 

 ――桜子のふんわりとした笑みとは違うが、その笑みを嫌いにはなれない、と桔梗は負けたような悔しさを味わう。


「ええ、ではぜひ、そうさせてください。――それと、鎮ヶ森様もまたこうして一緒にお茶をしてくださいますか?」

「――言われなくても、そうする」


 ぶすり、と答えれば呆れたように桜子がくすり、と笑った。


「本当に、桔梗は久遠様のお菓子がお気に入りですものね」

「そういうんじゃ、ない。ただ、私は――」


 その先をうまく言葉にできなくて、菓子の残りをぱくり、と食べ、紅茶をごくごく飲んだ。悔しいが、菓子が美味しいのは本当だ。つい、綻んでしまう頬を慌てて引き締める。


 そう、妥協しただけだ、桔梗は。

 お茶の時間のお菓子と引き換えに。

 こうして三人で過ごせる時間と引き換えに。


 ――桜子の笑顔のために、すべてを独占することは諦めたのだ。


 こうやって慣らしていくしかない、とわかっていた。


 いつかは鷹雅に桜子を渡してしまわなければならないことはわかっていた。

 いい機会なのかもしれなかった。

 宝石みたいに綺麗で大切な時間はすぐに消えてしまう。

 それを、自ら壊してしまわないように。少しずつ、手放していく準備が必要だった。

 

 ――円華のことを、桜子が好きになるのは仕方がなかった。

 

 目が離せなくてはらはらする。馬鹿みたいに無防備で真っ直ぐなのだ、この円華ばかは。桜子が姉のような庇護者の気持ちになってしまうのもわかった。


 だから、いい。

 妥協してやるよ、今は。


 そう、桔梗は自分を納得させたのだった。


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