19.大魔道士セリーナ
俺はティライザを連れて実験室を出る。
第六魔災の英雄セリーナは今、カンタブリッジ学園の理事長である。
彼女に会うには――と、とある人物を探していると、近くにいた用務員が声をかけてくる。
「どうしました? 探し物ですか」
短い赤髪で人がよさそうな顔立ちの人物。
邪神軍第十三軍団長ジェコである。
お前じゃねえから話しかけんな。
さっさと追っ払いたいのだが、お互い他人のふりをするというルール。
邪険に扱うわけにもいかない。
「ええと、理事長に会いたくてですね……」
「おお! それならお任せください」
「えっ? あ、はい」
思わず頷いてついてきてしまったが、本当にこいつで大丈夫か?
理事長室の前に秘書室があり、その部屋にノックをして入る。
中にいる秘書がこちらを見た。
その秘書が顔をしかめたのを俺は見逃さない。
「どうしました?」
「理事長に会いたいという方がいまして」
「チッ」
ジェコさん舌打ちされてますよ。
小さな舌打ちだったが、おれの邪耳はそれを聞き逃さない。
「理事長にはいきなり押しかけてきても会えません。マニュアル読みました!?」
「言われたとおり読んだが、あんなのを覚えきれると思うか?」
「馬鹿にもわかるように最優先事項にチェックしましたよね?」
「チェックが多すぎだな」
なるほど、新人の馬鹿の教育を担当したのか。
それは苦労しただろうな。
「とにかく! 理事長に会うには事前に問い合わせをしてください。それでもほぼ無理ですけど」
「なんだとう! このお方をどなたと心得る! あの――アヴェシッ」
馬鹿が暴走する前に蹴り飛ばす。
「馬鹿がご迷惑おかけしました」
そう言ってその場をあとにした。
正確には今後もご迷惑おかけします、だろうが。
「だから言ったじゃないですか。理事長に会うのはすごい難しいのです。ユフィだって簡単には会えないって言ってました。国王が呼んでも拒否するそうですよ」
ティライザの小言を聞きながら、俺は人探しを続ける。
いたいた。
「じ……エウリアス先生。探しました」
「おや、どうしました? アシュタール君」
「はい、できれば理事長にあってみたいのですが」
俺が要件を告げると、爺やは「ふむ」と考える。
「わかりました。案内しましょう」
エウリアスが短い思考を終えると、俺たちは再度理事長室に向かう。
ティライザは期待していないようだ。
「さっきと同じじゃないですか。いち用務員がいち新人教師に変わって何が変わるんです?」
半信半疑どころか、9割疑っているように思われた。
秘書室につくと、先ほどとは打って変わって穏やかな態度で出迎える秘書。
「エウリアス先生。どうなさいました?」
「ちょっと理事長に話がありまして。理事長は中に?」
「はい、どうぞお入りください」
あっさりと通してもらった。
「え!? なんで?」
ティライザが目を見開いて驚く。
まあ人物の差、人徳の差かな。あと頭もか。
セリーナは齢70近く。しかし彼女の体は20代半ばの若さを保っていた。
セリーナにしか使えない秘法によるものだ、と噂されている。
セリーナは窓のそばにいて外を眺めていた。
爺やが部屋に入ると、一瞬目を輝かせる。
しかし、それ以外にも来客がいることを悟ると、真顔に戻った。
「どうしました?」
「ティライザ嬢が理事長にお話があるとのことで……」
爺やの言葉を半ば遮る形で、ティライザは一歩前に出る。
「あの魔法について聞きに来ました」
「おやおや。前にも言ったとおり、それは大人になってから……」
「なりました!」
「ファッ!?」
ティライザは俺を見ながら声を張って言う。
こっちみんな。
「大人になったので教えてください」
「ほいfぼrづうヴいm(訳:それどういう意味)」
「おやおや……」
セリーナはクスクスと笑っている。
「そちらの方は女性が苦手ということで、この学園に通い始めたのですが……。ずいぶん手が早いことで」
「ぽくぃもぃdてmぐn(訳:何もしてません)」
セリーナは俺の言葉に苦笑しながら首をかしげる。
何を言っているのかは当然わからないが、それを言うのも失礼ということで困っているのだろう。
「まあいいでしょう。何を聞きたいというのです」
「教えてください。あの魔法――カタストロフィを」
セリーナはこちらを見る。俺の判断次第ということか。
「噂によると、学園長はマジックアイテムの支援を受けてあの魔法を使ったとか」
「え、ええ。そうです」
セリーナは困惑しつつも頷く。
「そのマジックアイテムなしでは使うことも不可能。教えることも不可能なんじゃないですか?」
「はい。その通りです」
「そのマジックアイテムはどこに?」
ティライザ尋ねる。
「1回使ってなくなりました。再入手も不可と思ってください」
「そうですか……」
ティライザは落胆していた。
「そもそもフメレスはカタストロフィーがなくても倒せます。もちろん多大な犠牲が出るでしょうが」
「あれがあれば犠牲をほぼ0にできます」
「次の危機はまた来ます。ここはそういう世界。あのような人には過ぎた力に頼るのは危険です」
セリーナは首を左右に振った。そしてティライザを諭す。
「この世界は幾度も危機を迎えました。でも、その都度救いは訪れた。今回そういったものは必要ないのです。あなたは今の力でできることをしてください」
ティライザはとぼとぼと理事長室をあとにした。
俺もついていこうとしたが、爺やがそれを制止する。
「ちょうどいい機会ですので、お話をしておこうかと」
「はじめまして、セリーナと申します。エウリアス様にはお世話になっております」
セリーナは優雅に一礼をする。俺もあわせて礼をしつつも、訝しげに二人を見る。
「爺やとは1回しか会ったことがなかったはずだが」
「正確には2回です」
このやり取り、前もやったな。
「回数や時間の問題ではありません。こと男女の中というのは」
セリーナは爺やと腕を組む。
「なるほど、モテるんだな」
「何か問題がおありでしょうか?」
爺やは悠然としている。
「いや、何もないな」
爺やに限って問題など起こるはずもない。
恋愛も自由だ。
「ああ、一ついっておきますと、彼女はわれわれのことをあれ以上何も知りません」
それに関しては爺やを疑ってなどいない。
あの馬鹿とは違う。
「私が知っているのはお名前と、あの日起きたことのみ。あなた方が何者かなど、詮索しても詮無きこと。私にできることならばいたします。それで十分でしょう」
「ずいぶん物分りがいいんだな」
「力の一端に触れたものとして、分をわきまえているだけです」
「皆がそうだと俺も楽なんだがな」
「残念ですが、秘密があると知りたがる人も多いですからね」
一度くらいは顔を合わせて色々と打ち合わせしたほうがいいだろう。
爺やはそう思っていたようで、渡りに船とばかりに案内したのだ。
「そういえば、カタストロフィーの件はあれでよかったので?」
「あんなもんだろう」
「私はあの力が込められた水晶をエウリアス様から受け取って、それを魔王にぶつけただけでしたので……」
魔族は減ってもどうせ勝手に発生するが、人類は減りすぎると回復まで時間がかかる。
なので、状況次第では人間側に手を貸すこともある。
第六魔災では俺の魔法の力が封じ込められた水晶を渡し、それで人類が勝利した。
彼女には我々のことは説明していない。
何もかもわからないから、他人にどう嘘をついていいかもわからない。
それで人に会うのはできるだけ避けるようになった、ということか。
「爺やがそこも考えるべきだったな」
「申し訳ございません。あの時は私も少し平静ではいられなかったようで。私のミスでございます」
爺やは素直に謝罪した。
俺が来ても通すように秘書に言っておく、という提案を受けたが断った。
秘書が不審に思うからだ。
「よろしければまた人をお救いください」
「それは確約できない。俺たちは人の守護者ではない」
そう答えて理事長室をあとにした。




