133.シュズベリー会戦③
「な、なんだ!?」
オズワルドは驚いて掲げた手を引っ込めた。
「アシュタール?」
ユーフィリアが驚いて声を上げる。
距離があるので聞こえてないと思っているだろうが、俺の邪耳はこの程度の距離の音は問題なく拾う。
「貴様はブリトン王国の関係者だったか」
オズワルドが確認するように俺に聞いてくる。
「正確にはそうじゃないんだが、この状況では否定はできないな」
「何の手品か知らんが、一人戦力が増えたところで戦況は変わらんぞ」
俺に対してはそれだけで終わり、オズワルドはもう一人の人物を見る。
こちらはさすがに軽視はできないようだ。
この場に現れたもう一人の人物。
金で刺しゅうされた豪奢な法衣を着た老齢の女性。
ダグザ教団の法王である。
「レイラ法王猊下。このような場に何用ですかな?」
法王がこんなところに現れること自体が異常なことであり、オズワルドは不快感を声ににじませた。
「もちろんこの戦の調停に来たのです」
「な、なにを言っておる!」
オズワルドが顔を真っ赤にして声を荒げる。
「法皇猊下がこう仰っているのです。叔父上、いったん話し合おう!」
アイザックが神にすがるように法王に同調する。
「愚かなりアイザック。そのようなことでは、仮に王になれてもダグザ教団の操り人形になるぞ!」
長い歴史の中で、ダグザ教圏の王位選定においてダグザ法王が強い影響力を持つことは少なくなかった。
法王の強い支持のおかげで王になった者は、当然法王とダグザ教団に頭が上がらなくなるであろう。
ゆえに、アイランド王国はダグザ教を国教に定めているとはいえ、過度の干渉がないように気を使っていた。
「あなたに王位を決定する権限などおありでしたか?」
「たしかに。私に次のアイランド国王を決定する権利はありません。だから言ったでしょう。調停に来たと」
「言っている意味が分かりませんな。事ここにいたり、今更話し合いなどで収まるとお思いか」
「話し合いで決めるなどと言っておりません。ただ、このまま戦で多くの血を流す必要もないでしょう」
「一騎打ちかなにかで決着をつけろと? 法王猊下はアイザックを応援しておられるようだ」
このまま戦となればアイザックの敗北は間違いない。
一騎打ちはアイザックの希望通りである。
オズワルドはそんな提案をした法王を睨む。
「私はどちらかを応援しているわけでもないのですがね……」
レイラは苦笑してつぶやく。
上空を見上げると、さらに一人の人物が下りてくる。
外套を着ていて顔を見ることはできない。
周りの人間には誰だかわからないだろう。
もっとも小柄であり、少年かもしくは女性であるというのは推測できるだろうが。
彼女は一つの杖を持っていた。
レイラは彼女を確認すると、あたりを見渡し大きな声で叫ぶ。
「ダグザ教法王レイラの名において命ずる。アイランドの次の王はヴァルキュリウルによって定める!」
レイラの宣言によって、戦場に一瞬静寂が訪れる。
両軍とも理解できず、皆呆けた顔をした。
その意味が飲み込めると、次の瞬間には大騒ぎとなった。
オズワルド陣営にとっては勝利をなかったことにする宣言であり、アイザック陣営にとっては死を回避する宣言である。
それゆえ反応は真逆ではあった。
オズワルドも一瞬呆けたのち、烈火のごとく激怒した。
「ヴァルキュリウルなどやらん! だいいち要件を満たしていないではないかっ」
レイラは涼しい顔をしてオズワルドの怒鳴り声を聞いていた。
それが終わるのを待って話を続けようと思っていたのだろう。
しかしオズワルドはそのまままくし立てた。
「法王猊下は錯乱しておられる! 誰か休める場所へと連れていけ」
オズワルドの言葉を受け、オズワルドの部下はお互い顔を見合わせた。
さすがに法王をそんな風に扱ってよいか逡巡したのである。
しかし命令は別のところに連れていって休ませろというものである。
主命と信仰を天秤にかけ、ギリギリなんとか可能な命令であると判断したのか、覚悟を決めて俺たちに向かってきた。
「やれやれ。荒事にならなければ俺の出番はなかったんだけどな」
「一人で大丈夫なんです?」
外套の奥から心配そうな声が漏れる。
「問題ない」
彼女に一言で答えると、俺は前方に出て二人を守る。
「おとなしくすれば危害は加えん」
「それは――こちらのセリフだ」
敵の騎士に答えつつ、俺は地面に円を描く。
「この中に入ってきたら命の保証はしない」
俺の警告を騎士たちは無視した。
俺は当然ながら邪気を発していない。
言うまでもなく人気も発していないので、相手からすれば『この弱そうなガキは何を粋がってるんだ?』といった感じだろう。
「法王猊下ならともかく、貴様に手加減をする理由などないぞっ」
騎士は躊躇せずデッドラインを越えてきた。
そして俺めがけて剣を振り下ろす。
当然俺の万能結界が作動し、剣は弾き飛ばされる。
「なっ!?」
フルフェイス型の兜をしているので見えないが、驚きの表情を浮かべているであろう騎士の頭部をつかみ地面に叩き付ける。
騎士はピクピクとけいれんして気絶した。
騎士たちは一瞬ひるんだが、用心して多数でこちらに襲い掛かってくる。
「アースウォール」
俺が魔法を発動させると、地面が盛り上がっていく。
三人ともその土に乗って高くまで上がる。
本来は土による壁を作る魔法ではあるのだが、その上に乗ることもできるのだ。
そのまま10メートルを超える高さまで上がったため、騎士たちは手出しができなくなった。
近接攻撃では手を出せなくなったのを見ると、今度は魔道士隊や弓隊が一斉に攻撃を仕掛けてくる。
最初は遠慮した攻撃しかこない。どうやら法王にあたることを恐れているようだ。
俺がさりげなく法王から距離をとると、心置きなく大小さまざまな魔法が飛び、俺の周りが土煙で覆われた。
もちろんすべて結界ではじいているので無傷である。
「ああっ。いくらなんでもあんな集中砲火じゃもたない。援護しないと」
ユーフィリアの慌てた声が聞こえてくる。
「大丈夫よ。あんなんで死ぬなら私がすでに殺してるわ」
フィオナがあくびをかみ殺した声で答えた。
武器もすでに収めていて、すでに事態が解決したかのようにリラックスしている。
「やったか!?」
しかし俺は無傷で佇んでいる。
土煙が消え、それが見えるとオズワルドが目を見開く。
「なんだとっ!? どういう防御能力を持っているんだ?」
「満足か?」
俺はオズワルドを見下ろしながら話す。
オズワルドからは返答がない。
やっと場が整ったとばかりに、法王レイラが話す。
「落ち着いたところで、再度言わせていただきますよ。――ヴァルキュリウルを開催すると」
「やはり錯乱しておられる。出来もしないことを開催するなどと」
「いいえ、できます。条件は満たしています」
レイラは微笑んだ。そして物わかりの悪い生徒をたしなめるように話を続ける。
「ヴァルキュリウルは法王の宣言、神杖レーヴァテイン、聖痕を持つ者――聖者の同意によって成立します」
「レーヴァテインの行方は知れず、聖者もこの世に存在しない」
「さて、それはどうでしょう」
レイラは少女から杖を受け取る。
「これが何かわかりますか?」
「どこにでもある杖だろう」
「――神杖レーヴァテインです」
法王の言葉に周囲からどよめきが漏れる。
「半世紀も行方不明だったものがなぜここにある?」
「出所については言わない約束ですので」
「それでは信用できん。見た目を似せただけのまがい物の可能性があろう」
もっとも戦後生まれで信心深くもないオズワルドは、レーヴァテインの形状など知らないだろうが。
「実物を見れば否定など不可能。オリハルコンで作られた偽物など人間には作れませんよ」
「オリハルコンだと……」
「疑うならば調べてみればよろしいでしょう」
レイラはレーヴァテインをオズワルドに向かって放り投げた。
部下たちが各種チェックしていく。
「間違いなくオリハルコンです」
「形状も私が昔見たものとそっくりです」
武具に詳しい者が、当時を知る老齢の騎士がありのままを告げる。
「だとしてもっ。もう一つの条件はどうした。聖痕を持つ者がいなければ成立せんぞ」
「ふう……。ここまで鈍いといっそ清々します」
レイラは呆れながらそばにいる外套をかぶった者を見た。
彼女は出番が来たとばかりに外套を脱ぐ。
「えっ? アイリス?」
ユーフィリアが素っ頓狂な声を上げた。
三人目はアイリスだったのだが、なぜアイリスがこんなところに法王と共にいるのか理解できないのだろう。
「その小娘がなんだというのか」
「この子が聖痕を持つ者――聖女となります」
「どこにそんなものがあるというのだっ」
確かに現状のアイリスには聖痕などついていない。
レイラはふっと笑い、聖なる気を発した右手をアイリスに向ける。
その手がアイリスの右肩付近に触れると、アイリスの体に変化が起きた。
アイリスは珍しく襟まわりから肩口までを露出させたオフショルダーの服を着ている。
その右胸の上部あたりに不思議な紋様が浮かび上がった。
その紋様は赤く光っている。
「おお……! まさしく聖痕。神はまだこの世を見捨てていなかった」
老齢の騎士たちが跪き、アイリスに敬意を示していく。
感極まって涙を流す者も出ていた。
オズワルド軍、アイザック軍を問わず。
「ば、馬鹿な……。何かカラクリがあるんだろう。そ、そうだ! 幻術かなにかに違いないっ」
「触ってみればわかると言いたいところですが、乙女の柔肌をあなたのような粗暴な者に触らせるわけにはいかないでしょうね」
レイラは微笑んだ。
「では――」
「でも近づいてみればわかるでしょう。触ってはダメですが、近くまで手をかざしてみるとよい」
レイラはオズワルドの言葉をさえぎって話しつつ俺を見る。
俺はアースウォールの魔法を解除し、地上の高さまで下りた。
オズワルドは訝しみながらもアイリスに近づいていき、聖痕に手をかざす。
「熱いっ!」
オズワルドは即座に手を引っ込めた。
「な、納得いただけましたか?」
アイリスが恐る恐る問う。
見た目をごまかす魔法はあるが、実際に熱のある幻覚など人間には作ることはできない。
オズワルドが確認している間にも、兵たちは次々と剣を納め、アイリスに跪いていく。
「こ、こんな事認められるかっ。立て! 立って武器をとるのだ」
オズワルドは諦めが悪く、家来たちに戦闘態勢を維持するように檄を飛ばす。
「両軍武器を収めなさい! これは神の御意思です」
対抗してアイリスが力強く叫ぶと、どうすべきか迷っていたオズワルドの家来も武器を収め、アイリスに平伏していった。
「オズワルド殿下、これ以上抵抗しては破門されてしまいますぞ。ここは潔くヴァルキュリウルを受け入れるしかありますまい」
「左様。われらは別に敗北したわけではありません。仕切り直しとなっただけです」
あきらめの悪いオズワルドを、家来たちが諫めていた。
少し時間を置き、冷静になったオズワルドが受け入れ、ヴァルキュリウルの開催が決定した。




