表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約七年目、悪役令嬢は本日をもって卒業します   作者: 九葉(くずは)
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/42

第42話 咲き続ける花

一年後。


王国の首都、王都の東区。かつて空き地だった場所に、白い石造りの建物が完成していた。


「エリザベート・カタリーナ魔道具研究所 王国分所」


正面に掲げられた看板を見上げ、私は深い感慨に浸っていた。一年前に思い描いた夢が、こうして形になっている。


「立派な建物ね」


隣に立つアレクセイが頷いた。


「君の設計通りだ。帝国の本所より少し小さいが、必要な設備は全て揃っている」


「父上のおかげよ。土地の交渉から建設の監督まで、全部やってくれた」


「伯爵殿には感謝しないとな」


開所式は午後から始まる。会場には既に多くの人が集まり始めていた。王国の貴族、技術者、そして民衆。帝国からも来賓が訪れている。


「お母様」


振り返ると、カタリーナが駆け寄ってきた。今日のために仕立てた淡い青のドレスを着ている。八歳になった娘は、また少し背が伸びていた。


「準備はできた?」


「はい。緊張しますけど、大丈夫です」


娘の手には、小さな木箱が握られている。中には、彼女が作った初めての魔道具が入っていた。


---


開所式が始まった。


壇上に立った私は、集まった人々を見渡した。帝国の時と同じ光景。でも、ここは私の故郷だ。生まれ育った国で、こうして皆に語りかけている。


「本日は、エリザベート・カタリーナ魔道具研究所王国分所の開所式にお集まりいただき、ありがとうございます」


声が広場に響く。


「この研究所の名前には、二人の女性の名が刻まれています。一人は、私の母、エリザベート・フォン・ローゼンベルク。この王国で生まれ、この王国で生涯を終えた女性です」


会場が静まり返った。


「母は、魔道具を愛していました。女性が学問に携わることが難しかった時代に、独学で研究を続けました。その才能は、私に受け継がれました」


母のことを話すと、胸が温かくなる。


「もう一人は、帝国皇帝陛下の姉君、カタリーナ・フォン・ヴァルトシュタイン皇女殿下。彼女もまた、魔道具の研究に生涯を捧げた方でした」


「二人の遺志を継ぎ、私はこの研究所を作りました。そして今日、その分所がこの王国に誕生します」


私は会場を見渡した。父の姿が見えた。シュトラウス伯爵も、見知った顔がいくつもある。


「この分所は、両国の架け橋です。帝国の技術を王国に伝え、王国の知識を帝国に持ち帰る。技術者たちが国境を越えて学び合い、新しいものを生み出す場所です」


「国境を越えて咲く花があります。アイゼンブルーメという青い花です。帝国にも王国にも咲くその花のように、知識と技術もまた、国境を越えて広がっていくことを願っています」


拍手が起こった。最初は控えめに、やがて大きなうねりとなって広場を満たした。


---


式典の後、来賓たちへの挨拶が続いた。


王国の新国王となったフリードリヒ一世も出席していた。まだ二十代の若い王だが、その目には知性と誠実さが宿っている。


「皇后陛下、本日はおめでとうございます」


「陛下こそ、お忙しい中お越しいただきありがとうございます」


「いえ、ぜひ参列したいと思っていました。先王陛下も、この日を楽しみにしておられた」


先王。私に勅令を与えてくれた方。半年前に崩御されたと聞いた時、深い悲しみを覚えた。


「先王陛下には、大変お世話になりました」


「陛下は最期まで、皇后陛下のことを気にかけておられました。架け橋になってくれると信じている、と」


「その期待に応えられているといいのですが」


「十分に応えておられます。この研究所が、その証です」


フリードリヒ王が微笑んだ。


「これからも、両国の友好のために力を貸してください」


「喜んで」


私たちは握手を交わした。新しい時代が、始まろうとしている。


---


夕刻、私は家族と共に研究所の庭に出た。


アレクセイ、カタリーナ、そして父。四人で並んで、夕日に染まる建物を眺めている。


「立派な研究所だな」


父が感慨深げに言った。


「父上のおかげよ」


「私は手伝っただけだ。全てはお前の力だ」


「そんなことないわ。一人では、ここまで来られなかった」


私はアレクセイを見上げた。


「あなたがいたから、夢を追いかけられた」


「俺は、隣にいただけだ」


「それが、どれほど大きかったか」


夫が微笑んだ。私も微笑み返した。


「お母様」


カタリーナが木箱を差し出した。


「見てください。私の魔道具」


箱を開けると、中には小さな照明装置が入っていた。手のひらに収まるほどの大きさ。シンプルな構造だが、丁寧に作られている。


「完成したのね」


「はい。おじい様に見せたくて、頑張りました」


カタリーナが父に向かって箱を差し出した。


「おじい様、これ、私が作ったんです」


父が箱を受け取り、中の装置を取り出した。しばらく眺めてから、娘に目を向けた。


「動くのか」


「はい。見ていてください」


カタリーナが装置に触れると、柔らかな光が灯った。夕暮れの庭に、小さな明かりが輝いている。


「よくできている」


父の声が震えていた。


「エリザベートの孫が、魔道具を作った。彼女が見たら、どれほど喜んだか」


「おばあ様も、見ていてくれているかな」


「ああ、きっと見ている」


父がカタリーナを抱きしめた。娘は少し驚いた様子だったが、すぐに祖父の背中に腕を回した。


私はその光景を見つめながら、目頭が熱くなるのを感じた。


三代にわたる絆。母から私へ、私から娘へ。技術だけでなく、想いも、夢も、全てが受け継がれていく。


---


日が沈み、空に星が瞬き始めた。


庭の片隅に、青い花が咲いていた。開所に合わせて植えた、アイゼンブルーメ。帝国から持ってきた株が、王国の土地に根付いている。


「お母様、あの花」


カタリーナが指さした。


「アイゼンブルーメよ。国境を越えて咲く花」


「帝国にもありますよね」


「ええ。おばあ様が昔、帝国から種を取り寄せて、この国に植えたの。そしてお母様は、帝国でこの花を見て、故郷を思い出していた」


「じゃあ、この花は、帝国と王国を繋いでいるんですね」


「そうね。そう言えるかもしれない」


娘がしゃがみ込み、花を見つめた。


「私もいつか、この花みたいになりたいです」


「どういう意味」


「国境を越えて、いろんな人の役に立てる人に。お母様みたいに」


私は娘の隣にしゃがみ、一緒に花を見つめた。


「きっとなれるわ。あなたには、その力がある」


「本当?」


「本当よ。約束する」


カタリーナが嬉しそうに笑った。私も笑った。


背後でアレクセイと父が何か話している声が聞こえる。穏やかな声。温かな夜。


私は立ち上がり、空を見上げた。星が瞬いている。母が見ていた星。カタリーナ皇女が見上げた星。そして今、私と娘が見ている星。


---


七年前、私は届かない手紙を抱えて、国境を越えた。


全てを失ったと思っていた。名誉も、居場所も、未来も。でも、違った。私は自分の手で、新しい未来を切り開いた。


帝国で夫に出会い、娘を授かり、技術者として認められた。故郷との絆を取り戻し、両国の架け橋となった。


全ては、あの日から始まった。届かなかった手紙から。


でも今、私の言葉は届いている。家族に、友人に、両国の民に。私が作った魔道具は、多くの人の生活を支えている。


母が夢見た世界。研究で人々を助けること。その夢は、形を変えながらも、確かに実現している。


私は振り返り、家族を見た。アレクセイ、カタリーナ、父。私を支えてくれる人たち。


「そろそろ戻りましょうか」


「ああ」


アレクセイが私の手を取った。カタリーナが私のもう片方の手を握った。父が優しく微笑んでいる。


四人で並んで、研究所に向かって歩き始めた。


夜空では、星が瞬いている。庭では、アイゼンブルーメが揺れている。国境を越えて咲く花。どんな環境でも、強く、美しく咲き続ける花。


私もそうありたい。どんな困難があっても、咲き続ける花でありたい。そして、その種を次の世代に蒔きたい。


鉄の花は、咲き続ける。


母から私へ、私から娘へ。受け継がれる想いは、決して途切れない。


これが、私の物語。


そして、これからも続く、私たちの物語。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


もし、この物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや★評価などの形で応援をいただけますと、大変励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ