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婚約七年目、悪役令嬢は本日をもって卒業します   作者: 九葉(くずは)
第1章

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第4話 仮面の下の天才

噂が広まるのは、早かった。L・Rの正体探しが始まってから三日。シュトラウス公爵邸で開かれた夜会は、その話題で持ちきりだった。


「ねえ、聞いた? L・Rの正体」


「帝国大使館の晩餐会で、魔道具を直した令嬢がいたんですって」


「まさか、あの方が……?」


扇の陰から、囁き声が聞こえてくる。私の名前は出ていない。でも、視線は明らかに私に向けられている。


「お嬢様」


隣に控えるマルタが、小声で耳打ちした。


「ミレーヌ嬢が、何やら吹聴しているようです」


視線を向けると、ピンクブロンドの髪が揺れていた。ミレーヌ嬢が、令嬢たちに囲まれて何かを話している。


「実は、L・R様とは以前からお親しくさせていただいているの。私の魔道具も、あの方に見ていただいたことがあるのよ」


——嘘だ。私はミレーヌ嬢と面識すらない。晩餐会が初対面だ。それなのに「親しい」とは、どういうつもりだろう。


「素敵ですわ、ミレーヌ様! L・R様のお知り合いだなんて」


「ええ。だから、L・R様の正体が誰かも、私には少しだけ心当たりがあるの」


令嬢たちが、息を呑む。ミレーヌ嬢が、こちらをちらりと見た。桃色の瞳に、挑発の色が浮かんでいる。


——なるほど。先手を打つつもりか。


私が名乗り出る前に、「L・Rと親しい自分」を演出して、発言権を確保しようとしている。そうすれば、私が正体を明かしても「嫉妬で嘘をついている」と主張できる。


「お嬢様、どうされますか」


マルタの声に、私は少し考えた。このまま黙っていれば、ミレーヌ嬢の思惑通りになる。かといって、今ここで「私がL・Rです」と叫んでも、証拠がなければ笑い者だ。


——証拠なら、ある。


設計図の原本。母に教わった通り、すべてに魔法インクで署名してある。魔道具協会の鑑定士がいれば、その場で真贋を証明できる。そして——今夜の夜会には、協会から派遣された鑑定士が来ているはずだ。L・Rの正体探しが過熱して、公爵家が「正式な確認」を依頼したと聞いている。


「マルタ。鑑定士の方は、どちらに」


「大広間の東側に。魔道具協会の紋章をつけた方がいらっしゃいます」


私は深く息を吸った。七年間、隠してきた。誰にも見せず、誰にも認められず。でも——もう、隠れる理由はない。


「行きましょう」



* * *



大広間の中央に進み出ると、周囲の視線が集まった。


「あら、リーゼロッテ様」


ミレーヌ嬢が、わざとらしい笑顔を浮かべた。


「どうかなさいましたの? もしかして、L・R様の正体をご存じなのかしら」


「ええ。知っています」


私は、淡々と答えた。


「私がL・Rです」


沈黙が、広間を支配した。令嬢たちが目を見開き、令息たちが眉をひそめる。ミレーヌ嬢の顔から、完全に笑みが消えた。


「——嘘よ!」


甲高い声が響いた。ミレーヌ嬢が一歩前に出る。


「証拠はあるの!? 婚約破棄された腹いせで、嘘をついているんじゃないかしら!」


予想通りの反応だった。私は懐から、折りたたまれた羊皮紙を取り出した。


「こちらが、L・Rの発明品の設計図原本です。すべてに、私の署名が入っています」


鑑定士が近づいてきた。白髪の老紳士で、魔道具協会の紋章が胸に光っている。


「拝見しても?」


「どうぞ」


鑑定士が設計図を受け取り、魔法の光をかざした。署名部分が淡く発光する——魔法インクの反応だ。


「……間違いありません。この署名は、リーゼロッテ・ローゼンベルク嬢のものです。魔力パターンが完全に一致しております」


ざわめきが、波のように広がる。


「さらに、帝国が正規購入したL・R製品の取引記録があります。七年前から、すべてローゼンベルク侯爵家経由で納品されています」


「それは事実だ」


低い声が割って入った。アレクセイ陛下だ。いつの間にか、私のすぐ後ろに立っていた。


「L・Rの作品は、七年前から我が帝国が購入してきた。製作者は最初から彼女だ」


陛下が、取引記録の写しを鑑定士に渡す。日付、品目、金額——すべてが記載された公式文書。


「帝国皇帝として保証する。リーゼロッテ・ローゼンベルク嬢が、L・Rその人であることを」


会場が、完全に静まり返った。ミレーヌ嬢の顔が、蒼白になっている。唇が震え、桃色の瞳が大きく見開かれている。「L・Rと親しい」と吹聴していた相手が、目の前で正体を明かした。しかも、帝国皇帝が証人についた。もう、言い逃れはできない。


「そんな……嘘よ……私は……」


ミレーヌ嬢の声が、かすれていく。周囲の視線が、同情から好奇へ、そして冷ややかなものへと変わっていく。


「哀れな令嬢」だった私が、「天才発明家」として認められた瞬間だった。



* * *



人垣に囲まれる私を、アレクセイ陛下が連れ出した。


「少し休んだらどうだ」


バルコニーに出ると、夜風が頬を撫でた。広間の喧騒が、遠くに聞こえる。


「……ありがとうございます」


「礼を言われることではない」


陛下が、手すりに寄りかかった。紫の瞳が、夜空を見上げている。


「君の才能は最初から知っていた。隠す必要はなかった」


「……七年間、誰にも認めてもらえないと思っていました」


声が、少し震えた。自分でも驚くほどに。


「婚約者は興味を示さなかった。社交界では『働く令嬢』は奇異の目で見られた。だから、隠すしかなかった」


「俺が認めていた」


陛下の声は、静かだった。でも、どこか熱を帯びていた。


「七年前、君の最初の作品——自動翻訳イヤリングを手にした時から。これを作った人間に会いたいと、ずっと思っていた」


私は、言葉を失った。七年間。私が一人で隠れていた、その同じ時間——この人は、私の作品を認めてくれていた。


「これからも」


陛下が、私の目をまっすぐに見た。


「俺は君の才能を認める。それは変わらない」


胸の奥で、何かが温かくなった。涙が出そうになって、慌てて目を逸らす。


「……ありがとう、ございます」


声が震えた。でも、今度は悲しみではなかった。



* * *



バルコニーから広間に戻ると、ミレーヌ嬢の姿はもうなかった。青ざめたまま、王太子に付き添われて退場したらしい。


「ミレーヌは体調を崩したようだ」


王太子殿下の声が、どこからか聞こえた。令息たちに囲まれながら、殿下は強がるように笑っている。


「だが、心配はいらない。彼女には聖女の力がある。L・Rなど関係ない」


——聖女の力。


私は眉をひそめた。あの晩餐会で、ミレーヌ嬢の魔道具は私の設計の模倣品だった。「聖女の奇跡」とやらも、本当に「聖なる力」なのだろうか。


「お嬢様」


マルタが近づいてきた。


「素晴らしかったです。皆様、お嬢様の才能に驚かれていました」


「……そうね」


私は、王太子殿下の背中を見つめた。今夜、私は一つの嘘を暴いた。「L・Rと親しい」というミレーヌ嬢の虚言を。でも——まだ、終わっていない。


「聖女の奇跡」。その正体が、気になる。あの魔道具が私の設計の模倣品だったなら——「奇跡」もまた、偽りなのではないか。


「マルタ。ミレーヌ嬢の『聖女の奇跡』について、調べられる?」


「……お調べします」


マルタが頷いた。


夜会の喧騒が、まだ続いている。私の正体が明かされたことで、社交界は大きく揺れるだろう。「哀れな令嬢」は「天才発明家」に変わり、評価は一変する。


でも、まだ終わりではない。ミレーヌ嬢の「聖女」という虚飾。その仮面の下に、何が隠されているのか。


——次は、それを暴く番だ。

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