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それでも異世界は輪廻っている  作者: 詩森さよ(さよ吉)
第一部 ゲームから出られなくなった俺を助けてくれたのは、キモデブ悪役令息と犬耳幼女メイドだけでした
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第72話 国王への拝謁


 何とか旅の支度が済んだ。そう思ったら今度は俺、サリー、チェリーはアルに呼び出された。学校の貴族寮ではなく、王都にあるタウンハウスの方だ。アルもほとんど寄り付かないが、たまにある貴族の社交のために置いてあるそうだ。それで学園に迎えの馬車が来た。


「レッドグレイブ家のタウンハウスは初めて伺うわ。緊張するわね」


「サリーは納品でそれなりに貴族のお屋敷に行くんじゃないのか?」


「行ったことはあるけど商談の手伝いだし、向こうの気持ち次第で罰を与えられるからね。何回行っても慣れるものじゃないわね。それよりチェリーの方が慣れているわよ。なんてったってドレナー家のご子息と婚約したんだから」


 そう言ってサリーはムフフと生温かい笑みを浮かべて親友を見つめた。


「まだ3回しか行ってないし、慣れてるって程じゃないわ。でも討伐から帰ったら礼儀作法やしきたりを学ぶために時々通わないといけないそうなの」


「嫁姑ってことね。それはそれで緊張しそう。それより何の用で呼び出されたの?」


「俺も知らない。でもレッドグレイブ様は俺の後援者になったから、その絡みのお話かな?」


 一応、フレデリカとリアン君のおかげで多少のマナーは身についてる。俺たちが親しい間柄だって悟られないようにしなくちゃ。



 タウンハウスに着くと20代後半ぐらいの従僕に案内されて、上座に椅子があるだけの広めの部屋に案内された。ここはどうやら貴族が平民と話をする場所らしい。ある程度親しくなったり、金を借りるなど貴族側に弱みがあるときは客間に案内されるのだが、たとえ男爵家でも貴族と平民の身分差は大きいのだ。


「アルフォンス様のおなりです」


 従僕の声で俺は騎士の礼を、女性たちはカーテシーをして頭を下げた。貴族をジロジロ見るのは不敬だ。学園内ならともかくこの部屋に案内されたこと言うことは身分差をはっきりわからせるためなのだ。

 アルは当然太った巨体状態でエリーちゃんとエリカを連れている。彼が椅子に座ると2人は左右に侍る形を取った。


「面をあげよ」


 それで俺たちは顔を上げることが出来た。


「此度の魔王討伐を国王陛下がお知りになり、其方たちにご尊顔を拝謁する栄誉をお与えになった。そのため最低限の礼儀作法を学んでもらう。今後配下になるシンプソン子爵家、ドレナー男爵家は次期ウォルフォード伯爵であり、国家精霊術士であるこの僕にふさわしい態度で臨むこと。よいな」


「「かしこまりました」」


 ここでは俺とチェリーだけが返事をする。サリーには声がかかっていないからだ。


「サラ=リッド。其方は我が婚約者のわがままで同行することになったが、其方だけが無作法でよいはずがない。よってこの者たちと共に学ぶがよい」


「かしこまりました。ご温情ありがとう存じます」


「では三名ともよく働くように」



 そう言ってアルはエリーちゃんとエリカを連れて立ち去った。国王に拝謁って何だか事がどんどん大きくなるな。

 俺たちを案内してくれた従僕はマナー講師でもあったようで、その後礼の角度や手の位置など3人ともビシバシとチェックされた。

 サリーとチェリーは魔法学園でマナーの授業があるけど、さすがに国王向けではないものな。


 その後、別室に連れられるとレッドグレイブ家御用達の服屋が待っていた。簡単な採寸が行われ、大量に持ち込まれた既製服の中からサイズに合うものが下賜された。王の前に出る時に礼儀知らずにならないように身分に合った格の、でもそれなりに華やかな衣装が必要になるのだ。


「まさかドレスまでいただけるなんて思っていなかったわ。ウチの店で頼んで欲しかったけど」


 そうサリーはと呟いていたが拝謁の儀は3日後で、その後すぐに王都を出るからそんなじっくりと頼む暇はないのだ。


「貴族の面子を保つためには、必要なことなんだろうな」


「……キースはそういうこと、教えてくれなかったわ」


「しょうがないんじゃない? レッドグレイブ様を立てるためには変に口出ししちゃだめなんだよ。レッドグレイブ様はお金持ちでよかったけど、金銭的にドレナー家に負担を掛けられないだろ」


「そうよ。それに多分これ、討伐から帰ってきてから、あたしたちの働きで返済することになると思うわ。もちろん利子付きでね。あなたの分はキースが払うことになる」


「いや討伐に成功して、その栄誉をレッドグレイブ様に捧げるので相殺されるんじゃないか?」


「それならいいけど、楽観視は出来ないわ」


「それより俺はアイリス様はともかく、カイルやプラムがちゃんとしてるか心配なんだけど」


 だってアイリスには金がない。


「大丈夫じゃない? さすがにアイリス様が面倒見るでしょうよ。いくらなんでも間男の衣装を用意してあげるほど、レッドグレイブ様もお人よしじゃないわよ」


 俺とサリーが話していると、チェリーがため息をついた。


「ごめんなさい。ちょっとしたことでも不安になるの。この討伐でどのくらい離れているのかわからないし」


「一応夏休み期間ってことだよね。伸びても9月末までだよ」


「どうして? そんな簡単に討伐できないでしょう?」


「9月末にアルフォンス様は16歳になって、ウォルフォード伯爵位を受け継ぐことが出来るんだ。アイリス様はそれまでに婚約破棄するために動いてるんだよ」


「あたし、アイリス様の恋愛感情のせいで命を奪われかけているのね。正直ムカつく」


「私は正式婚約出来たからまだいいけど、サリーはね」


「生きて帰って、たっぷり報奨金貰おうぜ」


 ゲームヒロインであるチェリーならともかく、巻き添えを食ったサリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。俺がパーティーから切られても試験が受けられるための保険で口にしたことだったから。

 俺にはエリーちゃんもアルもついている。何とかみんな無事に帰るんだ。



 国王との拝謁の儀は緊張したが、ほとんどアイリスが話をするだけだった。彼女はドレスではなく、剣聖が身に着ける白い騎士服を身にまとっていた。カイルとプラムも一応正装だ。だけどどことなくくたびれている。どうやら実家の伯爵家にあった古着を格が合うように直したもののようだ。


 話の内容はアイリスが剣聖として魔王を討伐し、その勝利を国王に捧げるという話だ。ここでは話さなかったけれど勝利の代わり彼女の家の借金を国王が払い、婚約を解消すると約束してあるそうだ。でもウォルフォード伯爵家はアルフォンス君が継ぐことは決定なので、彼女は平民落ちすることになる。これって彼女はいいけど両親はイヤだろうな。でも結婚したらアイリスにとって悲惨な未来しかないから、親を切ることにしたのだろう。



 そうぼんやりと考えていたら、いつの間にかアイリスが下がっていて国王が俺に話しかけていた。


「リアン=マクドナルド。前へ」


「はっ!」


 俺が前に出ると、貴族たちはジロジロと物珍しいものをみるような目で見た。あんまり気分は良くない。


「其方はフレデリカ=シンプソンの婚約者で、シンプソン子爵家の継承権を相続したとは真か?」


「はい、間違いございません」


 婚約証書はいると思わなかったので持ってきていないが、それは正式に申請されているので国に資料があるはずだ。


「次期ウォルフォード伯爵であるアルフォンス=レッドグレイブから、そなたの継承の後押しをする旨が出ておる。わしは其方が無事に魔王討伐から帰ってきたらそれを認めよう」


 国王に爵位継承を認められた。これはいいのか悪いのか? アルの方を見たいけど今見るのはダメだよな。どっちにしろ断れるものじゃない。


「はい、有難き幸せに存じます」


「では他の者も、剣聖アイリスを助け、良く励むがよい」


「「「「「はっ!」」」」」



 それからは国王が用意した壮麗な馬車に乗って、王都を1周することになった。

 ああこれ、あれだ。プロパガンダだ。


 ハリケーンの余波で経済は落ち込み、国民の不満も高まっている。何か良いニュースがないかというところに、アイリスの魔王討伐の話が出てきた。それを後押しする形で(でも金は成功報酬だけ)国民の目をそらしたのだ。これで討伐に失敗したら、責任はアイリスと俺たちになる。

 懐を傷めず、自分の利はちゃっかりとせしめる。王侯貴族ってやっぱり嫌だな。でもリアン君はそれになると決めた。その方がフレデリカの形見の魔剣を手に入れられるから。



 馬車の中でみんなの歓声を聞きながら、俺は武者震いした。

 俺たちは絶対に勝たなければならない。俺が元の世界に戻るため、リアン君の希望を叶えるため、サリーやチェリーを生きて帰らせるためにも。


 自分の影に目を落とすと、ここにエリカが潜んでくれているのを感じる。

 大丈夫! 俺はやれる‼

 そう自分に言い聞かせながら、声を掛けてくれる民衆に手を振った。


お読みいただきありがとうございます。

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