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それでも異世界は輪廻っている  作者: 詩森さよ(さよ吉)
第一部 ゲームから出られなくなった俺を助けてくれたのは、キモデブ悪役令息と犬耳幼女メイドだけでした
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第68話 サリーの遺書


 リッド商会の商会長、ウェイン=リッドは涙が止まらなかった。


 彼の娘のサリーが何の因果か剣聖であるアイリス=ウォルフォードの魔王討伐パーティーに選ばれた。そして今日その婚約者であるアルフォンス=レッドグレイブに呼び出されていた。

 魔法士としての能力ではなく資金援助のための無理やりの参加ということで、金を出すから娘を免除して欲しいと頼み込むつもりだった。


 なぜならウォルフォード伯爵家は借金返済に追われ火の車であり、このままではその爵位を受け継ぐアルフォンスにも影響が出るからだ。彼が伯爵家を継ぐのは王命で決まったため、少しでも金が残るように多少の肩代わりもやむなしと思っていたのだ。


 彼にとってサリーは遅くに生まれたたった一人の娘だった。それまで親類の子を跡継ぎにするしかないかと諦めていたころに生まれた子で、目の中に入れても痛くなかった。一括は無理でも分割してならウォルフォード伯爵家の借財も返せる。それを武器に話し合おうと思ったのだ。王都3本の指に入る大商会だと自他ともに認める彼の店ならば払えなくなかった。



 魔法学園の貴族寮へは時々納品や商談で訪れていたが、彼はアルフォンスとは面識がなかった。モンスターのような醜い容姿なのに美しい精霊を顕現させて従える、この国でも特別な存在だ。とはいえたかが男爵家の子息で、家族に粗略に扱われているとも聞く。横暴だという噂とともに、かなり優れた音楽家だとも言われていて、繊細な自分に自信がなく、横柄に振舞って大きく見せようとする高慢な性質と踏んでいた。そういう人物は貴族には少なくない。能力の低さを補うのは身分だけで格下と見れば勢いを増し、格上と見れば媚びへつらうのだ。


 だが目の前の人物はそう言った予想を全く覆す人物だった。容姿は確かに醜いが優雅な身のこなしで隙がなく、何者も見逃さないという氷のようなまなざしを持つ絶対的な上位者であった。側に侍る黒髪に狼の耳を持つ美しい精霊と共に与える威圧感は、国王の前に立たされた時より彼の体と心を押しつぶした。


「そなたがサラ=リッドの父親のウェイン=リッドか?」


「はい、左様でございます」


「話というのはほかでもない、そこにサインして欲しいだけだ、エリー」


「はい、おにいさま」


 ウェインの前のテーブルに、エリーと呼ばれた薄茶色の小さな犬耳の精霊が書類と筆記用具を並べた。

 精霊1体の助けを借りることだって難しいのに、2体も顕現させ側に置けるというのはとんでもない魔力だった。しかも雑用までさせているのだ。


「しっかりよんで、こちらにサインしてください」


「こ、これは!」


 内容はアイリスたちが魔王討伐に向かう7月から9月末日までの3か月間特別な庇護を与えるというもので、その代償は娘のサラの命と討伐にかかる資金全てということになっていた。もちろん討伐終了後に彼女の身柄は解放され、報奨金からかかった費用の倍額が返済される。だが失敗した際には国からの見舞金とともに男爵家からもいくばくかの金が出る程度の父としてはどうしても受け入れられないものだった。



「その、我が娘は決して強い魔法士ではなく、このような大役を仰せつかることは出来かねます。資金の方はこちらの契約通りに出しますので、免除していただけませんでしょうか?」


「それが出来ないから庇護を与えてやろうと言っているのがわからんのか?

 あのアイリスという女はなかなか強情で、自分が正しいと思ったことを曲げないのだ。しかも剣聖という神から与えられた称号は魔王討伐に関しては王命よりも強い。だからお前の娘が討伐隊に入ることはもう決定なのだ。だがこのままでは真っ先に切り捨てられるのもお前の娘である。なぜなら金以外は何の役にも立たない小娘だからだ」


「娘の友人のチェリー=ウィンターも一緒だと伺っていますが……」


「あの娘は魔法陣士としての才能に目覚め始めている。しかも今回の討伐隊に加わることでキース=ドレナーとの婚約が決定した」


「決定ですか? 内々定と聞いておりましたが……」


「内々定では僕にとって何の利もないではないか。ドレナー男爵家の嫁になる女と、ただの平民で最低の成績の魔法士ではどちらが役に立つというのか?」


「そ、それは男爵家の未来の奥方様でいらっしゃいます」


「その通りだ。そして僕が救援する代償にキース=ドレナーは僕の配下になることも決った。ただそなたの娘には何もない。だから切り捨てやすい。アイリスも酷なことをする」


「そ、そんな、なんとかなりませんでしょうか?」


「だから庇護を与えてやると言っておるのだ。そなたの娘の命は保証出来ない。さすがに魔王討伐へ護衛などつけられぬからな。だがそなたの店に利を与えることはできる、エリー、リカ」


「はい」


 そうしてウェインの前に薄茶色の精霊がハンカチを広げ、リカと呼ばれた黒髪の精霊がその上に握っていたものをパラリと落とした。大量のダイヤモンドだ。


「精霊が触れたおかげで微弱ながら力が籠ったダイヤモンドだ。他の宝石もできる。この販売権を3か月間だけ与えよう。もちろん僕の取り分はいただくがね」


「有難いお話ですが、娘を金で売ることはできません」


「これはサリーのおねがいなのよ」


 薄茶色の精霊が折りたたんだ手紙を彼に渡してきた。そこには商売人の娘らしい遺書だった。



『お父さんへ


 この間会った時には言えなかったけど、同じパーティーのリアンがレッドグレイブ様の元で働く契約をしてくれたおかげで、とてもお金では買えないほどの魔道馬車をお借りすることが出来ました。これがあればあたしの命も少しは大丈夫だと思う。


 リアンにとってその契約はさほど悪いものではないそうで、彼にも利があるそうなのです。

 それにレッドグレイブ様はチェリーの婚約も確定させてくれました。そうすることで彼女の身分を安定させ、守る理由が出来るからです。彼女も正式婚約出来て嬉しいみたいです。


 でもあたしには何もありません。ただお父さんたちが頑張って働いたお金を出すだけって悔しいじゃない!

 ぜひとも今回の討伐をあたしにとっても利のあるものにしたい。そう申し出たら精霊様が触れた宝石を売ることで得た利益を討伐費用に回せばどうかと言っていただきました。そうすることで店の懐を傷めないし、あたしも店の役に立ったって気がするの。


 討伐が成功してもあたしは弱いから生きて帰れるとは限りません。討伐に失敗してもこの取引は莫大な利益を生みます。レッドグレイブ様は噂のような横暴な方ではありません。

 お願いだからこの申し出を飲んでください。

 あたしが生きた証を、店の役に立ったって記憶を残して欲しい。


 それがあたしの最期の望みです。


 追伸 生きて帰れたらそのお金でのんびり暮らしたいです。だから使い過ぎたら嫌よ!


                あなたの可愛い娘 サラ=リッドより』



 止まらない滂沱の涙を流す無礼を咎めず、アルフォンス=レッドグレイブも2体の精霊も静かに彼を見守っていた。

 確かに手紙にもあった通り横暴な方ではないようだと泣きながら彼も感じていた。


「お、お受けいたします」


「そうか、では商談として詰めよう。エリー、気持ちの落ち着くおいしいお茶を入れてくれ」


「はい、おにいさま」


「リカはこれから依頼の宝石に触れてくれ」


「はい」


「リッドよ。そなたも孝行娘のためにせいぜい稼ぐんだな」


「かしこまりました」


 ウェインは思った。このような上から目線の態度だから、横暴だと言われるのだと。感謝の念よりも娘の気持ちを大事にするために、できるだけ有利な商談を進めようと涙を拭きながら気持ちを引き締めた。


いつもお読みいただきありがとうございます。


三人称ですがサリーのお父さんのウェイン目線です。

今まで全く出てきていなかった人物ですが、何となく書きたくなりました。

だからエリーは聖霊だけど、精霊と書いています。誤字ではございません

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