第67話 魔道馬車
エリーちゃんの唐揚げを堪能した後、俺は魔王討伐に使う馬車の説明を受けた。
元は貴婦人用の瀟洒な馬車だったそうだが、今は見る影もないおんぼろ馬車だ。しかも1匹の仔馬が引いている。キレイにすると盗賊に襲われるのでこのままにしているそうだ。
「でも貧乏でも貴族の馬車だってわかるから一緒じゃない?」
「うーんでもね、こしつのばしゃはおかねもちようだよ?」
確かに普通の農夫や商売人はこういう箱型ではなく、荷馬車に幌を掛けたものを使っている。でも中で眠れるようにしているので個室でないといけないそうだ。
「ざせきのせもたれをたおすとベッドになる。いすのしたは、ものいれよ」
エリーちゃんが背もたれを倒すと、二人掛けはずがググっと伸びてセミダブルぐらいのベッドになった。対面座席なので2台ある。座面をあげると中に個人の物が入れられる仕組みだ。
「おんなのこふたりでベッドつかえば、4にんねむれる」
「つまりサリーとチェリー、アイリスとプラムで使えってことね。じゃあ俺とカイルは?」
「リアンはぎょしゃだい。ほろをさげるとへやになる」
言われるまま御者台に向かうと、上のほうに小さな取っ手があって引っ張った。するとロールカーテンのように伸びて足場に固定でき、ちょっとした個室になった。中と同じように背もたれを下げると中よりは小さいベッド、座面を上げると物入だ。これは俺のために内緒で空間魔法を使っているんだって。
ここにカイルと一緒に寝ないといけないのか? スゲーやだけど。
「カイルさんはばしゃのうえ。リアンはひとりでねるの。あのひとはキケンだから」
馬車の上は荷物置き場だけど、基本自分たちで運べないような荷物は持って行けない。食料などの消耗品と共になら十分眠れる。
「でもアイツ言うこと、聞いてくれるかな?」
「きかないならのせないし、のじゅくすればいい」
この馬車の管理権は俺にあって、俺がいないと使うことも動かすこともできない。だから俺がカイルだけでなく、アイリスやプラムに貸さないこともできる。ベッドで寝られるのと、野宿とじゃ雲泥の差だ。食料や荷物も運べるし、この馬車はエリーちゃんの加護付きで中にいれば(もちろん馬車の上でもだ)安全なのである。
「この仔馬はどうしたらいいの。飼い葉とかいるよね」
「いらないの。まどうにんぎょうだもの。でもくさをたべたり、なきごえだしたりできるよ」
触ったら温かいけど、それも偽装なのだという。走っているときはかなりスピードが出るので、雑魚モンスターぐらい蹴散らせるのだそうだ。ちなみにこの仔馬はウマちゃんというエリーちゃんの友達を小さくした姿に似せてあるらしい。
俺には偽装の必要性がわからなかったが、人里に寄った時に馬車に馬がないのに動くのは変に思われるからだそうだ。だからすごく馬力のある仔馬ってことで通すように言われた。だったら普通の馬でいいような気がするが、錬金術師としての彼女の創作意欲をかき立てるのはなかよしだからだそうだ。
「もし俺が死んだらどうなるの?」
「リアンはしなないよ」
「そうじゃなくて、俺を殺して奪おうと思うかも知れないだろ。そういう時になんて言えばいいのかな?」
「リアンがしんだら、ばしゃがきえる。もちろんそこにつんでいたにもつもぜんぶ」
「乗ってた人は?」
「きえるまえにとびおりたほうがいい」
どうやらなかなか物騒な仕様のようだ。
翌日俺はサリーとチェリーにこの馬車を見せ、いきさつを説明した。
「そんなわけでレッドグレイブ様からこの馬車をお借りすることが出来たんだ」
「すごいわ! 魔道馬車なんて初めて見る! ベッドを開いたら馬車が伸びるなんて、やっぱりレッドグレイブ男爵様は素晴らしいわ‼」
サリーが大興奮で馬車を見分し始めた。この世界の魔道具と言えば、ダンジョンドロップか普通の製品に魔法陣を埋め込むことで利用できるようなものだ。一番よくつかわれているのが魔道ランプだと思う。これは魔力で火がつくもので、すごく省魔力のため平民でも利用できるのだ。他には魔導コンロ(火をつけたり消したりと火力調整が出来る)、魔導水道(これは都会にある上水のことだ)などが有名だな。大体が単機能あるいは単独属性である。
だからレッドグレイブ男爵のオリジナリティーのある魔道具は本当にすごいのだ。属性を調べるなんて一体どれだけの魔法陣が必要なんだろうか。
つまりこの魔道馬車もすごいのである。風雨で壊れない保護魔法や防御魔法がかかっているのだから。ただしサリーが驚いている機能はエリーちゃんがつけてくれたものであって男爵のおかげではない。でもサリーがそう思い込んでも無理はない。
「男爵様だけでなく、アルフォンス様のせい霊様が加護をかけてくださったんだ。だからこの中なら君たちのことを最低限守れると思う」
そういうとチェリーは少しホッとしたようだった。
「でもこんなすごいもの、簡単に貸してもらえるわけないよね?」
さすがに物の価値のわかる商売人の娘なだけあって、サリーは気が付いたようだ。
「うん、俺がアルフォンス様にしばらくお仕えすることになった。俺貴族になれるから」
「貴族になれる?」
「亡くなった婚約者が貴族位をもっていて、その後継者として引き継いたんだ」
「そ、そんな! 本物の貴族のキースがあんなに苦労しているのに、騎士爵家のあなたが簡単に貴族になれるの?」
その言葉に俺の心はささくれさせた。
フレデリカとのことは最初、リアン君の尊厳の危機からの救出だった。だから彼女は彼に対して哀れみ以外の何の感情もなかった。妬まれないためにいろんな女性と関係を持つように言い、その事は彼をかなり傷つけたのだ。厳しい教育の中ででやっとお互いの思いが通じ合って、結ばれたと思ったら彼女を失って……全然簡単じゃない。
でもそのことは口にしなかった。そう反論していいのはリアン君だけで俺ではないからだ。
「こればかりは巡り合わせとしか言えないよ、チェリー。その代わり俺はキースに託された君たちの安全を守ることにしたんだ。嫌ならこの馬車に乗らなくていいよ。君が拒否したと言えるからね」
うっすらと呆れたような感情が沸き起こる。これはリアン君の感情だろう。キースに頼まれたとはいえ、彼の依頼は一緒のパーティーになって彼女たちの貞操を守ってほしいってことであって、命がけで守れって話ではなかった。試験を受けられる以外、特別な対価もない。だから俺もリアン君も、この2人を守らなきゃならない義務なんてないんだ。
でもそれを飲み込んで俺とアルの主従関係を彼は承知してくれた。貴族になることのメリット、特に跡継ぎを指定できることと、魔剣の所有権の変更はかなり喜んでくれたみたいだ。どっちも悩んでいたみたいだしな。
それにしてもチェリーの頭の中はキースのことしかないんだな。別に感謝して欲しいとまでは思わないけど、なんかそんな否定的なことを言われると萎えるよ。
でもこれがこの世界の普通の考えなんだろうな。
「もう! チェリーったら。リアンはあたしたちのために不利益を負ってくれたってわからないの? 別に彼だけなら普通にアイリス様について行けるのよ? あたしたちが死なずについて行けるようにしてくれたのよ? その前にはついて行かなくて済むように説得にも行ってくれたし」
「ご、ごめん」
「あたしに謝ってどうするのよ」
「いいよ、別に感謝されなくても。その代わりじゃないけどちゃんと働いてもらう。それがアイリス様のご希望だから」
「……だから平民は嫌なのよ」
チェリーは貴族に嫁ぐことに相当こだわっていたみたいだから、色々あったんだろう。いちいち聞く気はないけど。キースは爵位こそ受け継げなくても男爵家の人間として扱われるし、結婚すれば彼女もそうなるんだから、もういいだろう。
「とりあえずあっちに向かう足はなんとかなったから、戦闘訓練はじめよっか」
2人にはブーブー言われたが、今は生きて帰るために出来るだけのことをする方がいいと思う。少しでも強くなって生存率を上げるんだ。
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