第65話 過去の存在
アイリスとの話し合いが済んだ後、俺はその足で貴族寮のアルの部屋へ向かった。今回の話し合いと、前回は言えなかった気づいたことを報告するためだ。
あらかじめ渡されていた通行許可証を門で提示して中に入る。
前回ポメ化した俺を部屋へ連れて行ってくれた門番は同一人物とは全く思わなかったようだ。同じ毛色なのにな。
中に入るとエリカはいるがエリーちゃんたちの姿がない。でもすごくおいしそうな匂いと、シャーパチパチという音がした。俺は唾をのみ込んだ。これあれだ。間違いなく鳥の唐揚げだ。きっと奥にあるエリーちゃんの部屋で揚げているんだ。
「リアン、あの後アイリスとは話せたかい?」
「うん。でもなんかはぐらかされちゃってさ。それともうすでにカイルの中身が違うって気が付いているみたいだ」
「まぁ、わかる人には一目でバレるものだからね」
それで俺は唐揚げに気を取られつつも、いろいろ気づいたこと、例えば前のプレイヤーがアイリス推しだったのではないかと推測を述べた。
「うーん、その可能性もあるけど、プレイヤーたちはすでに死んでいるからそう言う聴取はできないな。ただSNSで発信していないかの調査依頼は出せるけど。でも僕は別の仮説を立てている」
「それってどんなのさ」
「僕は通常版を一通りプレイしている。アイリスは割と最初から好感度が高くて最後まで一緒にいる攻略しやすいキャラクターだ。その中でアイリスと思い出話はするんだが、映像的には彼女がアルフォンス君にキスされて逃げるところからカイルが出会って助けるところが一番古い記憶になる。彼の殺害はこのすぐあと行われるんだ」
「それがどうかしたのか?」
「だがこの世界はゲームではなく、現実世界だ。つまりカイルにはそこに至るまでの過去があるはずだ。母親から生まれて、アイリスに出会うまでの12年間がね。それまで生きていたカイルはどこへ行ってしまったのだろう? なぜなら過去の回想シーンはそこだけで、出会って以降の冒険者活動やアイリスとの交流については語られないからだ」
「でもストーリーとしては、一緒に修行やダンジョン攻略してってことになっているんだよな?」
「初対面ではないというだけで、そこまで深い付き合いがあったとは書いていなかった。僕も最初はそんなものだろうと思っていたのだが、殺害したプレイヤーが元の時間軸に戻るとヒロインたちの好感度が全部リセットされて絶望している。つまりアルフォンス君が死んでいたら、アイリスは冒険者活動をしないのだよ。そして僕が身代わりを務めていたら、彼女は一緒に冒険者として活動している。そして今のカイルはリセットに躊躇がない。僕のように3年前から憑依していたのなら、少しはレベルダウンをためらってもいいはずだ」
「つまり3年間、存在していたカイルがいないってことになるのか!」
「その通りだ。だから本物のカイルもリアン君と同じように深く眠った状態なのかもしれない。アイリスが取り返したいのは、その眠っているカイルじゃないだろうか?」
それなら余計アイリスが別人だと気が付くわけだ。少なくとも3年も一緒にいた彼と、今のグズグズなカイルとじゃ比べ物になるわけがない。
そう考えると何かが引っかかった。
そうだ! どうして気が付かなかったんだろう。
「あのさ、プラムの事なんだけど、彼女は元の世界ではスーパーアイドルなんだよ」
「スーパーアイドル?」
元々プラムこと、前野すもも様は別のギャルゲーの負けヒロインだった。いや負けヒロインというのもちょっと違うかもしれない。彼女はいつも恋愛に悩む主人公を勇気づけ支える、そして恋人が出来た彼に「実はずっと好きだったんだ」と言う幼馴染なのだ。なのに攻略ルートがなかった。
だけどどうしてもとてもかわいくてけなげな彼女を攻略したいとプレイヤーたちは必死になって攻略ルートを探した。そうしてある法則を踏めば彼女へのルートが開けることを発見した。
それは20人以上いるヒロインたちの好感度を全て60ジャストの友情エンドにしたら開くというものだ。これがなかなかの難物で一度80以上に上げないと先に進めないキャラがいたり、逆に好感度を上げたのにいったん40以下に下げないといけなかったりするのだ
しかもそのルートはただの恋愛ではなかった。
ルートを進むと彼女は難病にかかって入院し、その看病をすることになるのだ。懸命に生きる彼女を献身的に支え、最期は手を握るだけで終わる。
実はこのすもも様のモデルになったのは、クリエイターの実の娘さんで内容もほぼ実話なのだ。ただその娘さんが亡くなったのは9歳の時で、どうしても高校生になって恋愛するというのが描けなくてそのような内容になったのだという。
だがこの切ない悲恋は新しく配信されるたびにみんな固唾をのんで見守った。一瞬一瞬を大切に生きる彼女はプレイヤーたちの心を掴んでしまったのだ。
そのゲームはのちにアニメ化されたのだけど、あまりに人気でこのストーリーだけ実写映画になったぐらいだ。だからこのゲームをプレイしたことがなくても、すもも様のストーリーだけ皆知っている。その後、そのルートの最後は少しだけ改変されて、手術が成功してこれからも頑張ろうとう内容になったのだ。
その病気の娘さんの夢がアイドルになることだったそうだ。
そのため、すもも様をVRのネットアイドルとして再デビューして、スーパーアイドルへの道を進んでいった。
そしてこの『レジェンド オブ フラワーヒロイン ファンタジア』は、今度こそすもも様の攻略が出来るのではないかと期待された。未だルートは見つかっていないけど、まだみんな諦めていない。
「だからさ、すもも様はこの世界には元々いなくて、ゲーム内にだけ存在するキャラクターのはずなんだ。現にアイリスの能力はうっすらとわかるのに、プラムの能力はわからない、たぶん聖女だから、これから覚醒するとかなんとかあるんだろうけど……」
「それは盲点だった。さすがに日本の流行までは把握できていなかった。つまり今のプラムは存在していないはずのかなり怪しい人物ってことだね」
確かアルはオーストリア人なんだもんな。あっすでに神族だから、それも昔なのか。
「本人と話したら、辛い過去を抱える生真面目な女の子って感じだよ。アイドルキャラとしてはどんな苦境にもまけない、明るい癒しキャラって感じなんだけど。でも親や知り合いをみんな殺されても笑ってられるかって言われたらそうじゃないもんな」
「なるほど、確かにそうだね」
「だったらカイルとプラムの過去を調べたらいいんじゃない?」
揚げたての唐揚げをこっちに運びに来たモカが、口をモグモグさせながら言った。つまみ食いしたな。俺だって今すぐ食べたい! ダンジョンの後飯まだなんよ。
「直接ぶつかっても相手に警戒されるだけだと思うんだ。なら誰かを送って調べたらいいじゃない」
「そうだな、アイリスの不貞の証拠固めとすればいいだろう。カイルの出身の村はわかっているし、プラムも南部で魔王に襲われた村だって言われている。北部と違ってレアケースだからすぐわかるはずだ。それにこっちの世界のことだから、元の世界のような時間の流れの違いで情報が入ってこないなんてこともない」
それで俺は今後も気が付いていないふりをして、無理がない程度に2人の情報を集め、同時進行でプレイヤーたちのSNSの調査や彼らの村へ人をを送ることになった。
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