第63話 貴族の救援
「それでどうするんだよ?」
「キースの手紙を利用する」
アルが言うのはこうだ。助けを求めてきた俺たちの命を救うために、馬車を与えてくれるというのだ。しかも資金はアイリスの借金に上乗せするそうだ。
「僕とレッドグレイブ男爵家の面子を保つためと、アイリスに対する嫌がらせという名目でね」
本来ならレッドグレイブ家がアイリスの手助けをするなんて考えられないが、無理やり連れて行かれる中に貴族に準ずるもの(つまりリアン君だ)がいることが重要なのだという。
貴族のしきたりの中に、格下の貴族が格上の貴族の横暴に晒されたとき、救援を求められたら別の格上の貴族が手を貸すというものがあるそうだ。これは身分差による命令のせいで犯罪や理不尽に巻き込まれるのを防ぐためである。
昔ある侯爵が贅沢をしたいがために、男爵や子爵の子女を無理やり外国に売っていたという話があるのだそうだ。そういえば今自分たちの子どもを国外に売り飛ばすに等しい行為をしているのはそういう土壌があるからなのだろう。
今回のアイリスの行為はこの横暴に当たるのだという。魔王討伐は人類の願いだ。だけど命の危険があるその道中に、無理やり脅して連れて行くのは人道に悖る行為と認められる。ただし救援されるのは俺だけだ。本当に必要なサリーとチェリーの安全ではない。
だがそれを無視することはアルの失点となり、ひいてはレッドグレイブ男爵家、ウォルフォード伯爵家の恥になるという。
ここを突けばレッドグレイブ男爵も救援を認めるしかない。さらにアイリスに重い借金を与えることで彼女の負担が増すことは喜ばれるという。できればカルミア夫人その人にかぶせたいぐらいだが、魔王討伐に成功して母親が支援したなんてことになるのは困るからアイリス個人に負担させるとのこと。
そう聞くとちょっとかわいそうだが、脅してきたのは彼女だ。それにさすがにサリーたちに野宿や身体強化で走り続けるなんて無理だ。走っている間に敵に襲われたら体力の消耗で負ける可能性が上がる。
あったらすごく助かる、いやないと無理だろう。
「でも馬車では通り抜けられないところもあるだろ? そんなときどうするんだ」
細い山道とか階段とか。それに盗賊に襲われる可能性だってある。乗り捨てていったら貸してくれたアルに迷惑がかかるんじゃないか?
「貸す馬車は魔道具なんだ。だからそんな時は使わなければいい。作成者はレッドグレイブ男爵。一応僕の持ち物だから問題ない。御者は君だ」
「ええっ! 俺馬車なんか扱ったことないぞ」
リアン君もだ。北部で個人の馬を持てるのは勇士か騎士以上の階級のものだけだ。馬車に至っては貴族かまたは外部の商人だけになる。だから馬には乗れるけど、馬車を扱ったことはないのだ。ちなみにリアン君は牛を引いた荷車はあるようだ。
「問題ない。馬をつけてもいいが自走もできるし、片付けたいときは腕輪にできる」
「にたのをエリーももっているよ」
ちなみにエリーちゃんのヤツは姿を消せたり、海の底を走ったりもできる特別バージョンで、こちらは大きさを変えてただ走るだけである。
「エリー、リアンのためにぼうぎょのふよ、してあげるね」
女神の防御付与! なにそれ、最強じゃん。
「でも俺たちのためにアイリスが借りてくれるかな?」
「押し付けるんだよ。それにその中でなら野宿でも地べたでないところで寝られるんだから彼女たちにとっても悪い話ではない」
確かに北部へ行くまでの道中だって危険がいっぱいだ。宿屋がないところで夜明かしするのは辛い。テントがあるって言ってもこっちのは元の世界と違ってエアマットがあるわけではないし、寝ている間にモンスターが出ないともかぎらない。虫や風雨の心配も、寒さ暑さも避けられない。北部へ行けば貞操の危機も問題だ。
俺を御者にするのは俺だけ放り出されないようにするためだ。馬車は俺なしでは1ミリだって動かせないのだ。
「それぐらいしないとカイルが君だけ除け者にしそうだしね。もっと怖いのは殺害排除かな。前回の最初のように襲われたら困るだろう。
今回はドレナー男爵家だけでなくシンプソン子爵家からの要望にもなるのだから、次期ウォルフォード伯爵である僕が動かなかったという事実は残したくない。しかも魔道具とはいえ古いものだし、レッドグレイブ男爵の許可も下りるだろう」
見せてもらうと相当なおんぼろ馬車だった。これはアルフォンス君の母親にプレゼントされたものらしい。元は女性用の白と金の瀟洒な作りだったようだが、今は見ただけ使用していいのか? って迷うほどの代物だ。
それがエリーちゃんの加護の追加で見た目以上に高性能なものに変わるのだ。
そうしてアルはキースの手紙を理由にその馬車を無理やりアイリスに貸し付けた。彼女はすぐ抗議したがアルは鼻でせせら笑った。
「頼ってきたドレナー男爵家に対して僕の顔を潰すなら、今すぐ婚約解消する。理由は君の不貞行為だ。なぁに心配いらない。上乗せした借金は君が魔王討伐に成功すればすぐに払える金額だ。それとも今すぐ平民落ちしたいか?」
そう言ってアイリスにカイルとのキスを目撃している証人の存在を仄めかした。彼女も心当たりがあったらしく、グッと奥歯を噛みしめていた。
これってどう見てもアルが悪役だよな。
俺を御者にするのも抵抗されたけどアイリス、カイル、プラムは信用が置けないとはっきり断じていた。
「婚約者がありながら不貞行為を行う女とその愛人、さらにその男の仲間を信じる者がどこにいるんだ?」
「お前に甲斐性がないから、浮気されるんだ! このオーク野郎が‼」
間男の分際でカイルが吐き捨てると、プラムがやめてとヤツの服を引っ張った。
馬鹿なヤツだ、自分から不貞行為を認めるような発言をするなんて……。そうなるとますますアイリスの魔王討伐は正義の行為とは言えなくなるのに。
残りの3人のうち一番戦闘能力が高く、救援対象である俺を選んだと言えば、カイルは舌打ちしていた。アルが心配した通り、俺だけ途中で追放する気満々だったようだ。
ホント恩に着るぜ。ありがとう。
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