第62話 直談判
アルからの手紙にみんなでガッカリして解散した後、俺は直談判に行くことに決めた。俺のままではなくポメ化すれば貴族寮に入れるのではないかと思いついたのだ。なぜなら俺は時々その状態でエリカと何度も散歩に出かけているからだ。あの状態は俺にとってちょっとばかり屈辱的なのだが、背に腹は代えられない。
貴族寮まで人に見られないように近づくと、俺はポメ化する腕輪を身に着けた。この魔道具の良いところは服を着たままでいいってことだ。アルの説明はこうだ。
「変身して裸になるのは服の処分又は入手方法に問題がある。隠しておいた服が見つかることで変身の発覚の恐れも高まる。すべての物は魔素に変換できるから変身時に魔素化して、戻るときに再構成するように仕組んである」
この魔法陣を描いたのはエリーちゃんで、モカがプリ〇ュアばりに変身したいと何度もごねて出来たのだという。普段毛皮なのにいるのか? と聞けば前は(変身衣装の方を)アクセサリーに収納方式で進化したそうだ。希望があれば花や星が飛ぶんだって。いらんわ!
とにかく便利なことは確かだ。
早速赤ちゃんポメラニアンになって、ちまちまと入り口に近づいていく。最初の関門は寮の入り口にいつもいる2人の門番たちだ。
「おい、なんか犬っころが近づいてきたぞ」
そうして門番の1人が手にした槍で俺を追い払おうとした。
「待て! その犬、あれじゃねーか? レッドグレイブ様のとこの……」
「ああ、あちらの精霊様が時々抱いてるアレか……、似てるだけじゃねーか?」
「いや、その特徴的なピンク色の毛皮なんて、他に見たことない」
ピンクじゃねえ、ピンクブロンドだ!
「確かに」
「詳しくないが精霊様にも眷属ってのがいるらしい。ほら前にいたエリー様は小さな動物を連れておられただろ」
「ああ、クマとか猫とかアザラシとかな」
モリーは俺の胸ポケットに入るくらい小さいから、門番は見逃しているようだ。この世界にはスライムは居ないみたいだし。
「でも眷属様がこんなところをうろうろしてるか?」
「でも万が一そうだったら? 精霊様の怒りを買わねーか?」
「……」
この世界での一番のタブーの1つが精霊の怒りを買うことだ。すべての魔法は精霊の手助けによってなされているからだ。2人はしばらく相談して、一応俺をエリカの所へ連れて行ってくれることになった。
追い払わなかったほうが、そっと俺を抱き上げる。
「やっぱり眷属様だよ。だって普通の犬なら、こんなにずっと静かにしてるわけねーもんな」
「だったらさっさと行けよ。お前がいない間、俺が1人でここにいないといけないんだぞ」
「誰かに聞かれたら、とりあえず便所ってことにしとけよ。違った時のためにな」
「わかった」
俺を抱えたおっさんは門番の権限で寮の中に入った。貴族に来客があった場合、通す前に何の用できたのか先ぶれをする。今回は眷属かどうかの確認が必要だから、そのまま俺を部屋まで連れて行ってくれた。貴族や精霊に手間を掛けさせないためにだ。
知らないおっさんに抱っこされるのは1秒でも嫌なのだが、今は感謝だ。だってポメ化中の俺の短い脚では階段を1段上がるのも大変なのだ。しかもアルの部屋は最上階の4階だ。
おっさんがアルの部屋をノックするとエリカが姿を見せた。ピクリとも笑顔を見せない彼女はただ門番を見ているだけだ。
「恐れ入ります。そちらの眷属様とお見受けする犬を発見いたしました。間違いございませんでしょうか?」
彼女は無表情を崩さないまま、ただ両腕を伸ばした。俺は門番の腕の中からエリカの胸元に飛びつくと彼女にギュッと抱きしめられた。
「間違いないようですね。それでは失礼いたします」
「待て」
エリカが鋭く言って俺を抱いたまま部屋に入ると、エリーちゃんが俺を受け取り代わりに銀貨を1枚渡した。いわゆるチップだ。ドアの向こうで門番がお礼を言う声がする。
2人いたから分けにくいなと思うとアルが、「その金で食べ物でも買えばいいだろう」というので納得した。ポメ化すると心話が繋がるようになるので、心の中がみんなに伝わってしまうのだ。
エリーちゃんに抱っこされたままアルの前に連れて行かれた俺は、てしてしと彼の脚を叩くと笑って俺のポメ化する腕輪を外してくれた。
「それで一体どうしたんだい? わざわざ危険を冒してまでここに来るなんて」
「どうしたもこうしたもねーわ。なんでアイリスの説得を断るんだよ!」
「アイリスの説得? 何のことだ?」
聞けば俺たちの出した面会依頼はアルに届いていなかった。
「どうして実家の方に送ったのさ。こちらの寮に届けてくれたら僕のところまで届いたのに」
彼が言うには男爵領の家令はレッドグレイブ男爵の意を汲んで行動するため、アイリスを説得するなんて無駄な行為はしないのだそうだ。男爵にしてみれば平民3人がどうなろうと知ったことじゃないしな。
「いやだって、貴族と面会の手順なんてわからないからさ。キースにお任せしたんだよ」
「なるほど、確かに付き合いのない貴族の場合、親である男爵に尋ねるのが筋だ。遠方に送る魔道具の手紙は高価なのに」
「それはサリーが払ってくれた」
「ふーん、よほどの緊急事態ってわけだね、で面会理由はなんだい?」
それで俺はやっとアイリスが変質して、俺を脅しサリーとチェリーを魔王討伐に連れて行く話が出来た。
その話を聞いて一番悲しそうな顔をしたのはエリーちゃんだった。
「アイリス様……」
「エリー、まだ大丈夫だよ」
アルが彼女を引き寄せて、キュッと抱きしめた。大丈夫って何だよ。アイリスやっぱヤバいのか?
「でも追い詰められているのは確かだね。原因は僕だが」
「やっぱり最後通告したんだ」
「まぁね、今回は期限を早めに言うことにした。リアンを魔王討伐に行かせないといけないしね」
「でもこのままだとサリーとチェリーが連れて行かないといけないんだ」
「リアンだけなら何とかなるけど、彼女たちは難しいね」
「えっ? いや俺は行かないといけないからいいんだけど」
「そうじゃなく、アイリスの話は脅しというより提案に過ぎなかったんだ。だって考えてもみたまえ。君が騎士として配属されるのはどう頑張っても2年以上後だぞ。だから君はもっと自分に有利なように話を進めることも出来たんだ」
「あっ!」
「その頃彼女に貴族籍があったとしても、君がシンプソン子爵家の継承権を掲げればどうすることもできない。貴族は希望しない配属先を断る権利があるからね。通常ならそんなことをすれば出世が見込めないからしないけれど、リアン君の事情なら問題ないだろ」
「俺は踊らされただけってこと?」
「そう言うことだ。だけど貴族のやり取りをしたことのない君にそれを回避するのは難しいよね」
「じゃあ俺のせいで2人が?」
「それは違う。彼女たちは平民だから断れないのだ。チェリーはキース=ドレナーが正式に婚約していればまだ見込みがあったが今の時点ではもう無理だろう。たぶんカイルがチェリーの能力は使えると言ったのだと思う。それに金欠の彼らには資金も必要だ。そうしたら目の前に資金源となるサリーがいた。アイリス自体はそんなことをしたくなかったろうが、期限を切られてやむなく利用することにしたんだろう。それにしても彼女のやり口ではないのは確かだ。入知恵されているね」
そんな入知恵こえーよ。普通に考えればカイルだよな。アイツそう言うことには頭が回るんだ。
「何とかならねーか?」
「連れて行くのは止められないだろう。だが僕からアイリスへの新たな借金として援助することは出来るよ」
何それ! 是非お願いします‼
お読みいただきありがとうございます。
今日は何とか間に合いました。とりあえず頑張ります。




