第57話 魔法陣の講習2
魔法陣の大事な呪文の位置はわかったが、なぜこんなに見にくくしているんだろう?
「どうしてこんな装飾がされているんだ?」
「わかるとかんたんに、じゃまされるから」
魔法陣はどちらかと言えば設置型魔法なのだそうだ。例えば滾々と湧き出す井戸を作りたいと思えばこの『水が出る』魔法陣を井戸の底に設置すればよい。
だけど装飾のない単純な魔法陣なら魔法陣のことを知らなくても書き換えられてしまい、使えなくするのも簡単なのだ。
「まほうじんはきどうするまりょくだけでいい。あとはせかいのまそがちからをくれる」
ふぅん、魔法陣のスイッチさえ入れれば、後は世界の魔素の力で自動してくれるってことか。
「でも私が使う時、自分の魔力を込めるんだよ?」
「どのくらいのちからかわからないから、チェリーがきめないとだめなの」
つまりどのくらいの威力が必要か魔法陣には書かれていないから、チェリー自身がこのくらいと決めて制御しなくてはならない。そしてその制御に一番楽な方法が自分の魔力を使うことなのだ。
先程の井戸の場合はこの『水が出る』魔法陣だけでは不備で、1日にどれだけの水が出ると決めて書いておかねばならないそうだ。そうでないと溢れてしまうのだ。
「だからじぶんだけのまほうじんをつくることもかんたん。ただだれかがさきにつくっていたら、それとおなじでないとつかえないの」
「それはどうしてだ?」
「まほうじんをうごかすまそは、せいれいがたすけてくれる。せいれいがしらないまほうなら、それがさいしょだからつかえるけど。しっているまほうなら、そっちでないとダメなの。それでもどこにだいじなじゅもんがあるかわかれば、そこだけをうつせばいい」
「そっか、ぜんぶ描き写さなくても、重要な部分だけ描いて自分で装飾をほどこせばいいのね」
「うん」
それは思ったより楽かもしれない。いやそれを読み取るのが難しいのか。
「じゃあノートンの叔父さんが古い魔法陣を研究しているのはとても理にかなっているんだ」
「うん。とてもだいじ」
俺はチェリーを振り返った。
「今の法則に従って配置すれば魔法陣が成立するけど、古い魔法陣の情報も必要になるってことだ。でも使われてない君だけの魔法陣を開発すれば、君しか知らない魔法になる。これはすごい情報じゃないか!」
「で、でも自分で考えるんでしょ。すでにあったら使えないし」
「ほとんどおなじでも、ちょっとでもちがえばあたらしいまほう」
「じゃあファイアーボールを火球って名前でもいいわけか」
「うん、でもかきゅうはもうある」
それってなんだか転生者の存在を感じるな。今までゲームを使って転移したヤツがいるのかもしれない。
「でもこんなに簡単ならどうして魔法陣はすたれてしまったのかしら?」
サリーが不思議そうに聞いた。
「じぶんだけのまほうをかくしたかったから」
オリジナルが作りやすいってことはそれを真似されるのも簡単だってことだ。せっかく作った魔法陣を独り占めしたかったってことか。
「確かにこれならあたしにもできそうだわ」
「できるけど、サリーはおかねがすごくかかるよ」
サリーの場合土魔法にしか適性がないため、魔紙を買って別の属性の魔力インクで書くしかない。それは1枚きりで使い捨てだから、攻撃魔法の場合どんどん紙とインクが消耗されていくのだ。
「じゃあ、チェリーは?」
「ぜんぶのまほうがつかえるし、ししゅうがさせるからへいき。インクよりながもちするよ」
「チェリー、君は全属性だったのか……」
「ええ、属性を明かしても使えないから、誰も信じてくれなかったけど」
「ぜんぞくせいはどのせいれいにすかれやすいの。だからまほうじんむき」
「すごいわ、チェリー!」
サリーが彼女に抱き着いて喜んでいたが、チェリーは難しそうな顔をしていた。
「だったら私にも精霊を呼べる?」
エリーちゃんはちょっと困ったような顔になった。
「うーん、たぶんむずかしい。すかれることときょうかんせいはちがう」
そっか、共感性というか相似性と言ってもいいと思うけど、似ている部分があるのとどの精霊にも好かれやすいことは違うんだな。
「チェリーは精霊召喚に興味があるのか?」
「今まで考えたこともなかった。でも精霊召喚が出来れば国家魔法士になれるもの」
「そういうかんがえは、せいれいときょうかんしない。せいれいにえらくなりたいはないから」
精霊術士たちの情報は精霊たちに共有されている。なぜなら精霊術士が変質して精霊を支配しようとしたとき、術士とのコンタクトを切るためだ。そして変質の一番の原因は偉くなりたい、お金が欲しい、邪魔なヤツを殺したいなどの私利私欲に走った時なのだ。
これはあとで聞いた話だが、エリーちゃんは違う世界から来た女神だけど、精霊たちから上位者として歓迎されているからこういう情報を教えてもらえるんだって。
「そういうかんがえをはじめからもつと、せいれいにきらわれる。まほうじんもてつだってもらえなくなるよ」
「そうなんだ……気を付ける……」
「チェリーはまだわるいことしてないから、だいじょうぶ」
サリーが感心して、エリーちゃんの頭を撫でた。
「こんなに小さいのにエリーさんは詳しいのね。いっぱい勉強したの?」
「せいれいしょうかんができる、まほうしをしっているだけ」
「それって誰?」
サリーまで目をキラキラさせて聞いていた。国家魔法士はこの国のエリートだからな。
「アルフォンス=レッドグレイブさま」
それを聞くと2人はがっかりしたとように俯いた。
「次期伯爵様じゃ、お近づきになれないじゃない……。むしろどうやって知り合ったか教えて欲しいくらいよ」
「サリーも国家魔法士に興味があるんだ」
「当たり前よ! 国家魔法士がウチの商品を使ってくれれば、その商品はバカ売れするのよ。チェリーのお父様を支援してきたのはそのためなんだから」
「だから私の側にもいてくれる」
チェリーがボソッと呟いた。
「それだけじゃないわよ。あたしはチェリーも買ってるからね。いつかやってくれると思ってるの」
この2人に友情はそう言う打算込みだったんだ。
そう思ったけどチェリーのダメっぷりは中等部時代で教師にまで見限られるレベルだから、高等部に入った今でも親しくしているのは友情に他ならないのだろう。
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