第56話 魔法陣の講習1
ミランダがせっかく来てくれたのにそんな物思いにふけっていたせいか、心配そうにこちらを見ていた彼女はごろりと仰向けに寝そべった。
(とくべつにミラのおなか、さわっていいの。モカおねーちゃんのいやしなの)
「ありがとう、ミラ」
彼女のお腹は柔らかくてふわふわで、そしてホットケーキみたいな甘くてちょっと香ばしい香りがした。モカが気にいるのも頷ける。
俺から見たミランダの立ち位置は面倒見のいい姉御って感じだ。ポメの時に尻尾で寝かしつけられていたのもあるかな。エリカも姉だけど、もっと過保護な世話焼きだ。モカは同級生だな。うん、ちょっと腐ってるしな。モリーはやっぱり大聖女だからか時々すごく神々しいのでお姉さん先生、もちろんルシィは甘えん坊な弟である。断じて兄ではない。
(リアン、ホントーにだいじょうぶなの?)
「うん、モカの言う通り、癒し効果抜群だね」
ウチにはペットがいないから、猫吸いなんて生まれて初めてしたけどホント癒された。俺が遭ったわけでもないのにリアン君の辛い記憶は俺の感情をささくれさせた。それを抑えるっていうかとにかく心に効くのだ。
これあれかな? オキシトシンってやつ。一時母さんがやたらハグしてきて、「出てるわ、オキシトシン」って叫んでたよな。
母さん、どうしてるかな? 俺が意識不明なら絶対心配かけてる。父さんとも受験が終わったら釣りに行こうって約束してたんだ。
帰りたい、帰りたいよ。
出そうになった涙は今はグッと抑えることにした。
俺が落ち着くのを見計らって、ミランダは手紙を差し出した。
(おかーさんからなの)
手紙を読めば、エリーちゃんは俺と全然会えないから心配で時々様子を見に来ているそうだ。この世界にはないけど電信柱の影から見ている姿がなんか想像できて、口元が緩んでしまう。
どうやらそれで今訓練で頭打ちになったチェリーの状況を知り、魔法陣について教えてくれるという。
今週末のダンジョン行きを中止にして、勉強会を開くので冒険者ギルドに集合とのこと。
「ああ、是非行かせてもらう」
ミランダは満足そうに頷くと窓から出て行った。ちょうどいいからリアン君の気持ちに引きずられることも相談しよう。
約束の日になって俺はチェリーとサリーを連れて冒険者ギルドへ向かった。エリーちゃんは先に着いていたみたいでちょこんとベンチに座っている。今日はリスの着ぐるみだ。このしっぽがすっごくフワフワで、ポメ時に布団代わりにお昼寝したものだ。
着ぐるみを着ている間、彼女は人間の冒険者の女の子と認識される。年齢が明らかに3歳ぐらいなのに誰もおかしいと思わないのだ。女神チートってやつだな。
彼女は俺たちに気がつくとパッと花がほころんだ様に微笑んで手を振ってきた。アルは居ないがモカが小脇に抱えられている。どうやらぬいぐるみに擬態してるみたいだ。何だか笑える。後でどうよ! っってドヤ顔されるに違いない。
「こんにちは、エリーちゃん」
「こんにちは、リアン。そちらがおともだちね」
「うん、黒い髪の方がチェリーで魔法陣士を目指している。もう一人がサリーだ」
「こんにちは、今日はよろしくね。エリーさん」
明るく声掛けをするサリーの後をチェリーがおずおずと挨拶した。いつもの人見知り発動中だ。サリーがちょっと困り顔になっているが、エリーちゃんは前回そのことをちゃんと知っているので気にしない。
それから俺たち予約しておいた個室に移動した。この個室は冒険者たちが依頼人と直接会って話をしたり、ギルドとの金額交渉をしたり、他の冒険者に話を聞かれないようにするものだ。貴族向けの豪華な部屋から、職員とパーティーリーダーだけが折衝する小さな部屋までいろいろある。今回俺たちが使う資料を広げられるテーブルのある部屋だ。
教えてもらうのはチェリーだけでいいのだが、俺とサリーも一緒に聞くように言った。実はサリーから講習中は2人でダンジョンに行こうかって誘われていたので、引き留められたおかげで帰りにエリーちゃんと話が出来るのだ。
一応チェリーが言う魔法陣の基本と言うのが陣の上部を水、下部が火、右が土、左が風と位置付けられるそうだが、そこに何をどう置けばいいのかが全然わからないという。
「まほうじんは『なに』を『どうする』かがわかれば『どこに』はかんたんなの」
するとエリーちゃんは丸い陣の上に放射線が描かれた薄紙を置いた。つまり+と×が重なったものだ。時計に例えると3時に土、6時に火、9時に風、12時水と薄紙に書き込んである。
「うえがみずで、したがひ。これははんたいのちからなの。だからひのまほうなら、えんのしたのほうにかく」
つまり6時の方向だ。
「ええ、それは知っているわ。でもそれがどこに描けばいいかがわからないの」
「もっというとまんなかはひかりで、えんのそとがわはやみなの。だからひだけをつかいたかったら、えんのまんなかによっても、そとがわのせんによってもダメ」
「つまりこの中心点から6時の点のど真ん中に描かないといけないってことか」
「うん」
「チェリー、ファイアーボールの魔法陣を見せてくれ」
それを見ると多少他の文字を使っての装飾がなされているものの、中央から下までのちょうど真ん中に古語で火と描かれてある。
「もしちゆまほうをつかうなら、ひかりだからまんなかだけ。うごけなくするなら、やみだから、えんのせんのうえぜんぶ」
光の治癒魔法は円の中心以外に描いてはダメで、闇の阻害魔法なら円の線上すべてに書かなければならないってことか。どんな魔法か思いつかないけど、闇と風の魔法がいるなら9時の円周上の点に描けばいいようだ。
「もしはなをさかせるなら、みずとつちとひかりがいる。でも中心だとまぶしすぎてかれるから……」
「そっか、水と土の間になる45度の線上の中心寄りに描けば、植物の成長を早めるってことになるんだ」
「うん。だいたいあっていればいいの。ただみずのまほうなのに、ひのいちにかくとダメ」
チェリーの持つ水を出す魔法陣は12時の線の少し中心寄りに『水が出る』という古語が描かれていて装飾で分かりにくくされている。これはタダの水ではなく、清潔な飲み水が出るようだ。薬などに使うときはさらに中心寄りにすることで精製水になるそうで、この辺は多少試行錯誤して位置を覚えるといいそうだ。
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