第54話 やる気を出させる
翌日の放課後、俺はサリーとチェリーを校庭に呼び出した。体を動かしてもらうため戦闘服を着て来てもらってある。
「ドレナー様から君たちを預かることになったのは聞いているよね?」
「ええ」
答えたのはサリーだけで、チェリーは頷いただけだ。
「ドレナー様にも申し上げたが、俺はアイリス様のパーティーに助っ人で入ることになった。そして働きが認められればそのままパーティーに所属することになる。つまりその場合君たちと組むことはできない。このままならね」
「このままならって、何か策があるというの?」
「君たちもアイリス様のパーティーについてこれればいい」
「「⁈」」
何をバカげたことをと言った様子で、2人は怪訝な顔をした。
「なぁに、魔力がある者なら慣れれば絶対使える、身体強化を覚えてもらうだけだ。アイリス様たちはダンジョンに中を駆けてながらモンスターを倒していかれるので、それについてこられる脚力と戦闘能力がつけばいい。言っておくけどこれは俺のパーティーに入ってもやることだから拒否権はない」
「「ええっ!」」
「別に俺のところがイヤなら他所に行ってもらっても構わない。だけど君の親の金を狙って望まない結婚相手から迫られないでいられるかな? サリー。
まだ使ってもいない君の魔法陣を生かせるところはあるかな? チェリー。
わざわざあの方が俺に頼んできたのは、そういう危険が少ないからだ」
「少ない?」
「俺は婚約者に気持ちがあるから君たちとそうなりたいと思っていない。それに君たちに婚約者同然の相手がいることもわかっている。ただこの世は何が起こるかわからない。新しい男性メンバーが入って君たちに迫ることが起こるかもしれない。だから断定しなかっただけだ」
「そう……わかったわ。でも私にはまだそんな相手いないわよ」
「親に決めてもらう方法があると聞いている。つまり親御さんにしてみれば、すでに選定しているってことだ。もしかしたらお相手を待たせているのかもしれないぞ」
「ち、違うわよ! 親が言っているのは家で長く働いてくれている人のことなの。相手は10以上も年上だし、子どもだっているのよ。奥さんを失くされて意気消沈しているから私とってことなの。急いで返事しなくてもいいけど、正直全然嬉しくない」
サリーが言うには、家族は彼女が魔法士になんかなって欲しくなかったが、何代か前に貴族の令嬢が嫁いできたことがあってその魔力が受け継がれてしまったそうだ。だから学校に入ってそこそこの魔法士になって、家を継いでほしいそうだ。だから気心の知れたその子持ち男性と……という話なのだ。
「もう今すぐ婚約した方がいいんじゃないか?」
「それはそれでなんか負けたみたいで嫌なの」
「さっきも言ったけど俺はせめて自分の身は自分で守れるくらいにはなって欲しいんだけどね。黙っているけどチェリーはどうなんだ?」
「私は……キースの期待に応えたい」
「うん、それじゃあ頑張ろうか。それで2人は身体強化はやったことあるの?」
「一応原理は聞いているけど、やるのは騎士科か魔法士科でも戦闘魔法特化の子だけなの」
「……私は多少できる。Dクラスは職人が多くて荷運び出来なきゃダメって。それが出来たから進級できたの……」
なるほど職人になれば、何かと重いものを持つからな。
「なら話は早い。身体強化は体に魔力を巡らせて自分の能力を底上げし、実力以上の速度や腕力を出すものだ。つまり元々の能力の向上が一番重要になる。今からやってもらうのはこの校庭30周だ。体力か付けばつくほど、速力が上がるほど強化した時の能力が上がるからやればやるほど強くなるぞ」
俺がニッコリ笑うとサリーは少し困ったような顔をしただけだったが、チェリーは違った。
「私運動が苦手なの。だから魔法士になろうとしているのに……」
「体力をつけるのに運動が得意である必要はない。歩けるし、走れるだろ?
それとも君はドレナー様との結婚が優雅にお茶を飲んでいるような楽なものだと思っているのか? もっとやる気を出さないとかなり辛いぞ」
チェリーは真っ赤になって口籠った。
「跡継ぎでない貴族は騎士や魔法士としての職が得られないと、文官や家の仕事を手伝うことになる。ここまではいいか?」
「ええ」
「文官としての能力があっても、それが相当すごくても男爵家クラスだとずっと下っ端だ。いつも使いっぱしりをさせられ、雑用に追われながら事務仕事もして、気にいられないと失敗を押し付けられるからおべっかや付け届けなんかもしなくてはならない」
「……」
「その妻も同等に扱われる。いつも上司の奥様方の雑用に追われ、お茶会ではお追従に勤しみ、その中でも気にいられるようにずっと気を遣わなければならない。しかも君は魔法士の家柄と言っても貴族ではない。貴族は貴族以外を同じ人間だと思っていない。どんなに素晴らしい人格者でもそこには明確な線引きがある。そしてそんな待遇でもいいから貴族でいたい女性の嫁ぎ先を君は奪っているんだ。よってドレナー様は貴族だが君は貴族としてみなされない可能性が高い。今のままではね」
自分で言っててなんだが、俺はこんなことを思ってもいなかった。これは多分リアン君の考えだ。エリーちゃんが彼を覚醒させたことで彼の考えが口から出ているのだ。
「はっきり言ってドレナー様のような貴族の方が少数派だ。その証拠にサリー、君は友人と呼べるような貴族令嬢は居るか?」
「親しく声掛けをしていただくことはあっても、友人とは言えないわね」
「そこそこ魔法が使え、富豪の娘であるサリーでもこうだ。しかも君は今Dクラスで魔法士としても認められていない。君に実績を積んで欲しいとあの方が言ったのはそう言うことだ。
だが優秀な魔法士ならば待遇は変わってくる。君の強い魔力は良い子孫を残してくれるだろうし、魔法士としての稼ぎもあり、評価が高ければ高いほどつながりを持ちたいと貴族の方からすり寄ってくる。
どうだ、たまたま貴族男性に見初められて結婚しただけのただの平民女性として蔑まれるか、高い能力の魔法士として貴族たちに尊重される妻なるか、どちらがいい?」
「そ、それは……後の方がいいに決まってる……」
「では君の実力をどうやって人に知らしめる?」
「……試験でいい成績を残すこと」
「そうだ。君の場合、魔法が使えないことが一番の問題だから、筆記試験の成績を上げるだけじゃダメだ。実技つまりダンジョン攻略と冒険者レベルだ。俺が言っている体力をつける方法は遠回りのように見えて実は一番の近道なんだ。
もしここにデーモンが現れたら、俺とサリーは逃げられるかもしれない。ぐちぐちと文句を言わずに動けるからだ。だが君はそのとき自分の足が遅いことを呪いながら死んでいくだろう。デーモンは弱い人間をいたぶることが大好きだから」
うわぁ、相当きついなコレ。そう言えば俺がチェリーに対して厳しく見てしまうのも、もしかしたらリアン君の影響なのかもしれない。正直俺たちの世界ならチェリーみたいな子は普通にいるし、俺も似たようなものだからな。
チェリーは涙を浮かべ、サリーが慰めに行った。でも彼女は俺を責めなかった。
「あのね、あたしはリアンが言っていることは本当だと思うの。貴族社会ってとても厳しいのよ。マナー1つ間違えば無礼だって責められて、商品のお金をくれないだけでなく時には命も奪われるの。それに魔法士にならなければキースと結婚なんか絶対に認めてもらえないわよ」
「さらについでの補足情報だが、ドレナー様の伯母がノートンの叔父と結婚しているそうだ。その叔父は魔法陣士としてドレナー家の仕事をしているが、貴族として扱われていない。ドレナー様の伯母様は平民に嫁いだ形になっていて社交界に出ていないそうだ。
わかるか? 魔法陣士でも平凡な能力ならそうなるってことだ。それにドレナー様はさすがに平民に婿入りはしてくれないんじゃないか? 男性が貴族社会から飛び出すのは女性よりも受け入れがたいと思うから」
「楽したいなら商家の男を狙った方がいいわよ。でも魔法士として貴族と結婚したいんでしょ? キースはラルフと違ってお金じゃなくあんたのことを好きになってくれてる。それってとても大切なことだと思うの。彼の愛に応えてあげないの?」
ラルフと結婚したら身代を潰す勢いで実家の金を使われるし、浮気と賭博三昧で借金まみれになり妻どころか奴隷扱いになるとサリーは語った。
「あたしはリアンの言う通り、頑張ってみようと思う。他の男もみんなウチの店の金目当てなのわかっているもの。あたしはそんなヤツと結婚するのは絶対嫌なの。
チェリーはどうする?」
彼女はしばらく泣いていたが、落ち着いたのか自分で涙を拭いて答えた。
「……やる」
こうして俺たちの身体強化訓練は始まった。
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