第5話 救援者
「待たせたね」
悪役令息アルフォンス=レッドグレイブが出てきたのでそちらを見たら、俺は驚きのあまりポカンと口を開けてしまった。
さっきまでキモデブ男のデカすぎるニキビ面だったのに、身長こそはかわらないがすっきりとした細マッチョの絶世の美青年が目の前に立っていたからだ。
お前、どこの乙女ゲームの攻略対象だよ‼ キモデブ男はどこに行った?
そんな俺の葛藤とは裏腹に、彼はとても貴族的で優雅な仕種を見せて俺の前に座った。
そういえばゲームではザンバラだった髪は後ろで1つにまとめられいるし、顎がめり込んでいた太い首はすんなりと長い。肉がつきすぎて細くなっていた目の色が紫だと今初めて知った。
「なんだよそれ……、どういうことだ?」
「どういうことって? ああ、太っているのは魔法の変装だから解いただけだ」
「じゃあ、本当はイケメンってこと?」
「自分で自分をイケメンと言うのはおかしいと思うけど、これが僕の本当の姿だ。君とは腹を割って話したいのでね、マクドナルド君。
それにアルフォンス君が太っているのは魔力が多いことの弊害だ。まだ成長期でどんどん増えているんだ。ニキビのように見えているのも魔力の制御が甘くて毛穴から漏れ出たことで、吹き出物になっている。
知っている者は知っているぞ」
だからブス男だったんかい! そう言えばさっきからブヒブヒ言ってないしな。
「じゃあ汚部屋は? 不潔なんじゃなかったのかよ!」
「部屋が汚かったのはメイドのエリカが仕事が出来なかったのではないかな?
だいたい貴族は自分で掃除なんかしない。彼女は諜報員も兼ねていてメイド仕事があまり得意ではなかったんだろう」
不潔でだらけて生きているから太っていると思っていたけど違うかったのか……。
っていうかそんなイケメン設定あったか?
メインストーリーにもキャラ設定にもそんな話はなかったはず。
隠しルートとか?
全くわからん。
「さて単刀直入に聴くよ。どうして僕が10月に退学すると思ったんだい?」
「えーっと、そのカイルが仲良しのアイリス様との婚約破棄をさせると思うから。だったら学園祭の武闘大会で決闘を申し込んでくると思ったんだよ」
学園では授業以外での戦闘魔法や武術の使用はご法度だ。
だけど10月にある学園祭の中で行われる武闘大会を使えば決闘を行うことが出来る。
1周目はレッドグレイブのみしか選べないけど、2周目以降ではイベントとして好きなキャラと戦えるんだ。
そのときに勝者は相手に言うことを聞かせることが出来る。
カイルはアイリスとエリカの自由を願い、レッドグレイブはカイルの退学を願う。
だが汚い手を使っても平民に負けたレッドグレイブに学園長は退学を命じるのだ。
「それはゲームの設定であって現実ではない。9月末に16歳になって王宮の出入り、つまり社交界への参加が許されるんだ。そこでアイリス嬢の生家であるウォルフォード伯爵家を正式に継ぐことになっている。爵位を得たものはいつでも学園を去ることができる。だから10月にはこの学園にはいないのさ」
「それはアイリスと結婚してからじゃないのか?」
「現ウォルフォード伯爵は借金のために爵位も領地も何もかもレッドグレイブ男爵に売り飛ばしたんだよ。そうでないと金を出さないと言ったんでね。
ただ被災によるものだから、国王陛下から温情をと言われてね。
アルフォンス君が16歳になるまでに全額返済出来たら爵位や領土はそのまま伯爵夫妻のもの。
返済できなければ爵位や領地はアルフォンス君が受け継ぐが、代わりにアイリス嬢を妻にすることでなんとか伯爵夫妻を貴族のままでいさせることが出来る。
その後彼らは借金を全く返していないので、アルフォンス君が爵位を継ぐことは僕が死ぬ以外確実となった。
当然アイリス嬢は身売り同然の自分の状況に不満を持っている」
「そんな設定があったのか……」
「元々男爵は伯爵を鉱山奴隷に、伯爵夫人とアイリス嬢を娼館に売り飛ばすつもりだったからね。
でもそんなことをしたらアイリス嬢の持つ剣聖の称号が役に立たないし、領民の心も離れて扱いにくくなるじゃないか。だったらアイリス嬢と結婚して無理なく爵位と領地を手に入れた方が国としても軋轢は少ないからね」
レッドグレイブ男爵ひでーな! そこまでしなくてもいいだろうに。
っていうかさっきから何でそんな他人事みたいな話し方なんだよ。
「おい、ちょっと待て。お前、さっきゲームの設定って言った?」
「そうだよ。マクドナルド君。君はプレイヤーだね?」
「……」
「もしかして君が川原君かな? 下の名前はええと……」
「亮平だけど。なんで知っているんだよ」
「ああ、君が生きて無事に見つかってよかった。僕はカーライル社から依頼されて君を助けにきたんだよ」
俺はそれを聞くと知らずに涙があふれてきて、我慢できずに声をあげて泣いてしまった。今までの死んだんじゃないかという不安と異世界転生したかもという恐怖がなくなったのだ。
俺の泣き声にエリカらしい女の子がキッチンから飛び出してきた。
だけどゲームのキャラとは全くの別人だった。
彼女は3歳ぐらいの小さな女の子で宝石のような青緑の瞳をしていた。薄茶色の髪に同じ色の犬の耳がピンと立っていてその間に小さなホワイトブリムがちょこんと乗っている。
白い襟付きの紺色のワンピースに白エプロンのメイドのお仕着せだが、スカートがふわわんと広がっていた。ものすごくかわいい美幼女だ。
彼女はエプロンのポケットからアイロンのかかったハンカチを俺に貸してくれた。
「リアンさんだいじょうぶ? どこかいたいの?」
涙の止まらない俺の代わりに、レッドグレイブが答えた。
「心配いらないよ。たぶん緊張が解けたからなんだ。今は落ち着くまでそっとしてあげよう。さぁ君も一緒にお茶においで。準備を手伝おうか?」
「ううん、お茶もちょうどいいからすぐ持ってくるね」
彼女はスカートを翻して、すぐにキッチンに戻っていった。
ふさふさの薄茶色のしっぽがかわいい。
何の犬なんだろう? 絶対黒い狼じゃないな。
彼女はすぐにワゴンを押してやってきた。
上には豪華なティーセットと三段になったお皿にスコーンやケーキ、サンドイッチが乗っていた。
そんな食器で食べるのは初めてだ。
そしてなぜかコンソメ味のポテチも袋ごと乗っていた。
「あのね、モカが少年にはガルビーのポテトチップスだっていうの。
リアンさん、おかわりもあるからたくさん食べてください。しお味もあります」
「そんなの、あったっけ?」
レッドグレイブが不思議そうに彼女に聞いた。
「お兄さまのインベントリにあったの。かってに使っちゃった」
「ああ、前の時の残りか。僕のものなら好きなだけ使ってくれていいよ」
「エリーはむだづかいしないもん」
すると幼女メイドのエリーちゃんのポケットから小さなこぐまが出てきて、ポテチの袋を開けてくれた。
このこぐまがモカだろうか?
さぁ食えと言わんばかりに差し出されて、俺はおかしくて笑ってしまった。
「笑ってごめん、ありがとう。コンソメ味、好きなんだ」
食べる前におしぼりを渡される。
「これ使ってください。じょきんとせいけつのふよ、ついてます」
「うん、ありがとう」
僕の返事にエリーちゃんはニッコリした。
優しくされて、涙がまたこぼれだす。主人公のカイルの態度と大違いだ。
小さなエリーちゃんは俺の隣に座ってそっと背中をさすってくれた。
そのいたわりの気持ちが俺を落ち着かせた。
こぐまが泣き止ませようと俺の口にポテチを流し込もうとするのには困ったけど。
絶対息止まるじゃん。
俺は敬語に変えることにした。
だって絶対このアルフォンス=レッドグレイブは俺よりずっと年上の大人な気がする。
「俺は死んだんじゃなかったんですね」
「うん、君のVR機からアカウント重複信号が出て、そのままログイン保留状態になっている。通常ならゴーグルを外すだけでいいのだが、君は意識不明になっていてね。現在は入院して延命治療中だ。
君はカーライル社のVR機器の正規品を買って、ちゃんと本名で会員登録しているだろう? あれにはこうした状況に対応し、救援するための保証も入っているんだ」
俺は心の底からカーライル社で正規品を買っていたことに感謝した。
親には幼稚園から6年生までもらっていたお年玉20万をゲーム機に使うなんてバカだって言われていたんだ。
だけどこうして助けに来てもらえるなら、高い買い物ではない。
「でも揺さぶったら、普通強制ログアウトですよね?」
「それができなくて困っているから、僕に依頼が来たんだ」
「どういうことなんでしょうか? 俺は正規店で新品のソフトを買ったんです」
「申し訳ないが調査中としか言えないな。君をVR機器から離すことが出来なくて、ソフトを調べるのも難しいんだ。それに僕も困ったことになっていてね」
「どうかしたんですか?」
「実は僕もこの世界から出られなくなってしまったんだ」
ええ、そんな……。
せっかくの希望がまた途切れそうになった。
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