第46話 ダンジョンの罠
「お兄さま、ピクシーがこのダンジョンからでてくるのおかしい」
「そうだね、エリー」
実は前回のカイルはこの期末テストが終わった後、アイリスに話しかけたエリーちゃんを蹴飛ばして、アルからボコボコにされてリセットした。だからこのダンジョンで何が出てくるのかわかっているのだ。いなかったピクシーが出て来るってことは、ダンジョンの磁場がゆがむほどの強い敵がいるってことらしい。
「全員、遊びじゃないのが出てくるぞ。リアンは魔剣で対応してくれ」
俺も気を引き締めて、いつも首から下げている指輪を右手にはめた。この指輪は魔道具で魔剣に変化するのだ。
これはリアン君がフレデリカにもらった婚約指輪でもある。彼女が死んだ日に彼はこの指輪を一時的に返そうとしていた。下級デーモンが出たかもしれないと勇士であった彼女が偵察に行くからだ。そのとき彼女は笑って必ず帰ってくるからとそのまま彼の指に嵌めて行き、帰らなかった。
そんな大事な指輪を無関係の俺が嵌めてはいけないと思った。だからずっと持ち歩いているものの、紐を通して首にかけていたのだ。
だけど今大事なのは俺が生存することで、無事にリアン君にこの体を返すことだ。だから悪いけど使わせてもらう。
目の前の空気が禍々しいものに変わった。
出てくるのは多分デーモンだ。
アルもストレージからヴァイオリンを出した。ヴァイオリン?
「僕の相棒さ。ガル、頼んだ」
【任しとけ】
声でも心話でもない意志が伝わり、ヴァイオリンは眩いばかりに美しい剣に変わった。まるで聖剣みたいだ。キラキラと光り輝いている。
「みたいじゃなくて、せいけんだよ。お兄さまはゆうしゃでもあるの」
「勇者だって?」
乙女ゲームじゃなかったのかよ!
「だからリアンはいま、ゆうしゃパーティーのひとりなの」
モリーは大聖女だし、エリーちゃんは賢者の称号もあるそうだ。それで魔王討伐は心配いらないって言われていたのか。
俺たちの前に現れたのは3体の下級デーモンだった。
「下級か……なめられたものだな。
リアン、リアン君は下級デーモンの討伐経験がある。だから僕が1体、君が1体。あと1体はエリーとリカ以外の子どもたちのみんなで倒す。リカはデーモンにエリーを絶対に触れさせないこと、いいね」
「「「(((わかった)))」」」
エリーちゃんは神なので、悪魔以外の討伐にはあまり参加しない。それは彼女がこの世界にいるために、幼児化していることを知られないためだそうだ。
1体を俺に任されたことはわかったけど、ゲームではないに倒せるだろうか。ほとんどのモンスターの核は心臓や中心部にあるんだけど、デーモンクラスになると核を移動することが出来、そこにはない。だからやたらめったら切りつけるのは悪手だ。傷を治すたびに強化されてしまうからだ。
俺は自分の担当のデーモンの攻撃を避けつつ、相手の弱点を探したが全然わからない。
最初に倒したのはアルだ。彼は勇者チートな弱点を見抜くスキル持ちらしく、すぐに見つけたようだ。相手の背中を取って、羽の付け根をくり抜くように刃を入れた。そして取り出したものを刺し潰した。後で聞いたらその部分を直接狙っても、剣先が核に少しでも触れただけで移動されてしまうから、そうされる前にくり抜いたのだ。
次はモカたち子どもチームだ。モカとミランダ、ルシィがけん制し、攻撃中に変に左肩を庇っていたのでそこをモリーが自分の体を硬化させて刺し貫いたのだ。ちなみにこちらも移動されるのだが、武器がモリーの体なので刺したまま体の中を追跡して大聖女の浄化の力も乗せて、清めながら倒したのだった。
最後は俺だ。残念ながら俺は自力で相手の弱点を見つけられなかった。そんな時敵の体から跳び出したモリーが光を放ちながら床に落ちた。すると下から照らされたデーモンの鼻先が青白く光った。
俺はブラックライトが当たると整形でいれたシリコンの鼻が光るって話を思い出した。それで鼻を切り落とし潰して終わった。
「モリー、アシストありがとう」
(どういたしまして)
彼女は大聖女らしく、いつも丁寧なのだ。
「他もこんなに難易度が高くなっているのか?」
「いや、僕たちだけみたいだ。これ、一応罠だったんじゃないかな。ゲームのアルフォンス君ならレッサーデーモンは倒せないし、召喚主である彼が死ねばせい霊たちは消えるからね」
「罠? 一体だれが?」
「僕らだけに罠を仕掛けられるのは誰だ?」
「……俺らより先に行ったヤツ」
1年生で次期ウォルフォード伯爵であるアルより身分が高いのはアイリスだけ。だから彼女のパーティーメンバーってことになる。最初から仕掛けられていたら彼女たちがこの罠に掛かるはずだからだ。
「アイリスさまはそんなことしない」
「エリーの言う通りだ。彼女は愚直なまでに真面目だからね」
ならカイルしかいない。でももし俺たちが倒せなかったら、この後にくる奴らも餌食になるんだぞ。どうしてこんなことを!
モカが俺を見上げて言った。
「焦ってるのかもね。生徒会室でリアンは責任ある仕事してたんでしょ?」
「それほどのことは……お金を扱うぐらいかな。でも貴族から見たら、ただの雑用だぞ」
「だがこれまではアイザックしか触ってなかったはずだ。金庫番は重責だよ。横領はされると生徒会自体の問題になるからね」
つまり例えば誰かがセクハラやパワハラしてもやった個人の責任になるそうだけど、横領されたら監督不行き届きとして結果的にリリーの責任になるのだ。彼女は次期王妃の同母妹として、来年も生徒会長になって1点のくもりのない状態で卒業しなければならない。そう考えると確かに責任は重い。
「ゲームでは君のようにお金には触らないけど、カイルは金庫の鍵を預けられるんだ」
「……鍵、預かることもある」
でも一時だけだ。お金を出し入れして、金庫を閉じた時にアイザックもリリーもいなければ俺が持っているように言われたのだ。通常なら貴族の誰か預けるんだろうが、リリー以外の生徒会役員は何らかの借金がある家だから渡さないことになっている。これは余計な問題を、いや疑いすらも起こさないためだ。
むしろ何かあってももみ消してその貴族を罪に問えない。ただリリーの名誉のためにお金を補填して、俺は責任を取ってひっそりと罰せられるだけだろう。
でもそこまでするだろうか? アカウント乗っ取りと違って、人の生死が関わるんだぞ?
「リアン、君はカイルが人殺しまではしないと思っているようだけど、彼にとってはこの世界はゲームなんだよ。大事なのは自分とヒロインたちだけで、君や僕が死のうとモブがどうなろうとどうでもいいんだ。君もゲームをしているときはそうだろう? 実際彼は僕を殺そうと宣言したこともある」
そう言われるとぐうの音も出なかった。
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