第44話 イヤな貴族社会
アイザック爺さんのしごきはホント大変だった。いや苛めとか理不尽な仕事とかはないんだ。やらなきゃいけないことばかりなんだけど、とにかく量が多い。他の使用人たちが夏休み前の準備をしているのに、俺だけ日々の雑事をさせられている。一番下の新参者だからなのかもしれない。
カイルはアイリスと共に生徒会室の護衛だ。ちょっとした何かが起こるので意外と必要だったりする。例えば陳情のため突進してくる生徒がいたり、学校に持ち込んではいけない魔道具を没収したりなどである。
どこにでもマッドなヤツっているんだ。爆発系の魔道具は一部の特殊ダンジョンでしか許可されていないのになんで学園の工房で作るんだよ! あと研究に失敗して作業台を溶かすポーション作るとか、ヤベー奴ばっかかよ‼
俺はちまちま計算したり、文書を作成し清書してるのになぁ。その活躍がちょっとうらやましい。
あと貴族って俺マジでヤダ。リリーやアイリスはさすがにないけど、他の女たちは俺を遊び相手としてしつこくからかってくる。主に女性関係のことを聞いてくるのだ。はっきり言うとフレデリカとはどこまで行ったのかとか、他の女性関係とか聞いてくるのだ。きっと北部の慣習のことを知っているのだろう。話す必要はないので尊敬する師で家族でしたとか、その慣習は15歳からなんですとだけ言う。
男どもも似たようなものだが、もっと突っ込んだフレデリカの遺産のことを聞いてくる。要は金を貸せってことだ。学費以外は爵位継承してからでないと動かせないと言うと舌打ちされる。真正直に言ったら、ただの食い物にされるだけだろ。
そういうことを言ってくるヤツに限って、態度が横柄で跡継ぎでないことが多い。むしろ跡継ぎの人は自分の地位を守るために慎重で俺にも丁寧に接する。リアン君が平民でも子爵位を継承する権利があるのも関係しているのだろう。
そんな俺の癒しはアルの部屋の朝ごはんである。焼き立てのふかふかパン、香り高いコーヒー。それから新鮮なサラダ。温かいスープに卵やソーセージ、ハム、ベーコンの時もある。それに白米に納豆、焼き魚に味噌汁だって出してくれる。日本の朝ごはんだ
ああ、これがあるから生きていけるって感じ。
「リアン、あさなのにおつかれだね。ほら、ミルキーウェイカウのミルクでカフェオレにしてあげる」
そういってエリーちゃんが砂糖とミルクをたっぷりのカフェオレにしてくれるのが染みる。
ミルキーウェイカウは彼女が作った世界にいる乳牛で、たぶん宇宙一おいしい牛乳を出す。初めて飲んだ時の衝撃はすごかった。当然臭みなどなく、砂糖とは違う甘さとうまみは俺の人生で最もうまい代物だ。
でもあとは植物性のものだけで、肉や魚は取れないらしい。
そのことについてはアルが教えてくれた。
「エリーの世界はまだ出来たところで、食肉するような生物がいないんだよ。みんな異世界からの移住者だからね。全員魔法生物だから魔素さえあればいいんだ」
野菜や果物、薬草に鉱物資源。それとなぜか真珠は取れるそうだ。貝自体は住民だが、核さえあれば自然に出来るから作ってくれるそうなのだ。植物は住人以外にも移設しているので問題ないようだ。
「でもそれじゃあ、世界として繁栄しないんじゃないか?」
「繁栄ね。何をもって繁栄と言うのかによるけど、確かにこのままだと住民が爆発的に増えることはないから、そうだね」
「それでいいの?」
「僕らが悪魔との闘いに破れたら、彼女の世界も消滅する。それでも一緒にいたいと思う仲間だけを連れてきているんだ。彼女のその枷が取れるまではいたずらに増やすことはない」
他にも管理している世界がいくつもあることも、増やさない理由らしい。その中の1つが日々勝手に広がり続ける面倒くさい所で、そこを抑えるのが大変なのだという。
それにもし住民たちがエリーちゃんの世界に飽きて出て行きたいなら、ちゃんと希望の所まで送り届けることになっている。でもまだ希望者はいないそうだ。
「刺激がないってことはないもの。だってみんな戦闘員だもん。この国の北部と一緒だね」
そう言ってモカはシャドウボクシングをし始め、それに他の子たちも参加する。こぐまと子猫とアザラシの赤ちゃんとミニスライムがキャッキャしている姿は微笑ましいが、当たると気絶させられる。参加して1度で懲りた。
まだ弱い世界だから防衛しないといけないし、今回のように手分けして出張も少なくないそうだ。魔法生物同士の繁殖については聞かなかった。とりあえず北部みたいに子作りや結婚を急がされるようなことはなさそうだ。
朝ごはんの合間にアルが困っていることはないかと尋ねられた。
「今のところ特にないけど……そうそうアイザック爺さんから夏休みはどうするのか聞かれてるんだけど、アルの仕事で行けないでいいかな?」
「もちろん。魔王討伐より大事なことはないからね。それにしても君はどうやらかなり気に入られているようだね。リリーからアイザックに預けてみないかと言われているんだ」
「うへぇ、そうかもしんないけど、なんか自分が忙しいから手が欲しいだけな気がする」
「なるほど、彼に預けるのもいいと思ったんだが、こき使われてリアン君がすり減るのはあんまりだな。僕の方で断っておくから、君も他に何か言われたらそうしてくれ」
いや、断らなかったらそれをやるのは俺なんですけど!
「他人事みたいに言うなよ。俺は俺も本物のリアンもひどい目に遭うのは嫌だ」
「僕たちだってそうさ。だけど平民が貴族になるには、僕以外の貴族のコネは絶対に必要だよ。亡くなったシンプソン嬢は罪を犯して閉門されたわけではないから、彼女の養子だったらさほど問題はない。でもリアンと結婚するためには誰かを頼ったはずだ。貴族は貴族としか結婚しないから、一度養子縁組をしないといけないからね」
確かにフレデリカが生きていれば、もう少し頼れる人がいただろうな。いくら何でも親戚も友人も全部死んだってことはないだろうから。
「じゃあその9月末でアルが伯爵家を継承した時に俺が養子になって、シンプソン子爵家を継ぐっていうのはどうなんだ?」
「そのあとすぐに死亡するからちゃんとした後ろ盾とは言えないね。それとリアン君に相続権が出来るとレッドグレイブ男爵と揉めるだろうし。僕らがいなくなった後、遺産放棄するだけで済むかどうか……」
子爵位というのも微妙に問題らしい。子爵位を子に継がせるには親は子爵以上でなければならない。そのためウォルフォード伯爵家の養子にしなくてはならない。
もしリアン君をそうしたらカルミアたちがすり寄ってくる可能性が高いし、それを見たレッドグレイブ男爵が刺客を放ってくるかもしれないという。
ごめん、リアン君。ペンシルトン公爵家にすり寄るのは嫌だけど、俺もうちょっと頑張るから許してくれ。
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