第43話 生徒会の手伝い
俺は生徒会室に入って、騎士としての礼を取って挨拶した。
「お初にお目にかかります。我が主アルフォンス=レッドグレイブ様の命で参りました、リアン=マクドナルドと申します。主自らお助けしたいと申しておりましたが、借財の件であの方を逆恨みする輩は少なくございません。未熟ではございますがペンシルトン生徒会長の手助けになるように誠心誠意努力いたします」
リリーとは音楽の授業で一緒だが、きちんと顔を合わせて話すのは今回が初めてだ。学内は身分をひけらかすなとは言われるが、それは授業中の板書や課題を無理やりやらせるなどの事であって、実際の身分差は大きい。
男爵令息のキースですら、初対面の時は敬語を使った。身分を越えて馴れ馴れしくするなど、即時切り捨てられても文句は言えない。そんなことをするのはカイルくらいだろう。
「わかりました。お申し出は有難く頂戴するわ。そうアルフォンス様に伝えなさい」
「かしこまりました」
「とはいえあなた何が出来るのかしら? 護衛ならいらないけれど」
「アイリス様以上の剣士はこの学園にはおりませんから」
この生徒会室の護衛は剣聖アイリスとカイルなのだ。ちなみにすでにアイリスにはファーストネームと呼んでよいと許可をもらっている。
「たいていの事務作業ができると存じます。備品管理でも、帳簿付けでも、議事録作成でも」
リアン君はフレデリカに子爵家を運営できるように1年半みっちりしごかれている。朝は戦闘訓練、昼は勉強、夜は女性と……。考えただけでも大変な日々だ。
それに俺自身も中学で生徒会に入っていたんだ。書記だったけど。
俺の思う生徒会の仕事は、学校生活の改善(学生の要望を聞いたり、美化活動したり)、文化祭や体育祭などの運営、学内広報製作(学校行事や活躍した生徒のことを知らせる。これ新聞委員がいたらしなくてよかったけどいなかった)、予算の管理など多岐にわたる。書記だって会議の議事録つくるだけじゃないんだよ。手が空いたら別の仕事を手伝うのは当たり前で結構忙しかった。
「あら、騎士科と聞いていたけれど?」
「この学園に来たのは、元婚約者の意向があったためでございます」
正式婚約はまだだったけど、フレデリカの遺産を受け継いだのだからそう言っていいだろう。
「まぁ、どなたかしら?」
「フレデリカ=シンプソン子爵令嬢でございます」
するとアルから話を聞いていたリリー以外の生徒会メンバーがざわついた。フレデリカが『災いの花嫁』なことは有名なのだろう。
「シンプソン嬢はあなたより15歳も年上じゃなかったかしら? それなのに婚約者なの? 養子でも構わなかったのではないかしら?」
「いいえ、私の出身である北部は勇士以外の女性は早く婚姻することを求められます。そのかわり女性の方から相手を選ぶ権利がございます。養子縁組ではせっかく跡継ぎ教育しても、結婚相手に選ばれることで他者に奪われてしまうのです」
これはお試し交際で何度も関係を持った相手に限る。複数回OKなら、かなり気に入っていることになるからだ。だけどそこまで話さなくてもいいだろう。
「まぁ、そのような事情があったのね。どうりであなたの所作や言葉遣いが平民にしてはキレイだと思っていました」
リアン君は15歳差なんて全然気にしていなかった。フレデリカは彼の恋人だったのだ。早期結婚を求めたのも彼の方で、出来るだけ早く彼女との子どもが欲しかった。彼は貴族になりたかったのではなく、安全な形で彼女と家族になりたかったのだ。
お試し交際は正直やりたくなかったみたいだが、美しく優秀な彼の子を欲しいと思う女性は少なくなかった。それで断るより関係を持つことで不満を逸らしたのだ。それにリアン君はフレデリカ以外の女性とは1度しか相手にしなかった。だから必然と数が多くなってしまったのだ。
これも俺たちの世界では考えられないことだが、異世界の特殊ルールだと思って欲しい。
それで手伝いを始めたのだが……やることが多い。忙しすぎる!
っていうか、こいつら貴族は生徒会室をお茶会をするところとでも思ってるんじゃないか?
さすがにリリーは書類に目を通したりしているけど、他の奴らはお茶を飲んでしゃべくっているだけ。せめて会議内容を話していたらいいんだけど、それもリリーが決めたのを賛同するだけだ。大抵は噂話や流行りの衣装や化粧の話ばかりだ。そんなの普通のお茶会でしろ!
だが絶対間違っているとアルに訴えたところ、一笑に付されただけだった。
「あのね、それが彼、彼女たちの仕事なのだ。噂話と言う形で情報を集め、自分たちで作った流行や産業を紹介している。それが学園での備品の購入に繋がれば家の益になる。
それに皆、代わりに仕事をする使用人を連れてきていただろう? 彼らを連れてくることこそが一番の役割なのだ。だから君を送り込めたのだよ」
確か一番働いているのはリリーの補佐官のアイザック爺さんで、他の貴族たちの使用人はソイツの命令で動いている。中でも俺は思ったより仕事が出来たみたいなので、こき使われている。指示が的確だからまだいいけどさ。
「アイザックはペンシルトン公爵の腹心の家来の1人だ。今は70歳を過ぎて引退しているが以前は公爵の右腕と言われた男だ。公爵の少年時代からついていて伯爵家から婿入りした時に連れていったくらいだからね。
でもよかった、君に仕事が出来て。アイザックに役立たずと認識されたらおしまいだからね」
アル的には俺が正確な計算が出来るだけでもいいと思っていたみたいだ。数字に弱い貴族は多いらしい。
「中学の時に生徒会に入っていたんだ。あとフレデリカの教育のたまものだな。でも自分が思っているよりも出来たと思う」
リアンは絵も上手かったけどね。なんで俺は画伯なんて言われるんだ?
「うーん、君がリアン君の知識を使うだけの能力があったってことかな。でも絵を描くことは記憶利用だけではうまくいかない。君に描き出すだけの技術が足りないのだろう」
そんなに真面目にハッキリ言うなよ、傷つくだろ。俺がちょっと落ち込んでいるとモリーがポケットの中で俺をトントンしてくれた。やさしいです……。
「でも右腕をつけられるなんて、リリーは期待されてるんだ」
彼は首を横に振って、それを否定した。
「公爵はアイザックをつけるくらいしか、彼女にしてあげられることがないのだ。さすがに次期王妃に老齢とはいえ男の使用人をつける訳にはいかないからね」
ちなみに兄2人には未成年の間はアイザックが付いていたそうだが、今は現役世代の家来が付いているそうだ。
「それに彼の存在はリリー嬢に近づく不埒な男どもから守る役目もある。彼女は数少ないハリケーンの被害を受けていない貴族女性で、身分も高く美しい。彼女と関係を持つことで婿入りしたいと考えても不思議ではない」
それは生徒会でそういうヤツがいるのは俺も気付いてた。なんとか彼女の気を惹こうとしているのだ。そして他の貴族女性は彼女とアルとの婚約を慶事だと言いつつ、彼をこの国に引き留めるために結婚することを憐れんでいる。
貴族社会で見た目が悪いということは、それほどまでに嫌われるのか。いや別に俺たちの世界だってカッコイイ男、キレイな女の方が人気あるんだから同じか。
アイリスは護衛なので茶会には参加していないが、アルとの婚約を無視して平民とつるんでいることで馬鹿にされている。それは貴族籍を捨てることだからだ。
正直、高位貴族女性たちにはげんなりしている。性格が悪すぎる。一応情報源だと思って話は聞いているけど、プライドとマウントの取り合いしかしない。チェリーを苛めていたミナなんて全然マシだ。
リアンには悪いけど、俺は貴族になんか絶対なりたくない。
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