第41話 義務と打算
「なぁアル、質問なんだけど。3年前のハリケーンって今回の件に関係ある?」
「大いにあるよ。リアンは『レジェンド オブ フラワーヒロイン ファンタジア』は未プレイなんだっけ?」
「うん、ログインと同時にここにいたから。公式で発表されてるストーリーとキャラ紹介、あとデザイン秘話は読んだけど」
「じゃあ細かいことは知らないよね。元々ゲームではハリケーンなんて起こっておらず、浪費のせいでアイリスの家は傾いていたってことになっていた。つまり彼女の家の借金の理由が違う。今貴族の中で起こっている身売り婚なんてほとんどなかったんだよ」
「そんな! それじゃあこんな状況はおかしいのか?」
「不正プレイヤーの聞き取り調査でも僕がここに来る前からハリケーンはあったようだから、悪魔によるこの世界への侵攻のせいだろう。あれらは人々に苦しみを与えてその心の隙を狙うからね。
例えば君に絡んできたアーサー=テンペストは元々男色家ではなくて、リリー嬢の婚約者候補でゲームでも少しだけ登場する。彼女にカイルとの付き合いを諫める役だ。彼とリリー嬢は本当に仲が良くて、彼女は彼と結婚するとずっと思っていたそうだよ。これはゲーム情報ではなく本人から聞いた話だ。彼女が僕との結婚を決めたのは、自分に釣り合う未婚の貴族があまりにも少なくなったからなんだ」
リリーも本来ならペンシルトン公爵から余っている伯爵位を貰って、テンペストと継ぐ予定だったそうだ。でも今は国が困窮し有益な人材が流出している。それで相手がいないからといって外国へ嫁ぐことも出来なくなったのだ。
「彼は別に男が好きなわけじゃない。リリー嬢を諦めるため、自暴自棄になったのだ。美少年たちを侍らせているのも男色という瑕疵がついて、彼らに身売り婚をさせないためだ。全員が同じ目的を持っているため、人前で関係があるように見せている」
「アルはそのことを知っていたのか?」
「いいや、金貸し側の僕は彼らの敵だからね。知ったのはリリー嬢からだ。彼女は彼に未練があって調べさせていたんだよ。ただ男色家になったと見せたいばかりに、テンペストたちは平民の少年にセクシャルハラスメントしていたみたいだから諦められたって言っていた」
マジか……、やっぱアイツらに頼んなくてよかったぁ。
「まぁリリーはアルのファンだから、それでよかったのかもな」
「彼女はそんな私情だけで僕との婚約を受け入れたわけではない。身売り婚のせいで優秀な若手貴族が失われていて、国内で条件に合うのがアルフォンス君しかいなかったのだ。そして彼を国内に留めるためでもある。
姉が王太子に嫁いでいるから、その支えもしなくちゃいけない。王家に嫁ぐことはとても金がかかるのだ。だからペンシルトン公爵はリリーに与える予算があまりない。つまり彼女は金のある家にどうしても嫁ぎたかったのさ」
貧乏でもいいなら侯爵家でも伯爵家でもたくさんあるのだそうだ。でも金があるのはウォルフォード伯爵家を継ぐアルフォンスだけだという。
「じゃあ、アルが死ねば困るじゃないか」
「その時は貧乏でもどこかの侯爵家に嫁ぐんじゃないか? どちらにせよ僕はアルフォンス君ではないから結婚できないよ。
それに僕らが魔王を倒して悪魔の侵攻を食い止めれば、時間がかかるけれどちゃんと復興できると思う。それをすることこそ、ノブレスオブリージュだろ」
ノブレスオブリージュとは、貴族が貴族らしくあるべき姿ってことだ。人の上に立って偉そうにして贅沢しているんだから、自分たちの領地を復興に尽力するのは当然って訳だ。実際アルフォンスに対して冷たいレッドグレイブ男爵も、領民たちには慕われる領主らしい。嫌いなのは怠惰な貴族で、その代表がアイリスの母親のカルミア夫人なのだろう。
「他に気が付いたことはなかったかい?」
「貴族が混じっているパーティーがダンジョン攻略に手を抜きすぎで弱すぎる」
これは婚活パーティーに参加して得た情報だ。平民ばかりのパーティーでは結婚資金を貯めるためにもダンジョンで稼いでおく必要があるのだ。だからみんなDクラス以上まで上げている。マジでミナは大変だろうな。
「ああ、それも身売り婚防止のためだね。優秀な人材は引き抜かれるから。学園の実技レベルが低いのも手を抜いた生徒を落第させないためだ。卒業した途端、みんなすごく努力を始めるそうだよ」
「でもあれじゃあ、魔王討伐なんて行けないじゃないか! カイルは一体どうするつもりなんだ?」
「今の彼の目的は女性たちとの恋愛ごっこだからね。リリーは彼に対して相当うっ憤が貯まっているようだった」
彼女は現在2年生で生徒会長だけど、3年生でも続けるために今根回しを行っている。まだ何の功績もないからな。それをアイリスの紹介で手伝うことでカイルと仲良くなるのだ。ゲームのストーリーではそんな展開だったと思う。
「生徒会の仕事を手伝う程度ならいいけど、いちいち彼女の行動に口出してくるのが鬱陶しいそうだよ。だからそれを黙らせるために王宮の使用人見習いの研修に行かせるようにしたのだけど、馴れ馴れしく寄ってくるのが本当に嫌なのだそうだ」
具体的には役に立ったら、毎回褒めないといけないらしい。チェリーと同じパーティーだったラルフみたいなやつだな。
「犬でもあんな粗野で行儀の悪いのは飼わないって言ってたよ。飼うならリアンみたいな才能ある毛並みのよさそうな子がいいそうだ。気に入られているみたいだよ」
えっ、俺もカイルも犬呼ばわりな訳? あんまり嬉しくない。ポメ化していることを知られてるわけじゃなーよな?
「リリーはとても貴族らしい人物だよ。貴族とそうでないものを完全に分けて考えている。見下している分、義務も負うって感じだね。だから彼女はエリーに好かれない。聖霊の立場として、貴族も平民もなんの違いもないからね」
「アイリスは違うのか?」
「彼女が平民を見下しているところなど見たことがあるかい? アルフォンス君に対する誤解はあるけど、それだって自分の親を信じたいと言う気持ちからだ。彼に対する嫌悪感もあるだろうけど。自分の利益のために利用しようとはしていない」
確かにない。そうでなければカイルに恋なんかしないだろう。俺に対しても能力を認めてくれた。
彼はちょっと言うかどうか迷ったようにぼそぼそと言った。
「アイリスはね、前世での亡くなった僕の妻にちょっと似ているんだ。アンバーの瞳や気が強い所がね。だからエリーも気に入っているのだと思う」
ああ、アルもアイリスのことが気に入っていたんだな。だけど助けてあげたくても最初から拒否されて、結局婚約破棄という手段を取るしかなくなってしまったんだ。
「ゲームと現実とは違うのはそういうところだろうね。こんな貴族と平民という身分差がある中でそれを乗り越えるにはちょっと親切にした、仲良くなった程度ではダメだ。もっと根幹から揺さぶるような何かがないとね。貴族は平民から献身的に仕えられて当たり前なのだから」
「命を救うとか?」
「感謝はするだろうけど、ただ救っただけじゃ無理かもね。例えば何か事故に遭って、助けてくれた救命士や緊急オペした医者にみんながみんな恋をするかい?」
する人もいるだろうけど、ほとんどはそうじゃないだろう。だいたいそんなしょっちゅう恋されていたら救命士や医者の方が迷惑するだろう。
「そういうのはタイミングも大きいと思う。勇者だからじゃなくカイル個人がアイリスが辛い時に必死に助けたとか、彼女が必要とするときに側に寄り添ってくれたとかそういうものがあったんじゃないかな。ただそれをしたカイルと今のカイルが同一人物かどうかはわからないけど」
中の人がコロコロ変わるゲームだからな。それが現実と繋がっているなんてやはり非道なことだ。
「どちらにせよただ決められたセリフを言うだけじゃダメだ。相手の心に響くものが必要だね」
「なんか実感籠っているな」
「僕は乙女ゲームの攻略対象になったこともあるし、隠しキャラに間違われたこともしばしばある。乙ゲーやギャルゲーの設定は悪魔が定石として利用しやすいんだろう。ヒロインが僕を落とそうととっておきのセリフを言ってくるんだ。演技が上手い子もいるけど、僕は長年芸能の世界にいたから見抜くことが出来る。でもたまに本気でそう思って言ってくる子がいる時はちょっとオッと思うよね」
「へぇ好きになったんだ」
「僕らは今悪魔と交戦中なんだよ。しかも相手はその犠牲者でいつ魂が奪われるかわからない。とても恋に落ちている場合じゃないね。僕は救命士であり医者なんだよ。先に相手を救助するし、助けられたらそれでお別れさ。
それよりリアン君のために思いついたことがあるのだけど、君も協力してくれるかな? もちろん根回しを行ってからだけど」
俺に出来ることならするけど……なんか嫌な予感がする。
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