第34話 プラムとの接触
アルが王宮に行って休んでいようとも、俺には学校がある。当然登校しなくてはならない。
騎士科の制服は略式の騎士服だ。色は黒で返り血が目立ちにくいが夏は暑い。本物のリアンは北部育ちだから余計だ。体は暑いと感じるけれど、俺としては日本の酷暑を知っているだけあって、むしろ涼しいくらいだ。
初夏になった今ではデザインは自由だが白いシャツに黒いパンツ(女子はスカート可)スタイルになる。これは他の魔法士科、文官科も同じだ。身分によって素材や細かな装飾やアクセサリー、身分によるクラバットの有無などがある程度だ。
俺はそれに胴の防具とアームガードをつけ剣を帯び、魔法剣士だからポーションなどを入れる小物入れを着けている。
1人にならないように言われているため、シャツのポケットの中にはスライムのモリーが入ってくれている。
モリーは普段掌にのる程度の水まんじゅう型をしている。触るとふよふよ気持ちいいんだ。大きさや固さが変えられて、俺のポケットの中では5cmぐらいのグミみたいになっていた。
「モリーは大聖女なんだよな。攻撃とかできるの?」
(はい、できます。アンデッド特化じゃありません)
聞けば浄化や回復でもかけ過ぎれば相手を損なうことになる結構怖い魔法のようだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しってヤツだ。でも今回は俺の危険をモカたちに知らせることが役目なんだって。
今日の授業は国文学で、文官として必要な教養を学んでいる。
俺は文官科の授業もこのスタイルで受けている。剣を外すのは音楽の授業ぐらいだ。アルのヴァイオリンの時にカチャカチャ音を立てたら、リリーたちに睨まれるからな。
前にも言ったが本物のリアンの北部脱出計画は本気だったため、高等部1年ぐらいの授業は楽勝だ。元々北部では何もかも自分でやらなければならない。せっかく魔王の手下を倒してもらった褒賞を計算が出来ないからと親に託したら、親に全部使われてしまうのだ。北部は物資も少ないからわかるけどさ。
だから最初はともかく、計算と申請書類作成はすぐに書けるようになっていたし、商人と交渉するために外国語も学んでいた。
もちろん逃げるための資金としてだ。親としては自分の子どもに出て行かれたくはなかったと思う。でも最終的には許していた。
授業が終わると今まで一度も言葉を交わしたことのない人に声を掛けられた。
憧れの前野すもも様、ならぬプラムだ。
攻略不可能なメインヒロインらしくとてもかわいい。オレンジピンクの髪にサファイアブルーの瞳。でも思っていたほどときめかなかった。
俺にとってのすもも様は、スターアイドルでとにかくキラキラ輝いていた。今目の前にいる彼女は同じ顔をしているのに、あの輝きがないのだ。
これは俺が普段美形にばかり取り囲まれているからだろうか?
どこの乙女ゲームの攻略対象かと言わんばかりの美々しさと才能の塊のアル。ビスクドールが生身の子どもになったらこんなに愛くるしいのかと思わせる穢れなき聖霊エリーちゃん。切りそろえられた肩までの黒髪にクールな美貌の狼精霊エリカ。モカ、ミランダ、ルシィもぬいぐるみが生きて動いているようなかわいらしさだし、モリーは癒し効果抜群だ。
よく考えれば全員人外だな。人間のプラムと比べたらいけないのかもしれない。そう言えばアイリスやリリー、チェリーにもそこまで惹かれないのだからこんなものなのかもしれないな。
「リアン君、ちょっといいかな?」
「俺はいいけどそっちこそいいの? 君の恋人がうるさいんじゃないのか?」
「ヤダ~、カイルはただの幼馴染で彼氏じゃないわ」
そう笑顔で答える彼女はすぐに本題に入った。
「教えてもらえるかわからないけど、エリカを召喚した方法を教えて欲しいの」
「今アルフォンス様が国王陛下に奏上しているから、その後なら公表できるよ」
「えっ? 秘術じゃないの?」
「国家魔法士が権利を取得する前に他者に魔法の仕組みを教える訳がない。だから秘術って言っただけだそうだ」
「そう……なんだ」
「聞きたいことはそれだけ?」
「ううん、さっきのは頼まれたから聞いただけ。カイルは騎士なのにどうして文官科も受けているの」
「俺は体格的に小柄で、実力があっても騎士団試験に落ちる可能性があるからだ。将来はこっちで仕事に就きたいからな」
「北部の人って魔王討伐が念願なんじゃないの?」
彼女は魔王に故郷の村を焼かれていて、魔王討伐へ行く気持ちが強い。だから俺というか本物のリアンの気持ちは理解しづらいかもしれない。
「魔王を倒したいと思うけど、そのために自己犠牲を払うつもりはないんだ。戦闘で死ぬのならともかく、仲間の暴力で死ぬのは絶対嫌だからな」
「どういうこと?」
「北部では戦いに倦んだ輩が多く、気晴らしになる娯楽が少ない。つまり襲われる危険が多いってことだ。せっかく生まれてきたんだから、俺は人生を全うしたい。そのためにこちらで働くことに決めたんだ」
「勇者パーティーに入れたとしても?」
「君の勇者って、あのカイルだろ? 悪いけど俺は彼について行く気持ちはないな」
「カイルはまだ弱いけど、これから強くなるのよ」
「そういうんじゃなくてさ。俺が最初にテンペスト様から助けて欲しいと頼んだ時、アイツは俺を同じ魔法剣士だからと断った。そのあとアルフォンス様に拾われなければ、俺がどういう目に遭うかだいたい想像がつく。どんなに優しくされても女の代わりとして扱われるんだ。それは俺の望むところではない。君が男であの方々のお相手をさせられると思ってくれ。そんなの嫌だろ? そんな扱いになると俺はカイルに言ったのに、彼は俺がどうなろうと知ったことじゃないと言った」
「お相手ぐらいいいじゃない?」
「性欲処理でもか?」
あの方々はもう少しお上品で、キスとかハグ程度で我慢してくれるかもしれないけどそうじゃないかもしれない。どちらにせよ俺はそんなことをしたくないし、強要されるのはもっと嫌だ。
俺のあからさまな言葉にプラムはサッと顔色を青ざめさせた。
「ごめんなさい。私剣のお相手ぐらいかと思ってた」
「そんなのだったら、みんなやりたがるだろ? 他の男も全員逃げ回っていたじゃねーか」
きっと中等部の時に犠牲者がいたんだろう。そして高等部からの新入生に押し付ける気満々だったんだ。
「……怒っているのね」
「怒っている? いいや、初めに断ってもらってよかったと思っている。
今後彼が君の言う通り勇者クラスの魔法剣士になったら、確実に俺を仲間から切るだろう。勇者パーティーを追い出されたら、世間は俺を勇者の信頼を失ったと見なすと思う。それはその後の俺の人生を滅茶苦茶にするに違いない。そんな信用ならない相手と手を組むなんて考えられないね。
……それに邪魔者は殺すんだろ?」
「あれは! ごめんなさい……。アイリス様を思ってのことなの。あなたのことをそんな風にしないと思うわ」
「俺とカイルには信頼関係がないから信じられない。それよりアイリス様がアルフォンス様の書類にサインすればそのことは言いふらさない。さっさとするように君からも説得してくれ」
「それも……あたしからは言えないの」
「えらく気を遣ってるんだな。気になっていたから言ったけど、サインをもらうのは俺の仕事じゃない。もういいかな?」
「待って! あたしたちもう仲良くなれないかな?」
仲良く……あんなに憧れていたすもも様なのに、何となくそうしたくない。
まるで苦虫を噛んだような気持になったが、ポケットの中でモリーがトントンと俺を宥めるように小さく叩いた。
そうだな、カイルはともかくプラムは俺に何もしていないし、友好関係を結べば何かの情報源になるかもしれない。
「別に俺が嫌っているわけじゃない。話があるなら聞くよ」
「よかったぁ」
プラムはやっとヒロインらしく明るい笑顔を俺に向けた。
お読みいただきありがとうございます。
女子はスカート可と書いてあるけれど、女子とは決められていません。だからゲームのリアンはスカートをはけました。
前野すももはギャルゲーの負けヒロイン枠でしたがその健気さで人気が出て、アイドルキャラとして再デビューしたとでも考えてください。




