第33話 サバイバーズギルト
「あーそれ、あれじゃない? サバイバーズギルトだよ。まだカイルは死んでないけどさ」
「サバイバーズギルト?」
「事件とか災害などで自分だけ生き残ったことを苦しむの。別名生き残り症候群。あたしのパパがそうだった」
「お父さんが?」
「あたしたちが死んだ事故ね、その直前までパパも一緒にいたんだ。急な仕事で出かけて、晩御飯は一緒に食べようって話だったのに、家族全員死んでしまって。1人だけ生き残ったパパはアル中になりかけたみたい。思い出すのも辛いみたいだから、そんなに話してくれないけど」
話を聞いているってことは、死んだあと会ったってことか?
「今は一緒にいるの?」
俺の質問にモカはパァッと表情を明るくした。
「実はそうなの! エリーの魔道具店に修行クエストで来る人が奇跡的に見つかってね。その人に連れて来てもらったんだ。それからは一緒。今は別の世界で仕事しているよ」
「それって異世界ってこと?」
「うん。リアンがゲームをプレイしただけなのに、この世界に来たようにね。その人は自分が異世界にいることを気づかずログアウトして帰っていったわ」
「なんで奇跡的なの?」
「だって普通に考えてみてよ。まず古今東西どれだけゲームがあると思う? それにどのゲームとその店が繋がるかなんて、エリーですらわからないのよ。それなのに修行クエストの店として紹介状が出たんだ。魔法のある世界では冒険者ギルドや商業ギルドに店を登録してあるからね。そしてその人がたまたまそれを配信して、その1つの映像を偶然仲間が見つけて、って思ったら奇跡としか言いようがないでしょ」
確かにそうだ。よく見つけたものだ。
だがそれを聞いて、自分の身内だけ優遇していると皮肉りたくもなった。
「じゃあお父さんだけ助けたんだ」
でもモカには俺の皮肉は通じなかったようだ。
「ううん、パパと一緒におじいさまの執事さんも来た。2人とも悪魔討伐を手伝ってもらうためにね」
「そういうの、出来る人だったの?」
だって悪魔と戦うって普通の人じゃできないよね?
「あたしも知らなかったけど、パパはその才能があるそうなの。執事さんは戦っている人のお世話をしてもらうため。信頼して任せられる人がいなかったから」
エリーは新しい神様だから人材不足なのよって、モカは笑っていた。
「あのね、あたしは死んだ方だからわかる。もう1度会いたいと願うことはあっても生き残った人を羨んだり、恨んだりしたことない。だから生き残ること、生き残れたことを苦しむことはないの。リアンが死んでしまえばさらに多くの人が苦しむだけだから。リアンのお父さん、お母さん、友達、知り合いたち。ゲーム中に死んだ、高校入学前に死んだって情報だけでショックを受ける人もいるかもしれない。それにあたしたちだって悲しい。たとえ魂が救われるとわかっていてもね」
「でもカイルは犯罪者だけど俺と同じ世界の人間で、アイツにも同じように家族とかいるんじゃない?」
「うん、そうね。だからあたしたちは彼を助けるために近づいた。カイルのことを亮平だと声を掛けたのはあたしなの。エリーや伯父さまじゃただ警戒させるだけだから。サポキャラ精霊の振りをしてね。神獣だから精霊みたいなものだし。
すでに彼は伯父さまの側に居るのがエリカじゃなくエリーだったから、1度リセットしてたの。それで寿命が取られているみたいだってわかった。だからリセットはしてはいけないってことを伝えたんだ。そしたらどうしたと思う?」
「まさか、リセットしたのか?」
「うん、そうなの。恐慌状態に陥ってね。だから接触できなくなった。
その時彼はこう叫んだの、『違う、俺は川原じゃない!』。
あたしは1度だって、亮平の苗字を口にしていないのにね」
疑惑が確信となった。アイツが俺をこんな目に遭わせているんだ……。
「まだそうと決まっていないよ。でも何らかの事情は知っているんだと思う」
怒りのせいかこれまでのわだかまりがすっかり消えて、自業自得と言う言葉が頭をかすめた。
みんなに初回と呼ばれる俺でも、さすがに看過できなかった。
「リセット3回したんだろ? もう1回は?」
「エリーを蹴飛ばして、伯父さまにボコボコにされたとき」
物理最弱のアルフォンスにボコられたとあれば、あのカイルならプライドがズタズタになっただろう。
次やればアイツは死ぬかもしれない。でも俺の心の中に暗い感情が過る。
「エリーも伯父さまも本当は犠牲者を出したくないんだよ。でも彼をこちら側に引き込むことは難しいと判断したの。だから生きたままは無理だけど、魂だけは救うようリセットを推し進めることにしたんだ。
そうしたらカイルの寿命が減るけど、レベルやステータスも下がる。だから最悪もし悪魔に取り込まれてもその力を増大させにくい。
それにリアンのためにも早く解決したいの。あたしたちはもうすでに3年以上この世界にいて、別に急がなくていい。でも亮平の体には期限があるでしょ」
そりゃ聞く耳を持たずにリセットを繰り返すなら、そうなるだろうな。
俺の体の期限は、延命処置の期限ってことか。それを聞くと体に震えが走った。このままだと本当に元の世界に戻れないかもしれないんだ。
俺はエリーちゃんたちの行動をやっと飲み込むことが出来た。
「それをはじめから教えてくれればよかったのに」
「でもリアン。この話を聞いて怒りや憎しみが起きなかった?」
「……起きた」
「エリーと伯父さまはね、あなたが初心な魂だから守ってあげたかったんだよ。でもあたしは知らない方がダメだと思ったから言った。後悔はしていない」
「うん、モカ。ありがとう」
おれも言ってもらって感謝している。だってアルの話だと何だか彼が悪者みたいな気がしてしまうんだ。でもカイルは犯罪者で、俺が巻き込まれているのを知っているのが確実なら話は別だ。
「それにカイルは元の世界に戻っているよ。彼はプレイヤーでいつでもログアウトできるもの。寮で寝ている時間以外はずっとログインしているみたいだけど」
「なんか悔しい。アイツは俺がこっちでいつ死ぬか不安なのに、のほほんと向こうで生きてやがるんだ」
「でも体調は悪くなっていると思うよ。なにしろ10代が70代の寿命になったんだから。そんなことじゃ許せないと思うけど」
「ねぇ、魂を救うって転生できるようにすることなんだよな。そんなときしちゃいけないことってあるのかな?」
「うーん、一応どんな悪党でも転生できるんだよね。ただ他の魂を侵害すると自分の魂が傷つくから、何度も転生できにくいって聞いた。ああ、それから自殺はかなりの割合で転生しにくくなるみたい」
だから詐欺とか殺人とかの犯罪だけでなく、苛めとか人を傷つけるような嘘も魂を傷つける行為らしい。
「なんで? それも魂が傷つくから?」
「それもあるけど、せっかく転生したのに生を全うしない、すぐに投げ出す魂だって判定されちゃうの。全くできなくなるわけじゃないけど、しないに越したことないね」
「どうやったら転生しやすいんだ?」
「その魂によって違うみたい。傷つかないで生きていく方法はないみたいよ。誰かと関わりを持たない訳にいかないでしょ。でもそれを自分で克服するんだって。
それよりさぁ、お腹すかない? 伯父様がね。ストレージにあるもの何でも食べていいって言ってくれたの。エリーがいないから野菜とか、バランスとか言わないしさ。スナック菓子でも、モックでも、ケンターキーのチキンでもなんでもあるよ」
「……じゃあ、モックのバーガーとコーラで。ポテトはL」
「了解! ハッピーセットについてたおまけはアタシがもらったからないけどね」
集めとるんかい! って突っ込みたくなった。
聞けばトレカだったそうだ。モカはトレーディングカードゲームの研究に余念がないらしい。
「エリーはそういうゲームに慣れてないから、いつかその手の世界に行ったらあたしが助けるんだ」
モカは結構自由にやっていると思っていたけど、案外けなげなんだな。
それから俺は元の世界の懐かしい味を堪能したんだった。




