第32話 残るわだかまり
エリーちゃんもアルもエリカのしたことを特に咎めはしなかった。
むしろ俺に剣を投げつけられた(正確にはバウンドした剣が飛んできた)ことの方が心配された。
「これでカイルは諦めてくれるかな?」
「絶対ないね。アイリスがエリーのことを僕に騙されていると言ったように、彼も同じように思うだろう」
まぁそうだよな。主人公がヒロインに嫌われるなんて普通思わないし。
「だがこれでリアンを攻撃する理由を作ってしまったかもしれない」
「オラ間違ってたか? エリー様の兄様」
「いいや、君は正しいよ、リカ。リアンを守ってくれてありがとう。
ただ人間の中には物事を自分の良いようにしか解釈しない者もいる。彼はその一人だろうね」
「んだ。いやらしい目でオラのこと見てただ。リアンのこともだ」
えっ……それは俺も非常に嫌なんですけど……。
「リアン、たぶんリカと君を見る目は違っていたと思うよ。彼女のことは性的に、君のことは嫉妬だろうよ」
それならありうる。それに俺に負けたことも悔しかっただろうし。
「ああ、それからリカの召喚について、国王に釈明に行くことになった。僕は国家魔法士だからね。それでエリーとリカを連れて行くことになる。こちらにはモカとミランダ、モリー、ルシィを置いて行くので、リアンは決して1人にならないように」
「? なんで?」
「たぶん君に暴力を振るってでもリカの召喚について聞き出そうとするヤツがいる。カイルだけなら何とかなるが、アイリス相手では勝てないだろう?」
確かに彼女の方が格上だ。稽古相手になっていても勉強させてもらっているのは俺の方だからな。
「でも精霊女王の許可をもらった話は出来ないだろ?」
「嘘をつく必要はない。エリーもリカも同系統の獣系精霊ということになっている。つまり共感性は僕にはなく、エリーにあると言ってくれ。実際リカはエリーに惹かれて従ってくれているのだから嘘ではない。ただしカイルが何を言おうとも召喚の魔法陣はこの世界にない、見ていないとはっきり言ってくれ」
「そりゃ、実際見てないんだからいいけど……なんかあるのか?」
「プラムの聖女の能力に真贋魔法がある。それをかけてくる可能性がある。
何より精霊が嫌うものに関係しているのなら、僕を陥れられるからね。
アイリスは僕との婚約解消承諾書にまだサインしていない。カイルとしてはウォルフォード伯爵位が父のものになるのは構わないが、アイリスが伯爵令嬢でなくなるのはまだ困るのだ。だから僕が成人する9月末までに僕を廃嫡にして婚約破棄にしたいはずだ」
そっか、アルが受け継ぐとなるとあと3か月ぐらいしかない。でも父親ならもう少し伸ばせるかもしれないってことか。
聞けばレッドグレイブ男爵はこの国には正月の挨拶しか来ないから、アルが居なければ来年の1月まで期限が伸びるのだそうだ。
「まぁそうなったら、例の『殺そう』発言の映像を社交界に流すだけだ。浮気相手が婚約者を殺そうとしたことが判明すれば、それでアイリスとカイルは終わる」
「終わったら……どうなるの?」
「一番簡単な罰は退学かな。正当な理由もなく数少ない精霊召喚を使える国家魔法士に対する殺害未遂。何の実害がなくても剣を抜いて威嚇しているので十分だ。彼は魔法剣士には一生なれない。冒険者になるか、兵士になるかってところだろう。アイリスは対魔王戦の最前線に送られると思う。そうなればゲーム的にもバッドエンドだ」
つまり本物のリアンが逃げて来た北部送りになるってことか。貴族女性の身では厳しいことも多いだろう。でもそれは生活や戦闘においてだけだ。慣れればなんとかなる。むしろカイルは送られたら……一生性欲処理班に回されるかもしれない。
「そこまでしないといけないのか? その……アイリスも被害者だと思うし……」
「そうだね、だけどエリーが何度か説得に当たったし、僕も彼女が出来るだけ有利でいられるように借金返済能力を示すようにも言った。でもどこの世界でもそうだけど、借金は返さないとね。減額ですら受け入れたら、他の借りている貴族たちもそれを望むだろう。それは大変な損害で、男爵には何のメリットもない。なによりカルミア夫人の娘のためにするはずもない」
確かにその通りだ。正直そんなレッドグレイブ男爵恐ろしいことをしたくせに、ずうずうしく金まで借りて、娘の稼いだお金も平気で使い込むなんて信じられない。それが復興ならともかく、ドレスや宝石代というから驚きだ。そういうのホントにあるんだな。
「なぁ男爵が復讐するのは構わないのか?」
「うん? ああ僕らが神族だからかい? 推奨も抑止もしない。
ヒトが自分の人生をどう生きるかはその人物の選択なんだ。だから悪魔に魂を売るのも本来なら本人の自由だ。だけどそれによって穢れを産み、世界が崩壊するのは困る。だから食い止める。
もちろん友人だったら違うよ。リアンがそういうことをしようとするなら止めるし、理由を聞いて何か解決方法がないか探るさ。チェリーにはそうしただろう?
でもそれを全てのヒトにすることはない」
「なんだよそれ、それでも神なのか?」
「神様が何でも正しいことをして、願いを叶えてくれるなんて、本当に信じているのか? 神は世界を管理することが仕事で、そういう便利屋じゃないんだよ。
エリーがまだ人間だった時に、神の力に目覚めかけていて願い事が叶う笛を作ったことがあった。それは何かに挑戦するときにそっと背中を押す程度のものだ。実際には本人の実力だったんだよ。だけど思った以上に効果があるとされた。
その後起こったのがその笛の略奪や殺人未遂さ。その世界では魔法が失われてしまってね。そんなちょっとした力でも災いの元になってしまった。結局は全て回収して破棄したよ。
神の力を揮うと言うことは、そういうことなんだよ。よかれと思った事でも相手によっては悪事に繋がる。だから僕たちはよほどのことがない限り介入しない」
「じゃあ俺を助けるのは介入じゃないのか?」
「この世界が悪魔に狙われているのは判明している。その力を借りた異世界人であるカイルは現地人であるアイリスを本気で愛してはいないだろう。でもそれは彼女の選択でカイルとの恋愛関係を受け入れている。それを止めるのは介入だ。
だけど君は事故なのか誰かの故意なのか不明だが、自分の意思でなくゲームによく似たこの世界に引きずり込まれてしまった。そして悪魔の糧になりかねない。それを防ぐのが僕らの役目だ。
まぁ里子として受け入れたのはやりすぎかもしれないけど」
そう言われると黙らざるを得ない。でもモヤモヤする。やっぱり俺だけが助かると言うのが辛い。
「君たちの神に対する考えが、実際の僕らと大きく違うせいだ。特に日本人は神頼みを日常でするのだろう? でもどちらかと言えば神とはもっと非情なものさ」
別にそんな神へ頼っているつもりはない。でも生まれてすぐお宮参りに行って、毎年初詣に行って、お守りを車に下げて、受験の合格を祈願に行って、ってしてたらそんな風に見えるのかもしれない。
俺たちはそんな真剣に祈ったりしていない。ただそういう風習としてやっているだけだ。
でもそれ以上反論できなくて、彼らが出て行くのを見送るだけだった。
モカがポンと俺の背中を叩く。
そして俺がわだかまりを持っているのを感じてか、話を聞いてくれた。
「あーそれ、あれじゃない? サバイバーズギルトだよ。まだカイルは死んでないけどさ」
「サバイバーズギルト?」
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