第29話 エリカの教育
エリーちゃんたちはエリカを連れて、3日後に帰ってきた。
「むこうでね、かんげいとそうこうのうたげ、してもらったの」
つまりこうだ。
風の精霊たちにとっては、エリカはエリーちゃんのお召しによって人間界に向かう、大出世の精霊という訳だ。
女神であるエリーちゃんの存在は、管理する神が在住しないこの世界にとっては喜ばしいことである。それで歓迎会が行われ、共に向かうエリカのために壮行会が行われたのだ。
エリカはエリーちゃんよりも少しだけ年上の4歳ぐらいの少女だった。おかっぱ頭にお揃いメイド服を着ていてとてもかわいい。
でもこれではダメなのだ。カイルの好む巨乳美人でないと。
「どうしてエリカは幼女なのさ?」
「彼女が主と定めたのはエリーだ。ならばエリーに合わせた年齢になるのは当然だろう?」
「でもあれじゃあ納得しないだろ。カイルがまたバグって蹴飛ばすのが目に見えてる」
「エリーが15歳ぐらいになってと言えば、ちゃんとなってくれるさ。
それよりまずはここの生活に慣れてもらわないといけない。それでだ、リアン」
「な、なに」
「彼女の教育は先輩従者である君に任せる。なぁに、メイドにする必要はない。
基本的には人間世界の常識、そこらにあるものを壊さないとか、理由もなく人を襲わないとか、与えられた食べ物以外は口にしないとかその程度でいいよ」
それ、ペットの扱いじゃん。
「たぶんアルフォンス君は彼女にメイド服を着せて体裁を整えただけで、他は出来なかったと思うよ。だがこの部屋でそれをやってもらうのは困る。僕もエリーも秩序を好む。乱雑で不快な部屋に暮らすことはできない」
「うん、そうだね」
俺だってそうだよ。汚い部屋で過ごしたくない。
「だからすべては君に掛かっている」
「いや、だって向こうは人間嫌いの精霊でしょ?」
「そうだけど君はエリーが認めた清らかな魂だ。だって初回だからね。もしエリカと交流できるなら君しかいない」
な、なんか初回をいい言い訳にされているような気がする……。
「だいじょーぶよ! リアンはとってもかわいいから」
? エリーちゃん、それとペットのしつけは関係ないような……。
「いつも何かできないか聞いてくれたね? よろしく頼むよ」
「エリカにはリアンを守ることが最重要だって言ってあるの。だからね」
エリーちゃんの言葉と同時に、俺はアルに銀色の腕輪をつけられた。
何だよ! ポメでやれっつーの?
嘘だろ、ウソだと言ってくれ!
それから俺はしばらく休日と授業後はポメラニアンとして過ごすことになった。
「この、こんまいのをオラがお世話するだか?」
「そうよ、エリカ。なまえはリアン。とっても小さくてたいせつな子なの。きずつけたり、いじわるしたりしたらダメよ」
「んだ」
「それからリアンがすることをよくまねてね。こうみえてとってもかしこいの」
「んだ」
おいおい、ゲームと話し方違うじゃん。俺それも指導するの?
そっとアルの方をみると、首を横に振っていた。しなくていいみたいだ。
「エリー、ほうげんすき。かわいいよ」
エリカは笑み崩れた。やっぱヒロインだな。笑顔に破壊力がある。
「まず、さんぽにいってらっしゃい」
エリーちゃんに言われて、俺とエリカは校庭に出た。どっちかつーと俺の方がペットみたいに見える。
それに彼女にとって庭がキレイとか、広さとか、建物の有無とかは問題ではない。
出てくる小動物を捕食しようとするのが問題なのだ。
(待ってエリカ。それは食べないでくれ!)
エリカが今まさに土から出てきたネズミに飛び掛かって齧りつこうとしていたところを俺は彼女のスカートを引っ張って止めた。
(なしてオラを止めるだ?)
(今晩の食事はエリー様が手ずから作ってくださるんだぞ)
(ネズミの1匹や2匹、大丈夫だべ)
(いーや、エリカのために作るんだぞ! そのお気持ちを無にしちゃダメだ)
それでエリカは渋々ネズミを抑えた手を離した。
そんなことは度々あった。
香水臭い人間が側を通っただけで唸り出すし、蝶々と戯れて花壇をめちゃくちゃにしそうになるし。
いや俺だって気持ちはわかるよ。
ポメになったら嗅覚が人間の時の数千倍上がるから、本人がほのかと思っている匂いでも犬や狼にとっては悪臭どころか公害だ。
これまでいた野原なら問題ないことが、ちょっと崩しただけで大問題になる。
そしてその責任を取るのはアルとエリーちゃんなのだ。
俺はそのことを一生懸命エリカに言い含めた。エリカはだから人間なんて嫌なんだって顔になったけど、頭は悪くないので受け入れてくれた。
来てから1カ月ほど経つと、黙っていれば楚々とした女の子に見えるようになった。
だけど訛りはどうしても取れなかった。
「アル、ごめん。訛りは取れなかったよ」
「エリーは方言好きって言っていただろう? だからエリカは絶対直す気はなかったよ」
「そ、そんなぁ……」
「それに気にしなくていいんだ。カイルは不正ソフトを使っているとはいえ、れっきとしたプレイヤーだからね」
「どういうことだ?」
「君がエリカの方言がはっきりわかるのは、君の体の持ち主で地元人でもあるリアン君がそれを理解しているからだ。
僕は日本語のゲームをあまりしたことないけど、翻訳されたものならある。よほど癖のあるキャラクターでない限り方言だとわかるように翻訳されていない。わたくしだろうがオラだろうが英語なら全部『Ⅰ』だ。
そしてエリカは方言で話すキャラクターではなかったはずだ。君が訛りを取ろうとしているからね。
つまり余計なことをしなくてもカイルには『私』とか『わたくし』に聞こえるはずだ」
「ええっ! それじゃあ俺は無駄骨折ってたってこと?」
「そうだよ。それに方言は直さなくていいってジェスチャーで伝えたよね?」
なんてこった! 確かにあの時首をを横に振ってた。でもエリカを出来るだけゲームのエリカに近づけないといけないって思っていたんだ。
あんまり言ったからエリカがまた言ってるって顔になってたんだよな。嫌われてたらどうしよう。
「心配しなくてもエリカは小さいリアンがなんだかこだわっているな程度にしか思っていないよ。ほら小さい子がお気に入りの本を何度も読んでって言うのと同じようにさ。彼女はまだ4歳ぐらいだけど、たくさんの弟妹を見ているからね」
アルは初回チートだねとニヤリと笑った。つまり赤ちゃんがわがまま言っても許されるってことだ。
そんなチート、初めて聞いたよ。
だけどボロボロなのに同じ木切れを咥える弟か妹がいて、エリカはおバカだなって思ってみている様子がなんとなく想像できた。
なんだか俺だけ恥ずかしい思いをしたけど、そんなこんなで俺たちはエリカの教育を終えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
エリカの喋り方は雰囲気方言です。どこの地方とかありませんのでよろしくお願いいたします。




