第27話 出来ることをする
精霊女王会議が無事に終わり、俺は学園生活に戻った。
やることはアルの元に毎日行って仕事があるかと同行する授業を確認。その準備はたいていはエリーちゃんがしてくれている。
彼女はメイドだけでなく、秘書の役割もしているのだ。
「まえにいたところでね。エリーはリアンとおなじ、じゅうしゃしてたの。おにもつもつはあんまりなかったけど。しょるいせいりとか、おちゃのしたくとか。あとイベントごとのじゅんびもしたよ」
荷物持ちはしなかったけど、書類整理、お茶の支度、イベント事の準備ね。
「ねぇ、イベントってどんな?」
「うんとね、ぶとうかいのじゅんびとか。ぴあのひいて、おちゃかいひらいて、しゃこうのおてつだいとか」
舞踏会では飾りつけや食事のメニュー、業者の選定など多岐にわたって行ったんだって。ピアノは弾けそうにないし、お茶会も開いたことないし、社交の手伝いなんか考えたこともない。
「すごいな。俺そんなのできないよ」
「やってみればできるものよ。それにそのときは15さいだったの。あんまりおぼえていないけど」
「覚えていないのに、やったことを覚えているのか?」
「うん、エリーにはね。きおくのごほんがあるんだよ。それにのっていたの」
記憶の本……。それってどんなのだろう?
「それって見せてもらえる?」
「このせかいにないからダメ」
すると横で聞いていたアルが補足された。
「わかりやすく言うと記憶の本は外付けハードディスクだよ。エリーが美味しい料理やポーションを作れるのはすべて彼女の魂にも刻み込まれているからだ。それをバックアップも取ってあるんだ。僕たちは長く生きるから、経験も多く忘れないようにね」
「それじゃあ、いつか俺のことを忘れてしまうんだね」
「それはないな。エリーにとって子どもはとても大事な宝物なんだ。だから君を忘れることはない。そりゃあ、いつまでも今と同じようではないよ。でも魂の片隅に大切に保管されるんだ。必要な時にいつでも引き出せるようにね」
女神の魂に残るなんて、破格の扱いだ。やっぱり俺も何かしたい。
「なぁ、俺に出来ることはないか? その転生したことのない魂だろうとただ助けてもらうだけなんて俺は嫌なんだ」
「うーん確かに何もしなくてもいいっていうのも辛いものだ。まずは僕の、というよりアルフォンス君の仕事を覚えてみるかい?」
いや俺は2人の悪魔討伐の手伝いがしたかったが……俺の中に眠っていると思われるリアンのこともあるし、まずは本業をしっかりすることが先だ。
アルフォンス自体は国家魔法士に認定されていたが、今は学生なので仕事は免除されていた。その分レッドグレイブ男爵家の仕事を任されている。しかも今のウォルフォード伯爵は次代が人手に渡るせいか、あまり領地経営に熱心ではないらしい。
「レッドグレイブ男爵はこのトレーファス王国から男爵領を賜っているだけだが、ギスモンティ帝国の侯爵でもあるんだ。彼の巨万の富と高い功績のおかげでね」
その高い功績と言うのが、ギスモンティ帝国のケイトリン皇女の病気を治したことだ。例の魔力測定器を使って、彼女の暴走する魔力を突き止めそれを緩和することで死の苦しみから救ったのだ。だからこそ帝国は彼の後援をしている。それでカルミア夫人の実家を潰せたのだ。
「みんなはアルフォンスが父親のすべての財産を受け継ぐと思っているが、この国にある男爵家とウォルフォード伯爵家の財産だけだ。それだけでも十分だけどね。なぜなら彼のところにケイトリン皇女が降嫁したからだ。そして今彼女は妊娠中で、子が生まれれば陞爵されて公爵になる」
公爵は皇帝の地位を繋ぐ家でもあるから、親類関係にないとダメなんだって。お姫様と結婚してもその子供がいなければ親類と認められなかったんだ。
「ってことはアルも公爵家の子どもになるってこと?」
「いいや、僕はあの家から切り離されることになっている。ちょうど成人の16歳の誕生日が近いしね。だからこの国での財産管理を任されているんだ。いずれアルフォンス君のものになるからだ。
男爵はカルミア夫人に捨てられてから人間を信じなくなってね。当然アルフォンス君の母親だった女性のことも信じていなかったし、彼女が病気になって死んでも知らんぷりだ。アルフォンス君にも全く愛情がない。ただウォルフォード伯爵家の乗っ取りの道具に過ぎない。だから金だけ与えて彼の教育もろくにしていなかった」
「でも今はケイトリン皇女とその子どもを愛してるんでしょ?」
「残念ながら皇女との結婚は彼の財産を合法的に帝国のものにするためさ。彼は金を稼ぎ過ぎたんだよ。命を取るか、金を取るかで命を取ったに過ぎない。ケイトリン皇女は命の恩人と結婚できると喜んでいたみたいだけど、今はどうか知らないね。丁重にはあつかっているだろうけど」
うわぁ、聞きたくなかった。そんなドロドロ話。でもカルミアがしたことの傷は簡単に癒えないのもわかる。
「そんなわけで僕は男爵家と伯爵家の仕事をしている。ここに国家魔法士の仕事も入ることになるから学園卒業後はとても忙しいだろうね。だから僕は退学しない」
「えっ? でもゲームでは……」
「そう、カイルに決闘で敗れて10月に退学するんだっけ? 彼に負けるふりをすることは可能だが退学はしない。だいたいエリカはいないしね」
「でも今度召喚するんだろ」
「ああ、カイルには完膚なきまでに振られてもらうつもりだよ。そしてエリカには元の自由な精霊に戻ってもらう」
それから俺はアルの仕事の手伝いをすることになった。大したことはできない。ちょっとした計算とか、書類の清書とかの楽な仕事だ。それに本当のリアンは頭もよく、字もきれいなのでさほど苦労することはなかった。彼は本気で北部脱出を図っていたのだ。
「うん、よくできている。次はこの手紙の宛名を変えて書いてくれるかな」
俺が書いているのは陳情に対する断りの手紙だ。陳情だって真剣なものから、つまらない些事もある。例えばアイリスとの不仲を察知して、アルに愛人を宛がおうとする話なんかは即お断りだ。だから定型文の宛名を変えるだけでいいそうだ。
とにかく出来ることをやる。それが俺のすることだ。
お読みいただきありがとうございます。




