第24話 閑話 チェリーの事情2
キースとの結婚にペンシルトン様の後押しを得ました。あとは成績を上げるだけです。もちろんこれが一番の難関です。
ですがその方法も私にもたらされました。エリーが教えてくれたのです。
「まほうじんをつかうの。チェリーならししゅうでさすの。ましとちがうからなんかいでもつかえるよ」
魔法陣士は相当な画力と読み解ける頭脳が必要です。秀才だった父も魔法陣は厳しいと考え、付与魔法を専門にしたのです。平凡な頭脳しかない私では簡単なモノしか読み解けません。
するとリアンから複写の魔法陣を買えと勧められました。そうすれば画力も頭脳も必要ありません。新しい魔法陣を作ることは出来なくても、公開されている物を買うだけでいいのです。
魔法陣士のお金がかかるのは魔紙だけでなく、この魔法陣代も掛かるのです。
ですがそれが何でしょう? 奴隷扱いで一生馬鹿にされるよりずっといいです。
祖母から受け継いだ古い刺繍方法、ペンシルトン様の後押し、上手く使えないことで私を苦しめる魔力……お金さえあれば何とかなるのです。それにリアンが言うように教科書に載っている基本的な魔法陣が使えるだけでも大きいのは確かです。
とても諦められませんでした。
私は両親に相談しました。すると父は苦い顔をしていましたがお金はあると言うのです。
「おふくろはお前がそう言ってきたら出すように、お前名義の財産を残している。本当は子どもたち3人の結婚費用にしたかったんだけどな」
祖母は回復魔法士として私の魔力放出がしにくいことを悟り、それで魔法陣に使える古い刺繍を教えてくれました。しかもそれにかかる費用として財産の1/3も残してくれていました。契約魔法がかかっていて、私が魔法士になるためにしか使えないようになっています。期限までにならなければ私、弟、妹3人の結婚費用になったのです。
父はかなり渋っていましたが結局お金を出してくれました。
それは私にしか残していないので、不公平に感じていたのでしょう。
なぜそうなったかと言うと、魔法士になれるだけの魔力があるのは私だけだからです。祖母の財産は魔法士としての活躍で稼いだものだったので、同じ道を進む者に残したかったのでしょう。
冒険者ギルドに複写の魔法陣を買いに行くと、受けてくれましたが契約書を出されました。しかも1000万ルーンというとんでもない高額です。祖母の残してくれたお金全てです。
「この魔法陣はかなり高度なため、描ける人材が1人しかいません。しかも悪用しないように限定的な使い方しか出来ないようになります。それでもよろしいですか?」
その契約とは、この魔法陣を描くのは今回1度きりであること。描いた者の消息を求めないこと。ダンジョンモンスター以外には攻撃魔法は使えないこと。精霊と敵対すれば直ちに使えなくなること。少量の血の提出。犯罪に使われがちな魔法陣は複写できないなど。いろいろありました。
むしろこの内容を私が買う魔法陣に織り込むのです。とんでもない才能ある魔法士です。精霊と敵対したらその魔法士とも敵対することになるでしょう。
そこまで考えてピンときました。
この魔法陣を描くのはたぶんレッドグレイブ様なのです。
きっとエリーとリアンが頼んでくれたのでしょう。
だいたいこれほどの魔法陣が描ける方が国家魔法士でないはずがなく、しかも多忙に違いないのです。ですがあの方は学生と言うことで今は仕事を免除されています。次期伯爵様自らとあってはこの金額も致し方ございません。
私はお金を払い、半月もしないうちに完成したと呼び出されました。やはりあの方はすごい能力です。ペンシルトン公爵家が望むのも無理はないです。
丈夫な羊皮紙に描かれた複写の魔法陣を手にしました。この魔法は刺繍には刺せません。他者が見て盗めないように一部見えないようになっていて、しかも私と私の血族にしか使えないようにされているのです。血の提出はこれに必要だったのですね。この魔法陣を私から奪っても何の得にもならないのです。それはたとえ夫でもです。子が私から受け継ぐようどこまでも考え抜かれています。
中間テストは近いですが、まだ時間があります。私のパーティーは治癒魔法士がいないのでポーションに頼っています。だからまず治癒魔法陣を写して刺繍しました。
それで中間テストに臨んだのです。
テストのため集まるとサリー以外は皆よそよそしいです。きっと私をパーティーから追い出す算段が付いていたのでしょう。その中でも人のよいキースは罪悪感に満ちたような顔になっています。
あなたは貴族なのですからそんな顔をしてはいけません。
でも私はその気持ちが少し嬉しいのです。
他の仲間のように非情になれない、責任感が強く優しいからリーダーを押し付けられてしまい、ちょっとだけ損をする。そんなところが結婚しても良いと思えるところなのです。
学校ダンジョンはいつもより難易度が下げられていましたが、それでも後半になるとけが人が出てきました。
皆がポーションを使おうとするのを止めて、治癒の魔法陣を使わせてほしいと頼みます。
みんなはイヤそうにしますが、キースだけは違います。
「いいじゃないか、やらせてみれば。ケガがひどくなるならともかく、成功したらポーションの節約になるんだから」
私はこの魔法陣に自信があります。自分の指先を切ってしまったのも治せました。私が魔法陣を起動させて、ラルフの傷口に置くとケガはすっかり消えてなくなりました。
その後も成功し、皆の態度が軟化してきました。すると同じパーティーのミナが私から魔法陣を奪いました。
「ちょっと貸して、私もやってみる!」
彼女もキース狙いなのです。だからまだパートナーがいません。キース以外のノートンは堅物で難しいことしか話しませんし、ラルフは剣が上手いけれど女遊びが激しいのです。ちなみにケガが多いのはラルフです。女の子にいいところを見せようとして、無理な攻撃をしがちなのです。
でもミナがやっても魔法陣は動きません。どうして?
「何よ! これ不良品じゃない‼」
「いや、そうじゃない。チェリー、この魔法陣どうやって描いたんだ?」
「それは……」
「君ごときの頭でこんな難しい魔法陣は描けない。だってこれは君とその血族にしか使えないようになっているんだから」
私は頭が良いとは言いませんが悪いわけではありません。Dクラスにいて授業内容が違うので、サリーにノートを借りてなんとか座学について行っているのです。
こういう言い方をするから、ノートンがイヤなのです。それはミナも同じでしょう。
「ノートン、よく読み解けるな」
キースがノートンをおだてるように声を掛けます。彼はドレナー男爵家の三男でBクラスの中でも立場が弱いのです。だからノートンやラルフのような扱いにくいメンバーと組まされています。それでもうまく懐柔しているのですから、彼の能力は決して低くありません。財力や魔力と言った目に見える力だけが能力ではないのです。
「伯父が魔法陣士でね、教えてもらったことがある。魔法陣を他者に悪用されないように古い魔法陣には仕掛けがされていると。例えば描いた本人しか使えないとかね。だから現存している古い魔法陣はそのままでは使えないことが多く、伯父はそれを読み解いて書き換えているんだ」
知らなかった。あの魔法陣で複写すると自動的に私とその血族しか陣を使うことが出来ないのです。そういえば刺繍した魔法陣を売りたいときは複写の時の呪文を変えるように言われていました。しかも一般的な魔法陣しか写せないのです。
「うわぁ、それは大変な仕事だな」
「僕もそれを目指しているが、当然今の僕にも描けない。どうやっている?」
「ごめんなさい、ノートン。契約で言えません」
これはそう言うようにギルドから言われていました。この魔法陣の製作者を紹介して欲しいと言われるに違いないから。ギルドも今回は特別に受けてくれただけで、新規受注できないのです。
確かにデッドグレイブ様にもう1度頼むなんて畏れ多いことですもの。
今回の中間テストで私が活躍できたとして、次の学期からサリーやミナと同じCクラスに移ることが決まりました。元々魔力量から考えても、授業はそちらを受けるべきだったのです。
キースはミナと私を比べて、顔が好みでこれからもお金を稼ぎそうな私を婚約者に選びました。それにペンシルトン様の後押しもあったのかもしれません。
まだ1年生なのにと思うかもしれませんが、人気のある生徒の結婚は早く決まっていくのです。明るくて人懐っこいサリーもそうです。
複写の魔法陣を祖母の遺産で即金で買ったことはキースとそのご家族にだけは伝えています。やっぱり借金持ちは嫌われますしね。
でもリアンたちには借金と伝えました。これは私に金銭の余裕があることを悟られないためです。彼が何かするとは思いませんが、こういうことは思ってもみない所から話が広がるものだからです。
キースも賛成してくれています。
ミナは焦っています。いままで馬鹿にされていた分、ちょっといい気味です。
残った男爵家のラルフを選べば彼に弄ばれた女性たちの恨みを買うし、魔法士の叔父がいるノートンは才能があるんでしょうけど平民でどうなるかわかりません。それに付き合っても楽しいタイプとは思えませんし。
結局このパーティーは次の期末テストの前後で解散すると思われます。だってサリー狙いだったラルフとノートンは失恋し、ミナもキースに失恋。しかも他の2人に対して煮え切らないのですから。でもそういうことはよくあることです。
私とキースは婚約者が決まった人たちと組むだけでよいのです。サリーも一緒になるかもしれません。
それでもカイルの言った、私だけ追放されるなんてことはないのです。
そう安心していたら、あの卑怯者は私を脅したのです。
「あんたが破落戸に襲われて、裸にされていたってキースん家のババアに言ったっていいんだぞ?」
裸になんてされていません!
なのに彼は私の右胸の上部にほくろがあることをなぜか知っているのです‼
もしキースのお母様にそんなことを言われたら、そして証拠としてその特徴を明かされたら信じてしまうかもしれません。
私の魔法陣は絶対にお金になりますし、キースは私の顔が好きなのです。彼は貴族の割にいい人ですし、彼の血ならば私のような苦労を子どもにさせなくて済みます。
絶対に結婚したい。
問題はカイルの欲求が簡単でないことです。
それは彼が探しているエリカという狼系の精霊を召喚しろと言うのです。
召喚の魔法陣なんて見たことも、聞いたこともありません。あったとしてもできるかどうかもわからないものです。
しかも全く知らないエリカと私に共感性があるとは思えません。
悩んだ末、私はキースにカイルから脅されていることを話しました。
「うーん、そんな脅し乗る必要はない……と言いたいけど、チェリーはまだ実績がないだろ。今の段階で母上に話されるとマズいのは確かだ。でも本当に襲われてないんだね」
「アイツに助けられた後すぐに、私キースに会っているよ。ほら街の古道具屋に一緒に武器を見に行ったじゃない。サリーも一緒だったわ」
「ああ、あの日か。そう言えばちょっと絡まれたって言っていたね。うん、あれが襲われた後だったら、チェリーの演技力はすごいと思う」
「もう! 襲われてなんかないから‼」
「わかっているよ。君は嘘がつける質ではないし、そうだったらミナが俺に言ってくるだろ。アイツ、俺と君の前では相当態度違うものな。俺はチェリーの方が好きだからこのまま婚約したい」
そうなのです。キースは意外とよく見ていて、私がミナにいじめられた後いつもちょっとしたフォローをしてくれるのです。彼が少ししか損をしないのはこの観察力のおかげです。だからパーティー内で面倒なことになりそうなときはすぐに話を変えてくれます。でもさすがに男の子たちは抑えられても、ミナは抑えられないみたいです。
「リアン=マクドナルドと精霊様に相談したらどうかな?
同じ男爵家でもレッドグレイブ様とウチじゃ格が違うから話しかけたこともないけど、君の付き添いぐらいはできるから」
それで一緒に行って、まさかレッドグレイブ様から地に臥せるほどの威圧を掛けられるなんて思ってもみませんでした。
エリーにもしっかり説教され、もう少しで命と複写の魔法陣を失うところでした。
お2人がお優しい方で本当によかった……。
もう2度とカイルと関わり合いになりたくないです。
お読みいただきありがとうございます。
魔法陣を描いたのはエリーなので、中らずと雖も遠からずです。
ここでストック切れてしまいました。
間に合えば明日アップしますが、出来なければごめんなさい。




