第22話 召喚の魔法陣
音楽の授業が終わると今度はチェリーがやって来た。
彼女はトレードマークのボサボサヘアをすっかり整え、隠れていた赤い瞳をだして美人なのがよくわかるようになっていた。これは彼女とカイルの恋が成就した時に起きる現象だ。
まさかカイルと付き合い始めたのか?
「リアン、あなたとエリーちゃんのおかげよ」
「何かあったのか?」
チェリーとサリーが所属しているパーティーはBクラスの男爵令息がリーダーなのだが、彼との婚約が決まったのだそうだ。
正直どんな奴か、あんまり印象がない。
アルに聞けば、名前はキース=ドレナー。男爵家三男、魔力も成績も中くらいの好青年って以外は特に目立つところはないらしい。だからこそ嫁入りして安定を望む女性にはあまりいい結婚相手としてみなされていない。婿入りも今は財力に困窮した伯爵令息だって手に入る時代だ。彼のような平凡な男爵令息はあぶれているのだ。
でもチェリーは幸せで輝いている。いいヤツなんだろうな。
「あなたの薦めどおりに複写の魔法陣を冒険者ギルドで買ったの。それで教科書に載っている簡単な魔法陣から始めたら、キースが家にある魔法書を貸してくれて複写もさせてくれてね。これまでできなかったたくさんの難しい魔法も使えるようになったの。
そしたら私、先生から2学期からCクラスに移るように言ってもらえたの」
ただし複写の魔法陣はものすごく高価で、親に借金したのだという。
なんと1000万ルーン。つまり1億円だ。
そんなに高かったんだ。俺簡単に勧めちゃったよ。
たまたまチェリーの父親が新しい魔法を開発したおかげで借りることが出来たのだと言う。
でも一生奴隷扱いの日陰の暮らしをすると考えたら、それを使ってガンガンお金を稼ぐことを選んだのだ。
ただ複写の魔法陣は高いだけあって、それ自体を写すことができないように細工されているそうだ。それと犯罪に使われそうな魔法陣は写せないらしい。
例えば姿を消して行動できる透明化とか、暗殺目的の毒付与とか。開錠の魔法陣はダンジョン内だけで有効とかで、冒険者ギルドの決まりに基づいているんだって。
複雑な禁止項目が多く、複写の魔法陣を描ける人はとても少ないので1億円でも安いくらいだそうだ。
そんなことが出来るすごい魔法陣士が冒険者ギルドにいたおかげで買えたのだと彼女は笑った。
それエリーちゃんだよ。女神すげーな。
しかもキースとやらは、その借金があってもチェリーと結婚したいと言ってくれたそうだ。
魔法陣士は少ないから、頑張れば5.6年で返せるかもなんだって。
それにしたって1億の借金がある相手と結婚するなんて、なかなか出来ることじゃないと思う。愛されているんだな。
「私ずっと彼のことが好きだったから、今本当に幸せなの」
うんうん、知っている。それがチェリーがパーティーに居たい理由だったからな。だから彼からの追放宣言されて、通常以上にチェリーの痛手になったのだ。
「ただカイルって人がまた付きまとってくるのよ。キースが撃退してくれたけど。リアンも助けてくれない?」
「うーん、それはキース様に任せた方がいいんじゃないかな? 一応こんな顔でも俺は男だから。下手に手を出して浮気と思われたらイヤだろ?」
「それは困るわ! でも相談もダメかしら?」
「こうしてみんなの居るところで話すくらいなら大丈夫なんじゃないか。授業が終わったらキース様も交えて 話し合ってもいいよ」
「だったらレッドグレイブ様とエリーちゃんにも話を聞いていただきたいんです。
リアン、お願いできない?」
何の用か聞いても、直接でないと話せないと言う。
「俺じゃ即答できないよ。時間くれるか?」
それでアルに話すと3日後なら構わないと言うことで、チェリーたちと会合をすることになった。
そのときにチェリーの婚約についてを話すと、また呆れられたけどな。
「君の素直さにはホント驚くね。さすがエリーが里親になると言い出すだけある。
本当に純愛だと思っているのか?」
何だよ、そこまでひどいか?
「いいかい、1億円の借金と言っても相手は親だ。急いで返さなくても許してくれるし、利子のない借金だからそんな少ない年数で返せるんだ。
そんな借金が出来ると言うことは、言い換えるとチェリーの家には金があるってことだ。
キース=ドレナーは、ちゃんと計算しているよ。
もちろん、彼女がヒロインになれるほどの美貌の持ち主なこともあるだろうね」
「そんな……ただの打算じゃないか!」
「日本と全然違うけど、これがこちらの貴族の常識なんだ。本人たちが納得ずくなら問題ないと思う。
3年前のハリケーンの余波はそれだけ大きいのだ。ドレナーのような貴族が必死でダンジョンを巡っていることでも推測できることだ。
チェリーもわかっていると思うよ。それでも彼の手を取ったのは彼女の選択だ」
なんだか俺だけお花畑脳みたいだ。ガッカリ。
「それだけ日本が平和だってことさ。気にしなくていい」
それで3日後の会合でチェリーはアルにとんでもないことを頼んできた。
「どうか精霊召喚の魔法陣を教えていただけませんか?」
するとアルは魔力太りで膨れ切った顔をひどくしかめて言った。目つきも鋭い。
「チェリー=ウィンター。貴様、この僕を禁呪を使う犯罪者だといいたいのか?」
そう言ったと同時に彼は威圧を放った。さすがにブヒッとは言わなかった。
彼から発せられた魔力は相当強かったらしく、チェリーと付き添いで来たキース=ドレナー男爵令息が膝と両手を地面につけていた。
「あの……アルフォンス様?」
突然の暴力に俺は訳が分からなくて問いかけると、代わりにエリーちゃんが答えた。
「あのね、せいれいしょうかんをまほうじんでするの、神にたいするはんざいなの」
「昔、誰でも使える魔法陣で精霊召喚を行って、精霊を奴隷として扱っていた時代があるのだ。だから神が罰として多くの天変地異と共に、精霊召喚の魔法陣をこの世界から完全に破棄した。だからこの世に存在しないのだ」
「まほうじんがいろいろせいげんされているのは、そのせいなのよ」
そうか、使わなくなったのには刺繍の事だけじゃなくて、それ相応の理由があったってことか。
とうとうチェリーとキースは地面にうつ伏せになった。息が出来ないらしく顔色がおかしくなっている。
「アルフォンス様、このままでは2人は死んでしまいます!」
「それだけの侮辱を僕にしたのだ。納得のいく理由がなければ殺す。
なにしろウィンターは禁呪の魔法陣を求めているんだからな」
エリーちゃんの声も険しい。
「チェリー、せいれいをどれいにするつもりだったの?」
でも彼らは答えられなかった。
「お兄さま、いあつやめて。エリーがきくから」
「わかった」
アルが威圧を止めると同時に、エリーちゃんは彼ら2人を拘束した。
「もう1かいきくね。
チェリー、せいれいをどれいにするつもりだったの?」
「違う、違うの。私は脅されて仕方なく……」
「もしかしてカイルか?」
俺がそう聞くと2人は頷いた。チェリー自体は何も悪くないのに彼が彼女の身体的特徴を知っているからキースではない男と肉体関係にあるように言いふらすと言われたのだ。
そう言えばゲームでチェリーとのラッキースケベのエピソードがあったような気がする。確かおっぱいにほくろがあったとかだったな。
「しょーかんのまほうじんを手にいれて、どうするつもりだったの?」
「……エリカって精霊呼び出せって言われたの。やったこともないし出来る自信もない。でも断って言いふらされるかと思ったら……。
それに精霊召喚の魔法陣が禁呪だなんて知らなかったの」
エリーちゃんはフゥと深いため息をついた。
「チェリー、まほうじんはてにはいらないし、そんなのつかったらしんじゃうよ」
「死ぬ?」
「うん、おおきなまほーには、だいしょうがひつようなの。チェリーならいのちだね」
2人はその答えを聞いて絶句していた。
いくら何でも死ぬような依頼をするなんて、しかもそのことを黙っているなんて卑怯だ。
「こんかいはゆるしてあげる。
でも2どめはない。
だからチェリーはもうかれにちかづかないで。あぶないよ。
こんやくしゃさんもたすけてあげて」
「肝に銘じます」
2人は涙ながらにペコペコしながら帰って行った。
「ねぇどうして2人を許してあげたの?」
「だってエリーがカイルさんにじぶんでよびだせっていったからだとおもう」
ああ、召喚魔法は3人しか使えず、あとは勇者編で出てくるエルフのネモフィラだけなのだ。淡い金髪に青い瞳のこれまたスレンダー美女だ。出会うのも大変で、カイルの好みではない。
「お兄さま、どうしよう?」
「ふむ、面倒だな。いっそエリカを呼び出してみるか?」
えっ? それ出来んの?




