第17話 チェリーへのアドバイス
入園して2カ月がたった。アルのスパルタレベル上げは順調に進み、そろそろ中間テストのダンジョン行きのいう話になっていた。
「この間言っていたチェリー=ウィンターの件だけど、エリーが見て大丈夫だと判断された。だから誘ってくれていいよ」
チェリーが庭のベンチで唯一の特技の刺繍を刺していたので、エリーちゃんが一緒に刺したいと誘ったのだと言う。それで結構仲良くなったそうだ。
彼女は祖母と一緒にお茶を飲みながらそういう針仕事をするのが好きで、落ち込んだ時にはそれに集中することで心を落ち着かせるのだ。
ゲームではそのことに気づいたカイルが刺繍での魔法陣を作ることを薦めて、彼女は優れた魔法陣士として成長していくのだ。
だけどカイルはまだチェリーには声掛けしていなかったのかな?
アルの話ではヤツはエリカのような胸の大きな大人っぽい女性が好みみたいだ。今はもちろん巨乳のリリーの攻略に勤しんでいる。チェリーもない訳じゃないが巨乳とまではいかない。つまり今のうちに誘えってことだ。
「わかった。でもまた友達との決別がまだなんだ。辛いことだけどそれがないとパーティーを移動してくれないと思う」
だって彼女は今のパーティーに居たい理由がある。
「前も言ったけど恋愛や友情は当人同士のものだ。ゲーム攻略には彼女は必要ないから、無理に誘わずアドバイスだけでもいいんじゃないかな。エリーとは刺繍友達になったようだから、いつでもそうできるよ」
なるほど、カイルのアドバイスをエリーちゃんがやってしまうということか。
「それならチェリーが今のパーティーに居られるように、魔法陣を刺繍することを伝えてくれないか?」
それで説得力を持たせるために、今日の放課後の刺繍の会に俺もエリーちゃんに付き添っていくことになった。
場所は校庭にあるパティオだ。ちょっとした屋根とテーブルがあって風よけになる木も植わっているので、細かい作業もできる。
刺繍だけでなく、みんなでお菓子とお茶を持ち寄って交換するのも楽しいようだ。そしてエリーちゃんのお菓子はぶっとんで旨い。昔お菓子屋さん(エリーちゃんがそういう)で勤めていたそうだ。
音楽家だったんじゃないの? バイトかな?
「エリー、きょうはマカロンサンドをもってきました。トゥンカロンともいいます」
彼女が籠からお菓子を取り出すと、チェリーと同じパーティーのサリーが目を輝かせた。
それは俺も知っている丸いマカロンではなく、色とりどりの動物の形のマカロンでクリームがたっぷり挟まっている。
なぜか彼女の子どもたちを模したものはなかった。聞けばそれはあとで家族で食べるのだという。
「うわぁ、かわいい! こんなの初めて見た!」
サリーが興奮した様子で叫ぶ。彼女は刺繍が得意ではなく、お菓子目当てだそうだ。
「でも先に刺繍ね。ご褒美食べてからじゃ、やる気起きないでしょ」
チェリーがにこやかに言った。それはおばあちゃんの口癖だそうだ。
「リアンもすわって」
そうエリーちゃんに勧められたが、俺は護衛だと固辞した。だって刺繍なんかやりはじめたら男の娘ルートに進みそうじゃん。
3人はハンカチに小さなワンポイントを入れるものを刺していた。チェリーやエリーちゃんはもう少し高度なものが刺せるそうだが、サリーが付いてこられるものにしたのだ。
サリーは青い花、チェリーは果物を刺している。意外と丸く埋めるサテンステッチはキレイな形にするのは難しいのだという。
エリーちゃんは……ポメラニアンの子犬を刺していた。俺にくれるって。なんか金色がかったピンク色の毛玉みたいなのに顔が付いている。鏡で見たポメ化した俺にすごく似ていた。可愛いけど、それ俺が持つのか? 一応紺地だからいいかな?
「エリーちゃん、上手ね。すごい! 私も欲しい‼」
サリーが手を叩いて喜ぶ。
「エリー、てしごとすき。でもタダはダメって」
「あーそうね。レッドグレイブ様の精霊様だものね」
「でもなかよくしてくれてうれしい」
俺も補足することにした。
「アルフォンス様のところは男所帯なので、仲良くできる女性が少ないんです」
「そっか、アイリス様は刺繍なんかされないよね」
「アイリスさまはけんやうまがとくい。エリー、いっしょにおうまさんのったよ」
「仲いいんだね。アイリス様はいいけど、あのカイルってヤツはいけ好かないわ」
「サリー」
チェリーが軽く注意する。
「だって最初はさぁ、色々助けてくれるしイイやつなのかなって思ってたけど、最近チェリーによく絡んでくるのよ。言ってくる内容もバカにし過ぎだもん!」
おお、一応粉かけてたのか。どうやら好感度低いみたいだ。よかった。
「でも私の成績が悪いのは本当だもの」
「魔力の扱いが得意じゃないってだけで、頭が悪い訳じゃないのに。ウチのパーティーで苛められてるなんていうのよ! 誰もそんなことしてないし。チェリーはモンスターの倒し方を調べてくれたり、細かな準備をやってくれているのよ。そういう下準備を怠ったらどれだけダンジョンが危険になるかわかってないんじゃない?」
その魔力の扱いがこの学園では成績に反映されるので、チェリーだけが落ちこぼれのDクラスなのだ。
このDクラスは基本魔力が少なく魔法まではいかないけど、ちょっとした加工ができると言った利用を効率よく使えるように置かれたクラスだ。
魔法士の娘であり、魔力量も多いチェリーがいること自体がおかしい。
「まぁまぁ落ち着いて。アイツがどれだけ強いのか知らないけど、アタッカーやヒーラーはもてはやされがちだからな」
俺はサリーを宥めたが、カイルは彼女たちから相当ヘイトを稼いでいるみたいだ。
「だったらチェリーもアタッカーやヒーラーになったら?」
エリーちゃんがそう言ったら、チェリーとサリーはギョッとしたようだ。
「どうやって? 全然できないから困っているのに」
「まほうじんをつかうの。チェリーならししゅうでさしておけばいい。ましとちがうから何回でもつかえる」
通常の魔法陣は魔紙に陣を描いて使う。1回使うごとに紙はなくなるのでお金がかかってしまう。だから魔法陣は魔法士の補助的なものとされている。
それに魔法陣は制限が多いのだ。
詠唱だけで使える攻撃魔法と、魔紙を取り出して魔力通してそれを物理的に対象に当てるなんて考えただけでも時間がかかる。
もちろんこれだけではない。
「そっか、昔はそうやってよく使ってたって聞いたことあるわ。でも刺繍技術が失われて今は出来ないって」
「チェリーのぎじゅつでじゅうぶん」
「でも魔法陣を写すのは難しいわ。少しでも間違えれば起動しないもの」
「鍛冶は鍛冶屋さ。冒険者ギルドで専門家に依頼を出して、複写の魔法陣だけ買えばいいんだ。それを使えば教科書に載っている魔法陣なら自分で写せるだろう?」
これは俺が言った。『鍛冶は鍛冶屋』は『餅は餅屋』のこの世界での言い方だ。この世界に餅はないからな。
ギルドに魔法陣の依頼が来れば、たぶん十中八九エリーちゃんに依頼が来るそうだ。正確できれいで仕事が早いからだ。
教科書に載っている魔法陣はたいして多くないがそれでも使えれば便利なものだ。攻撃魔法も回復魔法もある。一番便利なのは水を出す魔法陣だ。それさえあれば水魔法が使えなくても余裕がある人間の魔力で水が出せる。
ダンジョン攻略にはあればかなり嬉しい能力だ。
ただ複写の魔法陣は安くないだろうけど。
「……私ちょっと考えたい。今日は帰ってもいい?」
かなり心が揺れているみたいだ。だって魔法士として認められるかもしれないものな。それで今のパーティーにもずっといられる。
チェリーの一言で今日はお開きになった。もちろんトゥンカロンはお土産に渡した。かわりに2人が持ってきたお菓子は全部くれた。ちょっと食べてみたかったけどな。
「だいじょーぶ! かぞくみんなでたべるぶんにリアンのもあるよ。ポメトゥンカロンね」
「うん、楽しみにしてるよ」
チェリーが魔法陣を使いこなして、カイルのパーティーに入らなければそれでいい。それで彼女が弄ばれるのが防げる。
俺たちはミッションを無事に成功させたのだ。




