第16話 アイリスとの関係
騎士科の授業が終わるとエリーちゃんが校庭の隅で手を振っていた。
彼女はこの学園でも唯一の、学生なのに国家魔法士であるアルの精霊(正しくは聖霊)として有名だ。紺色に白のエプロンの犬耳幼女メイド姿の愛らしい彼女をみんなが微笑ましく見ている。
どうやら俺を昼食に誘いにやって来たようだ。
「リア~ン、お昼食べよ~」
その時側にアイリスがいるのを見ると、目を輝かせて走り寄って来た。
「アイリスさまぁ、会いたかったです!」
「エリー、久しぶりね」
アイリスの表情は少し硬かったが、ひょいっと彼女を抱き上げていた。
エリーちゃんから真っすぐに向けられる好意は嬉しい反面、アルフォンスへの反感も相まって複雑なのだろう。
「今日のおひるはすごくおいしくできたんです。いっしょにたべましょう?」
「あーごめんなさい。もうカイルと約束してるの」
「カイルさんもいっしょにどうですか。けとばさないでくれたらだいじょーぶです!」
「他にもいるからごめんね」
アイリスも残念そうにそっとエリーちゃんの頭を撫でて、地面に下ろした。
「……そうですか」
絵に描いたようにしょんぼりとしおれる姿は、傍で見ている俺でもいたたまれなくさせた。
それでもエリーちゃんはちょっとカラ元気で、つぎはぜひ! と諦めていないようだった。
「エリーちゃんはアイリスが好きなんだね」
「うん! アイリスさまはまっすぐでこころのきれいな方なの。とってもすてきでやさしいよ。エリーのこと、小さくてもはなしちゃんとしてくれるもん!」
エリーちゃんはぽつりぽつり事情を話してくれた。
3年前のアルとアイリスの婚約は最初から破綻していた。
元々借金のかたにとられたものだ。ただでさえ不満があるのにアルフォンスが最初の顔合わせの時に彼女に抱き着いてこじれてしまったからだ。
醜い痴漢男と認識された彼から逃げ出した彼女は、どうもそのときにカイルと知り合っているようだ。
ちょうど同じぐらいの時にこの世界に来たアルは、プレイヤーによって殺害されたアルフォンスの遺体を見つけた。犯人にされると焦ったがなぜか周囲の人は彼の遺体を完全無視し、アルをアルフォンスとして扱った。
それでアルは彼の体をインベントリに収納して、アルフォンスに成り代わることになった。それからエリーちゃんを召喚したんだそうだ。
せい霊を召喚できる魔法士としてアルは認められ、国家魔法士に任命された。レッドグレイブ男爵家とウォルフォード伯爵家の跡継ぎとして評価は高まるものの、アイリスの彼への嫌悪は変わらずじまい。婚約者としての交流も席に着くだけで彼を見ることもなくだんまりだったという。
「それでね、かわりにエリーがこうりゅうすることになったの」
召喚者と被召喚者は共感性が高い。つまり魂の在り方が近いからその呼びかけに応じる。つまりエリーちゃんがいい子だとわかれば、アイリスも警戒を解くのに違いないと考えたのだ。
実際アイリスは彼女と仲良くしてくれた。
「アイリスさまはエリーといっぱいあそんでくれたよ。おうまにものせてくれてピクニックにもいったし、みずうみにもつれていってくれたよ」
エリーとの関係は順調だったけれど、それでもアルフォンスに対する誤解と警戒は解けなかった。
「レッドグレイブのおじさまがこのけっこんにはんたいなの。
アイリスさまのお母さまはとってもこわい人なんだって。だからお兄さまがアイリスさまと会えないようにするの。アイリスさまもどうるいだから仲良くしなくていいって。
それとカイルさんがアイリスさまのかれしだから、お兄さまのわるぐちいっぱいいうの」
それって浮気じゃん。ゲームでは恋人になるのは婚約破棄してからなのに。
「エリーちゃんはそれをアルに言ったの?」
彼女は悲し気に頷いた。
「お兄さまはさいしょカイルさんをりょうへいくんだとおもったの。
でもあくやくだからちかよれない。それでエリーがアイリスさまにたのんではなしかけたの。そしたらカイルさんはエリーのこと、バグってよんでけったの。
お兄さまはすごくおこっちゃって、まほうをつかわずにカイルさんをボコボコにしたんだ。それであのひとはゲームをリセットした」
あー、それはカイルも傷つくわ。
アルフォンス=レッドグレイブは魔法特化で、デカい見かけの割に物理はすごく弱い設定なのだ。
「リセットしたらどうなるの?」
「じかんがまきもどるよ」
カイルはプレイヤーなのでリセットするとゲームの最初に戻るそうだ。ヤツは3回リセットしたので、アルとエリーちゃんはこの入学式を4回もやっているそうだ。俺はそれを知らないから4回目の時に憑依したって訳か。
だからその中でイレギュラーな動きをした俺に目が行くわけだ。
それはカイルにも知られている。俺がパーティーに入れてくれって懇願したからな。
「リセットには、たぶんカイルさんのじゅみょうをつかってるとおもう」
「寿命だって?」
「うん、じかんは神でもかんたんにはもどせないの。だいしょうがひつようよ。それはとってもだいじなものでないといけないの」
だから不正ソフトのルールでクリーニングだけでなく、リセットも禁止していたのか。
そしてカイルに支払える代償は命だけってことだ。
3回もやっているって、それって相当ヤバいんじゃねーか?
「なぁ、アイツが死んだらどうなるんだ?」
「ゲームはバッドエンドでおわる。けどリアンがどうなるかはわからない」
「どうして?」
「あくまがからむと、ことわりがゆがむの。カイルさんのたましいはあくまのものになるし、もしかしたらリアンのたましいも……」
エリーちゃんは明言を避けた。後でアルに聞いたら神である彼女の神言はほぼその通りになるんだそうだ。最近はコントロールできるようになって、神力を乗せないとそうならなくなっているがもしものことを考えて彼女はハッキリと結論を出さないようにしているそうだ。
「だからリアン、一日でもはやくここのまおーたおそう。でもプレイヤーじゃないとだめなの」
もうすでにアルとエリーちゃんたちで1度倒したそうだ。でも彼らはプレイヤーじゃないためゲームは終わらなかった。
「ここのてきのまおーもまぞくもゲームのシステムで作られているの。だからあんしんしてたおせるよ! だってここのほんとうのまぞくはせいれーのことなの」
魔族とは魔法能力に長けた種族のことでこの世界には精霊しかいないそうだ。その中には精霊女王フィオレンティーナのような格の高い精霊もいれば、エリカのような動物になれる精霊もいる。
逆に言えば魔王とか勇者とか聖女とか剣聖はゲームの設定なのだそうだ。そう言えば北部が危険な土地になったのはこの20年のことだ。
エリーちゃんは悪魔による世界への介入が20年前から始まっていると言う。
「まさかそれも設定のせいなのか」
エリーちゃんは頷いた。
このゲームが出来たのは去年だ。たいして古くない。だけど勇者編で明かされる秘密が20年前にあると公式HPで軽く触れられていた。
「どうしてこのゲームがえらばれたかはわからないけど、あくまはえものに力をあたえてとりこむの。そのだいしょうはぜんぶぎせいしゃがはらうから、あくまはよわくならない」
何だよそれ、めちゃくちゃ怖いじゃん。
俺はそんなのに狙われて、エリーちゃんたちは戦っているのか。
「カイルはあとどのくらい生きられるんだ?」
「うーん、たましいの色が10代だったのに、今は70代くらい。つぎリセットしたらあぶないかも」
リセット1回につき20ねんの寿命か。
つまり100年の寿命だとしたら、あと1回しかできないと言うことだ。
そして100年あるとは限らない。80年だったらもうできない。
カイルが死ぬ前に1日も早く、魔王を倒さなければならない。
時間はあまりなかった。
お読みいただきありがとうございます。
本編に入らなかったので補足です。
時間が巻き戻る前のリアン(憑依前)はテンペストのような人物を避けるため、入学後すぐに同じクラスでダンジョンパーティーを募って申請まで済ませます。
そこで主人公のカイルに話しかけられてパーティーを組むんですが、プレイヤーカイルは男の娘ルート回避で話しかけません。
憑依後リアンは最初様子見をしていたため、出遅れてテンペストに目を付けられる羽目になっています。




