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それでも異世界は輪廻っている  作者: 詩森さよ(さよ吉)
第一部 ゲームから出られなくなった俺を助けてくれたのは、キモデブ悪役令息と犬耳幼女メイドだけでした
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第12話 アルの評価


 俺は消去法で音楽をとることになった。


「うん、なんとか音程は取れているみたいだね。文官コースと言っても、人前で演奏するなんてことはほとんどないから心配はいらない。とりあえず声が出れば歌える。何だったら試験以外は声を出さずに口を開け閉めしていればいいんだ」


 アルのヤツ、なんてことを言うんだ。

 別にプロみたいにうまくねーけど、俺は音痴じゃねーからな!

 お前だって歌わないだろうが。



 出会った翌日から俺はアルのパシリ(腰巾着ともいう)と見なされているため、授業道具を持たされて付いていくようになった。

 もちろん俺が受けないといけない科目は優先していいし、持たされるのもせいぜいカバンくらいだ。

 でも今日はアル自身がカバンを持っていた。ヴァイオリンケースだ。


「軽そうだし持つけど?」


「いや、いいんだ。これは僕の分身と言っていいからね。

 これを持たされていたら、君は本当に僕の愛人だと思われるぞ」


 ゲッ! そんなの嫌だ‼

 だけど一緒に音楽の授業を受けたら、そう言った意味がわかった。



 まずアルと一緒に音楽室に入ったら、いつもと周りの目が全く違った。

 なんというか……スーパーアイドルに対するような、憧れの目で見ている雰囲気なのだ。

 本来の姿ならともかく、キモデブ姿だぞ。


 みんな話しかけたそうにしているけど、アルは一瞥もくれることはない。

 そのうち、この学校で最も高位のリリー=ペンシルトン公爵令嬢がやっと話しかけてきた。


「レッドグレイブ様、ごきげんよう。

 今日はヴァイオリンを弾いてくださるの?」


「これはペンシルトン嬢、ご機嫌麗しゅう、ブヒッ。先生は時間が余れば依頼したいと仰っていました、ブヒッ」


「あなたは歌が難しいですものね。

 早く魔力成長が落ち着けば、気管の圧迫がなくなるでしょうに」


「ご心配いただき、恐れ多いことに存じます。ブヒッ」


 そうか、顔や体型が変わるほど魔力で膨張しているってことは、気管や鼻の孔も圧迫されているのだ。


「ではあなたのヴァイオリン、楽しみにしておりますわ」


「ご満足いただけますよう、誠心誠意尽くさせていただきます、ブヒッ」


 見た目のせいで全く優雅に見えないが、彼は胸に手を当ててリリーに敬意を表していた。それで彼女は満足そうに席に戻っていった。



 そんなわけでアルは合唱には加わらず、いつもピアノ伴奏をしているみたいだ。

 ポンと一音鳴らし、それから指を鳴らすように曲を弾く。

 上手い、上手すぎる。

 ピアノの生音なんて授業か、いとこのねーちゃんの発表会ぐらいしかちゃんと聞いたことないけど、そんなのと比べ物にならないぐらい音から違った。


「アル……フォンス様、ピアノがお上手なのですね」


「僕よりエリーの方が格段に上手い、ブヒッ」



 それからクラスの中で組み分けされて、5グループに分かれて歌うことになった。

 まずは全体で歌い、1グループずつ歌う感じだ。

 アルはグループに入らずずっと伴奏をしていたが、みんな歌より伴奏を聞いているって感じだ。

 イヤそんなのおかしいのはわかっている。でもそっちに気持ちが集中してしまうのだ。その抗いがたい吸引力は音楽の神に愛されているとはこういうことなのかもしれない。


 合唱が一巡したら、先生が手を叩いた。


「さぁ、今日はここまでにして、残りの時間はレッドグレイブ君のヴァイオリンを聞かせていただきましょう」


 するとみんな待ってましたとばかりに盛大な拍手が起こった。

 ああ、そうか。

 みんなアルの音楽のファンなんだ。


「それではモーリス=ラベルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を」


 それからみんなでうっとりと演奏を聞いた。

 切ないメロディーに涙ぐむ人もいたし、クラシックなんか聴かない俺でも胸にグッとくるものがあった。

 なんていうか超一流の演奏って、こういうのじゃないだろうか?


 いや俺が一番言いたいのはそこじゃなかった。


 ゲームと圧倒的に違う部分。

 アルはキモデブ姿でも、この世界の女性陣に受け入れられているのだ。

 本来なら蛇蝎のごとく嫌われているはずなのに。

 ブヒッと鼻を鳴らしていてもだ。

 中身が違う人物だからだろうか?


「レッドグレイブ様、素晴らしいですわ!」


 一番身分の高いリリーが代表して言うと、他の女性たちも近寄ってきて称賛の言葉を浴びせていた。

 男どももこの圧倒的な才能の前にはただただ拍手を送っていた。



 ふと見ると教室の端っこに、ボーッと浮かれたように拍手をしている女の子がいた。

 ぼさぼさの癖のある黒髪に分厚い眼鏡で隠れているが、かなりかわいい顔をしている。

 ドジっ子魔女のチェリーだった。

 こんなところで会うとは思っていなかったが、ちょっくら話しかけてみるか。


「君はアルフォンス様のところに行かなくていいの?」


「そんな、私なんかが近づくなんて恐れ多いです。レッドグレイブ様は音楽神の愛し子様ですから」


 思ったより重めの返答だった。

 いや確かにすごかったけど!


「俺はリアン=マクドナルド。アルフォンス様の従者をすることになったんだ」


「私はチェリー=ウィンターです、

 マクドナルド様は相当優秀なんですね。

 すでに国家魔法士の資格をお持ちで、知能も才能も財力もある次期ウォルフォード伯爵様にお仕えになるんですもの。魔力の成長が止まれば自然に痩せていくそうですから、見た目の問題もございませんし」



 チェリーは平民なのだが、中等部からこの学校に通っているだけあって貴族が聞いても咎められない話し方になっていた。

 ちなみに彼女の親はリアンと同じで一代限りの魔法士だ。それで任命された季節の名前を苗字にもらう。きっと冬に任命されたのだろう。

 俺の親も一代限りだが苗字は様々だ。だって数が多いからな。

 

魔法士は貴重で数が少ない。その子供は魔法学園に入れられる。彼女もそうだ。

だけど魔力はあるのにうまく使えず、ずっと最低の成績なのだ。

このままでは魔力を奪われるだけの、奴隷みたいな仕事にしかつけない。


そんなときに中等部から一緒に組んでいたグループから戦力外通告をされる。他のみんなの足手まといになるからだ。そこをカイルに拾われ、一緒に魔法訓練を行うことで才能を開花していくのだ。


「私は平民ですのでレッドグレイブ様にはふさわしくありませんが、皆様は貴族のご令嬢ですもの。ほら、婚約者のアイリス様とは婚約解消寸前ですから」


 なるほど取り巻いている女性たちは、アイリスと別れた後の後釜を狙っているわけだ。

 俺は少し声を潜めて聞いてみた。


「ペンシルトン様は違うでしょう?」


「……あの方は大変な音楽好きで、レッドグレイブ様のファンなのですよ。最近では幼馴染のアイリス様を諫めるのも止めておしまいになりましたし……」


つまりリリーも狙っているってことか。すげーな、アル。



「でも……俺はアルフォンス様はもっと嫌われていると聞いていたよ」


「そうですね、私は中等部からなので以前のことは直接存じません。でも3年ぐらい前まではあまり評判の良い方ではなかったようです。でもご婚約されて落ち着かれたって聞きました。

 私は身分も低いですし、成績もあんまり良くないのでお話したことないんです。

 むしろどんなお方なのか伺いたいです。やはり厳しい方なのですか?」


 結構ズバッと聞いてきたな。

 3年前ってことはやっぱりアルが成り代わったおかげなんだな。


「そうだな、初めは愚民とか言われてびっくりしたけど、実はちょっと困った方に絡まれているところを助けてもらったんだ。だから悪い方ではないと思う」


「ああ、テンペストさまですね。

 あの方もお辛いのです。領地の借財のため、かなりご年配のご婦人に婿入りされることが決まっていて女性と付き合うことを禁じられているのです。

 実は取り巻きの方々もそういう方が多いのですよ。

 マクドナルド様はお顔がかわいらしいですから、お友達になりたかったのでしょう」


 そう聞くと冷たくして悪かったかな……。いややっぱりダメだ。だって疑似恋愛の相手にされそうだったものな!


「俺、1代限りの騎士の息子だから、リアンでいいよ」


「私も、1代限りの魔法士の娘なので、ではチェリーで」


 彼女はにっこりと答えてくれた。やっとヒロインと普通に話すことが出来たよ。

 なんか思ってたのと違っていた。もっとコミュ障みたいな感じなのかと思ってた。



 思ったよりアルの評価の高いことが、どうこのゲームのような世界に作用するかわからない。

 俺が指摘すると彼も申し訳なさそうに言った。


「僕もゲーム通りにしようと思ったんだよ。でもね、エリーの前で女性にセクハラするなんて僕には出来なかったんだ。苛めとか不正とかも同様だね、

 それに前にも言ったけどアルフォンス君は本当に優秀なんだ。しかもこの国一番の財力のある父親がいて、由緒正しいウォルフォード伯爵家を継ぐことも決まっている。アイリス嬢との結婚の有無にかかわらずだ。よほどの人格破綻でもしていない限り、普通に評価は高まるものさ。僕なんて関係ないよ」


 ゲームの中ではよほどの人格破綻だったと思うけど。でもあの幼気なエリーちゃんの前で悪いことが出来ないは同感。


「それだけじゃないだろ、とんでもない音楽の才能のおかげもあるだろ」


「実は僕とエリーはプロの音楽家だったんだ。

 この世界に来てエリーがどうしても一緒にピアノが弾きたいしたいっていうから、一度音楽室を借りてやったんだ。そしたら先生とペンシルトン嬢に聴かれてしまってね。それから音楽の時間はいつも何かしら演奏させられるんだ。中等部からやっているから、音楽の授業がなんだかだんだんファンクラブの集いみたいになってね……。

 あれどうしたらいいと思う?」


 知るか、そんなこと! と言いたいところだがアルとは仲良くやっていきたい。

 それにしてもやっぱプロかぁ。だよなぁ、俺感動したもん。

 でも3歳でプロの音楽家って何だろ? 

 まぁ、後で聞けばいいか。


「よくわかんないけど、もう3年もやってるんだったら開き直った方がいいんじゃね?」


「うーん、やっぱりそうなるよね。あんまり目立ちたくなかったんだけど仕方がないな」


 たぶん本物のアルフォンスも目立っていたと思う。悪い意味だけど。



「そういやエリーちゃん、授業中はどうしてるのさ」


「いろいろだよ。冒険者ギルドで依頼を受けたり、友達とお茶会したりしているそうだよ」


「メイド仲間とか?」


「いいや、今日は花の精霊女王フィオレンティーナのお茶会だそうだ。

 校庭の花壇に水やりしていたら、お礼にって招待を受けたらしい。

 授業が終わったら、僕も招待されている」


 どうやらこの兄妹はどこまでも規格外らしいです。



お読みいただきありがとうございます。

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