41.夏合宿開始
夏休み開始後、最初の月曜日。
ヒマワリたち『ブルーフラワーズ』のパーティーメンバーは、朝から村役場で待機をしていた。
本日は、いよいよ夏合宿の開始日。花祭高校女子ダンジョン部の到着は、午前十時が予定時刻だ。
村役場には出勤してきた役場の職員たちと、青熊村の村長がいた。今回の夏合宿は、村役場の長である村長自ら初日の応対を買って出る程度には、村で注目を浴びていた。
村長は、五十代のおじさんだ。温和そうな顔が特徴的である。白髪交じりの黒髪を短く刈り込んで、若い頃にはスポーツでもやっていたのか立派な体格だ。
ヒマワリとサツキは、その村長からお菓子をもらいつつ、彼との会話に興じていた。
「女子部だけでなく、男子部も来てくれないかねぇ……」
冷たい麦茶を飲みながら、村長がそんなことを言う。現在の村長は、村おこしで過疎化と少子高齢化に立ち向かうヒマワリの姿勢には、賛成をしてくれている。世界的に有名となった彼女の影響で村が若者に注目されるならば、それは大歓迎という立場だ。
今回の夏合宿でも村長は精力的に動いていた。彼は、高校生の村への来訪を心から歓迎している。
そんな村長だが、ヒマワリが以前本人から聞いた話によると、彼はアイヌの末裔であり、その先祖は日本の内地からやってきた者たちを積極的に受け入れていたのだという。青熊村の始まりも、アイヌと屯田兵が共に稲作をするために作り上げた集落であるらしい。
そのアイヌと屯田兵は、大きな衝突をすることもなく世代を重ね、今日の青熊村に繋がっている。
ゆえに、村長の家は、代々、来る者拒まずの融和派であると言えた。
ちなみに、彼の家は古くからの名家だが、この家系がずっと青熊村の村長を担ってきたというわけではない。現代日本は、たとえ村社会であっても民主主義なのだ。
「さすがに今年は来ないと思うけど、来年以降はどうかな。今の女子部と男子部は、三年生が対立傾向にあるけど二年生はそんなことないからね。来年はノウハウを二つの部で共有して、日程をずらして合宿に来るかもしれないよ」
村長が用意したお菓子を食べながら、ヒマワリは村長の男子ダンジョン部に関するぼやきにそう返した。
お菓子は、村で収穫された米から村長自ら作った手焼きせんべいである。
「合同でやってくれれば、こっちは負担が軽いんだけどねぇ」
「そこは、年頃の男女ですから。同じ階層で泊まるとはいかないよ」
「はー、そんなのだから、晩婚化が進んで子供の数が減っていくんじゃないかね」
「ダンジョンシーカーは、早婚の傾向があるらしいけどね」
「へえ、そうなのかい?」
「男女でパーティーを組んだり、パーティー同士で協力し合って攻略を進めたりすると、恋が芽生えやすいらしいよ」
「職場結婚ってやつだねぇ」
「言われてみればそうかもね」
「じゃあ、ヒマちゃんの将来の相手を探すためにも、若い男子パーティーを村に呼び込まないとねぇ」
「村長さんに恋人を用意してもらうつもりも、結婚式の仲人をさせるつもりもないねぇ」
「うーん、それは残念」
そんな雑談をしているうちに、やがて時刻は午前十時に。
ヒマワリとその隣のサツキたちが座る席からは、窓越しに役場の駐車場が見えている。その駐車場に、ふと何かが入ってくる様子をヒマワリは目撃した。
マイクロバスが一台と、それを追う形の軽自動車が一台だ。
マイクロバスには制服を着た女子生徒たちが、軽自動車には大人の女性……顧問の教師が乗っているようであった。
「おっ、来たよー」
「来たねぇ。それじゃあ、挨拶にでも……」
「いやいや、村長さんはどっしり構えていなよ。部員たちも、バスから荷物下ろさなきゃいけないのに、お偉いさんが来たら困っちゃうよ」
「うーん、言われてみるとそうかもねぇ。いやはや、人口一二〇〇人の村の長だと、自分が偉い人なんて自覚付かないねぇ」
「私も、偉そうにしている村長さんは、想像付かないけどね」
そうするうちに、役場に三名の人物が入ってきた。
部長の美園、副部長の龍巻、そして顧問の女教師だ。部長と副部長は学校指定の制服姿。顧問も女性用のスーツ姿である。
それを今度こそ村長が起立して迎え入れ、村長と顧問が格式張った挨拶と名刺を交わした。
さらに、部長が敬語で、にこやかに村長へ挨拶をする。ヒマワリとしては、敬語で話す部長という存在を珍しく感じた。今まで、彼女に社会性というものをヒマワリは感じたことがなかった。はなはだ失礼な部長への印象を持っているヒマワリであった。
そして、一通りの挨拶を交わし終えたところで、姿勢を正して部長は締めるように言った。
「三年生五名、二年生六名、一年生八名、計十九名の大所帯となりますが、村に迷惑はかけないので、どうかよろしくお願いします」
綺麗な所作で頭を下げる部長。すると、村長は微笑みながら言葉を返す。
「はい、よろしくお願いします。お互い、気持ちよく日々を過ごしましょう。そして、ぜひとも成功させて、来年以降も続く行事にしたいですね」
「!? そうですね。部の伝統行事にしたいです!」
村側は歓迎しているという意志を村長が示し、その気持ちを受けた部長は嬉しそうにそう応えてみせた。
だが、ヒマワリは知っている。これは、歓迎の意志ではなく、村長による隣町の高校の女子ダンジョン部を村に取りこむ話術なのだと。要するに、村に良い印象を持ってもらい、将来的な移住を検討してもらう布石を打ったのだ。
村長もヒマワリと同じように、村への郷土愛にあふれた人物であった。
そんな村側の思惑に気付いているのかいないのか、顧問の教師は気にした様子もなく話を続ける。
「私は日中のみの滞在となりますが、何かあれば名刺の携帯番号にご連絡ください」
「はい、大切な生徒さんを確かにお預かりします。こちらは、女子職員の剣崎が夜間、生徒さんたちに対応しますので、ご安心ください」
そんな顧問と村長のやり取りに、また剣崎お姉さんが面倒そうな業務を任されてる、とヒマワリはこの場にいない役場職員の顔を思い出す。どうやら、剣崎は今日から数日、夜勤となるようだ。
女子ダンジョン部の部員たちは、これから五日間、村のダンジョンに滞在する。
夜も、一階のフィールドにベースキャンプを築いて、泊まり込みだ。
ただし、顧問の教師はダンジョンに泊まらず、昼間にベースキャンプで荷物番をするだけの滞在となる。
なんともゆるい合宿であるが、宿泊先がダンジョン内部ということで、保護者なしの夜間滞在が学校側に許されている。
大人不在の宿泊が許された理由には、ダンジョン特有のセーフティーが関係している。
ダンジョン内で明らかな犯罪行為をしようとすると、ダンジョンの神様がなんらかの処罰を下す。
主にダンジョンへの入場禁止措置だ。
さらに、神様が対処をしなくても、被害者側がその場でギブアップ宣言をすれば、ダンジョンの外へと瞬時に退避することが可能である。
そして、ダンジョンの外は堅牢なダンジョン入場施設であり、二十四時間体制で村役場の職員が詰めている。
そのため、女子ダンジョン部の部員たちが、ダンジョン内で不審者からなんらかの被害を受ける危険はまずない。
さらに、女子ダンジョン部は未成年だけの集団ではない。昨年から日本では、成年年齢が十八歳に引き下げられたからだ。三年生の多くが、成人を迎えている。
これらの要因により、学校側は保護者不在の夜間ダンジョン滞在を許したというわけである。
あとは、部員が羽目を外しすぎないかが懸念されるが……そこは、生徒の自主性に任せる方針を学校側は取ったようだ。どうやら、女子ダンジョン部はその判断を大人たちに下させる程度には、信用を得ているようであった。
以前、部長がヒマワリに語ったところによると、活動拠点である町のダンジョンで、マナーの徹底をしている成果なのだとか。
「我が校のダンジョン部による合宿は、これが初めての試みです。絶対に成功させてみせます」
部長がそんな意気込みを述べ、村長が嬉しそうにうなずく。
夏休みの運動系の部活動と言えば、大会への試合出場が定番だ。
だが、ダンジョンを攻略することが目的のダンジョン部に、大会の類は存在しない。そのため、夏の活動として合宿は部員たちのモチベーションアップとして最適であった。
町のダンジョンに歩きで通える距離にある花祭高校の校舎だが、宿泊用の施設は校舎内に存在しない。
さらには、町のダンジョンは人の出入りが激しく、一階に長期間留まることによる対人トラブル発生の危険性が排除しきれなかった。
だが、現状の青熊村ダンジョンは違う。
出入りするのは村人くらいで、今のところ彼女たち女子ダンジョン部以外に、外部のクランによる遠征予定も入っていない。
ゆえに、ダンジョン内にテントを張って泊まり込むという、珍事とも言える夏合宿が、こうして実現に至ってしまったのだった。
「合宿の成功を祈っていますよ」
そんな村長の台詞に、キリリとした表情で「はい!」と元気な声を返す部長。
各人の思惑はあれど、村長の言う合宿の成功は、この場に居る全員が同時に願っていることだった。
少子高齢化にあえぐ過疎村と、人入りの少ないダンジョン。
そんな寂れた場所を舞台にした、隣町の若者たちによる夏合宿が、こうして幕を開けた。




