39.最後の下見
植物ルート五階までの下見を終えた、ヒマワリ。彼女は、ひとまずできることはし終わったと判断して、夏合宿の下準備を完了とした。そうして、ヒマワリたちは六階の攻略に戻った。
それからの平日を広大な草原の広がる六階の隅々までの探索に注ぎ込み、やがて休みの日がやってきた。
七月十五日、土曜日。世間では、この日から三日間が連休となっていた。月曜日の十七日が『海の日』で、国民の祝日なのだ。
その三連休で、ヒマワリは六階の探索を終える予定……であったのだが、金曜日になって女子ダンジョン部の部長から告げられた言葉を聞いて、予定を変更した。
部長と副部長が、青熊村ダンジョンへ合宿の下見に来ると言い出し、その対応をすることとしたのだ。しかも、一泊二日の泊まりである。
ダンジョンに関して、ヒマワリは攻略よりも村おこしへの活用を優先している。
そのため、部長たち二人に村のダンジョンをアピールできる機会と見て、ヒマワリは彼女たちへ付き合うことにした。
「おいっすー」
バスから降りた部長は、背中に大きなリュックを背負っていた。副部長も、部長ほどではないが荷物が多い。
「おはようございます! すごい荷物ですね?」
村唯一のバス亭で二人を迎えたヒマワリが、相手の姿そのままの感想を述べた。
すると、部長がにんまりと笑ってリュックサックの肩紐を手の平で叩いて答える。
「おう、キャンプ用品一式あるから。テントとか寝袋とか、調理器具とか」
「本気で、ダンジョン内での宿泊を試すつもりなんですね……」
「合宿と言えば泊まりが大前提だ。でも部員全員を泊められる宿泊施設なんて、ここにはない。じゃあ、ダンジョンに泊まるしかあるめえ?」
「一泊二日程度ならキャンプ感覚で楽しめそうですけど、本番は四泊五日ですからねえ……みんな耐えられるのか」
「アハハ、ダンジョンの外に出ればシャワールームはあるし、村に雑貨屋もある。ダンジョンの中には虫も湧かないから、一泊二日のキャンプより絶対に快適だぞ!」
「だと良いんですけど」
そう、夏合宿は、五日間という日程が組まれていた。長丁場である。
これは、本格的にダンジョンを攻略するには、この程度の日数は現地に詰める必要があると、女子ダンジョン部で話し合われたからだ。
ダンジョンの攻略階層の実績は、各地のダンジョンごとに独立している。
ヒマワリは青熊村ダンジョンの五階を攻略したため、六階まで直通の転移魔法陣で飛べる。だが、隣町の花祭町ダンジョンは、一階からあらためて攻略していく必要がある。
そして、女子ダンジョン部の部長である美園は、この夏合宿で部員全員を青熊村ダンジョンの六階まで行かせるつもりでいた。『ジョブ』を得たばかりで『レベル』が低い一年生にとっては、ハードなスケジュールとなる。
「全員が参加できるかどうかは、明日の試験の結果次第だけどね」
と、副部長の龍巻が、淡々とした声で言った。
今月一回目のダンジョン入場資格免許は、明日が試験日だ。今頃、仮入部の一年生たちは、最後の勉強会を行なっているだろう。
「さて、それじゃあ下見を開始したいんだが……」
部長がそう言うと、ヒマワリはニコリと笑って言葉を返す。
「じゃあ、予定通り、ダンジョンに入るまではうちの納屋に荷物を置いてください」
「悪いな。雑貨屋や診療所の場所は、確認しておきたくてよ」
「いいのいいの。村を知ってもらいたいのは、私の方ですからね」
「知っても、大学行くから移住はせんぞ」
「えー」
そうしてキャッキャウフフと笑いながら、バス亭から移動を開始するヒマワリと部長。その二人の後ろを歩きながら、ポツリと副部長が言った。
「私は高校卒業したらシーカー目指すから、移住もありかも」
「んなっ!? 龍巻おめえ、こら! 抜け駆けすんな!」
ギョッとした顔で、部長が勢いよく振り返る。
だが、副部長は「フフン」と笑い飛ばすように告げる。
「部長は大学で青春していてください。私はダンジョンで冒険します」
「ふぎぎぎぎ……」
そんな女子ダンジョン部二名のやりとりを横で眺めながら、仲いいなこの人たち、とヒマワリは素直な感想を持った。
◆◇◆◇◆
二人の村見学は早々に終わり、やがて女子ダンジョン部の二人はダンジョン内へ移動した。
荷物を背負いながら一階の草原を歩き回り、ベースキャンプの設営場所に相応しいポジションを探して回る。
やがて、地面が平坦な箇所を見つけた二人は、持参した荷物を解いてテントの設営を始めた。
ダンジョン内で固定された設置物は、二十四時間経過でダンジョンに吸収される。テントや鞄も、もちろんその法則に縛られるので、テントの位置は適時ずらしてやる必要があった。
そして、ここはダンジョン一階。村に二人以外の部外者はやってきている様子はないが、荷物を放置してこのままダンジョン攻略に行くのも問題があった。
よって、今日のところ二人は、交代で荷物番をやりながら『ブルーフラワーズ』の低階層探索についていく予定となっている。
「合宿当日は、顧問の先生が荷物番をしてくれるんですよね?」
ヒマワリがそう尋ねると、部長ではなく副部長が答える。
「うん。平日の五日間で予定を組んだから、休日出勤にならない範囲で出てもらえる。探索は日中だけだから、先生は泊まりにはならないし」
「先生、出勤せずにキャンプしながらゲームできて、超ラッキーとか言っていたぞ」
続けて部長が告げた言葉に、ヒマワリはずいぶんゆるい先生がいたものだと思った。なお、ヒマワリは顧問の先生との面識はない。合宿のための顔合わせすら、まだしてなかった。
そうするうちに、部長ら二人は持参したテントやタープを素早く設置していく。
ヒマワリは手を出さず見守るのみであったが、二人が用意したキャンプ用品の本格ぶりに、正直驚いていた。
「ずいぶん立派なテントですねぇ」
と、今日何度目かの素直な感想をヒマワリが述べる。
すると、副部長が得意げな顔をして答えた。
「ほら、ダンジョン部って、ダンジョンで稼げるでしょう? でも、部員たちも稼ぎの全てを自分の懐に入れているわけではないの。寄付という形で学校に稼ぎの一部を渡して、部に代々引き継がれる備品の購入費に充ててもらっているの」
「ああ、クラン運営費の上納制度の一種ですね。クラン運営費を学生が直接管理せず、学校側に管理させている形ですか?」
「そう。芝谷寺さん、私の説明でそこまでよく分かったね」
「たまに聞くケースなので」
クランとは、ダンジョンシーカーが一つの目標の下に集まって作る、集団・組織のことだ。今回のケースでは、花祭高校女子ダンジョン部をクランと見なすことができる。
「よし、設営終わり。いやー、ここまでそろうと、当日が楽しみで仕方なくなってきた!」
そう言って、部長が満足げに設営したキャンプ用品を眺めた。
テントやタープ、焚き火台に、低いテーブル、折りたたみ椅子など、あのリュックサックにどれだけ入っていたのかという荷物が、ダンジョン一階の草原に展開された。
もはや、目的はキャンプなのかダンジョン攻略なのか、分からなくなってきたとヒマワリは思った。
「よし、それじゃあ昼飯食ったら、攻略先の下見に行くかー」
「はいはい。じゃあ、私は一旦家に帰りますね」
部長の宣言に、ヒマワリはそう言って二人のもとから去り、昼食を食べに村の自宅まで戻った。
その間、部長の美園は副部長の龍巻と二人で、存分にキャンプ飯を堪能していた。
◆◇◆◇◆
一日目のダンジョン下見。改めて集まったヒマワリたち『ブルーフラワーズ』は、副部長をベースキャンプの監視に置いて、部長を連れて植物ルートを進行した。
その歩みは、順調そのもの。完全にダンジョン慣れしているのか、部長の美園は『ブルーフラワーズ』の誰よりも足取り軽く、植物ルートの森を歩いていく。
出現するモンスターは、ヒマワリたちの解説を聞きながら、部長が一人で対処していく。
花祭高校女子ダンジョン部部長、美園イチコの『ジョブ』は、『メイジ』だ。
『メイジ』。すなわち魔法使い。習得している『アビリティ』は、魔法系統がそろっている。
そんな彼女は、小さな指揮棒のような杖、タクトを振って攻撃魔法を自在に操った。
森の生き物を模したモンスターは次々と倒され、ドロップアイテムへと変わっていく。
さすがは、女子ダンジョン部に入って三年目の学生シーカー。ヒマワリはそんなことを思った。シーカーになってまだ数ヶ月の自分は、まだまだ新米のぺーぺーなのだと、彼女は見事に理解させられた。
そして、順調に下見は続き……あまりにも順調すぎて、一行は五階の最奥まで辿り着いてしまった。
当然のように、部長はボスへと挑み、さらには『ブルーフラワーズ』が見守る中、一人でボスである『キラープラント』に挑み始めてしまった。
「≪ファイアーストーム≫!」
『キラープラント』は数で圧してくるボスで、対処するにはこちらも数をそろえる定石がある。
しかし、『メイジ』である部長の美園は、広範囲範囲を焼き払う無法な『アビリティ』を用いることで、その定石をあっさりと無視した。
部長がタクトを振るたび、火や氷、雷が飛び交い、種が実って眷族が増えてくると、炎の嵐が全てを薙ぎ払う。
そうするうちに、部長はたった一人で『キラープラント』を討伐し終えてしまった。
そして、光と消えたボスの跡地からドロップアイテムを回収した部長が、ドヤっとした顔でヒマワリたちに振り返る。
そんな部長に、ヒマワリはまたもや素直な感想を述べた。
「部長、強くね?」
「ワハハ、私、レベル26あるかんなー」
「たっか。えっ、そんなに?」
数年前に、大学を卒業して村に移住して来たばかりのころの剣崎が、レベル24だったとヒマワリは聞いている。その剣崎も、大学生時代は部長の美園のように学生シーカーをして『レベル』を上げていた。だが、その剣崎よりも部長の美園は『レベル』が高いという。
「私は男子部も含めて、花高の生徒で一番『レベル』高いからな。コツは、普段から魔力をブン回して『アビリティ』の熟練度を上げて、地道に『経験値』を稼ぐことだ」
「ぶちょーさん、『ジョブレベル』のシステムより、私が使ってる『スキルレベル』のシステムの方が向いてるねぇ」
努力家であるほど強くなれる自身の能力を話に挙げて、ヒマワリは部長を遠回しに褒めた。
その遠回しの称賛は、部長にしっかりと届いたようで、彼女はニコリと笑みを返してみせた。
◆◇◆◇◆
その日の夜。ヒマワリは、部長と副部長をダンジョンに置いて、自宅でスマホを見ていた。
ダンジョンに泊まるという楽しそうな行為に、うらやましさを感じたヒマワリ。彼女は、その衝動から、ダンジョン内でのキャンプ解説動画をスマホで閲覧していたのだ。ダンジョンシーカーが動画サイト『ダンジョンハーツ』に投稿した動画だ。
現在、夕食を終え、風呂に入る前の隙間の時間。
今頃、部長たちもキャンプを楽しんでいるのだろうか、などとヒマワリが想いを馳せていると、不意にスマホへ着信が入った。
相手は、美園イチコ。なんと、ダンジョン内にいるはずのダンジョン部部長からの電話だ。
ダンジョン内部からは、電波は繋がらない。ケーブルも基地局も、二十四時間で物質が吸収されるダンジョンの仕組み上、設置できないからだ。
だというのに直接電話とは、もしや緊急事態か。そう思い、慌てて電話に出るヒマワリ。
だが、スマホから聞こえた部長の声は平静で、落ち着いたものであった。
「おーい、芝谷寺」
「……なんですか?」
「ダンジョンの中、夜にならねえんだけど?」
まさかの部長の言葉に、ヒマワリは「あー……」と感心するように声を漏らした。
ダンジョン一階は、上に青空が広がる草原地帯。
しかし、彼女が思い返してみると、その光量は一定で、時間帯によって空模様が変わるということも今までなかった。
「そうなんですか。一階の空って、青空固定なんですね。初めて知りました」
「キャンプの雰囲気、台無しなんだけど!?」
「そう言われましても……」
「夜に焚き火台で火に当たりながら、マシュマロを炙る予定が!」
「……ぶちょーさん、夏合宿の下見しに来たのでは?」
「その夏合宿に、キャンプの雰囲気が大事だって言ってんだよ!」
「えー……」
ヒマワリとしては、「知らんがな」と素直な感想を返すしかなかった。
そんな騒がしい部長と、彼女の暴走のストッパーをはたしていた副部長による一泊二日の下見は、無事に終わりを迎えた。これで、女子ダンジョン部の夏合宿のための前準備が、いよいよ完了である。
あとは、夏休み本番を迎えるだけ。
ヒマワリにとって、今までにない騒がしい夏が、本格的に訪れようとしていた。




