38.植物ルート五階
ヒマワリとサツキが『ニャオンモール』で買い物をして、夏の始まりを楽しんだ翌日。
日曜日ということで、ヒマワリたち『ブルーフラワーズ』は、朝からダンジョンに挑んでいた。
今日も、合宿に備えて植物ルートの下見である。
ただし、本日の日付は、夏休みも徐々に近づく七月九日。『ブルーフラワーズ』が夏合宿の下見を開始してから、一週間が経過している。その間に植物ルート四階までの探索が、すでに完了していた。
植物ルート四階は、鬱蒼とした森が広がる道なき道をゆく、踏破難易度の高いフィールドであった。
しかし、そこを越えて辿り着いた植物ルート五階は、打って変わって地面が整備されていた。
森が広がっていることには変わりないが、なんと進むべきルートを示すように、板材でできた広い道が存在していたのだ。
しかも、その道は平坦であり、根や草に足を取られることすらない。
だがしかし、この植物ルート五階は、村の役場から『迷いの森』という名称を付けられていた。
正規ルートを示す、板の道。だが、その両脇に広がる木々は、濃い霧に包まれている。
綺麗に敷かれた板の道から外れると、その霧に巻かれてしまう。さらにそのまま進むと、地図で示されるルートでは辿り着けないような距離にある、思わぬ場所に迷い出てしまうという。
この『迷いの森』の攻略法は単純だ。板の道から外れなければいい。霧は、森の中に足を踏み入れた者だけを惑わすのだ。
正規ルートさえ歩んでいれば迷うことは全くないため、厳しい道のりが続いていた植物ルートにしては、優しい環境とも言える。
「……ただし、この階で稼ぎたいなら、霧の中に飛び込んで、有用な植物を採取する必要があるんだって」
五階に足を踏み入れた一同に向けて、ヒマワリは事前に仕入れていた情報を再確認するように言う。
この階層は、最奥に居るボスを除いて、一種類のモンスターしか出ない。そのモンスターも高値で売れるアイテムをドロップするわけでもないため、積極的に稼ぐには迷いの森で迷わなければならない。ヒマワリは、そう言っているのだ。
「迷って道が分からなくなったら、ギブアップするしかないよね?」
サツキが、ヒマワリにそんな質問を投げかける。
すると、ヒマワリは簡素に「そうだね」と言葉を返した。
「パーティー全員がギブアップすると、ドロップアイテムとか採取物は消滅するよね?」
「そうだね」
「霧で迷ったら、パーティー全員バラバラになっちゃうよね?」
「そうだね」
「つまり、この階で稼ごうと思うと、ソロで挑戦して、しかも生還する必要がある?」
「そうだね!」
度重なる質問に、活き活きとした声で言葉を返したヒマワリ。
一方で、サツキはあまりにひどい階層の仕様に、ゲッソリとした顔をした。ソロで一階からはるばる五階まで歩いてきて、植物採取をして帰還する。そんなことをするシーカーは、果たしているのだろうかと思いながら。
「で、モンスターは一種類。道の両脇に生えてる木々に、『トレント』が交じっているんだって」
「ヒマちゃんの修学旅行土産の素材だね」
ヒマワリが、剣崎に剣鉈を製作してもらう以前に、メインウェポンとしていた木刀。それが、その『トレント』の素材でできていたはずだと、サツキは言っているのだ。
そんな『トレント』は、森の大木に擬態した植物系モンスターだ。
大木とは言っても、木を切り倒す必要はない。木の幹に人の姿を模した顔があり、そこを狙って破壊することで倒せた判定となる。
そして、『トレント』の顔は、必ず板の道の内側を向いているという、村役場からの攻略情報がある。相手の攻撃方法も、道の方向に枝をムチのようにしならせてくるのだと、ヒマワリは事前に調べていた。
なお、『トレント』が生えているのは、道の真ん中では無く両脇。そのため、攻撃を避けるためにうっかり『トレント』の横に回り込んでしまうと、霧に飲まれる。よって、『トレント』と戦うときは道から逸れないよう、気を付けて戦う必要があった。
「それじゃあ、行こうか」
ヒマワリが音頭を取り、『ブルーフラワーズ』一行は道の中央を進んでいく。
木に擬態している『トレント』の位置は、『ワイズマン』の『ジョブ』に就いている猫のミヨキチが魔法で察知できるため、不意打ちを食らうことは無い。
その結果、ヒマワリたちは拍子抜けするくらい簡単に、植物ルート五階を攻略していった。
ミヨキチが『トレント』の位置を知らせ、犬のホタルがヘイトを稼ぎ、サツキがホタルの防御を固め、ヒマワリが『トレント』の顔を破壊する。
次々と、道の両脇に陣取るトレントは、光と共にドロップアイテムへと変わっていった。
なお、ドロップアイテムは、『トレント』の枝、葉、実、花などである。
丸太や分厚い板材が落ちることはない。ダンジョン側も、こんな低階層で重たい木材をシーカーに持ち帰らせるつもりはないようだ。
ポーターが『ジョブレベル』を高めることで覚える空間圧縮系の『アビリティ』や、サイズや重量を無視して物を入れられるマジックバッグといった、大きなアイテムを持ち帰る手段。これらは、五階という低層を進む段階のパーティーでは、得難いものなのだ。
「うへへー、『ブルーフラワーズ』の快進撃を止める者は、いない!」
リヤカーを引きながら、ヒマワリはウキウキ声でそんなことを言った。
事前情報があれば、五階の攻略は難しくない。お金稼ぎをしたければ、霧の中に突っ込む必要がある。だが、ヒマワリたちがお金を稼ぎたいときは、一階から直通で六階に行けばいいのだ。青熊村ダンジョンは、各ルートの五階よりも六階の方が儲けられるようになっている。
そうして、ヒマワリたちは村役場から入手した地図を頼りに、五階を見て回った。
道中で道の真ん中に置かれた宝箱も一つ見つけ、ヒマワリはホクホク顔だ。サツキも、ヒマワリが嬉しそうなので、釣られて嬉しくなってきてしまった。
ホタルも尻尾をフリフリしながら先頭を歩いており、気を張っているのは『トレント』の位置を≪サーチ≫しているミヨキチくらいだ。
一匹を除いて楽しげな様子で一行は五階を見て回り、最後にボスがいる最奥の広間へと到着した。
五階まで来ると、帰りは引き返すよりもボスを倒して六階に出てから、一階へ魔法陣で転移する方が早い。
そのため、ヒマワリたちはここにきて、植物ルートのボスに挑むことにした。
植物ルートの最後に立ちふさがるボスモンスターの名は、『キラープラント』。
巨大なバラの化け物である。
◆◇◆◇◆
土の地面が広がるボスの間。そこの端に、サツキは三脚を立て、デジタルカメラをセットした。ボス戦の様子を録画するつもりである。
『キラープラント』という名称のボスは、各地のダンジョンに存在する。その中でも青熊村ダンジョンのそれは、中央に大輪のバラの花を咲かせた植物系モンスターだという。
植物らしく、ここを狙えば倒せるというポイントはない。『トレント』は顔という明確な弱点があったが、『キラープラント』に弱点部位はないのだ。よって、ひたすらに全体へ攻撃を加えていき、削り殺す必要がある厄介なボスであるらしかった。
だが、五階の環境が優しかったため、道中で体力を温存できたヒマワリたちは、気力十分。
その勢いのまま、ヒマワリたちはボスに挑むことになった。
「来るよ!」
ヒマワリの警告と共に、地面が揺れ、広間の中心から植物が噴き出すように出現した。
それは、トゲの生えた無数のツタ。そのツタの中心には巨大なつぼみが存在しており、じょじょに花咲き始める。
そんなボス出現演出を全て見終わる前に、まずホタルがツタの塊の前に突っ込んだ。
「わうーッ!」
開幕は、ヘイトを稼ぐ『アビリティ』である≪シャウト≫。
それによりホタルは、『キラープラント』から敵愾心を一身に向けられた。
広間の中央から湧き出すように複数のツタが伸び、そのツタのいくつかがホタルを襲う。
だが、ホタルは素早くそのツタを避けて、後衛を巻き込まないよう位置を調整していった。
やがて、地面から伸びていくツタのうごめきが収まり、ボスの全容が露わになる。
ボスは、トゲの生えた無数のツタが絡み合ったような、奇怪な姿をしていた。そして、そのツタから、唐突につぼみが芽吹く。
『キラープラント』の特徴。それは、つぼみを芽吹かせ、花を咲かせ、やがて花が枯れて結実する。その実が弾けると、種を一つ飛ばして、地面に落ちたところから眷族の植物系モンスターが生えてくる。
そのため、つぼみが芽吹いたらそこを切り落として、種が飛ぶ前に対処していくのが、定番の攻略法と言われていた。
『キラープラント』はどの部位を削っても、相手の生命力が減っていく。そのため、つぼみを落とすだけでも本体にダメージが入るのだ。
ただし、眷族を倒されても、本体は一切のダメージや悪影響を受けない。だからといって本体狙いをして、眷族を放置した場合はというと、眷族が地面を埋め尽くして数で攻められてしまうという。
「さあ、削っていくよ!」
ヘイトがホタルに固定されたことを確認したヒマワリが、剣鉈片手に横から『キラープラント』に斬りかかる。狙いは、今まさに生えてきたつぼみだ。
なお、数を武器にする『キラープラント』の一番の対策は、こちらも数をそろえること。つぼみ刈りと眷族潰しの人員がそろっていると、対処が楽になるのだ。数は力。身も蓋もない攻略法である。
だが、『バッファローマン』の盾持ちタイプや、『ラージストーンゴーレム』のような堅牢さが『キラープラント』にはない。そのため、攻略に飛び抜けた火力は必要ない。現在、八人いる一年生が、夏合宿の最終討伐目標とするには、うってつけのボスとも言えた。
「うはー、ボスなのに柔らかい! これは≪斬鉄剣≫いらずだね!」
「しょせんはバラだからね……!」
叫びながら剣鉈を振るうヒマワリに、サツキが戦闘フィールド全体を俯瞰するように観察しながらコメントを返した。
いつでも攻撃魔法を撃てるようにしながらも、つぼみをサツキが狙うことはない。今回、サツキとミヨキチは眷族の破壊のみに攻撃魔法を使うことにしている。つぼみや花や実は、切り取る攻撃や刈り取る攻撃以外は、受け付けにくいのだ。
だが、ヒマワリ一人では、次々と芽吹くつぼみを刈り取りきることはできなかった。『キラープラント』は、なかなかに大きいボスなのだ。
今も、一つの実が弾け、前方に矢のような種を一つ飛ばした。
放物線を描いた種は、地面に突き刺さると即座に芽吹き、一瞬で育ちきってうごめく大きな花となった。花の中央には口と牙があり、いかにも噛みつきそうな見た目をしている。さらに、地面から根が抜け、四本の脚のような形となり、ゆっくりと歩き出した。
「私が!」
と、そこでサツキがそう宣言し、両手に握った魔法の杖をうごめく花『キラープラントの眷族』へと向けた。
「≪ケミカルニードル≫!」
杖の先から飛んだ魔力の針が、一撃で眷族を消し飛ばす。
その結果に、サツキは思わず満面の笑みを浮かべた。
「やった、私の火力でも倒せる!」
「よかったにゃあ。『アビリティ』の熟練度上げのためにも、サツキをメインにして眷族を倒すにゃあ」
微妙にスパルタなミヨキチの宣言に、サツキの高まったテンションが一瞬で下がった。
魔力を使い過ぎると、意識が朦朧とする。パーティー全員の体力と生命力を管理するヒーラーとして、魔力切れはあまり経験したくないサツキであった。
そうして、パーティーメンバーそれぞれで役割が分担され、『キラープラント』との戦いが進んでいく。
ホタルが本体のヘイトを稼いでいる間に、つぼみや花をヒマワリが剣鉈で切り落とす。
刈り取りが間に合わず、種となって地面から生えてきた眷族をサツキとミヨキチが攻撃魔法で潰して回る。
そして、つぼみが生えるペースは、戦いが進むにつれ速まっていく。これは、順調に『キラープラント』を追い詰めている証拠でもあった。
「四人パーティーだと、ちょっと忙しいボスだね!」
ヒマワリが、楽しそうにつぼみを切り取りながら、そう叫んだ。
ちなみに、ツタが絡むボス本体の中央には、巨大なバラが咲いている。
このバラの花は、一見弱点に思えるが、そういう事実は一切ない。苦労して中央の花を刈っても、つぼみ一個刈り取るのと本体に与えるダメージ量は変わらないのだ。まさしく、初見殺し満載のボスであった。
そんな『キラープラント』との戦いが過ぎること、十分ほど。
地面から生えてきた眷族の処理が追いつかなくなってきたころ、『キラープラント』は唐突にその色を変えた。
青々としていたツタが、茶色に染まっていったのだ。
「枯れた!?」
ヒマワリが叫ぶと、ホタルを襲っていた複数のツタも茶色く染まり、くたりと地面に垂れ下がった。
中央のバラも、花びらが散る。そして、ボス全体が枯れ落ち、やがてまばゆい光を放ちながら『キラープラント』は消滅した。
後に残ったのは、ドロップアイテムである小さな四角い袋。
そして。
『称号≪プラントスレイヤー初級≫を取得した!』
ヒマワリの脳裏に、聞き慣れた神様の幼い声が響いた。これまで二つ入手していた、初級の称号。それの三つ目を無事に入手することができたのだ。
五階ボスである『キラープラント』を倒した、その結果によるものであった。
それと同時、ホタルとサツキの身体が、光のエフェクトに包まれる。『レベルアップ』したのだ。
ここのところ、『経験値』の少ない低階層でダンジョン攻略を行なっていたため、久方ぶりの『レベルアップ』である。共に、レベル8となった。
「青熊村ダンジョン植物ルート五階、制覇ー!」
それらの光が全て収まった後、ヒマワリは戦いの間、無事に撮影を続けていたデジタルカメラに向かって、ポーズを取った。
剣鉈を天に掲げる、彼女がとっさに考えた精一杯の決めポーズである。
それから、サツキによってデジタルカメラは回収され、広間の隅に置いていたため無傷を保ったリヤカーも中央に動かした。
広間の中央には、六階へと繋がる魔法陣が輝いており、その手前には『キラープラント』のドロップアイテムが落ちたままである。
ヒマワリは、ひとつ息を吐いてから、ドロップアイテムの回収に向かった。
ボスのドロップアイテムは、『カラフルマジカルローズの種』。
『カラフルマジカルローズ』は、一株で様々な色のバラの花が咲く、魔力に満ちたバラの品種だ。育てても種を実らせず、挿し木や接ぎ木でも増えないため、現状、ダンジョンドロップの種を入手するしか栽培手段がない。
育てることで咲く花びらや実るローズヒップには薬効があるため、このドロップアイテムの種はそれなりの値段で売れる。
「種の状態だと、六階の象牙の方が高値が付くけどにゃあ」
「ここまで来る労力とボスの強さに、ドロップの質が追いついてない!」
ミヨキチの身も蓋もないコメントに、ヒマワリはそんな突っ込みを入れた。
世の中の経済は、需要と供給で成り立っている。
いわゆる『神の見えざる手』は、『ダンジョンの神様』によるバランス調整を越えた、現代の魔物かもしれない。ドロップアイテムをリヤカーにしまいながら、ヒマワリはそんなことを思うのであった。




