37.休日のお買い物
土曜日。朝から夕方まで自由に行動できる、まさにダンジョン日和と言えるこの日。
だがしかし、ヒマワリは村のダンジョンではなく、隣町にいた。
七月に入り、夏の季節が本格的に訪れており、夏休みももうすぐとなっている。そこで、夏の間に着る私服を調達しようと、サツキと共にバスで隣町の中心街まで買い物に来たのだ。
隣町である花祭町には、大型商業施設であるショッピングモールが存在する。
十数年前には、百貨店があった場所。その百貨店が潰れた跡地の周辺は、長い間、シャッター街となっていた。
そんな寂れた中心街にて、まるで百貨店の代替となるように、このショッピングモールが建った。
名前は『ニャオンモール』。全国展開している、有名なショッピングモールである。他の地方では郊外に建つことの多いこの店舗だが、花祭町では中心街の一等地にあった。
今のところ『ニャオンモール』の客入りは途切れることがなく、かつての百貨店のように廃れる様子は見られない。
モールの内部には映画館やスーパーマーケットがあり、テナントには様々な業種の有名店が入っている。そのため、ヒマワリたちのように花祭町の外に住む者たちも、わざわざこの中心街まで車でやってきて、休日を楽しむのだ。
ヒマワリは、昔の百貨店が潰れて今のショッピングモールが盛況な理由の一つに、『大規模な駐車場の有無』があると見ていた。
そして、今やレジャー施設の一つとも言えるダンジョンも同じく、『大規模な駐車場の有無』が人気を左右するのでは? などと、勝手な考察をしていた。
青熊村には、駐車場が生まれつつある。ヒマワリの師匠であるヒロシが、農地を潰して建てようとしている有料駐車場だ。現在、工事が進んでいる最中である。この駐車場が完成したら、ヒマワリは自身のSNSで、大々的に宣伝しようと目論んでいた。
さて、そんな合っているのか間違っているか、定かではない駐車場の考察をしながら、バスに揺られて到着した『ニャオンモール』。
その特徴的な外観を前にして、ヒマワリの中にあった小難しい考えは、一瞬で吹き飛んだ。
「来たーッ! 夏服が、私を待っているーッ!」
「何着くらい買う?」
「いっぱい! 軍資金はたんまりあるよ!」
テンションを上げるヒマワリと、その横で淡々としているサツキ。
二人の格好は平日の学校帰りに、町の衣料品量販店で少量だけ買った夏服の一つである。服を買いに行くための服がない状態は、なんとか脱していた。だがサツキは、ヒマワリに選んでもらった、自分にとってはオシャレなそのコーディネートを恥ずかしがっていた。
「事前に通販で、今日のための服を買えばよかったかな……」
サツキが『ニャオンモール』の広い入口に足を踏み入れながら言うが、ヒマワリはその言葉を軽く笑い飛ばした。
「服を通販で買うのは邪道! やっぱり、目で見て試着して買わないと!」
「そんなものかなぁ……」
「そんなものだよ。通販で許されるのは、肌着と靴下くらいだよ」
「うーん、基準が分からない……」
「もう、サツキちゃんはもう少し、オシャレに気を付けないとー。美人なんだから!」
「前にテレビでニュースに出たとき、ネットで美少女って騒がれたヒマちゃんが、それ言う?」
「美しさは相対的じゃなくて、絶対的な指標で見るべきだよ!」
そんな会話をしつつ、二人はエスカレーターに乗り、若者向けの服を扱っているテナントが複数あるフロアへと向かう。
やがて、二人の目に飛びこんできたのは、これまたオシャレな夏服の数々であった。
「ふふーん、どれを買おうかなー。今の私は、ダンジョン長者だからね!」
「六階の象牙、高く売れたもんね……」
現在、ヒマワリたちは、青熊村ダンジョンの植物ルート四階を攻略中だ。夏合宿のための下見である。
だが、それ以前に彼女たちは、ダンジョン六階を攻略していた。
その六階に出てくる最大級のモンスター『ダンジョンゾウ』は、象牙をドロップする。これを買取業者の斎藤が高値で買い取ってくれたのだ。
さらに、六階の宝箱から象牙でできた麻雀セットが出て、これもかなりの高値が付いた。
今のヒマワリとサツキは、その収入で金銭的な余裕がかなりあった。
稼いだらその分だけ、税金が多く掛かってくるもの。だが、そのあたりの計算は、二人とも猫のミヨキチにしっかり監修してもらっている。このまま収入が膨れあがっていけば、いずれは正式に税理士を選定して、税務を丸投げすることになるだろう。
「象牙が高く売れるから、ゾウを乱獲したよねー。そりゃ、現実のゾウも狩猟が禁止になるってものだよ」
「『ダンジョンゾウ』は、アフリカゾウじゃなくて、絶滅したナウマンゾウとかマンモスとかの類だと思うけどね」
ヒマワリとサツキは、毛に覆われた特徴的なダンジョンモンスターの姿を思い出しながら、複数のテナントの服屋を見て回った。
様々な夏服を見ては、即決で購入していくヒマワリ。当然、自分の服だけではなく、ひるむサツキの服も選ぶ。お小遣いや簡単なアルバイトでお金を入手している普通の学生には不可能な、豪快な買い物であった。
さらにパジャマや下着、肌着も選び、存分にヒマワリはサツキとの買い物を楽しんだ。
「デッカ、サツキちゃん、デッカ。戦闘力高すぎ」
「昔はCでも大きい扱いだったらしいよ」
「ええー、サツキちゃんの戦闘力の足もとにも及ばないじゃん!」
「シーカーには不要な部位じゃない?」
「そんなストイックさこそ、要らないよ。フィギュアスケートとかやっているんじゃないんだから」
「あっ、最近スケート漫画が人気らしいんだ。ヒマちゃん、三階の『アニメナイン』寄っていい?」
「アニメショップかー。それこそ本なんて、通販か電子書籍でよくない?」
「服と同じで、店で実物を眺めるのがいいの!」
そうして二人は、服以外にもいくつか買い物をしていった。
用意しておいた買い物袋は衣類でパンパンになっており、その成果にヒマワリは満足感でいっぱいになった。
それから昼食を食べに、飲食店が並ぶフロアへとエレベーターで移動する。
ピザの気分だとヒマワリが言い、サツキも異論はなかったため、イタリア料理店でそれぞれ一枚ずつピザを頼んだ。
「そういえば、『ニャオンモール』には、映画館もあったよね」
お冷やを飲んで涼みながら、ヒマワリが言う。
すると、サツキもキンキンに冷えたガラスのコップを傾け、チビチビと冷水を口にしつつ、話に乗った。
「しばらく観にいってないよね。最後に観た映画はなんだっけ?」
「確か、音楽バンドのボーカルのやつ!」
「ああ、『ボヘミアン・ラプソディ』。あれは、面白かったよね」
「ねー! 今は、どんな映画やっているのかな」
「『インディ・ジョーンズ』の最新作がやっているはずだよ」
サツキが挙げた有名タイトルに、ヒマワリはなるほどとうなずく。
「よくテレビで放送されてるシリーズものだよね。私は観たことないんだけど」
「えっ、ヒマちゃん、『インディ・ジョーンズ』観たことないの?」
「ないねぇ」
「ダンジョンがあれだけ好きなのに、意外……。古代の秘宝を求めて、遺跡を探検する冒険話なのに」
「私がダンジョンに憧れたのは、サツキちゃんが子供の頃、よくRPGをプレイしていて、その影響を受けたからだよ」
「そうだっけ……?」
「そうそう。外に出たがらないサツキちゃんが一人、家でゲームしているところに乗りこんで、後ろからサツキちゃんのプレイを眺めていたんだよ」
「うっ、なんだか恥ずかしい過去が、掘り返されている気がする……」
ヒマワリから告げられた過去の思い出を聞き、サツキがオーバーリアクション気味に左胸へ手を当てる。
そんなサツキの様子を見て微笑んだヒマワリは、さらに幼い頃の思い出を振り返る。
「ヤヨイお姉ちゃんは早くから家を継ぐって決めていたから、ずっと農作業をしていて、サツキちゃんを構ってやれていなかったんだ。それで、私がアイちゃんを連れてサツキちゃんの部屋に行って、部屋の漫画を読みながらサツキちゃんのゲームを見守っていたの」
「そうだったかなぁ……うーん、そうだったかも……」
「だから、芝谷寺姉妹がダンジョン好きになったのは、サツキちゃんのおかげだね!」
「それって、私のおかげというか、私のせいというか……」
「おかげだよ。だって、ダンジョンに行ってなかったら、今日もこれだけ夏服買えなかったよ!」
「あっ、そうだね……。そう言われると、昔の話も良い思い出、なのかな?」
「シーカーになってから、サツキちゃんも外へ頻繁に出るようになったし!」
「家から歩いて十分のダンジョン行き、だけどね」
「昔は、ジュンの散歩に行こうって誘っても、こなかったよねー」
「だって、一度リードを放したら、ジュンが逃げちゃったのがトラウマで……」
そうして二人の話題は、サツキの過去から、芝谷寺家の今はもういない先代の飼い犬の話に移っていく。ちなみに、二代目の飼い犬であるホタルは、ダンジョンに入って賢くなる以前から、リードを放しても逃げない習性だった。
ジュンもホタルも、昔に放送されていた北海道が舞台の有名ドラマにいた、主要な登場人物から芝谷家の母が名付けた。
そんなとりとめもない会話をするうちに、焼きたてのピザが二枚届いた。
二人はそれらをシェアして食べ、満足したところで追加で頼んだジュースを飲みながらの歓談に戻り、お腹が少し落ち着いたところで退店した。
それから二人は荷物を抱えながら、モール内を夕方のバスの時間までダラダラと見て回る。
二人にとって久しく過ごすことのなかった平和な休日は、こうして楽しく過ぎていった。




