36.夏の訪れ
『大研修』と巷で呼ばれた大規模ダンジョン研修が終わり、週明けからさらに一日経った火曜日。ヒマワリとサツキは放課後になって、高校の部活棟にある女子ダンジョン部の部室へ顔を出していた。
クラスメートの部員曰く、『大研修』でシーカー向きの『ジョブ』を得た生徒が数人、月曜日になって仮入部しにきたのだという。そのため、ヒマワリたちはあらためて夏合宿の話をしにいくことにしたのだ。
火曜日と水曜日は毎週、青熊村の村役場にある買取所が休みとなっている。そのため、二人がこうして火曜日の放課後に女子ダンジョン部へ顔を見せすることが、今までもしばしばあった。
ちなみに、『大研修』以前まで、女子ダンジョン部に一年生は三人しか所属していなかった。
一年生はこれまで、誕生月にダンジョン研修を受けて『ジョブ』を得ないと、ダンジョンへ挑めなかった。そのため、一年の部員は、とても集まりにくかったのだ。
そして、今回、法改正による『大研修』を終えて、一年生は全員『ジョブ』を得ることができた。それをきっかけにして、女子ダンジョン部へ新たに仮入部したメンバーは、五人も居た。
「これで一年の部員は八人! 大人数パーティーでもいいし、少人数パーティーを二つも組める!」
部室にヒマワリとサツキを迎え入れた女子ダンジョン部の部長が、二人へ誇らしげにそう言った。
すると、次期部長である二年生の副部長が、横槍を入れるように告げる。
「男子ダンジョン部の仮入部は、十人もいるらしいですよ」
「男子と比べんなよー、男子と」
「大会がない部活の部員数は、学校からの待遇に直結するんですよねぇ……部費はダンジョンで直接稼げるから良いんですが」
そんな二人のやりとりを世知辛いなぁ、と思いながら眺めるヒマワリ。
すると、副部長にやり込められた部長が、うらみがましい目でヒマワリを見てくる。
「芝谷寺が入部してくれたらなぁ……いくらでも部員が集まるだろうに」
「私のホームは、村のダンジョンなので……」
「なんだよー。花祭町ダンジョンは、校門を出て徒歩十五分だぞ?」
「村のダンジョンは、私の家から徒歩十分ですが?」
「くっ、素直にうらやましい!」
「部長も村に移住すれば、毎日ダンジョン潜り放題なのになー」
「誘惑するのはやめろ! 私は大学受験するんだ!」
「将来はシーカーになる気満々なのに大学行くのって、無駄じゃないですか?」
「シーカーはいつでもなれる。でも、大学はこのタイミングで入らないと、青春を楽しめないだろ」
部長はそう言って、「フフン」とヒマワリを鼻で笑って見せた。ヒマワリは高校卒業後、そのまま専業シーカーになる予定でいた。そんな彼女に対し、大学生活という一種のモラトリアムを満喫できると、部長はマウントを取ろうとしているのだ。
だが、そこへまたもや副部長が横槍を入れてくる。
「部長は、親御さんに大学だけは出とけってと言われたから、その期待に応えようとしているだけだよ」
「あっ、てめー。なんで言うし!」
そんな副部長の発言を受けて、ヒマワリは「ぶちょーさんって、意外と保守的」と思ったが、口には出さないでおいた。
そして、副部長が今度はヒマワリに向けて、真面目な顔をして言う。
「そういうわけで、夏合宿は、部を引退する部長の最後の晴れ舞台なの。大学受験で、部活動どころではなくなるからね」
「ああ、受験するなら、引退があるんですね。ぶちょーさんは、どの大学受けるんです?」
「なんと、大蝦夷大学らしいよ」
「蝦夷大って、名門校だ! サツキちゃんのお姉さんが行ってるとこ!」
「へー、部長、磯花さんのお姉さんの後輩になるんだね。もし受かればだけど」
副部長にそう言われ、部長は「受かるに決まってる!」と不満そうに返す。
と、そこで無言を貫いていたサツキが、不意に部長へ尋ねた。
「あの、部長の志望学部はどこですか? うちの姉は、農学部なんですけど」
「理学部だな。魔法や魔力を研究する学科が新設されたから、そこだ」
「姉と会う機会はなさそうですね……」
「いや、お前の姉って、ヤヨイ先輩だろ? 一昨年、うちの部のメンバーだった人」
「あっ、そうです。そう言われてみれば、知り合いなんですね」
「おうよ。で、ヤヨイ先輩は蝦夷大のダンジョンサークルのメンバーだから、私が蝦夷大に入ったら、絶対に顔を合わせるはずだぞ」
「えっ、うちの姉、ダンジョンサークルに入っているんですか!?」
「えっ、磯花、知らんかったの?」
「知りません!」
まさかの事実判明の流れに、ヒマワリは「おや?」となった。
もしかすると、ヤヨイお姉ちゃんは家族にサークル所属を隠していたのでは……などと察してしまったのだ。ヒマワリ自身も、サツキの姉がダンジョンサークルに入っている話は、これが初耳だ。
「部長、姉から今年の夏の予定、何か聞いています?」
「札幌のダンジョンをひたすら攻略するって、『ウィスパー』でささやいていたぞ」
「初耳ッ! 去年も今年も、学業で忙しくて、帰省できないって言ってたのに!」
「ワハハ、それ、どうせ貴重な夏休みを実家の手伝いで消費したくなかっただけだろー。先輩、妹は農作業を手伝わないのに、自分は跡取りだから手伝わされるってよく言ってたからな」
「うっ……」
何か思い当たることがあったのか、サツキは口ごもり、それ以上何を言うこともなくなる。
サツキの家は青熊村の米農家であり、跡を継ぐのは彼女の姉であるヤヨイだ。サツキ自身は、早くから家を継がないと宣言していた。さらにダンジョンが一般開放されてからは、ヒマワリと一緒にダンジョンシーカーをすると両親に告げて、承認をもらっている。
そのためか、ヒマワリは幼馴染みのサツキが、家業の手伝いで忙しくしている様子をほとんど見たことがなかった。
そんな複雑なあれこれを突きつけられたサツキが黙ったことで、話が途切れる。そこで、あらためて副部長が音頭を取って、夏合宿の話題を切り出した。
合宿は新入部員を含めた一年生も連れて、青熊村ダンジョンで行なう。ここまでは、決定事項だ。
だが、一年生の多くは、ダンジョン研修を受けたばかり。ここで、一つの問題が立ちはだかる。
それは、月の中頃に行なわれるダンジョン入場資格試験を受けて合格しないと、そもそもダンジョンに入ることができないという、合宿の前提に関わる大問題であった。
現在も、夏合宿について話し合うヒマワリたち四人をよそに、仮入部した一年生が部室に用意された席に着いて資格勉強をしていた。
「ステータスウィンドウを表示するには、どのような動作をすればよいか、次の中から該当する項目を選べ。1.オープン・ザ・ステータスと発言する。2.ステータスオープンと発言する。3.ステータスと発言する。4.ステータスウィンドウが出るよう念じる」
「1でしょ」
「1だよね?」
「ブブ―。全部でした」
「引っかけじゃん!」
「卑劣!」
「アハハ、該当するものを選べって言ったでしょー。一つとは言っていないよ」
静かに勉強するという概念はないらしく、皆でワイワイと会話を交わしながら、勉強にはげむ女子高生たち。
だが、その最中でも夏合宿のことが気になるのか、何人かがときおりチラチラとヒマワリたちに視線を向けていた。
それを察知した部長が、一年生たちの集まる席へ振り返り、大きな声で告げた。
「夏合宿は、夏休みに入ったらすぐにやるから、試験に落ちた子は合宿行けないなー!」
その言葉に、一年生たちは恐れおののいた。
「何それエグい」
「ヤバー」
「試験に落ちた上に合宿不参加とか、罰ゲームが過ぎる……」
口々に恐れの言葉をもらす一年に、部長はさらに言う。
「仕方ないだろー。お盆時期は各家庭の用事があるだろうから集まれないし、休み終盤はみんな自由に遊びたいだろ? じゃあ、合宿をやるなら、夏休み入ってすぐじゃないと」
その言葉を受け、一年生たちは顔を見合わせた。
「夏休み、何日からだっけ?」
「確か、二十六日から」
「じゃあ合宿は今月末かー。せっかくの夏休みなのに、一人留守番とか、ヤバし」
花祭高校の夏期休暇は、七月二十六日から八月の二十日までだ。これは、北海道の夏休みの基準としては標準的である。
「というわけで、今週の土日は、今度の試験に合わせた勉強会を部室でやるからなー。合宿行きたいなら、集まれよー」
「ダンジョン部に入ったら、勉強が待っていたでござる」
「華がないよー。エグいよー」
「ヤバいね」
勉強会とかいきなり飛ばすなぁ、などとヒマワリは思うものの、合宿がかかっているならそういうものかと納得する。
そして、ぜひとも村のダンジョンのよさを知ってもらうため、全員に合格してほしいと思った。
ただし、勉強会に参加することはしない。なぜかというと。
「みんな大変だね。私は土曜に、サツキちゃんと一緒に夏休み用の夏服を買いにいくよ!」
それをしっかり聞いていた部長は、一年生への激励を中止してヒマワリの話に乗ってきた。
「夏、満喫してんな。どの店に行くん?」
「『ニャオンモール』ですね」
「あー、やっぱりあそこになるな」
周辺町村のランドマークとなっている、花祭町の中心地に建つショッピングモール。その威容を思い出しながら、部長は言葉を続ける。
「『プロワーカーズ』とか言われたら、どうしようかと思った」
「さすがの私も、作業服売ってる店でオシャレ着を買おうとは思わないですよ!」
「でも、『プロワーカーズ』の服って、地味に品質いいよな」
「分かるー。冬のコートとか、ガッチリ着込みたい場合はいいですよね」
「ジャージとかも、丈夫でお手頃価格だし」
「ダンジョンに使える靴も、良いのそろってますよねー」
そんな二人の会話を副部長が微妙そうな顔で見守り、そしてポツリと言った。
「現役女子高生の会話か? これが?」
すると、サツキも苦笑して、副部長にコメントを返す。
「二人とも、将来は専業のダンジョンシーカー志望ですから。心根がガテン系なんですよ」
「『ニャオンモール』よりも、『プロワーカーズ』の話で盛り上がる人種……確かにガテン系だわ」
そんなやりとりを着席しながら聞いていた仮入部の一年生は、自分たちも今後ガテン系のノリに染まるのか、と少し先行きが不安になってしまった。
だが、入部を取りやめるつもりは彼女たちには無い。なにせ、夏合宿に行けるかもしれないと知って、今から夏休みが楽しみで仕方ないからだ。
学生が夏休みに特別な思い出を求めるのは、札幌に住む大学生であるサツキの姉を含めて、もはや一種の習性と言えるのかもしれない。




