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いつか、黄金色の幸福を~はずれ皇女の生き残り計画~  作者: 藤倉楠之


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10/11

10 欲深い生き物

 食事の後、散会というタイミングで、伯爵はわたしを書斎に呼んだ。


「食後のお茶を同席していただきたい」


 そう言うが、結局のところ、話題の心当たりは一つだ。わたしの身の振り先ということだろう。いつまでも、中途半端な食客のままではいられない。


 緊張に喉が詰まりそうになりながらドアを叩くと、応じて開けてくれたのはノルドウッドだった。今日も同席するということらしい。ほっとしつつ、すすめられた三人掛けのソファの片端に掛けると、彼は何でもないように、同じソファのもう片端に陣取った。対面のウィングチェアには、伯爵がすでに座っている。

 わたしは深く息を吸って吐いた。


「伯爵。この機会に、わたしからもお耳に入れたいことがございました」


 わたしの身の振り方次第では、こうして伯爵と直接会話をかわす機会は極端に減ってしまうかもしれない。だが、わたしの中では、伯爵がわたしのことをどう思っていても、もうこの領地にあたたかく迎えてもらったという実感はゆるぎないものになっていた。


 だとすれば、皆のために、わたしが伯爵に伝えられることは全て伝えておくべきだろう。彼からは押し付けられた皇女として疎ましく思われていたとしても、ここに置いてもらった恩義というのはある。


「では、うかがいましょう」


 伯爵がうなずいた。わたしは、窓が閉まっていることを確認して、話し始めた。


「今からお話しすることは、秘中の秘です。確証があるかと言われれば、わたしを信じていただくよりありませんし、ノルドウッド卿にも他言無用の誓いを立てていただきたいことです」

「ここに余人の耳はありませんし、秘密は守ります。それも、私の言を信じていただくほかありませんが」


 切り返したノルドウッドに軽くうなずいて、わたしは続けた。


「帝国は、次のお代替わりで大きく動揺するとわたしは見ています。わたしの異母きょうだい、三十人余りの行く先を決めるにあたって、皇室が無理無体を通して養子や降嫁を押し付け、諸侯が己の長子に継がせようとしていた家督を横取りしたり、すでに決まっていた縁組を反故にさせたりする形になったことは、お二方もご承知でいらっしゃいますね」

「はい」


 伯爵はごく短い相づちでわたしに話の先をうながした。


「無理を通せば道理が引っ込むのが世の理とは申せ、その引っ込んだ道理はわだかまりとして、諸侯のお家にひずみを残しています。今上陛下の影響力が及ばなくなれば、各地でお家騒動が起こるなり、皇室への不満が高まるなり、情勢を不安定にする機運が働くはずです」

「それは存じています」


 伯爵はうなずく。大っぴらには語られないが、見る目のある貴族は多くが気づいている事柄だ。


「ですが皇太子殿下が即位すれば、それは収まるのではないですか」


 ノルドウッドの問いかけに、わたしは首を横に振った。


「皇太子殿下に、お子様はいらっしゃいません。殿下が即位なさったら、次の跡目は誰が継ぐのかという問題で、かなりの確率で政治が乱れるとわたしは思っています」

「皇太子殿下も、先年、遅いご結婚であったとはいえ妃殿下をお迎えになったでしょう。お子が生まれるのは時間の問題なのでは」

「やむなくお迎えになった妃殿下ではありますが、この先が秘中の秘なのです」


 男性二人の前で口にするのは、どうにも気が進まなかったが、これもわたしの責任である。わたしは腹をくくって、その一言を口にのせた。


「皇太子殿下は、女性をお好みにならないのです。お傍近くに置かれるのは、見目麗しい近習の若者のみ。妃殿下は、一度もお渡りをお迎えしたことはありません」


 ぎょっとしたように、ノルドウッドがわたしを見つめているのを感じる。目を合わせたら、恥ずかしくていたたまれなくなると思ったので、わたしはあえて、父とそう変わらない年齢の伯爵を見つめて言った。伯爵のような人が父だったらどんなに良かっただろう、と思いながら。


「皇帝陛下があのようなお方ですので、陛下ご自身も、側近の方々も、皇太子殿下のお気持ちを全くご理解にならない。一時の気の迷いでいつか治るだろうと軽くお思いになって、第二皇子殿下を残して、他の皇子方を養子に出してしまいました。ですが、第二皇子殿下が残されたのは、どうにもお身体が弱く、お外に養子にだすのを皇妃陛下が不憫に思われたからなのです。第二皇子殿下にも今後お子は望めないと思います。となれば、外にご養子に出された多くの皇子方の、皇統への近さは同じ。他国の思惑も絡んで、騒乱は長引くかもしれません」

「後宮の秘をたやすくもらせば、いくら皇女殿下と言えど、お命を狙われることもあるかもしれない。なぜ、我々にそれを?」


 伯爵に問われて、わたしは唇をかんだ。


「たやすく言っているわけではございません。わたしの命を、お二人にお預けしたのです。世が乱れるかもしれないとわかれば、何よりもまず、確かな蓄えと人脈を築いていく必要がありましょう。それは一朝一夕にはできません。いつまでも黙っていたのでは、もっとも効果的な時期に必要な手を打てないで無駄にしてしまいかねません。わたしは、自分の人生をこの土地に賭けてみたいのです」


 ふいに、明るい声で笑い出したのは、ノルドウッドだった。


「父上。ここまでのお言葉をいただいて、奮起せぬのは恥ですね。どうか、私に、皇女殿下に求婚する許可をくださいませんか」

「えっ?」


 わたしはぽかんとして、ノルドウッドを振り返った。彼は即座にソファから立って、私の前に膝をついた。


「キーラ様。お預けくださったお命、何にかえてもお守りします。ですから、私の手を取って、次のハルディンガー伯爵夫人になっていただくことはかないませんか」

「あの……次の、って」

「オルレイ。まだ許可は出していないぞ」


 苦虫をかみつぶしたような顔で伯爵が割り込む。


「皇帝の宣下は、キーラ皇女殿下を伯爵夫人にする、というものだ。お前がそれを望むなら、逃げ回っていた代替わりをいい加減に実現して、伯爵になってもらおうか。その覚悟はあるのか」

「代替わり……?」

「このろくでなしは私の一人息子、五年前に亡くなった妻の忘れ形見でしてね」


 伯爵は、親指でぞんざいにわたしの傍らで膝をつく青年を指さした。


「でも、今まで一度も、ハルディンガーの姓は……」

「まだ跡は継ぎたくない、ただのオルレイのままで家臣と率直な関係をもちたい、などと寝言をほざいて、妻の姓を名乗っておったのです。そんなことをしたって、領内中の人間が彼の立場を知っているのだから何の意味もないのですが」


 伯爵は不機嫌そうな顔のまま、肩をすくめた。だが、その頬のあたりがほんの少しだけ緩んでいるのが、ようやくこの強面の人物に慣れてきたわたしにも察せられた。


 ノルドウッド……ではなく、オルレイ・ハルディンガーということになるのだろうか。彼は伯爵に向き直ると、姿勢を正して最敬礼した。


「十分、時間をいただきました。もう私も腹をくくるべき時です。謹んで、代替わりをお受けいたします。何よりも、皇女殿下にこれだけのお覚悟をいただいて、私が情けないことを言っている場合ではありません。目が覚めました」

「よろしい。では、許可を出そう。ああ、でも、皇女殿下。あなたのように聡明で胆力のある方が、この意気地なしのろくでなしの手を取るかどうかは、ご自由ですよ。お気に召さなければ、思いっきり振ってやってください。後のことはこのマクシミリアンが責任をもって片付けますから」


 伯爵は、初めてわたしのまえで満面の笑みを浮かべると、茶目っ気たっぷりに両腕を広げてみせた。


「父上。なにもそんな物言いでおっしゃらなくても」


 オルレイは顔をしかめ、私を振り返った。


「皇女殿下だから、申し込んでいるのではありません。キーラ様だからです。私は、誰よりもあなたに、この土地で幸福になっていただきたいんです。叶うなら、私の隣で」

「レディの返事を急かすもんじゃないぞ」


 肩の荷が下りたような笑顔でまぜっかえす伯爵を軽くにらんでから、わたしは、手のひらを下に向けたまま、右手をオルレイに差し伸べた。彼の言葉を聞いた瞬間に、わたしの答えは決まっていたのだ。


「喜んでお受けいたします」


 わたしの手の甲に柔らかくキスが落とされた、と思った次の瞬間、わたしは立ち上がった彼にぎゅっと抱きすくめられていた。


「私も、都の優美な作法は正直よくわかりません。でも、必ず幸せにしてみせます」


 私の額に、額をくっつけて言う。初日の伯爵の言葉を思い返して、わたしは吹き出してしまった。


 もう、今だって十分に幸せなのに。でも、もっとこの先があるのなら、と、それを言葉に出すのはやめておいた。人間というのは、欲深い生き物だと思う。



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フッタ

― 新着の感想 ―
[良い点] 自らの未来を確保する為の努力が実り、伯爵の為人が分かって胸の空く思いでした。 ふたりの未来と伯爵家の人々、そして領民と領の発展を願わずにはいられません。 [一言] なるほど、根性なしのロク…
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