第11話『君と見た夕焼け空』
会長と副会長さんに手伝ってもらいながら、庶務係としての初仕事は無事に終わった。告示の紙と生徒会広報の号外を貼るだけだったけれど、校内全ての掲示板に貼ったので意外と時間がかかったな。
生徒会室に戻ってきたときには、陽が大分傾いていた。壁に掛かっている時計を見たら、時刻は午後5時を過ぎていた。
「ようやく終わりましたね」
「そうね。お疲れ様、玲人君」
さすがに会長だけあって生徒会の仕事中はしっかりとしているように見えた。副会長さんが側にいたからかもしれないけれど。
「沙奈ちゃんと2人きりだと広々としているけれど、こうして逢坂君を加えて3人っていうのも良さそうだね。1年生だけれど、逢坂君がいると心強いよ」
「先輩の言うとおりですね。期待しているよ、玲人君」
「……そうなれるよう、俺なりに頑張ります」
今は元気そうだけれど、一昨日や昨日は会長の具合が悪かった。そういうときは少しでも手助けできるようになりたいな。
「ねえ、玲人君。そろそろ着信拒否を解除してくれないかな。あれ、地味にショックなんだよね……」
会長は耳元でそう囁いた。
そういえば、会長が家に来た直前に着信拒否していたんだっけ。今まですっかりと忘れていた。
「執拗に連絡しないと約束すれば」
「もちろん」
「守ってくださいよ。これからは生徒会として連絡手段があった方がいいですもんね。改めて、連絡先を交換しましょう」
「うん!」
俺は会長のスマートフォンからの着信拒否を解除し、連絡先を交換した。そのときの会長はとても嬉しそうだった。
「ありがとう、玲人君。これでいつでも連絡できる」
「夜中に電話をするのは止めてくださいよ」
「……ど、努力するわ」
会長の視線がちらついている。どうやら、時間を問わずに電話を掛けるつもりだったんだな。できれば、夜中の電話とかメッセージは避けてほしいところ。俺も気を付けないと。
「あと、もう一つお願いあるんだけど……」
「何ですか?」
「生徒会に入ったんだし、私のことを下の名前で呼んでほしいなって」
「ああ、そういえば……俺、今まで会長のことを苗字で呼んでいましたね。分かりました。では、沙奈会長」
「……もう少し恥ずかしがると思ったんだけどな。でも、玲人君から名前で言われるとキュンとする」
えへへっ、と会長は頬を赤くしながらデレデレしている。しつこくて時に恐いときもあるけれど、こういった何気ないことで嬉しそうにするところは可愛らしい。
「沙奈ちゃんと逢坂君の仲もそれなりに良くなったみたいだし、これなら3人で生徒会をやっていけそうだね」
「そうですね。これからよろしくね、玲人君」
「よろしく、逢坂君」
「はい。これからよろしくお願いします、沙奈会長、副会長さん」
俺は2人に向かって深く頭を下げた。
まさか、高校生になってすぐに生徒会の一員になるとは。入学式で沙奈会長を見たときには想像もできなかったな。むしろ、一般生徒としてどの委員会にも入らずに過ごすつもりだったから。
今日の生徒会の仕事は終わったので俺達は学校を後にする。沙奈会長が家の前まで送ろうかと強く迫られたけれど、そこまでしてもらっては申し訳ないので丁重にお断りした。
「まだ日が暮れていないし、猫がいるかどうか確かめてみようかな」
そう思って公園に行ってみる。すると、ベンチには茶トラ猫を抱きながらウトウトとしているアリスさんの姿があった。その光景を見て何だか安心する。
「にゃーん」
おっ、茶トラ猫の方が先に俺に気付いたか。
また、今の鳴き声のせいかアリスさんは目を覚ます。
「あら、逢坂さん。こんにちは」
「こんにちは。2日ぶりですね、アリスさん」
「そうですね。昨日は色々とあって来ることができなかったのですが、今日、ここに来てみたらこの猫ちゃんが近寄ってきて……陽の光も気持ちよくて眠りそうになってしまいました」
アリスさんはいつもの落ち着いた笑みを浮かべながらそう言った。
アリスさんの隣に座ると、茶トラ猫は俺の方に移動して香箱座り。定期的に移動しながらゆっくりとしたいのかな。そんな茶トラ猫のことを撫でる。この様子を会長がもし見ていたら、きっと変に勘違いしそうだ。
「何だかいい表情をされていますが、もしかして、以前にあたしに相談したことについて解決されたのですか?」
「はい。あれから、色々なことがあったんですけど、身近にいる人と話をして、生徒会に入ることに決めました」
「そうなのですか。本当にその決断で良かったですか?」
口元では笑ってくれているけれど、目つきはとても真剣だ。
「いつか、この決断が間違っていたと思うときが来てしまうかもしれません。後悔もしてしまうかもしれません。でも、これも自分で決めたことですからね。何よりも今、生徒会に入って良かったなと思っているので、これから頑張ってみようと思います」
これから先どうなるかは分からないけれど、今は沙奈会長や副会長さんと一緒に生徒会の仕事をやってみようと思ったんだ。
「そうですか。逢坂さんの顔を見ていれば、生徒会に入ると選択したことに納得していたことは分かっていましたよ。ただ、その気持ちを言葉で聞いてみたかったのです。すみません、試すようなことをしてしまいまして」
「いえ、気にしないでください。ただ、こういう決断をするきっかけを作ってくれたのはアリスさんです。本当にありがとうございました」
多分、火曜日にアリスさんに相談していなかったら、絶対に入らないと意固地になり、もう一度考え直してみようかと思うことはなかったかもしれない。
「あたしはただ、自分の考えを逢坂さんにお伝えしただけですよ。生徒会に入ったということは、しつこいと仰っていた会長さんとも?」
「……まあ、たまに悩まされますけど、彼女と何とかやっていけそうかなと」
今はそう思っていたい。さすがに告示の紙を勝手に発行されるレベルのことはしないと思うけれど、色々な意味で底知れぬ人だからなぁ。
一応、周りを見てみるけれど、沙奈会長の姿は確認できない。どこか隠れて俺達のことを見ているかもしれないので、今後、このことを訊かれるかもしれないと思っておこう。
「あの、アリスさん」
「何ですか?」
「今回のことで何かお礼がしたいのですが」
「いえいえ、そんな! あたしなんかが、逢坂さんからお礼をしてもらっていいのでしょうか」
そう言いながらも、アリスさんは照れた様子を見せる。
「じゃあ、頭を撫でてもらってもいいですか? 逢坂さんに撫でてもらっているときの猫ちゃんがとても気持ち良さそうだったので」
「分かりました」
ハンカチで一度手を拭いてから、アリスさんの頭をそっと撫でる。アリスさんの髪、とても柔らかいな。
「……猫ちゃんの気持ちが分かったような気がします。とても気持ちいいですね」
アリスさんは柔らかい笑みを見せる。心なしか彼女の頭から伝わってくる温もりが強くなったような。
「あぁ、満足しました。ありがとうございました」
「いえいえ」
それから少しの間、俺はアリスさんと一緒に茶トラ猫と戯れることに。茶トラ猫を撫でるアリスさんは、これまでよりも嬉しそうに見えたのであった。




