再会
バグの作った魔道具と言うか、正確にはバグが開発してパペットが量産した魔道具の数はかなりあって、ほぼ全ての魔道具を回収するのに何年もの時間がかかってしまった。
後残っている魔道具は、ブレンダが持つステータスカードを作る為の水晶だけ・・・
おそらくは、ブレンダも私が魔道具を回収して回っている事に気が付いていると思う。私を捕らえる為の罠とかもあるかもしれない。それでも最後の一つを手に入れる為、ブレンダの元へと向うことにした。
ステータスカードの力、それは私も身をもってよく知っている。この世界には過ぎた力。おそらくブレンダ以外に使えないようになっていると思うものの、ブレンダが脅迫されるか洗脳されてしまえば下手すれば最悪な兵器にされるかもしれない力。
バグがいなくなってそんな事態が起きてしまったら、世界は一気に混乱するに違いない。だからもしもを考え油断なく回収する為に、ドラゴンを召喚してブレンダの屋敷へと襲撃をかけた。
「お久しぶりね、レイシアさん。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
屋敷の前で出迎えるように待っていたのはブレンダの他に、かつて仲間だったランドルやフェザリオとシリウス、そしてバグを殺した勇者ハウラスだった。
魔王城へと攻めて来たあの時のメンバーがそこにはいた。
「用件は、わかっているみたいね。ブレンダ」
「ええ、この水晶を取りに来たのね?」
「そうよ」
そう答えるとブレンダはいとも簡単に、水晶を投げてよこした。
一瞬バグの遺品を投げるブレンダに怒りが沸いたのだけれど直ぐに攻撃する意思はなく、ただ渡そうとした結果であることが理解できた。
目的を果たした私は、簡単に別れを告げて拠点へと帰ろうとしたのだけれど、その前にブレンダが話しかけて来る。
「あなたは、どこまで知っていたのかしら?」
意味がわからない質問。
一体何の事を言っているのだろうとブレンダの方を向くと、ブレンダはとても気まずそうな顔を見せていた。
「何のこと?」
「勇者と、魔王の関係性」
「そんな事知る必要があるの? 私はバグと一緒にいたかっただけ」
「ああ、そうだったわね。それじゃあ勇者と魔王の話なんか、あなたには興味もないか」
「正直どうでもいいわ、そんな事」
「少しだけ、今ならあなた達の気持ちが理解できるから、ゆっくりとお話でもしたかったのだけれど・・・ どうもそんな雰囲気でもないようね」
「そうね。それじゃあさようなら、ブレンダ」
「ええ、いずれまたどこかで会えたらいいわね」
そんな短いやり取りで、私達は別れた。これで私が遣り残した事は終わった。
勇者とか魔王とかその後の人類がどうしたとか、ほんとにどうでもいい気がするけれど、バグ達が一生懸命にがんばって創り出そうとしていたこの平和な世界を、人類は感謝もしないでのうのうと生きて行くのだろう。
それどころかいずれまた戦争を起したり、人類同士で醜く傷付け合ったりして、自分達の手で平和を壊してしまうのかもしれない。でもバグのいなくなった世界がどうなろうが、もうどうでもいい気がした。
拠点に水晶を置いた私は、最後にバグとの思い出に触れておきたくてバグと初めて出合ったダンジョン前に移動した。最初に会った時はスライムだったっけ。
知能を持ったスライムが、あれほどの存在だったなんて、今でも信じられないな・・・
今だからわかるけれど、野良スライムとバグの差は、ほんとに知能の差でしかなかったんだと思う。
次に学校を遠くから眺められる丘の上に来ていた。長かったような短かったような、そんな不思議な感覚。バグと過ごした学校生活は実際には半年ぐらいしかなかった。それでも毎日がとても充実していた気がする。
そういえば二度目のスライムになった時にこの近くの洞窟で、バグを見付けたんだったかな。ただ穴が開いているだけの小さな洞窟の中、ただやって来る侵入者を待っているだけのバグを私の召喚したウルフが見付けた。
私が召喚しなければ、バグはずっとスライムとしての人生をあんな感じで過ごしていたのだろうか? そう思いながら洞窟の中に入ってみると、そこには小さな女の子がいた。
あら、こんなところに先客がいるなんてね。服はボロボロでろくなものを食べていなかったのか、やせ細っているように見える。年は十二・三歳くらいだろうか? こんなところで何をしているのかしら?
「ここで何をしているの?」
私は何も、この少女を助けたいとか可哀想と思った訳ではない。なんとなくバグとの思い出に浸っていたかったので、移動して欲しいと思っただけだった。少女は私の言葉に反応はするものの、喋る力すらなかったのか微かに口を動かしただけだった。
仕方ないかな? バグとの思い出巡りを中断して、少女を拠点の客室の方へと連れて帰ることにした。思えばここも、作っただけで結局使う機会もなかったわね。
パペットに指示を出してお腹に優しい栄養のありそうなスープを作ってもらうと、自力で動けなくなっている少女に時間をかけて飲ませていった。
一体どれくらいの期間、何も食べていなかったのかな? やっと落ち着いたって感じの少女が安心したように眠りに付いたのを確認して、私もリビングで食事をしてくつろぐ事にした。
少女は余程疲れていたのか、その後起きてはご飯を食べ、食べては眠りに就くという事を三日間続けた。四日目にようやく喋れるようになった少女に、質問することにする。
「あんなところで何をしていたの?」
「冒険者になりたくて、モンスターと戦っていたんだけど、うまくいかなくて・・・ 逃げている間に動けなくなってあそこで隠れていたの」
「冒険者になりたいのなら、冒険者養成学校へ通うといいわ」
「ちょっと前に才能がないって、退学にさせられました」
私も、あのままバグに出会えなければこの子の様になっていたのかしらね・・・ これはバグが巡り合わせてくれた縁なのかな?
とりあえず、少女のステータスを確認してみることにした。彼女には才能が本当にないのかどうか、これでわかるんじゃないかって思ったから・・・
名前 ミーリス 種族 ヒューマン 職業
LV 1 HP 56 SP 32
力 16 耐久力 12 敏捷 13
器用度 18 知力 20 精神 19
属性
スキル
なんて言ったらいいか、可もなく不可もなくって感じ? 私と同じで、LVが上がれば何とかなるんじゃないのかなって思えるけれど・・・ そういえばホムンクルスと同じで、この状態でどうやって経験を稼げばいいのかが問題なのかもしれないな。
結局バグはどうやってホムンクルスを育てたのだろう?
まだ本調子ではないミーリスをそのまま寝かせて、ホムンクルスに話を聞くことにする。と言うか、気が付かなかったけれど地下に新しい部屋ができていて、そこに生き残った魔王軍のモンスター達が過ごしていた。一体いつの間にこんな部屋が・・・ そしてそれに気が付かないほど、ボーっとしていたのねって思う。
アンデットなんかも一緒にいるみたいだけれど、そういえばこの子達はバグの眷族とかではなくても、バグが育てた子達だものね。そのまま魔王城に置いておく事はできないって判断したのかもしれない。実質バグが魔王軍に貸し出していたって感じだしね。
それよりもホムンクルス達はどこにいるのかな?
部屋の中を歩いていると食堂みたいなところがあって、そこで食事しているところを発見した。今では人間と見分けが付かない彼らだけれど、三人揃ってデザートを食べている姿を見ると、出会った頃の小さな姿が思い起こされる。
いつまでも昔を思い出してばかりもいられないかなと考え、早速聞いてみるけれどあまり参考にできそうになかったよ・・・
それぞれに戦い方があって、結局自分に合った方法を探す事しかないのかもしれない。とりあえずミーリスが動けるようになってから、今まで覚えた事を教えてもらい、何ができるのかを調べてみることにした。
ミーリスの経験稼ぎに付き合って、何とかコボルトを倒せたのを確認するとその日は終わりにしてリビングに戻って来た。そこには眷族やパペットがいて、回収して来た魔道具を愛おしそうに抱えている姿が見て取れた。
バグに大切にされていただけあって、彼らもバグのことを大事に思っていたんだろうなって分かる。一部の者はやることが無くなって呆然としている者もいる事が、逆にどれだけ主を想っていたのかが見て取れる光景として映り、余計にバグがいなくなったという事実を思い知らされる結果になった。
私もどちらかといえばミーリスに出合わなかったら、彼らのように一日中でも座ったままだったのかもしれない。そう考えると余計にバグが巡り合せたのかもと思えて来る。バグの生きて欲しいという願いはおそらくああして座ったまま、ただ存在するということではないと思えるから。
それからも弱そうなモンスターを連れて来てはミーリスに倒させて経験を稼がせていった。学校を追い出されただけあって、ミーリスは一人でこんなモンスターすら倒す力がないので、危なくなるたびにモンスターに殺気を放って動きを制限する。まあ、ミーリスも一緒になって震えていたけれどね・・・
でもこうでもしなければ、経験を稼ぐこともできない。
まあ、手助けしなくても雑魚くらい自分だけで何とかできるだけの力が付くまで、コツコツやって行けばいいと思う。
それから何日かが経過して、ある程度自分だけで雑魚を倒せるようになって来たので、次は彼女の職業をどうするかを考えた。はっきり言えばステータスに職業が無いままで、彼女が何を得意としているのかが不明なままだった。
だからとりあえず剣を教えたり魔法を教えたり、順番にいろいろと教えて行くことにする。確かバグがハウラスに教えていた時も、こんな感じで得意分野を探す事から始めていたと想い出しながら試していく。
ミーリスはステータスが平均的にあるので、何かに特化しているタイプではなさそうね。
それに剣を使えるのはわかっていたけれど、魔法の素質も持っている。私と同じで、最初は魔法を使いこなせなかったとしても、経験を積んでいけば魔法だって使える可能性はある。そう考えれば、まだ魔法使いとして才能が無いとかって判断は早計だと思えた。
やがて剣や魔法、盗賊や狩人などいろいろと教えていると、彼女が最初に覚えたスキルはディクラムの加護という加護だった。確かディクラム神は、秩序を司っている神様だったわね。つまりミーリスはこの時から神官になったという事かなって考えたんだけれど、職業は空欄のまま。このパターンってハウラスとよく似ているわね。
ひょっとしてまた勇者とかいうのかしら? もしそうなら私はこれ以上彼女とかかわらない方がいいのかもしれない。そんなことを考えたりしたけれど、LVが七になった時、彼女の職業が現れて勇者ではない事がわかった。
ミーリスの職業はオールラウンダー。聞いたことがない・・・
どうしよう、そんな職業は聞いたことがなかったので、この先どうやって教育していけばいいのかがわからなくなって戸惑っていると、ホーラックスがやって来て教えてくれた。
「オールラウンダーとは、全ての間合いで動ける者を指す。つまりあの者は剣を使い、弓を撃ち、魔法も使える者だということだ」
「つまり、どんな職業にも着けるって事?」
「そうなるな」
「教えてくれてありがとう」
と言うことは、今まではどれがミーリスに一番合っているのか調べる為に、いろいろと教えて来たけれどこれからは全ての職業を全部教えていかないと行けないってことになるのかな?
ちょっと何にでもなれるのはいいなと考えてみたけれど、全てを覚えないと駄目だと聞くとひょっとして誰よりも大変なんじゃないかな? って気がして来た。
とは言うものの、やる事がわかれば後は教えていけばいい。私は魔法の事はある程度教えることはできるけれど、専門になれば剣や弓などはうまく教えることはできなくなる。ちょっと試すくらいなら教えて上げられるけれど、やっぱり専門の知識がなければ駄目だよね。
でもそこは眷族達が補ってくれた。盗賊ならアルタクスが教えることができたし、ベルスマイアが神官のことを教えることができる。戦士や狩人の知識はスライム達が持っていて、言葉は話せなくても指導していってくれた。
眷族達もやる事があればそっちに集中できて、多少はバグを失った痛みを忘れることができるみたいだったので、これはこれでいいんじゃないかなって思えた。
それから私は、なるべくなら落ち込んでいる眷族やパペットに仕事を与えていくことにした。何かしている間は無心でいられるから、彼らも黙々と作業をこなしている。
そんな感じの生活をどれくらい過ごしていたか、やがてミーリスもあらかた技術を吸収したので、町へと送り出すことに決めた。彼女の目標は冒険者になること。いつまでもここで過ごしている訳にはいかないと考えたからだった。
学校は追い出された為、もう一度通うことはできないけれど、ギルドの試験をクリアすれば冒険者にはなれる。
ただその前にミーリスには私達の事を絶対に喋らないよう魔法をかけさせてもらう。魔王軍として活動していた私達の存在を、誰にも知られる訳には行かなかったからの処置だけれど、多分彼女が喋ることはないと思えた。それでも絶対はない。
バグを見習って、危険はできるだけ取り除くように行動する。
それと私がケイト先生から言われた時と同じように、決して男性冒険者を信用しないようにといい含めておくのを忘れない。そしてミーリスを町のギルドまで送り届け、試験に合格したのを確認すると拠点へと戻って来た。
後はミーリスが良いパーティーに巡り合える事を願うばかりね。再び教師の真似事をすることになるなんて、思ってもいなかったけれどバグと一緒に教師として過ごしていた経験がこんなところで役に立つとは思わなかった。
それからの私達は拠点から出ることもなく、ただ日々を過ごしていた。
その後外ではどれくらいの月日が過ぎ去って行ったのだろうか。あれから人類はバグ達が残した平和をどう受け止めたのだろうか。どうなっていようとどうでもいいと考えるものの、バグの目指していたものを壊さないでいて欲しいとは思った。
私達は拠点でゆっくりと過ぎていく時間をただ仲間と共に過ごしていく。
魔王軍で生き残ったモンスター達は争いがなく、美味しいものが毎日食べられる生活に満足して過ごしている。たまに暴れたい欲求があるのか、決闘みたいな感じで戦ったりしていたけれど、どちらかが動けなくなる程激しい戦闘にはならないである程度暴れると満足していた。
やっぱり彼らもこうしていると、一緒に生活していけるだけの知能は持っているんじゃないかと思えた。
変わる事のない時間の中でボーっと過ごしていると、同じように隣に座り込んで無意識に水晶を磨いていたアサシンのパペットが突然興奮し出したのがわかった。一体どうしたんだろう?
いったい何をそんなに興奮しているのかわからず、また知ったところでそれが何になるんだろうって考えていると、他の眷属やパペット達も次々と興奮し出すのを目撃した。
それを見た私はなにやら胸騒ぎのような、うずうずする様な気持ちを味わう。
急に拠点の中の時間が動き出したかのように慌しくなって、もしやバグの自動復活スキルが今頃になって発動したのかとも考えたけれど、それならパペットではなくバグ本人がここに来てくれるはず。
それでもいてもたってもいられなくなって、バグのお墓を見に行ってみたけれど、特に変わったところは見られなかった。
司書パペットがそんな私のところへとやって来て、多目的シートを広げて何かを見せようとして来た。
なんだろうと見てみると、シートに表示されている場所は険しい山の山頂付近。
みんなが興奮する何かがここにあるんだと思うと、考えるよりも早くその場所へと転移していた。そこにいたのは体長十メートル位いくだろうと思われる巨体を持った、ゴールドドラゴン。
転移して突然やって来た侵入者である私を警戒したのか、唸り声を上げてこっちを見下ろしている。
司書パペット達が騒いでいたのはこのドラゴン?
一瞬そう思ったけれど、ここが竜の巣である事と後ろに大きな卵があることから違うと判断した。ただのドラゴンなんかでパペット達が騒ぐ訳が無いわね。そうなるとパペット達が騒いでいたのは後ろにある卵に違いない。
「召喚、魔王」
私の召喚に答え、ホーラックスが出て来てくれる。
「相手をお願い」
「よかろう」
私の行く手を塞ごうとするゴールドドラゴンをホーラックスが押さえ付けてくれる。今まで一杯お世話になって戦友のような間柄になったホーラックスが、ドラゴンをねじ伏せるのを見ると魔王すら作ってしまえるバグの規格外の強さを、改めて凄いなと思い知らされる。
親ドラゴンには申し訳なく思いつつも、ひょっとしてバグが生まれ変わったのかと思うと、どうしてもいてもたってもいられなかった。
元々バグは異世界からこの世界に生まれ変わってやって来たのだ。二度目があるかもしれない。
辿り着いた竜の巣に一つだけある卵を前に、バグが近くにいる予感を感じてただ見詰めた。しばらく見守っていると卵を内側から壊すように卵の一部が崩れていく。そしてそこから顔を覗かせる小さなドラゴンの雛が見えた。
卵を壊し自力で出て来たその雛と視線が交差した時、この子はバグだって確信し私の元に戻って来てくれたのだと、自分の半身をそっと抱きしめた。今度は絶対に離れないと思いながら・・・




