料理レシピ
あの後、ドラグマイア国でダンスを教えるという話になっていた。だけどその前に私にも都合がいい時に教えてもらおうと、バグのところへ顔を出してみる。バグはそれを断ったりしないで、拠点にダンスができる部屋と音楽を演奏できる眷族を創って、本格的に教えてくれることになった。
初めの基本的なものを学びながらついでに疑問に感じていたけれど、今まで聞けなかった事を聞くことにする。
「ねえバグ。バグはただのスライムじゃなかったの?」
バグの知識は人間を観察して手に入れたものにしては豊富過ぎるし、まるで別の文化を持つ種族から知識を持って来たかのように異質過ぎた。発想や着眼点が違うという状態じゃなく、それでいてその未知の知識が明確に成功するという自信まで持っていた。異質な知識を持っていて、それが普通に出来るものだとわかっている感じがする。一体どこでその知識を教わったのだろう・・・
「ただのスライムにしては、知識が豊富過ぎるし。ダンスだって誰かに教わったって、変だよね? スライムには手も足も無いのに・・・」
その言葉を聞いたバグは、なにやら背負っていた重い物をやっと降ろせたといった感じの穏やかな顔になって、私の疑問に答えてくれた。
「信じてもらえるかどうかはわからないが、僕はこの世界の人間じゃない。他の世界で今の僕と同じような姿で生きていた人間だった。事故にあっておそらくは即死だったのだと思う。気が付いたらレイシアに召喚されていたよ。状況から考えると、生まれ変わったのだろうね」
「そうなんだ・・・」
生まれ変わり。それはこの世界でも信じられて来た現象だけれども、証明された事があまりなく作り話ではないかと言われている現象の一つだった。その一方で、生まれながら知識を持った人間が実在していた事も記録には残っていて、絶対に無いとも言いきれない。だからもしバグがそうだと言うのなら、生まれ変わったという事もあるのかもしれない。
ただ、バグの場合は他の世界の人間だったという話で、今までのバグを見て来なければ到底信じられないような話だった。
でも私にくれた魔法を使っていないのに、魔法の武器と同等の切れ味がある剣やこの世界には存在していない銃器、この世界の高級料理店でも再現できないくらいの美味しい料理の数々、異世界の技術と言われればすんなりと納得できる数々の物が、バグの語った内容の正しさを証明しているようだった。
それに、バグがここで嘘を言うとも思えなかったしね。
その後しばらくは何と話しかければいいのかわからずただダンスを教えてもらっていたけれど、バグの世界に興味があったので故郷の話を聞いてみる。ぽつぽつと話すバグは、あまり故郷を好きではなかったようだけれど、愛着とまではいかないまでも、やっぱり自分の世界の方がいいのかなって雰囲気が漂っていて、これだけはどうしても聞いておきたいと考えた。
「元の世界に帰りたい?」
「いや、それはないな」
できれば聞きたくない恐怖をともなう問いかけ、そしてできればこちらの世界の方が良いと言って欲しいと思った問いかけだったけれど、バグは私の質問にさらりとそう返して来た。
安堵と嬉しさの裏側で、自分の世界を好きになれなかったバグを、可哀想だとも感じた。いきなり違う世界に呼ばれて、自分の世界に帰りたいかとの問いかけに迷うことなく帰らないと答えることができてしまう。それは元の世界を好きになれない、あるいは嫌いだった可能性がある。だからこそこちらの世界に転生してしまったのかもしれないね・・・
「今は私がいるから!」
思わずそう言った私に、バグはただ微笑んでいた。私にはその微笑が寂しげに見えた。
翌日ヤーズエルトが待つダンジョンへ向う。入り口で騒いでいるヤーズエルトを軽くあしらって、結界内に溢れているモンスターを一掃したバグは、早速中へと入って行く。
一階層はバグの指示でアラクネ達を呼び出して敵を倒してもらうことになり、二階層目では丁度経験集めによさそうな敵ということで、ヤーズエルトの支援をするように言われた。彼はまだ複数を同時に相手できるだけ強くないので、なるべく一対一になるように調節するようにしてあげる。
その間にバグは一階層を調べて敵が湧き出すところを確認しているみたいだった。
十分程するかどうかで戻って来たバグは、三階層へ向うと言うので付いて行こうとしたけれど、バグがヤーズエルトを一人にするのは危険だと言うので、確かに一人にするのは危険かなと私も考えてアルタクスをサポートに付けることにした。この子はサポートに慣れているから任せても安心だね。
三階層目にはドラゴンなどの大物がいたけれど、バグが余裕でヒュドラを倒したのを見てドラゴンもビクビクしていた。おかげで苦労する事無く経験稼ぎさせてもらうとそのまま四層目へと向い、そこに待ち構えていたのは魔人が五人だった。以前魔王軍の残党が魔人だったので警戒していると、バグの転移攻撃を受けてあっさりと吹き飛ぶ。
どうやら魔王軍の残党程強くはなかったみたいだね。
それでも私が戦うにはきつい相手だろうと思い、離れた所から銃器で支援することにした。
魔人を倒して進むと奥には変わった部屋があって、ストーンゴーレムに近い感じのものが何か操作している感じだった。ダンジョンの暴走を止めた後、ヤーズエルトが修行に使うのに丁度いいと言って少し調整した後、再びダンジョンを起動させて管理を今まで操作していたストーンゴーレムにさせることになる。バグが合流したヤーズエルトにここの三階層を余裕になるようにがんばれと言って、ここでの私達の仕事は終りになったみたいだわ。
戻って来てレイバーモルズ町の様子とか見ているとバグから突然、ブレンダが誘拐されたと聞かされる。
誘拐したのは隣の国の者でなにやらリンデグルー国家と因縁があったみたい。分身のスキルを使っていたとかで、さっくりと解決してしまった。その後今回の誘拐事件でブレンダの身を案じたバグが、LV上げを勧めたことでブレンダは経験集めをすることになったので、しばらくはお手伝いをすることにした。
「経験集めをするなら、まずはパーティーを集めないとだね」
「大丈夫、そっちは当てがあるわ」
ブレンダがそう言って呼び出したメンバーは、かつて冒険者養成学校で同じパーティーにいたランドルとフェザリオとシリウスだった。なんだか凄く懐かしく感じるな~
早速彼女らはパーティーを組んでまずはマグレイア王国の初級ダンジョンへと潜ることにした。まずはブランクのあるブレンダの勘を取り戻さないとだよね。
私はサポートというか引率みたいな役目で、ブレンダ達のパーティーには入らない。まあLVが違い過ぎるから余計に入れないね。それとこのパーティーには盗賊の技能持ちがいない為に、アルタクスを貸し出している。戦闘には参加しないように言ってあるので、罠だけ対処してくれる手筈だった。
一通り初級ダンジョンに慣れたら、いよいよ本命の中級ダンジョンで経験稼ぎを始める。さすがに前線から離れていなかったランドル達は問題なかったけれど、ブレンダはちょっと反応が遅れがちだったかな? まあ仕方がないことだっただろうけれど、せっかく冒険者の資格を手に入れていたのに冒険に出ないなんて勿体無いよね。
殆ど手を貸す事はないけれど、アルタクスがいるかどうかはかなり違いが出て来るので、しばらく一緒に中級ダンジョンに付いて行って危険がないかどうかだけ見守って行く。
どれくらい訓練に付き合ったか、もうそろそろ見ていなくても平気かなって思うくらいになって来た頃、バグが卒業試験の時に行った初代勇者の村に調査をしに向かうというので、付いて行くことにした。
調査に行った結果隠し部屋を発見、残されていた記録からリンデグルー国家が過去にやっていた事がどんな事だったのかがわかり、バグが魔神の姿に戻って王族を滅ぼすことになった。
またブレンダの周囲は大変になりそうだな~。
案の定ブレンダはしばらく実家でいろいろやる事ができて、経験集めはしばらくお休みになるみたい。
こっちはこっちでドラグマイア国でダンスを教えて行くことになって、私もそちらに付いて行くことにする。ダンスが終了して、たい焼きを食べながら雑談しているとラデラ皇女が異形退治を仲介して頼んで来た。それをバグが断ると仲介している国の王子とせめて面会だけでもと粘られたので、その理由を聞いてみるとどうやら相手国の王子が気になるお相手なんじゃないかって感じに思えた。
バグの周りに女の子が増えるのが嫌だったので、ラデラ皇女に想い人がいてくれるのは大歓迎できる! 押し切られるように面会を受けると翌日出会った王子はなんと言うか、ぱっとしない男の人だった。
お国柄そんなに武人って感じじゃなくていいのかもしれないからそれが理由なのか、第三王子だからのほほんとした感じなのか、そしてそんな王子はのほほんとした容姿をしているくせにとにかく異形を倒せと言って来る。面会だけって話だったのに、ずうずうしいことに交渉して倒してもらおうって感じではなく、お金が欲しいなら出すから倒せみたいなよくいる威張った権力者って感じだね。これはバグが嫌いそうな人だなって思っていると、やっぱりバグは断っていた。
次の日はヤーズエルトの様子を見に行くと、こっちは順調に力を付けてきていた。ブレンダもドタバタしているものの、段々情勢が物騒になって来ている為に経験値集めを再開することになったようで、また中級ダンジョンに潜る事になったみたい。
そして再びダンスを教えに行って終わった後の席で、今度はみたらし団と言うおやつを食べながら話をしていると、王子が剣やら工芸品を持って来てバグと交渉していた。当然そんなものはバグが持っている技術に比べれば取るに足りないものなので、断られているとラデラ皇女が助け舟を出して来る。
このみたらし団子と同じくらい美味しいもののレシピと取引してはという話だった。ラデラ皇女はバグの料理の味をわかっていないのかしら? それともわかった上でそれくらいじゃなければ駄目だろうって判断なのかな? なんとなく後者のような気がするわね。ラデラ皇女はそれなりに頭が回ってそれに度胸なんかもあって、こういう交渉事には結構慣れているのだと思えた。
「え? そんなのでいいの? お金や名誉なんかよりレシピ?」
そう考えていると全てをぶち壊すようなのんきな発言を王子はしてしまう。
しまったという表情をしていたラデラ皇女が可哀想に思えてくるね。まあバグもいい加減しつこかったのでレシピ五枚を要求してそれならば受けようという話で落ち着くのだけれど、バグが認めるレシピを創るのは相当きついだろうなってラデラ皇女の苦労を察して、心の中でがんばれって応援しておくことにした。
一度、バグが求める水準の料理を作る為に拠点へと転移すると・・・
「この愚か者が!」
ラデラ皇女が本気で怒鳴っていた。まあ気持ちはわかるけれどね・・・
「ラデラ、大丈夫だよ。フラムイスト国は工業だけの国じゃない。それなりに料理だって腕のいい料理人が育って来ていてね。そうだ今度食べにおいでよ」
「お主、このみたらし団子というものを食べてわからぬのか?」
「これはみたらし団子というものなのですか、確かにこれは今まで食べて来たものの中でもかなり美味しいですね。ですが我が国の料理人になら作れるのではないかと思いますよ?」
「そう思うのなら後で後悔しないようにせよ」
実際の話しバグの料理と同じものを出したいのなら、まずは料理より先に食材を研究してより美味しいものにしなければいけないという事を私は理解していた。レイバーモルズ町の畜産場で育てられたお肉を食べた事があるのだけれど、目の前で塩と胡椒をかけて焼いただけのお肉が、口の中でとろけていった時の衝撃が凄かったのを覚えている。
もちろん味もどんな高級料理すらかなう訳がないと言いたい程美味しかった。ただ肉を焼いただけでその領域のお肉が、ワインで十時間煮込まれたものを味わった時にはもういつ死んでも後悔はないと思える程、幸せな気分になったものだった。思い出したらまた食べたくなって来たわ・・・
でもそのくらい素晴らしい肉料理だったのに、質が悪いと聞いた時には冗談だよねって思ったけれど、バグは凄く真剣な顔をしていたのを見て、バグが満足する料理って一体どれ程の高みなのかって思った・・・
とにかく、バグの水準のレシピを出すには、どこかで見付けただけの食材では太刀打ちできないと思う。実際にバグが料理を作って帰って来たので、いくつかの料理を食べて理解した二人は真っ青な顔をしていた。
私は美味しい料理を普通に味わって、幸せに浸らせてもらう。だって、前に食べさせてもらったカレーがさらに美味しくなっていたんだもの・・・ バグの料理は、スイートビーの蜂蜜のような美味しいだけの素材を使えばいいなんて生易しいものではなく、そういう素材を生かす知識と技術が必要になって来るんだと考えている。王族だから素材は何とかそろえられるかもしれないけれど、ただそれだけではこういう料理は作れないだろうな~
今回部外者の私が幸せに浸ってドーナツを食べている途中で取引が成立して帰る事になったんだけれど、私が名残惜しそうにしていたからか、しばらくは飽きないくらいいろいろな種類のドーナツがおやつに出て来てとても嬉しかったよ。
その後のリンデグルー国家の様子を見る為に町中を回り、ついでに卒業生もどうしているか見るのにギルドに来てみた。国内は表面上特に変わった様子はないかな。
ギルドの方はバタバタしていたけれど、それは緊急依頼のせいだったみたいで、内容を確認すると盗賊団が子供をさらっていたらしく、そのアジトがわかったので早急に制圧して欲しいというものだった。
バグにこの依頼を受けたいと言ってみるといいよと言われたので、早速依頼を受けて盗賊を倒すことになった。でもギルドの調査は不十分だったみたいで、ここは三つあるアジトの内の一つでしかなかったみたい。
一つは場所が判明してもう一つはわからずじまいって状況だったので、私がわかっている方のアジトを制圧しに向かうことになったのはいいけれど、ここもそのままにはしておけないって話になり、アルタクスの人化を使って子供達を見ていてもらうことになった。私が片方を制圧している間に、アジトを見付けたバグが残りを制圧してくれる。
報酬は後日になったので一度拠点へと帰ることになった。
人化したアルタクスの姿は改めて見てもバグを幼くしたみたいな感じで、とっても可愛らしい姿をしている。今度から一緒に冒険する時はこの姿でいてもらおうかしらって思えるくらいなんだか良いなって思うわ~ それにもし私達に子供ができたらこんな感じかなって、ちょっと将来の事を考えてしまった。
スライムだったアルタクスは人の姿になったものの、言葉を話せなかったのでバグが発声の指導をして声が出るようになったから喋らせてみると、中性的な声だったのでどうもバグのお気に召さなかったみたい。それでバグが女性に変わるように指示してアルタクスは改めて人化し直し女の子になる。その姿もそれはそれでとっても可愛くて、喋っているところを見たら我慢できなくなった。
「可愛い!」
思わず叫んで飛び付いてしまう。やっぱり子供って可愛くて良いなって思えたよ。私がアルタクスを可愛がっていると、冒険者登録をするといいかもなってバグが言って来たので、いいかもって思い早速ギルドで登録してもらってきた。
その後、バグは学校で生徒の面倒を見る事になったみたいなので、私はまた経験集めをすることにした。そうしていると魔王軍の方にも進展があったようで、四天将の残りの二人が決まったと言われる。
残りの四天将の役職は、知謀四天将と、魔導四天将だって言っていたけれど、まだ本格的に動くわけではないようね。後日魔導四天将だけは紹介してもらえたけれど、知謀四天将って人はいなかった。
四天将も揃ったところで部下となるモンスターを育てるみたいで、私は部下となるモンスターを進化させる役割の他に、錬金術の進化を調査する仕事をお願いされることになった。
今だと素体となる一体と素材十体を合成できるので、素材二体と十体の時の差を調べたり、進化の合成表を作ったりという作業をすることになる。ちょっと面倒な作業になりそうね。
それでもバグの役に立てる機会なので、がんばってみようと考え試してみるとまず最初にわかった事があった。
捕まえたばかりのモンスターだと、進化する者としない者が出て来るのだけれど、どうも進化先のモンスターのLVに達していないと進化しないというものだった。それがわかるとモンスターの全体的な経験稼ぎが行われる事となった。合成を試したくてもできなくては意味がないからね。
魔王軍の兵隊さんとしてもどのみちがんばってLVを上げてもらわなければいけなかったのだし、バグの創ったダンジョンへ経験値稼ぎに行かせることになった。人間のようにダンジョンで経験を稼ぎに行くゴブリンやコボルト達・・・ 魔王軍は結構不思議空間だよね・・・
その後、コボルトやゴブリンやオークのLVが上がるのを待って再び合成表を作成していく。その途中、ラデラ皇女から料理ができたとの報告があったので、試食しに向かうことになった。
デザートになるのかな? 一口食べてみると私としては格段に美味しくなっていてビックリって感じだったけれど、バグは微妙って感じの顔をしている。
どうもこのくらいだとほんとにギリギリいいかなって感じのものだったそうだ。レシピをもらったとしてもそのままでは使わないと言っていたので、何か致命的に悪いところとかそういう部分があるんだろうね。
でも一応約束していた異形退治はすることになって残りのレシピの話もした後、王子の案内で現地へと向かうことになった。
そこでは異形退治が終わった後でバグのことを暗殺しようと企んでいたファクトプス国の第一王子、ベイグランドがわざわざ土の中に隠れて待ち構えていた。
バグに油断はなかったと思うものの、王子が持っていた魔法の武器に気を取られたおかげで、別の魔道具の存在に気が付くのが遅れてしまったみたいで、魔法で応戦していたバグが崩れ落ちるのを横目に、私は暗殺者を排除するべく使い魔達を呼び出した。
「部隊召喚、グリフォン」
こいつらだけは絶対に逃がさないという無言の意思に従い、出て来たグリフォン達三十体程の強襲を受けて、ファクトプス国の兵士達はあっという間に全滅する。その中には王子も含まれていて、殆ど何一つ抵抗らしいことはできなかったみたい。
「次はアーデリム、貴方ね」
「ひっ」
暗殺を企んだ王子にそう言って睨み付けると、王子は無様に這いずって逃げようとしていた。
それを見ていたラデラ皇女は私の邪魔にならないようにと道を空ける。態度で私達に敵対する意思がない事を示して見せたのだとわかったものの、なんとなく感情はそれを認められそうになかったので、ラデラ皇女のことはあまり意識しないようにした。
「違う。僕はただ兄上に言われたことをしただけなんだ。暗殺しようとなんか考えてもいなかった、ほんとだ信じてくれ」
「それを信じれば、結果が変わるのですか?」
動かなくなったバグを抱きしめながらそう言うと、王子は背を向けて走り出していた。その姿にあんな男などどうでもいいかと思うと、バグを拠点へと運び込むことにした。
ラデラ皇女がその場にいたものの、気遣ったりする余裕など今の私にはない。それよりもこれからどうしたらいいのかという事の方が大切だった。一応王子の剣と、原因であると思われた鏡の魔道具は持って来ていたけれど、どうしたらいいのかがわからない。
「ホーラックス、いる?」
以前バグは何かあった時は、ホーラックスが力になってくれると言っていたので、呼んでみる。
「何があったか話せ」
普段拠点にはいないはずのホーラックスが、私に応えて隣に現れるとバグを一目見て状況説明を求めて来る。なので正直に起こった事、剣と鏡を回収して来た事などを説明していった。
「まずは解呪を試してみるか。ベルスマイア、来い!」
「呼びましたか? ホーラックス」
ホーラックスの呼びかけに、魔王軍で医療担当をしている魔人のベルスマイアさんがやって来る。この人も普段は魔王軍にいるはずなのに、近くで話でも聞いていたかのように普通にやって来た。ホーラックスから説明を受け、鏡をパペットと一緒に調査し始める。
「しばらく時間がかかると思うわ。でも呪いの方は任せてもらってもいいわよ」
「呪いの方はと言うと、他に何があるのだ?」
「バグ様の魔法を解除しない限り、目覚めないかと」
「ふむ。呪いが解けても目覚めないか・・・ よかろう、我が対処する」
「では私は鏡の呪いの解呪に取り掛かります」
「任せた」
何もできずにいる私と違って、頼もしい限りだった。任せておけばきっと大丈夫だと思っていたのだけれど、どうやらそうでもないみたい。
「この世界に主以上の術者は存在せん。黒騎士が唯一主を越える者かも知れぬが、力は貸さぬだろう。いかに主の魔術を打ち破るか」
いろいろ試すにしても、まずは呪いが解けた後じゃなければバグが暴走してしまうということで、まずはベルスマイアに任せることになった。正確に言えば、ベルスマイアは呪いの解析ができた後に出番が来るといっていいかもしれない。
バグから魔道具を作る能力を与えられた最初のパペットが鏡の魔道具の調査を任され、今一生懸命解析している段階だった。そんな中、バグに用事がある者がいる場合は影武者のパペットが対応する。姿形は同じだけれどまともに対応できるものなのか、役割をきちんとこなす事ができるのか心配で出番が来た時は付いて行ってみたけれど、ブレンダとか全然気付きもしていなかった。これなら任せて大丈夫そうね。
一応魔王軍の四天将には伝えておいた方がいいかもしれないので、連絡だけ入れておいた。まだ魔王軍として活動する予定もないから支障は出ないと思う。
影武者が問題ないとわかるといよいよもって私にできる事が無くなったので、バグが指示していた合成表を調べていく作業をしながら自分にできることを考えていた。それでもバグの事が心配になってベルスマイアを訪ねたり、バグの体の様子を窺いに行ったり落ち着かない思いで過ごすはめになる。
二週間ほど経っただろうか? 鏡の魔道具の解析が進みその効果がわかったみたいで、やっと一歩前進といった感じになった。魔道具の効果は映し出された者が持つ力を指定された人物が使用できるようになるというもので、魔道具に映し出された者は魂を吸い取られたように抜け殻にされるというものらしく、考えられる対抗策は鏡に映らない事みたいだけれど、既に起こった事だとそれがわかったところで意味はない。
実際にはこの魔道具に魂を吸い取るだけの力は無い為、今の抜け殻になっている状態はバグの魂がないという状態ではないようで、今度はベルスマイアがバグの体を詳しく調査してわかった事は、バグの意思みたいなものが深層心理とか言う場所に落ち込んで、戻って来られない状態になっているという話だった。ベルスマイアが引き続き、意識を取り戻す為の作業を開始していく。
またしばらくの間はベルスマイア達の解析待ちになりそうなので、モンスターの面倒を見ていたけれどそこに通信が来た。
『誰かおるか』
「ラデラ皇女ですか?」
『うむ。その声はレイシア殿かな。バグ殿が出ぬと言うことはやはりあの時倒れたままということなのだな』
「そうですが、何か用事ですか? 申し訳ないですがこちらは知っての通り、何かあっても手伝えることはありませんよ」
『いや、そうではない。此度の件について、正式に謝罪したいと思ってな。昔からの付き合いであった為断り辛かったとはいえ、友達だからと強引にアーデリムを紹介しようなどほんとに申し訳ないことをした。謝って済むものではないが、謝罪させてもらいたいと思ってのう』
「確かに、なんでも友達だから頼むという関係は、実際友達ではなく利用しているだけなんですね。今になってバグが言っていた事がよくわかります」
『返す言葉も無いのう』
「どちらにしても、私達はしばらく動けません。話があるのならバグが目覚めてからにしてください」
『承知した』
バグをこんな風した関係者だと思うと、ラデラ皇女が悪くないとわかっていてもどうしても感情が抑えられないみたい。
何時だったかバグが冷静になる為に、日常の行動をしようと言っていたのを思い出し、モンスターの相手をしていくことにした。目の前にはバグに変身したパペットがモンスターにいろいろと指導をしていて、影武者だと知っていなければ勘違いしそうになる。早く本物のバグに会いたいな・・・
もどかしい日々を数日過ごして、今できることは無いので再び合成表を作っていると、司書パペットがやって来て多目的シートを渡して来た。なんだろうと受け取って見てみると、ファクトプス国の国境にいる兵士が、マグレイア王国の一般旅行者を捕まえて国境警備兵の見ている前で殺していたという報告が書いてあった。マグレイア王国の国境には結界が張ってあって、悪意のある者は入ることが出来なくなっているので、こちらから出て来るようにと挑発行為をしているみたいだった。そしてその誘いに乗ってしまった国境警備兵がやられているみたいね。
私は記録されていない場所に転移することができない為、ホーラックスに転送してもらいファクトプスの国境付近で捕まっている一般人がいる場所に向うと、その場を制圧することにした。場所自体はパペット達が既に情報を集めてくれていたので、最終的に私にどう動くか聞きに来たのね。
「部隊召喚、アラクネ。敵兵を全て倒しなさい。生け捕りにする必要はありません」
転移した場所は砦の地下牢みたいで、数人の人間が閉じ込められているようだった。そこから五十体くらいのアラクネ達が地上に向けて移動して行ったのを確認した後、牢屋の鉄格子を剣で叩き斬る。さすがバグが作ってくれた剣だけあって、こんな細い金属ならやすやすと切り裂くことができた。
「マグレイア王国まで案内します。付いて来てください」
「あ、あなたはいったい?」
「冒険者です」
それ以上の会話を挟まないで、移動を開始した。砦には馬車もあったのでそれをもらい、一般人を乗せてマグレイア王国の国境まで走ると、救助者を預けて再び砦までユニコーンに乗って砦まで戻って来ると、制圧は完了していてアラクネ達は好き勝手にのんびりしていた。たぶん食糧とかも備蓄してあったのだと思うけれど、それもアラクネ達は見付けて食べちゃっていた。まあ、それくらいはかえって好都合かな? 他にも、剣や槍といった武器を手に入れて喜んでいるわね。
「送還、アラクネ」
アラクネ達を帰すと、私も一度拠点へと帰って他にファクトプス国の砦がないか教えてもらう。司書パペットによると後二か所砦は存在していて、やはり同じような事をしているらしいので、これは国の作戦行動じゃないかと判断した。
「まだ捕まっていないマグレイア王国の一般人がいないかどうか確認して、いるようなら保護してもらえるかな?」
無茶なお願いだとは思うものの、見過ごすことができなくてそう頼んでみると、司書パペットは頷いてくれる。それにホッとして、とりあえず既に捕まっている一般人がいるので、砦へと転送してもらうことにした。
さっきと同じ手筈で制圧した後、一般人を救助して次の砦へと向かう。
なんだかこの行動は、バグみたいだなってちょっと思って、バグが魔王軍に入ろうとした理由はこんな感じだったのかなって想像してみた。
相手のやり方が気に入らなくて好きに行動させてもらっているけれど、結果だけ見れば人助けになっている。バグが勇者とか英雄にはなりたくないといいながらも、いろいろな人の手助けになっていたけれど、こんな感じだったのかな?
今回の私の行動で行けば、バグに危害を加えて来たファクトプス国がまたちょっかいをかけて来たのが許せなくて倒しにいったところに、一般人もいたのでついでに救ったって感じなんだけれど、他の人から見たら逆に捕らわれていた一般人を助ける為に乗り込んだって思われるのかもしれない。
バグはそういう外部の視線や声が嫌で、人間が嫌いになったのかもしれないな・・・ 私も今回の事で偽善とか英雄とか勝手なことを言われるのは、嫌だと思った。
バグの声が聞きたいなって思ったよ・・・




